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シーレアン街道、旅の恥はかき捨てて編
14.道の途中で一休み
しおりを挟むガラガラ、ガラガラと馬車の車輪が忙しなく音を立てる。
二日目ともなるとこの音にも慣れて、俺は朝から御者台に座り、朝の薄寒い空気を肺一杯に吸い込んだ。
「ふわーっ、流石に空気が冷たくなってくるな~」
思い切り伸びをする俺に、今日は隣で手綱を取っていたクロウがクスリと笑う。
「昨日は『ちょっと寒いかなー』だったな」
「いや、そりゃ馬車の中だったし……冷たくない?」
「そうか? オレは毛皮があるからあんまり解らんな」
藍鉄の手綱を上手く捌いて道端に転がっている石を避けながら、不思議そうに首を傾げるクロウ。その手綱さばきにもびっくりだが、今の毛皮の無い人間姿で寒くないと言うのもちょっと良く解らない。
こちらも同じように首を傾げながらクロウの顔を覗き見た。
「人間の姿で寒くないの? 今のクロウって熊の姿の時の体毛とかないじゃん」
「なんというか……人族の姿は、俺達獣人にとっては皮を変化させた感じの姿で、この肌が熊の時の体毛と同じなんだ」
「ん……んんん……? えーっと……つまり、体毛が無いように見えても、肌がちゃんと体毛の役割をしてて寒くないって事……?」
「少し違うがそんな感じだな」
獣人が人の姿に変化するのって、全く違う姿に化けてるみたいな物かと思ってたんだが……どっちかっていうとトランスフォーム的な感じなのかな?
あのフサモフの体毛が人の表皮に変化するってのが謎いけど、異世界なんだからSFみたいに細かく考えてても仕方ねーか。
「獣人の体質ってすげーなあ」
「そうでもないぞ。魔族みたいに完全に人の姿にはなれないし、オレはまだ服ごと体を変化させるのに慣れてないから、すぐに服を破ってしまうしな」
言いながら耳をピクピク動かすクロウに、またちょっとキュンとしてしまう。
ずるいなー、本当獣耳ずるいなー。御者台に座ってる状態だから、熊耳が近くて余計に細かく動くのが判ってしまう。相手はそれを解っているのかいないのか、前を見ている間もこちらに耳を向けて気配を感じ取ろうとしていた。
無表情で始終眠そうな顔をしていても、俺の話を聞こうとしてるんだなと思うと、クロウの気遣いに何だか気恥ずかしいような嬉しいような気持ちになる。
こういう所がブラックとはちょっと違うよな。
あ、ちなみにブラックはクロウと一日交代で御者台に座っていて、手持無沙汰の俺は二人が不機嫌にならないように御者台と馬車の中を行ったり来たりしている。
なんか納得いかないが、そうしないと二人が怒るので仕方がない。
仲が良くなったとはいえど、やっぱり二人はソリが合わないようだ。
「ところでツカサ、今日のメシはなんだ?」
「またそれか。クロウは食いしん坊だなー」
「ツカサの手料理を毎日食えるからな。愛する存在が作った物を糧に出来ると言うのは、最上の喜びだろう」
「うぐっ、そ、そう言う事言うのやめーって!!」
何を突然凄い事を言うんだと動物よろしく毛を逆立てる俺に、クロウはまたもや首を傾げたが、何かに思い至ったのか「あぁ」と声を出した。
解ってくれたのかと思ったが。
「あいつに怒られるのを心配しているのか? このくらいは許可を貰っているから大丈夫だぞ。これからはオスとして存分にツカサに愛を囁いてやれる」
「そ、そうじゃなくて……あぁもう……」
それも心配だったけど、そうじゃなくて。
ブラックと言いクロウと言い、なんでこうこっぱずかしい言葉をポイポイと俺に投げて来てくれるんでしょうねえもう! 俺そう言うの耐性ないんだってば!!
なに、日本語圏なのにこういう所だけ外国式なの? フレンチキッスなの?
