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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編
7.俺、知らない内にチートしてたみたいです
しおりを挟む翌日、さっそく俺達は行動を起こす事にした。
昨日ギルベインさんの話を元に、俺は年長組の子供達に“ある仕事”について話を行い、彼らにそれをやる気が有るかどうかを問うて力強い返事を得た後、必要な事を準備し始めた。
まずは、ギルベインさんの調合レベル低すぎ問題だ。
台所に二人っきりでこもり、まずは聖水を作って貰う。
何故他の奴を締めだしたかと言うと、聖水の作り方は門外不出であり、相当信頼する者でなければ部外者に教える事は出来ないから。
……俺が信頼されるに足る人物かどうかはともかく、まず唯一成功している聖水を作って貰わにゃ始まらないんで、今回は仕方ない。
というわけで、とりあえず実践して貰う事になった。
「えー……まあ一応、他の方々に伝えなければ、作って頂いても大丈夫ですので」
「そんなガバガバで良いんすか」
「信用出来る方にはどんな組織でも意外とガバガバなものですよ」
そ、そう言う物なのか……?
大人の世界は良く解らんと首をひねる俺の目の前で、ギルベインさんは軽く祈りの言葉を呟くと聖水を作り始めた。
聖水の材料は、朝一番に汲み上げた水と総本山で育てられた薬草で作る。
とは言え、材料自体はそれほど突飛な物ではない。地域は限られるが、野原にも生えるマーズロウという香草に、回復薬に使われるモギ。そしてこれがよく解らないのだが、何やら綺麗な桃色に染まったハイビスカスのような花。
ギルベインさんの話だと、この草は神族の住む神域や総本山、そして標高の高い山にのみ自生すると言われる神花【マドゥーカ】と言うらしい。
花をじいっと見ていると、何やら光が纏わりついているのが見えた。
もしかしたら……この光は、大地の気かもしれない。
って事は、マドゥーカは大地の気を蓄える珍しい植物なのか。
そんな俺の推測を裏付けるがごとく、ギルベインさんはこの花の性質についても話してくれた。
マドゥーカは一度咲けば摘んでも枯れる事は無く、仮に枯れるとしたらこの花の力を曜術師が借りた時だけらしい。ってことは……あれかな、この花は大地の気を吸い取られると死んじゃうのかな。
この世界にはまだまだ不思議な物があるもんだなと思いながら、俺はギルベインさんの調合を観察する事にした。
とは言え、調合に関しては特筆する事は無い。
祈りの言葉を呟いた後は、植物を一度に擦り潰し混ぜ合わせて、そこに少しずつ水を加えて行く。全てを混ぜ合わせたらこれを一日置いて絞り、その汁を濾したら聖水が完成するらしい。実に簡単だ。
「私もこれを習った時は、何と作りやすい薬かと驚いたのですが……どうも神花の有無が聖水になるかどうかを左右するようですね」
「神のお力とかじゃないんですね」
「私自身は、純粋に薬草の効能だと思っておりますよ。ただ、この花の力を人族に教えたのは神であり、この聖水の効力も神の思し召しである……という風には信じておりますが」
ファンタジーな世界なのに、ギルベインさんはやけに現実的な見方をするな。
確かにマドゥーカの花が一番の要因ではあるけど、神に仕える人なら何でもかんでも神様のお蔭だって言うと思ってたよ。
いや、こういうシビアな場所で生きて来た人だからこそ、ある程度のリアリストであるのかも知れないな。神の力だけでは人を救えないって言うのを充分に理解してしまえる状況に彼らは置かれていた訳だし……。
何かそれ考えるとめっちゃ悲しくなってきた。
考えるのやめよう。気を取り直そう。
よし、聖水を作る時には別段変な事は無かったし、俺が回復薬を作る時みたいな光がちゃんと出てたから、これは間違いなく作れてるって事が分かった。
ここまではギルベインさんも二級の木の曜術師として申し分ない。
では今の薬と比べるために、今度は回復薬を作って貰おう。
ちなみに作り方は、以下の通りだ。
【回復薬の作り方】
モギの葉:5枚/ロエルの茎:3本/バメリの花粉:3振
ロコンのひげ:2束/聖水:小瓶1
モギの葉とロエルをすりつぶし、バメリの花粉を加えて練る
充分に混ざったら、焼いたロコンのひげを細かくしさらに混ぜる
聖水をその中に加えて混ぜ、聖水の色が青に変わったら完成
色が変わらなかった場合薬効は期待できない。
バメリの花粉は使わなくても良いが、薬効は下がる。
まず俺のやり方を教える前に、いつもどんな風に作っているのかを実際にやってみて貰おう。ってな訳で、普段通りに作って貰った……ら。
「…………ああ……なるほど……」
何が悪いのか、俺にはすぐ解ってしまった。
それは何かと言うと……具体的には、全部。
もっと言えば材料からもうダメだった。
ロエルは柔らかい部分ではなく固い部分を支給されており、モギも大人になった葉を多く使ってしまっている。その上、ギルベインさんのやり方……いや、修道院で習ったと言う作り方は実に大ざっぱだった。
だって、モギの葉はスジを取りもしないし、ロコンのヒゲも炒めすぎて黒焦げ。しかも細かくするっていう所は、普通に手で千切るだけだ。これではいくら聖水が上手く出来ていても、回復薬の十分な薬効が引き出しきれるはずが無い。
