異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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シーレアン街道、旅の恥はかき捨てて編

11.はたからみればバカップル

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 ファッシュザイネンの喫茶店は、細かい所を気にしなければやはり俺の世界にも存在する古い喫茶店のような内装になっていた。
 木製の机と椅子に、みがき上げられたカウンター、落ち着いた色の壁を飾る調度品も古びた羊皮紙の地図や絵画ばかりで、どこか懐かしさを思い起こさせる。
 母さんの知人がやってるってくくりの店っぽくて、なんか既知感があるな。

 あの店にはたまーに顔出したりしてるけど、こういうレトロな喫茶店って大人が入る場所って感じがして、ハードル高くて入り辛いんだよなあ。飲み物系がなんか高いし。俺の昼食代が珈琲コーヒー一杯で消えるって怖くない?
 あの店だって、知ってる人の店じゃ無きゃ行くことも無かっただろうな。

「中も似てる?」
「う、うん……。細かい所は違うけど、ほとんど一緒かも」

 とりあえず、俺が知ってる喫茶店の内装には似てる。
 これは流石にセンスの問題だとは思うし、そもそも日本の古い喫茶店は外国の物を参考にした内装もあるので、似た店がこの世界にあってもおかしくは無いが。
 ただ……この世界にある他の国と比べると、時代が少し先に進み過ぎているような気がするけど……。

「あそこに座ろうか」
「あ、う、うん」

 奥まった場所に有る二人用のテーブル席に、背中を押されて誘導される。
 席は、洒落しゃれた仕切り板で他の客に見えないように工夫されていて居心地が良い。とりあえず座って入口の方を見てみると、他のお客達も思い思いにゆっくりと食事や飲み物を楽しんでいた。
 うーん、やっぱ大人の空間って感じだな……なんかドキドキする。
 ファミレスとかこの世界の酒場とは全然雰囲気が違ってヤバいわ。

「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたら、呼び鈴をお使い下さい」

 店主らしき白髭を蓄えたロマンスグレーで眼鏡のおじさんが、メニュー表を持って来てくれた。思わず会釈えしゃくをすると、相手も嬉しそうに微笑んでくれる。
 うおおお、な、なんか大人ぁああ……!!

「ツカサ君、なに注文しようか」
「おっ、そ、そうだな。えっと……」

 おじさんが置いて行ってくれたメニュー表を開くと、そこには見た事も無い名前がずらりと並べられていた。
 とりあえず、エールとかは無い。つーか酒の類が全く見当たらん。
 緑茶……があるけどやっぱりめっちゃ高いし、見た事も無い名前のお茶があるがそれも説明が無いので怖くて頼めない。
 どうしようと思って読んでいくと、なんとか解る範囲のものが見つかった。

「ホットケーキの果実氷と野苺ソースかー。これ美味そう」
「他の食べ物は想像つかないし、それにしようか」

 果実氷って所がなんか雪国っぽい!
 他にも気になる料理名はあったけど、手堅い方がいいかと思って俺達は机の端に置いてあった呼び鈴を鳴らした。
 すると、ややあっておじさんがまたやって来る。

 注文するついでにおすすめの飲み物や食べ物を聞いてみると、虹雲のゼフィールというお菓子とドラゴンシェローと寒苺のモールスという飲み物が美味いと聞いたので、それも注文してみた。
 モールスという飲み物はオーデル皇国では日常的に飲まれてる飲料らしいので、今慣れておくのも悪くないな。

「どんな料理が来るのかな」
「うーん、どうだろうねえ……」

 内容の無い事を言いながら、カウンターの奥から香ってくる匂いを気にして背を伸ばしていると、ブラックが不意に忍び笑いを漏らした。

「なんだよ」
「ん? いや……凄く楽しそうで、可愛いなって思って」
「なっ……」

 ま、また可愛いってお前……っ。
 一気に熱くなる俺に、ブラックは実に楽しそうに目を細めて凝視してくる。

「だ、だからお前人前で……っ」
「恋人を褒めちぎるのは普通の事だって聞いたよ?」
「でっでもそのこんな人前でっ」
「二人っきりの時なら良いの? へー、そうなんだー、良い事聞いちゃった」
「おおおお前なあ!」
「お待たせしましたー」

 我を忘れて騒ぎ出しそうになっていた俺の所に、丁度いいタイミングで店主さんが料理と飲み物を持って来た。ぐ、ぐう……消化不良だけど、こんな静かな場所で騒ぐハメにならなくて良かったかも。

