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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編
2.コミケの前後三日は宿が満室だらけになるという事実
しおりを挟む「ツカサ君、準備出来た?」
「おうっ、バッチリだ」
フードじゃなくて帽子を被り、黒髪を隠して準備万端に整えた。
これなら街中でも御者台に出て構わないだろう。街の少し手前でわざわざ馬車を停めて貰って身支度をしていた俺は、ミトン……鍋掴み用の手袋みたいな、温かい毛糸の手袋をはめて馬車を出た。
「おわーっ、息が白い」
折り出た先に見えるのは、輪郭がはっきりしてきた円形の街と真っ白な大地だ。
やっぱり雪景色は綺麗だなと思いながらその風景を見つめていると、冷蔵庫並の冷たい空気を孕んだそよ風が俺を襲う。
ほう、と息を吐くと、それほど気張っても居ないのに見事な白煙が口から出た。真っ白ってほどじゃないけど、これ結構寒いって事だよな。
ちょっと面白くなって何度か息を詰めて吐き出すのを繰り返していると、御者台に居たクロウがこちらを覗いてきた。
「首にマフラーは付けてるか、ツカサ」
御者台の上からそう言われて、俺は自分の首回りをぽんと叩くと親指を立てた。
ふっふーん、いくら都会育ちと言えども、俺も油断はしてませんよ!
婆ちゃんが正月に帰る度に「首は常に暖かくしておきなさい」と言っていたのを忘れる俺ではない。コートの中の防寒対策はバッチリだ。
これで外に出ても良いだろうと胸を張ると、クロウは軽く頷いた。
しかし、そんな俺を馬車の中から見てブラックが恨めしそうな声を出す。
「じゃんけんで負けて馬車で待機とか、物凄く不服なんだけど。僕恋人だよ、恋人なんですよツカサ君。なんで僕が御者当番じゃないのかな」
「拗ねるなよ大人げない……。ちょっとの時間なんだから我慢しろって」
御者台に大柄な男二人が並べないんだから仕方ない。
ってか、恋人だって言うんなら、もう少しどっしり構えてて欲しいんだがな。
御者台にえっちらおっちら乗り込むと、クロウは藍鉄の手綱を引いて馬車を発進させた。うーむ、いつ見ても騎士か王族と見紛うほどの手綱さばき。
って言うか、上背のある大人は本当似合うよなあこういうの……。
手足の短いちんちくりんの俺がやっても絶対格好良くない……白馬の王子様がやりたい訳じゃないが、俺には原付くらいしか乗り回せなさそう。バイクは好きだが俺の身長じゃ絶対ダサくなりそうで悲しい。俺もしかして今後一生一輪車かママチャリしか乗れないんじゃないの。女子からの好感度激低なんじゃないの。
やだなにそれ死にたい……。
「ツカサ、何を落ち込んでる」
「あっ、いや、何でもない。それにしてもクロウは馬の扱いが上手だよな」
「ん? そうなのか……? ブラックもこの程度はやるから、人族ならみんな巧いと思っていたが……」
「俺出来ないじゃん」
「それは習ってないからだ。異世界では馬で移動しないんだろう?」
「まあ、そりゃそうだけど……俺操縦とか苦手なんだよ」
俺も小さい頃からちょいちょいゲーセンでカーレースゲームを嗜んではいるが、生まれてこの方対人でも対コンピューターでも勝てた試しがない。
ギアチェンジってなんですか。大人になったら解るのアレ。
俺エロ漫画で「俺のギアをシフトチェンジしてごらん!」と言うシチュは見た事あるけど、未だに意味が解ってないですよ。そんな俺が馬を扱えるわけがない。
機械もダメなんだから生き物なんてムリムリ。藍鉄だから俺に優しくしてくれるだけで、他の馬にはそっぽ向かれちゃうって。
「ツカサは操縦と言うより、命令だろう。お前には何故か動物もモンスターもよく懐く。だから、願えば相手が従ってくれるのではないか」
「ヒヒンッ」
その通りとでも言うように藍鉄が嬉しそうに鳴く。
