異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編

5.デートじゃなくて調査です

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 馬車屋のおじさんは言っていた。ラフターシュカには沢山の工房があると。

 その言葉通り、街には多種多様な店があふれかえっていた。馬車に乗っていた時は速度のせいであまり周囲に何があるか判らなかったけど、ゆっくり歩いて街を見ている今はどんな店があるのかはっきり分かる。

 しかもこの街は、言ってみれば「夢の街」だった。

 木彫り細工に子供の玩具、ぬいぐるみに甘いお菓子に綺麗な貴金属。
 子供や大人が貰って喜ぶプレゼントのお店が、所狭しと並んでいる。店の看板はどんな工房かを宣伝する為か、綺麗な装飾や熊の飾りやクッキーっぽいものの形をめ込んだ釣り看板になっていて、目で見るだけでもとても楽しい。

 この街で祭りを待つ観光客たちも、目抜き通りで店の中をめつすがめつしながらそぞろ歩いていた。冬の気候も相まって、まるで正月やクリスマスみたいだな。
 この雰囲気は嫌いじゃない。むしろ、俺的にはワクワクしてしまう。

 でも今は視察の途中なのでワクワクもしていられない。ってな訳で、俺は自分の中のコドモな部分をぐっと抑えてブラックと歩いていた。
 しかしこの男、俺が我慢していると言うのに……

「ツカサ君ツカサ君腕組もうよー。ねえねえ、デートだよね、これデートだよね? 調査にかこつけてデートしよって言ってくれたんだよね? だったらさー」
「ええいうるさいなあ!! 調査だ、ちょ・う・さ!! お前を連れて来たのは知識が豊富だし、そのっ……こ、子供達と一緒に留守番させると、なんかポカをやらかしそうだったからで……」
「素直じゃないなあ。僕が一人で寂しくしてたから、罪悪感を感じてデートする事にしたっていいなよお。まあ、意地っ張りな所がツカサ君の可愛い所だけどね!」
「だーっもーっ! バカ帰れもうお前帰れよー!」

 なんでこのオッサンはそう都合のいいように捻じ曲げて解釈するかなあもう!!
 違うっつーの、俺はお前が適任だと思ったから二人で……くそ、変な事言われたせいでなんか体がカッカして来たじゃないか。ああもう畜生。
 そりゃここでデートしようって言われたけどさ、今そんな場合じゃないじゃん。

 べ、別に、したかった訳じゃないけど……その、子供達の事に掛かりきりになるとブラックはどうせねるだろうし……だったら、こんな風に二人きりになって、ガス抜きとかしてやった方が良いかなって思っただけで、その。

「ツカサ君、顔が真っ赤になってるね。コートとお揃いだ」
「うるさい鼻へし折るぞ本当に……」

 イケメンにありがちな高い鼻だから常々へし折りたいと思ってたんですよ俺は。
 これ以上調子に乗るなと睨み付けると、ブラックは「はいはい」と言わんばかりの顔で、両手を軽く俺に見せて降参のポーズをとった。
 こんな時に欧米的ジェスチャーされるとすげえムカツクなおい。

「じゃあ、まあ、今日は二人で歩けるだけで満足するよ。でも、全部終わったら……改めてデートしようね。……もちろん、夜明けまでたっぷりと」

 最後の言葉は、耳元で息を吹きかけられるように囁かれる。
 それだけで相手が何を期待しているのか解ってしまい、俺はもう居たたまれなくてブラックのマントだけをばしんと叩いた。
 ばかっ、エロオヤジ!! 可及的速やかにちんこもげろ!!

「あはは。それで、視察ってどんな事するの? まさか一軒一軒店を見て回るワケじゃないよね?」
「ううぅ……。別に、そんな事はしないよ。しいて言えば……どんな職業が在るのかを確かめたいって感じかな……あと、スキマ産業についても」
「隙間産業?」

 首を傾げるブラックに、俺は歩きながら自分の考えを話す。

「職人の街って事は、言ってみれば壁際の区域以外は“全員がなんらかの職業に従事じゅうじしてる”って事だろ? なら、暖炉の煙突掃除屋とか……ほら、あそこで道を綺麗にしてる掃除婦さんとか……ああいう細かい職人も存在するってことだ。でも、そう言う職業って極めて行く内に洗練されていくだろ」
「ああ……なるほどね。街の住人全員が何らかの仕事に従事していて、その仕事を極める技術者になっていたとしたら……逆に、洗練されるために弾き落とされていった技術の仕事に“空き”が出るかもしれないと。だから、それがどんな仕事なのか見極めるために調べるんだね」

 そう言う事。
 打てば響くような解答は、質問した人間にとっても気持ちいい物だ。

「中には高級な宿屋の従業員みたいに、掃除に給仕なんでもござれな超人技術者もいるけどさ、それだって全部の職業がそうじゃないはずだよ。一流の料理人でも人に下拵したごしらえを頼む事だってあるし、掃除婦だって技術を磨いて高給取りになればなるほど、金額に見合わない場所は断るだろうさ。こんな国なら特にね」

 俺の居た世界ではそういう仕事は機械なんかに任せたりする人もいるけど、この国はそうではない。絶対的に全ての仕事を人が行っている。
 だとしたら、そこに子供達が仕事を捻じ込める部分があるはずだ。