ブラックだけなら「アイツは変態だからな」で済んだけど、一見無表情で大人しいクロウがこうもズバズバ愛の囁きとやらをぶつけてくるんだもんなあ。
まあ、人前であからさまにノロケない分、クロウの方がマシだけど……。
だがこんな事考えてても仕方ない。愚痴っても始まらないしと思って、俺は息を小さく吐くとクロウの最初の質問に答えてやった。
「えーと……ゴハンだっけ?」
「ああ」
「今日は根菜ポトフと半生干し肉を香草で味付けして焼いたもんだよ。デザートもあるから楽しみにしといて」
そう言うと、クロウは解りやすく耳をぴこぴこ動かした。
これは喜んだ時の仕草だ。
うむむ……やっぱ可愛い……なんで獣耳ってオッサンについてても可愛いんだ。
「いつも同じ材料なのに、ツカサが作る料理はいつも味が違ってて美味しいぞ」
「うーんありがとうなぁ」
ああ、手が勝手にクロウの頭を撫でてしまう。悔しいっ。
やはり獣耳の魅力には抗えずにホンワカしていると、背後からドンッと壁を殴るような音が聞こえた。
「ちょっとそこー! 必要以上にツカサ君とイチャイチャするなーっ!!」
御者台のすぐ後ろの窓から、ブラックが俺達の様子に待ったをかける。
余裕がないオッサンだなあと思いつつも、その言葉に最初の頃のような強い敵対心がないのが解って、俺は何だか笑わずにはいられなかった。
それから、数時間ほど藍鉄に頑張って貰って陽がそろそろ落ち始めた頃、俺達の目の前には道に沿って作られた待避所のような大きなスペースが見えてきた。
あの場所は、いうなれば「馬車キャンプ場」と言う所だろうか。
俺達の世界で言えばパーキングエリアが一番近い。
ただ俺の世界と違うのは、キャンプ場のように駐車できるスペースにプラスして煮炊きが出来る場所があり、馬車の内部にそのような設備が無い旅人達に配慮した作りになっている所だろうか。
それだけなら普通にキャンプ場じゃんって感じだけど、この国は一味違う。
ここには、本当にパーキングエリアのようにお店が出ているのだ。店の人間はオーデルの兵士で、これもベランデルンの兵士の村と似たような物のようだ。
まあ、俺達としては知らない料理が食べられるんで別に何でもいいけどね!
と言う訳で今日はここでキャンプするために俺達も敷地内にはいると、他の旅行者とは少し離れた場所に馬車を停めた。
「藍鉄、今日もありがとうな~」
「ヒヒンッ」
馬具を外して鼻筋を撫でてやると、藍鉄は俺の頬に鼻を摺り寄せて元の場所に戻って行った。出来れば藍鉄にもご飯を食べさせてやりたかったが、流石に赤の大元のお姉様の食事と俺の料理じゃ比べ物にならんからな……。
馬のモンスターが美味しいと思う料理もなんか覚えておきたいなあ。
「ツカサ君、ちょっと寒くなって来たけど大丈夫?」
馬車から降りて俺に駆け寄ってくるブラックとクロウに、俺は頷いて腕を擦る。
まあ肌寒いと言えばそうだけど、我慢出来ない程ではない。半袖も明日あたりに長袖に変えればいいだろうと考えて、俺は大げさに元気に振る舞っておいた。
この程度で心配させるのは、さすがに男としてはどうかと思うし。
とりあえず料理を作る前にどんな店があるのかと、俺達は馬車に鍵をかけて人で賑わっている場所に近付いた。
「おおっ、なんか屋台みたいだな」
橙色の温かい明りに照らされているのは、味もそっけもない真四角の白い倉庫のような小さな建物。それが三つ並んでいて、それぞれにカウンターを取り付け旅行者達に料理を届けていた。
三つの店は、どれも違う料理を提供しているらしい。
野外に並べられたテーブルには、沢山の人達が座って食事を楽しんでいた。
「なんだか良い匂いがするな」
早速クンクンと鼻を鳴らすクロウに、ブラックは呆れたように頭を掻く。
「さっきまでツカサ君のご飯を待ち望んでたくせに、いやしい熊だなあ」
「やめいっつーに! 俺の作るメシなんていつでも食べられるんだし、今日くらいは別にいいだろ」
「いやそれは困る。あの店のメシを食ったらツカサのメシを食いたいぞオレは」
「おま……じゃ、じゃあ僕もそうする! ツカサ君、僕にもご飯をっ」
「だあもう分かった分かったから!!」
人が見てるってば頼むからやめてくれ!