俺が作る時は混ぜ合わせた材料が光って、それから色が青く変わるけど……ここまで大ざっぱな作り方だと、光は無く薬効を示す青色もめちゃくちゃ薄かった。
その問題点をギルベインさんに伝えて、今度は今ある材料に合わせて出来るだけ丁寧に作って貰う事にする。
硬いロエルは細かく砕き充分に粘性を引き出してから合わせ、モギも揉みほぐしスジを取って出来るだけ入念にすり潰す。
ロコンのヒゲはきつね色になる程度に軽く炒める事を徹底し、バメリの粉も振り過ぎないように注意。
そうして混ぜ合わせてみると……。
「おおっ!! いっ、色が綺麗な青に……!」
混ぜ合わせた液体が淡く光りはじめ、その色は俺がよく知る青へと変わる。
後はもう、店で売っているような回復薬の完成だった。
良かった……あんな材料でもちゃんと出来たみたいだな……。
思わず大きい溜息を吐いて椅子に座ると、ギルベインさんはご老体にも関わらずキャッキャと飛び跳ねて俺に悪手を求めて来た。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます! これで、これで子供達の暮らしも少しは楽にしてやれます……!」
初めて成功したのが本当に嬉しかったらしく、その目には涙が滲んでいる。
感動屋だなあと思ったけど、ギルベインさんが今までどれだけ悔しい思いをしていたのかを考えると何も言えなくて、俺はただはにかんだように笑って頷いた。
「しかし……ここまで細かく丁寧に作らねばならなかったとは……いや、思えば私は聖水が簡単に作れるという事実に立ち止まっていて、他の薬には異なる注意点が有る事に全く気付かなかった……他の牧師は今までの作り方で成功していたので、ただ私の腕が悪いのだとばかり思っていました」
「それは多分……材料がたまたま新鮮だったり……あるいは、その人が木の曜術を上手に使える人だったのかも知れないですね。薬の調合の上手さって、曜術の巧みさにも因るんでしょう?」
そう言うと、ギルベインさんは成程とばかりに頷いた。
「確かに、そう言われてみれば……私が参考にした調合の名人達は、皆一級か薬師かという方々でした。思えばそこから間違っていたのですね」
「断定はできないけど……多分、そういう力が強い人達は、材料が最悪な状態でも自前の曜気でなんとかしてしまえる人なんだと思います。ホラ、だから、一般人は薬が作れないって言うのかなって」
適切な材料を揃えてないから失敗するってのも有るだろうけど、やっぱこういうのは職業補正も有ると思うんですよ。
だから、ギルベインさんはそう言う人の真似をして、材料の状態なんて気にしないで良いと思って作っちゃって失敗してたのでは。
「牧師以外の木の曜術師には中々出会えませんので、本当に目から鱗でした……いや、本当に助かりました。ツカサさん、ありがとうございます……!」
「い、いえ、俺はただ自分のやり方を教えただけなんで……」
「ほぉ……そう言えば、ツカサさんの回復薬はどのような物なのですか?」
是非知りたい、と言われて、俺はちょっと考える。
うーん、別にむずかしい事は何もしてないし、俺の場合は新鮮な材料を揃えて作ってたから……あの薬棚の材料で作ってもいつもの効果は出ないかも。
しかし、聖水の作り方も教えて貰って偉そうな事も言った手前、無理ですよとは言えないよな。仕方ない、作ってみるか。
俺は椅子から立ち上がり、調合器具が置かれた机の前に立った。
「いつもは材料の状態が違うので、俺がいつも作ってる回復薬とは異なるとは思いますが……作ってみますね」
今回の材料は本当にコンディションが悪い。が、先程ギルベインさんに教えたように丁寧に下拵えをすればどうにかなるだろう。
そう思って、俺は彼と同じように材料を混ぜ合わせる。
いつものごとく心の中で「美味しくなあれ、萌え萌えきゅん」とか言うふざけた事を思いながらグリグリと混ぜていると――――俺がいつも見ている強い光が鉢の中から溢れ、青く透明な色を湛えた回復薬が完成した。
「出来ました」
「ちょ、ちょっと失礼……」
何やら軽く慌てた様子のギルベインさんは、俺の作った回復薬を計量スプーンで少し掬って口に含む。すると…………。
「ツカサさん」
「は、はい」
「貴方は……本当に二級の曜術師なのですか……?」
えっ。どういう事だろう。
目を丸くしながらギルベインさんを見返すと、相手はどこか真剣な表情になって、信じられないとでも言うような声音で俺を凝視した。
「私は仕事柄、回復薬を飲む事が多々ありますが……この回復薬は、今まで使ったどの薬よりも強力で、そして暖かい。……こんな薬は……多分、一級の曜術師でも作れないでしょう」
「え…………」
「深く追及することはしませんが……もし貴方が本当に二級の力だと自分で思っていたのなら、悪い事は言いません……公の場でこの薬を出すのはやめた方が良い。でないと……この国では、すぐに君のような優しい子は攫われてしまう」
く、薬の効力一つで、そんなことに……?
とは言え、ギルベインさんの真剣な表情を見ていると「そんなまさか」と笑う事も出来ず、俺はただただ頷く事しか出来なかった。
「さあ、これで薬の事は心配いりませんね! 次は何をしますか?」
「あ、ああ……次は、土ですね」
気を取り直すように話題を変えたギルベインさんに、俺はどもりつつ言う。
「つち……ですか?」
「ええ。なので、まずは外に出ましょう!」
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