 今現在子供達に必要なのは、栄養と技術。そして技術を生かせる仕事だ。
 教育も必要だろうと言われるかもしれないが、残念ながらこの世界の基準では、どれほど高学歴であろうと技術がなければその知識は仕事に直結しない。

 もちろんマナーや道徳心や一般常識程度の勉強は必要だが、それを俺達の世界の基準で考えてはいけないのだ。
 学ぶ事は大事だが、それにしたって何を下地にするかの指針が要るわけだし。
 算術、農業、接客術、芸術。何も持たざる存在ならば、学ぶ物は無限だ。
 だからこそ、何をしたいかを決めなければ何も学べなくなってしまう。
 教会の子供達に今必要なのは、目標と安定した生活なのだ。

 勉強するのに遅すぎると言う事は無い。なら後回しでいいだろう。
 この世界じゃ大人が字を読めなくたって誰も笑わないんだしな。

 好条件の職場で手に職が付いて暮らしが裕福になれば、彼らだってやれる事の幅が広がる。何がしたいかも自分で考えられるようになるはずだ。
 だから、恒久的な支援を行えないのであれば、技術を伝授するしかない。
 この世界じゃ学校だって無料じゃないんだ。俺の世界みたいに、学校通ってから仕事だなんて言っていられない。郷に入っては郷に従えで動かなきゃな。

 そんな訳で、俺とブラックは街にどんな仕事が有り、どんな工房があるのかを逐一ちくいち見て回った。

 魅力的な物ばかりが並ぶ工房は、見ているだけでも目の保養になる。
 俺が欲しいと思っていたミニチュアの馬車も、細工を行う工房にずらりと並べられていて、思わずコンプリートしたいオタク魂が疼いた。本当にこの街は、浮かれた気分に満ちている。そぞろ歩く人達も、みな楽しそうだ。

 しかしまあ、今は浮かれてる訳にもいかないんでなんだか恨めしい。

 俺達は一通り店を回り、軽めの昼飯を取ろうと飲食店に入った。
 子供達やクロウには悪い気がしたが、仕方ない。ただやっぱり罪悪感が有ったので、この国ではよく飲まれると言うキャベツに似た野菜が入ったスープと穀物パンだけを頼んで、早めの昼食にすることにした。

「このキャベ……えーと、タマナだっけ。これ美味いな。シャキシャキしてる」
「歯ごたえがあるね。スープに浸して置けば柔らかくなるし、変化も楽しい」
「この国で育ててる……っぽいな」

 食事中でちょっとマナー違反だけど、俺は携帯百科事典でタマナを調べる。
 どうやらこの植物はかなり早いサイクルで収穫できるらしく、その上荒れた土地に生えるし芯の部分は肥料として再利用できる優良野菜だった。
 味がキャベツに似てるし、もしかしたらガチでキャベツなのかもしれないけど、これなら教会に植えてもいいんじゃないかな。

「ツカサ君、あの教会でタマナを栽培しようとしてる?」
「うん、まあ……あの教会ってせっかく土が露出してるワケだし、痩せた大地でも育つなら良いかなって思って」
「今から植えても仕方ないと思うんだけどなあ」
「それはホラ、俺って木の曜術師だし……隠し種があるんで」

 この場合なら、黒曜の使者の力を大盤振る舞いしたって怒られないはずだ。
 俺の力は人の為の力、人に望まれて発動するのが最良の使用法だ。なら、貧しい子供達の為に惜しみなく使ったっていいじゃないか。

 今までは戦闘や調合なんかに使って来た力だったけど、新たな使用方法が見つかれば、より誰かの役に立つ力に変化できるかもしれない。
 災厄の力と言われた能力だけど、この力は人を救う事も出来るんだ。
 ブラックやクロウに力を与えられたんなら、きっと出来るはず。

 そう思って、俺はる事を思い出し少し笑った。

 ライクネスに居た時の俺は、この黒曜の使者の力が怖くて仕方なかった。だけど、ラスターに「お前なら善に変えられる」と元気付けられたんだよな。あの時はただありがたいとだけ思ってたけど……まさか、自分でもそんな事を思えるようになるなんて驚きだよ。

 結局、勇者に足る資質を持つ彼が言っていた事は正しかったのだ。ほんと主人公気質な人は凄いよな。ラスターの言うとおりになっちゃった訳だし……。

 でも、ラスターどうしてるかなあ。アイツも滅茶苦茶な奴だったけど、根は良い奴だったし元気にやってると良いけどなあ……と思っていると、机の向かい側から物凄く冷たい視線が俺に突き刺さって来た。

「ツカサ君……また他の男の事考えてるだろ……」
「だから何でお前は俺の思考を読むかな」
「それは僕がツカサ君をずっと見てるからだよ……」

 おどろおどろしい声で怖い事言うのやめてください。
 怖いオッサンから目を逸らしつつエールを飲んでいると、ふと厨房の様子が目に入った。この世界では基本的に煮炊きにはかまどが使われていて、コンロなどと言う文明の利器は存在していない。
 なので、厨房は常にかまどに火を入れてフル稼働させていた。

「…………かまどか……」

 職人が多い街……というか、壁際の区域の人間達以外は、職場から離れられない職業を持つ人達ばかりの街か……。

「なあブラック」
「ん?」
「この街の人達の生活を知るには、どうしたらいいかな」

 あと一歩確信があれば、この街にぴったりな仕事を思いつけそうなんだが。












 
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