俺は二人を必死に宥め、もう今日のエネルギーを使い果たしたような気持ちで店へと近付いた。こ、こんな事でげっそりしていてはいけない。俺はこの国の料理を堪能するんだ。今度こそ堪能するんだ。
どんなものがあるのかと店をざっと見てみると、一件目はポタージュのような真っ黄色のスープと穀物パンのみを配る店で、二件目はなにやら筋肉のような物を煮込んだ茶色いスープの店。三件目は普通の塩味スープの店で……。
「って全部スープかい!!」
「おう兄ちゃん別の国の人かい。オーデルは基本汁気が多い料理ばかりだぜ。てっとり早く温まるし、何より雪の大地ではほとんどの植物が育たんからな。とろみをつけてカサ増ししてるんだよ」
俺のツッコミに的確に返して来たのは、一件目の店で料理を作っていたいかついオッサンだ。どうも地獄耳だったらしい。
丁度いいやと思って近付いてみると、ポタージュからは何やら甘い香りがした。
「あのー、説明ついでに、このスープと二件目のアレはどんな料理なのか教えて貰ってもいいですか?」
「おう。これはバターテ……ええと、甘いイモのスープ。オーデルでは主食だ。んであっちはヒポカムの筋肉を使ったワインソース煮込みだ」
「甘い芋のスープ……うまそうだな……」
甘いの大好きなクロウは、早速バターテのスープをキラキラした目で見つめている。そう言う所は本当熊さんだなあと思いながら、俺達はとりあえず三件のスープを飲み比べしてみる事にした。
それぞれに頼んで空いてるテーブルに座り、いざ実食。
まず真っ黄色なバターテのスープを飲んでみる。と。
「…………あれ? この味どっかで……」
「ツカサ君知ってるの?」
「いや、これ……もしかしたら……俺の世界のサツマイモってのに似てるかも」
もう一口飲んでみて、それが確信に変わる。
やっぱりそうだ。これってサツマイモだ。甘い芋って言ってたし間違いない。
冬の国の主食だなんておかしい事になってるけど、冬と言えば焼き芋だしもしかすると理に適っているのかも知れない。いやでも、本当にバターテがサツマイモだとしたら、作れるお菓子の幅が広がりそうだな。
思わぬ所で思わぬ食材に出会ってしまった。こういう事があるから旅も買い食いもやめられないんだよな~。
「ツカサのいた世界にもこんな甘いイモがあるのか。羨ましい……」
「あっ、こら熊公! 全部食うんじゃない!!」
「良いよ良いよ、それよりブラック、ワインソースとか言う奴はどう?」
「うーん、硬い肉が柔らかくなってて美味しいは美味しいけど……ワインがかなり使われてるみたいだし、ツカサ君は食べない方が良いかも」
そんなバカなと香りをかがせて貰うと、確かに料理からは酒の臭いがした。
酒は料理に使うとアルコールが抜けてしまうと言うが、どうもこれは煮込んだ後にもどばどばワインを入れているらしい。そりゃ俺は食えんわ。
しかし、ワインが大量に使われてるなんてとんでもない高級料理に思えるが、この国ではお酒は料理より安いんだろうな、多分……もしくは多量に使っても平気な価格の酒を使ってるのかも知れない。
ロシアとかでも、お酒なんて水と一緒でどうかすると水より値段が安いみたいな豪快な事言ってたし……寒い国は何かと酒に縁がありそうだ。気を付けなければ。
俺は最後に残ったお馴染みの塩味スープを啜りつつ、いつのまにか夜になっていた周囲の風景をぐるっと見回した。
「……ほんとに大地の気の光がないんだなあ、ここ…………」
ベランデルンでもそうだったが、しかし、あの国でも人の少ない場所ならたまに光がぽつんと湧き出す事も有った。
でも、このオーデルは全くそんな気配がない。