 渋々座り直した俺達のテーブルには、とてもメルヘンなお菓子と飲み物がずらりと並んでいた。

 まずはホットケーキ。果実氷の正体は砂糖漬けの果物を凍らせて削ったもので、ソースと練ってホットケーキの間に挟まれたお菓子になっている。食べてみると、少し重めのクリームと言った感じだが口の中で溶けてかなりウマい。
 ジャムともまた違う食感で、これはこれで凄くいいかもしれない。

 オススメしてもらった“虹雲のゼフィール”は、その名の通り淡いパステル調の色で染められたマシュマロを雲のような形にしたお菓子で、食べると少しの弾力の後じわりと溶けて甘さが口の中に広がった。
 ほのかにフルーツの味がするが、もしかしたらこれがこの世界のマシュマロなのかもしれない。歩きながらでも食べられそうだし、後でどっかにあったら買おう。

 そして名前から中身が想像出来なかったモールスは、ハーブを使ったベリーのジュースっぽい感じの不思議な味だった。
 色からして物凄く甘いのかと思ったら、意外とすっきりしていて飲みやすい。
 これも結構好きな味かも。

「寒い国だから、やっぱ甘い物も結構多くなるんだなー」
「糖分は疲れに良いし、体の熱を上げるっていうもんね。気に入った?」
「うん、ゼフィールとかは持ち歩けそうだし後で買いたいな」

 付き合ってくれ、とホットケーキをモグモグしながら言うと、ブラックは満面の笑みで対面から俺を見つめながら頷いた。

「ああいいよ、それも奢ってあげる」
「えっ!? いやそれは良いって、自分で買うから」
「遠慮しないでくれよ。じゃないと、ツカサ君へのお詫びにならないだろう?」

 それとも、恋人の僕におごられるのは嫌?
 ……と言わんばかりに悲しそうに眉をしかめるブラック。
 いつもなら人の金なんて使えるかと言う所だけど、あからさまにそんな顔をされると何も言えなくて、俺はフォークを口にくわえたままぎこちなく頷いた。

「……う……うん……」

 言うなりまた嬉しそうに笑いだす相手に、なんだか顔がまた熱くなった。
 赤くなってるんだか何だかもう自分でも判らないけど、ブラックの顔が見れなくて目を逸らしてしまう。そんな俺に、ブラックはまた笑い声を漏らした。
 
 ど……どうしよう……なんか凄く……こういうの、デートっぽい……。
 あの、なんていうか、その、真っ当過ぎて逆に恥ずかしいっていうか……。

「ねえツカサ君」
「……う、うん?」
「僕達、防寒具買うの忘れてたよね」
「あ、うん……そう言えば……」

 必死に平常を装いながら、残ったゼフィールを口に放り込みながら頷く。
 そういえば藍鉄の防寒具は馬車屋で借りたけど、俺達の方は全然だったな。
 クロウが宿にいるから後で買おうかと思ってたんだっけ?

 他の事に話が逸れると恥ずかしさも消えて、俺はモールスに口を付ける。
 サイズを確かめずに買うと失敗しそうだし、明日はクロウとロクを連れて選びに行かなきゃなーと思っていると、ブラックは笑いながら水を飲んだ。

「その防寒具……僕が選んでいいかな」
「へ?」

 選ぶって、自分の奴?
 そりゃ当然だろう。自分の持ち物になるんだったら、自分で選びたいよな。

「選べばいいじゃん。俺は別にアンタにコレ着ろアレ着ろっては言わんぞ?」
「いや、そうじゃなくて……」
「んん?」

 そうじゃないならどういう意味だ。
 モールスを飲みほして最後のゼフィールを口に放る俺に、ブラックは額を押さえながら、俺に困ったような目を向けた。

「僕は、ツカサ君の防寒具を選ばせてって言ったんだよ」
「…………ん?」
「だから……好きな人に、自分が着て貰いたい服を着せたいって事……」

 解るかい、と、ちょっと頬を染めながら言う目の前の中年。
 困ったような顔で照れる相手の姿に、また俺は一気に熱が上がり意味が解らなかったブラックの言葉を理解してしまって――思いっきり、椅子から転げ落ちた。