動物が懐いてるように見えるってのは凄く嬉しいけど、でも仲良いと余計に命令とか気が引けるよな……競馬とか乗馬はパートナーとして機能するからいいけど、俺可愛い動物に厳しくするなんて性格的に無理だし。
まあでも今のところ怪我させるような命令は一回ぐらいしかないし、ペコリア達も藍鉄もロクも仲良くしてくれるならそれでいいや。
「友達に命令するのは何か違うし……まあ俺が出来なくても、ブラックもクロウも達人級に巧いんだから大丈夫だって。その代わり俺は自分の出来る事をやるからさ」
「乗馬は出来た方が良いとは思うが……まあ、今はいいか」
「そうそう……おっと、外壁が見えて来たな」
白と青のみの世界を割る街道の先には、街の外壁が広がっている。壁の色は焦げ茶色でいかにも重厚な感じの造りだ。煉瓦っぽいけど、他の国で見た煉瓦と違って色が濃いが何か違いがあるんだろうか。やっぱ雪国仕様で耐久性があるとかか。
街道の終わりに口を開けた門は大きく、巨大な輸送馬車でも楽々入れるようになっているみたいだけど……不思議な事に、街に入るための列が存在しなかった。
こんなでっかい街だと、いつもなら街に入る前に警備兵に止められて、検査されたりするんだけど……おかしいな。もしかして今日は街に入れないとか?
それにしては周囲にキャンプも何もないけど……。
「なあクロウ、どっかに列とかある? 人の姿が見当たらないんだけど」
そう言うと、クロウは目を細めて前方を見やったが、すぐに首を振った。
「いや、列は無いな。と言うか……検問自体がないようだぞ?」
「ええ!? ど、どうなってんだよこの街の防犯対策!」
なんなの、ラフターシュカの人達は旅人が荒くれてない善良な人達だって信じきってるの。それともこの国の皇帝様はおおらかな人なの。
カルチャーショックが抜けきれぬまま門へと近付くと、左右の端に軽装の兵士達がなんとも平和そうな様子でぼーっと突っ立っているのが見えた。
ええ、あの、警戒しなくていいんですか……。
「あ、あのー……検問とかはないんですか?」
門の前で馬車を停め門番らしきその兵士達に聞いてみると、彼らは笑って否定の形で手を振った。
「検問なんてないさ。この街は“警吏”がしっかりしてるし、第一、君達はファッシュザイネンで検問を抜けて来たんだろう? じゃあ何も警戒する事はないさ」
けいりってなんだ。経理? んなわけないよな。後でブラックに聞くか。
しかし砦の検問をここまで信用してるって事は、本来あの検問って物凄く厳しいものなんだろうな。アレかな、空港みたいなもんなのかな?
俺の故郷の日本だって空港で厳しいチェックをしているから、他の場所で旅人に検問を実施するなんて事はまずやってない訳だし。
なんにせよ、色々と大らかなこの世界で言えば、異常な程の警戒だな。
さすがは巨大国家……。
なんてことを考えていると、兵士が人懐っこく俺達に問いかけて来た。
「それより、宿はもう決まってるのかい?」
「いえ……とりあえず、馬車屋に行こうかなと思って」
「そうなのかい? いや、宿屋に泊まるんなら早くした方が良いよ」
「どういうことだ」
クロウが訊くと、兵士は笑いながら答える。
「いや、この街はこれから祭りがあってさ、その為に沢山の観光客がここにやって来るんだよ。だから、今の時期になると宿屋が混んでどこも満室になっちまうからな。見た所、君達はこの街は初めてのようだし……宿屋に泊るなら早めにね」
「そうだったんですか……ありがとうございます」
「もし困った事が有れば、警吏や教会に相談すると良い。んじゃ、良い祝祭を!」
そう言うとまたぼけーっと突っ立ってあらぬ方を見る兵士。何だかものすごくRPGのモブキャラみたいな受け答えをされてしまったが、まあ、会話を切られてしまったら移動しなきゃしょうがない。
俺とクロウは顔を見合わせたが、一応礼をして門の中へと入った。
「うおおっ! この街もまた凄いなぁ……!」
門から真っ直ぐに見えるのは、街の中心である広場とその向こう側にある城。