ライクネスの隣国だというのに、この雪の国には全く大地の気が存在していないのだ。……と言う事は、気の付加術もほとんど使えないって事だよな。
まだ索敵や鑑定を使えない俺には関係ないけど、気の付加術が使える人ならカルチャーショックだろうなあ。
そうなるとモンスターの察知も遅れそうだし、やっぱあんまりダラダラしないで気を引き締めて行かなきゃいけないかも。いっくらブラックが凄い曜術師だからって、ミスがないとは言えないだろうし。
そんな事を思っていると、不意に視界の外から俺を呼ばわる声が聞こえた。
「ツカサ君!」
「おわっ、な、なに?」
「もう食べきったから、早くご飯作ろう」
「え? あ、アンタらもう食べちゃったの!?」
見ると、スープを盛っていた皿がすっかり綺麗になっている。
いつの間に食べたんだと目を白黒されている俺に、二人は子供のように期待した顔で俺に詰め寄って来た。
「ツカサ君、さ、夕食を作ろう! 今日は僕も手伝うから!」
「ツカサ、オレも手伝うぞ」
「…………う、うん……まあ、それならいいけど……」
なんだか異様に必死な二人に、気圧されて頷く。
それだけ俺の作った料理を食べたいのかなと思うと妙に嬉しくなったが……よく考えると、これって要するに「嫁の手料理が食いたい」的な事なんだよな。
俺が自惚れてるだけなら良かったんだが、そうじゃないから困るんだよ。俺は男だし、今のところ嫁なんてものになる気なんて全くないが……このオッサン達にずっとねだられてたら、いつかそうなりそうで本当に怖い。
「ツカサ君」
「なに?」
「お店の料理も良いけどさ、やっぱり僕はツカサ君の料理の方がいいな。だって、ツカサ君の料理って、すっごく愛情を感じるからさ」
そう言って、ブラックは嬉しそうに俺に笑った。
……な、なん、だよ。それ。
「~~~~~っ、も、もうっ、早くメシ済ませて寝るぞ!!」
ばか、そう言うんじゃないわい。
俺は自分が美味い物を食べたいから作ってただけだ。他の奴にも食わせるなら、気に入って貰える料理の方が良いと思っただけで、別に愛情がどうのこうのなんて考えてなかったよ。大事な奴に食わせるモンなら美味い方が良いなんて、当たり前の事じゃないのかよ。
なのに、また大げさに受け取りやがってこいつらは。
「ツカサ、また顔が赤くなってるな。可愛いぞ」
「ほら、やっぱりね。ツカサ君ったらほんと意地っ張りなんだから……でもそこが可愛いところなんだよね~……えへへ~」
「だあああもう煩い煩い煩いぃいっ! 変な事言ったらもうメシ作らんからな!」
オッサン二人が仲良くなって良かったなと思ってたけど、二人がかりで俺をからかうのまでは喜んでねえぞ俺は。これなら犬猿の中だった方がまだマシだったかもしれない。二対一なんて俺の手にはもう負えません。
このままこっぱずかしい事を言われ続けて頭がショートしたらどうしよう。
「うぅう……もうやだこのオッサンども……」
冗談では済ませきれない未来を想像しながら、俺は早く早くとはやし立てる中年二人に連れられて馬車へと戻ったのであった。
→
※次は戦闘と三人で※的展開やるのでご注意ください(クロウは挿入しないよ)
今更な話ですが旅の途中の食事は朝晩の二食+昼の間食という感じです
日中は出来るだけ距離を稼いでおきたいので、ちゃんとした料理が出るのは
夕方の方が多く、昼はどうしても携帯食になりがちなようです。
あまり時間の制限がなく食料や燃料に困らない国ならば
昼食もちゃんと取れるのですが、オーデルは雪国なもので…(´・ω・`)
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