「うわっ、ツカサ君!?」
「ゲホッ、んぐっ、んがっぐ、み、みぐっ」

 転げた拍子にゼフィールを一気に呑みこんでしまい、喉に詰まる。
 思いっきり咳き込んだ俺に、ブラックは自分が残していた飲み物を差し出した。

「ああああほらこれ飲んで!」

 あ、ありがてえ、ありがてえ!
 すぐに受け取って流し込み、俺は周囲に迷惑を掛けないように出来るだけ抑えて咳きをした。騒がしくて済みません本当ごめんなさい。

「ぐ……ぐは……どうにかおちついた……」
「んもー、本当すぐツカサ君はビックリするんだから……」
「うぐぐ……」

 返す言葉もございません。
 でも、やっぱさ、その……自分好みの服を着せたいって直球で言われると、何かガチで恋人っぽいっていうか、なんかその……こんな事を思うのは自惚うぬぼれてるかも知れないけど…………相手に求められてる感が有って、なんか……めちゃくちゃ恥ずかしくて、その……。

「ダメかな……恋人でもそういうのやりたくない?」

 俺の凄い動揺を間近で見て心配になったのか、ブラックは情けない顔をして首を傾げる。なんだか垂れた犬耳と尻尾が見えてきそうなほどの姿だ。
 「お詫びしたいとか言っておいてすぐに調子に乗るのかよ」とか「そりゃ相手が女の子なら解るけど、俺にやるのかそれを」とか、色々思う所はあったけど……。

 でも、そんな顔されると、なんだかもう拒めなくて。

「…………変なの選んだら、容赦なく断るぞ」

 神妙な顔で渋々そう言うと、ブラックは先程の泣きそうなほどの顔はどこへやらで、思いっきり嬉しそうな表情に変わって何度も頷いた。
 ああもう本当このオッサンは!

「やったぁ、ありがとうツカサ君~!」
「で、でも明日だぞ。今日はクロウ達が居ないから、夕飯を買ったらもう宿に戻るからな」

 選ぶんなら全員揃った時の方が都合がいいし、手間も少なくて済む。
 そう言いつつブラックから貰ったモールスを飲み干す俺に、ブラックは先ほどの笑顔とは少し違う、どこかニヤついた笑みで目を細めた。

「んー、明後日の方がいいんじゃないかな?」
「明後日? なんでだよ、物がそろ次第しだい出発する予定だろ?」

 ブラックの目が、俺ではない方を見ている事に今更気付く。
 その視界は俺をしっかりとらえているが、目線は何故か俺が持っている飲み物へとそそがれていた。

「うん、いや……明日出発できるんならそれでいいけど……あのほら、せっかくの珍しい砦なんだし、もう少しゆっくりしても良いんじゃないかなあって思ってさ」
「まあ、遅れるならシアンさんに手紙を出せばいいし……もう一日いたいって言うなら、別にいてもいいけど……」

 何だかよく解らないけど、まあ別に不都合はない。
 もしかしてデートしたのが存外良い気分で、またやりたいとかいうのかな。
 それならそれで、その……別に俺は構わないけど。
 ……い、いやまたデートしても良いとかは思ってないぞ! 違うからな!!

「ツカサ君……それを飲み終わったら、必要な物を買って……宿に帰ってゆっくりしようね」
「お、おう……」

 えっちしたい! とかじゃないんだ……。いや、コイツはデートとかした後には必ずそう言う事言うから、ちょっと警戒してただけなんだけど……珍しいな。
 お詫びも含めたデートだから、今回は遠慮したんだろうか。

 何かそう言うの、ブラックらしくないな。
 変に大人で、今も大人っぽく微笑んで俺の事をじーっと見つめてて、変な感じになる。いつもの変態全開のブラックじゃないから、調子が狂っちまうよ。
 こんな風に優しくされると……恥ずかしくて、何も言えなくなる。

 ブラックの言葉に素直に頷いちまうなんて、いつもの俺じゃないんだけどなあ。

「全部飲んだかい、ツカサ君」
「ん……」
「じゃあ、夕飯を買いにいこう。もちろん、ツカサ君が気に入ったお菓子も一緒に……ね!」

 ああそう言えばおごってくれるって約束してたな。
 
 言ってたけど、やっぱり自分の為に何かして貰えるって言うのを知ったら恥ずかしくて、俺は不覚にも顔を真っ赤にしてしまったのだった。
 こ、これは……甘い物を食べすぎて体温が上がったせいだと思いたい……。










※次はブラック視点、*相当のエロ描写注意です
 
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