周囲に放射状に広がる道と建物は、この街が円形である事を示している。家々は外壁と同じくチョコレートのような色の煉瓦で形作られているが、どの家も窓枠や屋根には落ち着いた色ながらも鮮やかな赤や緑が使われていて、白一色の大地に色を与えるように並んでいた。
北欧や外国の雪国をそのまま移したような、綺麗な街並みだ。
案内板に従って街道を馬車出歩く間も、俺はその街並みに見惚れて首を動かしていた。そう言えば……馬車で街を眺めたのってライクネス以来だな。
あの時は奴隷として外を眺めてたけど、今は冒険者で、曜術師で、それに……
隣や馬車の中には、ちゃんと俺の仲間がいる。
思えば遠くへ来たもんだとしみじみしていると、馬車は大きく道を曲がり、中心街を離れた外壁近くの場所へと辿り着いた。
「ここが馬車屋かな?」
外壁近くの町はずれな場所にある店ではあるが、建物は異様に大きい店。
看板にはデカデカと馬車屋であると書かれていて、初心者にも安心な分かり易さだった。いやしかし、こんなに強調しなくたって……まあいいか。
「馬車は隣の柵から入って裏へ回れと書いてあるな」
「なるほど、店の裏が厩とか倉庫になってるのか」
馬車屋の壁に書いてある張り紙に従ってパカパカと裏手に回ると、そこには俺達の予想通りに厩と何台かの馬車が置いてあった。
なるほど、大きな厩が在るから外壁近くに店を作ったのか。
「ああ、クグルギ様ご一行でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
俺達が藍鉄を停めた所で、タイミングよく店の裏口から店員が出てくる。
好々爺と言った感じのおじさんは手際よく藍鉄の馬具を外し、俺達が降りやすいように木製の踏み台を持って来てくれた。
ううむ、経験値高そうな外見は伊達じゃない。
降りてからすぐにブラックと三人で身支度をして、藍鉄に礼を言ってから彼を大元のお姉さまの所へ戻すと、店員のおじさんは俺達に問いかけて来た。
「クグルギ様、これからどうなさるご予定でしょう。すぐに出立なさるのでしたら馬車に限らず移動の手続きをお取り致しますが……」
「えっと、とりあえず一日は滞在する予定なのでまだ大丈夫です」
「左様でございますか。では、またのお越しをお待ちしております。我が馬車屋はオーデル国内の街全てに出店しておりますので、もしよろしければ……二度目のご利用の際にはこの優待券をどうぞ」
そう言って渡されたのは、商品券を連想させるデザインの紙。
こんな物をくれるのかと驚いたが、馬車屋が多いこの国ではそう言うサービスが普通なのだと言う。じゃあ、他の店で馬車を借りたらタオルとかの粗品をくれたんだろうか……。タオルはちょっと欲しい気もするが。
こういう所はどんな世界でも変わらないんだなとは思ったが、路銀の節約になるなら大歓迎だ。ありがたく優待券を受け取って、俺達は馬車屋を後にした。
「さて、宿屋だけど……どうかな……泊まれるかな」
宿屋が密集する地帯に向かって歩きつつ、ブラックが難しげな顔で空を見る。
確かに心配だよな。もうすぐ祭りが開催されるから宿が満室になるって兵士が言ってたし。出来ればのんびり休みたいもんだが。
「考えても仕方ない、探してみるしかないだろう」
単純明快なクロウの言葉に、俺も力強く頷いて大股で地面を蹴った。
「そうだな、片っ端から当たってみようぜ。……もちろん、安宿から順番にな!」
「ええ~……まだ結構お金有るんだし、もうそろそろ普通の宿にしない?」
「ベッドが狭いと転げ落ちるんだが」
「そんときゃベッド二つくっつけて寝れば良し! さあキリキリ行きますよー」
どんな祭りなのかはまだ解らないけど、調べる前にまず宿を探さなきゃな。
冬の国では体がすぐ冷えてしまう。少し外に出ただけなのにもう露出している顔が寒くなってきたので、部屋に入って早く温まりたい。
満室とは言っても、まあ安宿くらいなら空いてるだろう。
そう思って俺達は意気揚々と荷物を抱えて宿探しに出た。
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