344 / 1,264
シーレアン街道、旅の恥はかき捨てて編
買い出しデートは甘々で2
しおりを挟むとりあえず、まずは馬車屋に行かなければ。
常冬の国であるオーデル皇国を旅するには、防寒性のある馬車と、それを引く馬に装備させる防寒具を揃える事が絶対条件である。
しかし、このデパートみたいな空間のどこに馬車を置くでっかいスペースがあるんだろうか。どう見ても無理そうなんだが……と地図が乗っているパンフレットを見ていると、ブラックが目的の店を見つけた。
「ツカサ君、あそこだよ。オーデル側の端っこの所に釣り看板がある」
「え、マジ? ……あ、マジだ。でも馬車とかがあるように見えないよな……? 店の範囲も狭そうだし……」
「とにかく行ってみよう。早く済ませてデートしようね!」
「う、うぅ……」
だからさあ、そう直球で言われるのが慣れないんだってば。
俺より背の低い可愛い子に言われたら素直に嬉しいんだけど、相手は俺より背の高いヒゲ生やしたオッサンだからね。しかも俺が女役だからね……。
男役ならまだ恥ずかしくなかったのかも知れないが、自分の立場とかやらされる事を考えたら、どうしても素直にくっつけない。
そう言う照れがブラックをヤンデレ化させるのは解ってるんだけど、俺は腐っても日本男児だ。美少女の裸体観賞を嗜むのが趣味なのだ。
同性同士の恋愛が当たり前の世界でも、どうしたって照れは捨てきれない。
無人の場所なら手もなんとか繋げるけど、こんなに人がいる場所じゃ無理だよ。つーか普通の男女カップルでも、街中で手ェ繋ぐのってハードル高くないか?
あんなんさらっと出来んのイケメンか相思相愛バカップルだけだろ。
俺絶対人前で出来る気がしないわ。あれはリア充の行為だわ。
「ツカサ君ココだよ」
「ファッ!? あ、そ、そう!」
「何か凄い唸ってたけどどうしたの?」
「い、いやちょっと、世の人々は大胆だなと……」
「ん? なんかよく解んないけど、早く行こ」
俺の発言に首を傾げたものの、早く用事を済ませたいのが勝ったのか、ブラックは気にせずに店の敷地へと入って行った。ほっ、突かれなくて良かった。
「いらっしゃい。ごゆっくり見て行って下さいね」
カウンターに座る人の良さそうな太ったおじさんの声に、俺達は会釈をしつつ店内を見る。遠くから見た限りでは何かがあるようには見えなかった店だったが、入ってみるとなるほどと思わせる工夫がなされていた。
店内には見やすく背の低い棚が至る所にあり、そこには様々な馬車のミニチュアと馬の人形がずらりと並べられていたのだ。
「はーっ、なるほど! これなら屋内でも馬車を選べるな!」
「これは模型……かな? 物凄く精巧な造りだね……扉も車も動くとは……」
「お客さん達、オーデルの馬車屋は初めてかい」
「あ、はい。俺達ディオメデを一頭預かってまして……これからそのディオメデで首都に行く予定なんですけど、どんな馬車がいいですかね」
俺達が初心者と判るや否やすぐに説明しに来てくれたおじさんに、こちらの予定を説明する。すると相手は少し悩み、カウンター近くに在る馬車と人形遊びに使うような小さくて可愛い防寒具を取り出した。
うっ、うう……なんだこれ……可愛すぎる……っ。
「三人乗りで軽量、ディオメデ一頭の馬力で楽に引ける馬車となると……こちらの軽銀鋼を使用した中型馬車はどうでしょう? 首都へ向かう予定でしたら、ラフターシュカの街を越えるまでは積雪もそれほどではありませんし、ラフターシュカまではこの軽量で防寒性もそこそこの馬車にして、街に着いたら重装備に変更……という方が金額もお安くなるかと思いますが」
あまりにも商売っ気の無い見立てに俺達は思わず気圧されてしまったが、店員のおじさんの言う事はごもっともだ。
訊くところによると、俺達が進む予定の街道はそのラフターシュカという街まではそこそこ軽装で行けるらしく、なんなら徒歩でも問題無いらしい。
もう一頭店から馬を借りたとしても、防寒具を装備して三人乗りの馬車を引くのはやはり重労働だ。ならば、その方がいいだろう。馬車屋はオーデル国内の全ての街に存在しているレンタル屋なので、馬車と防寒具はそこに返却して良いし、二度目の利用になれば割り引いてくれると言うので、俺達に拒否する理由は無かった。
藍鉄は俺達に協力してくれてるんだし、出来るだけ負担を減らさなきゃな。
ただでさえデカブツが二人に増えてるんだし、馬車には荷物も積むんだし。
とまあ、これだけ注文を付けたらかなり高いだろうと思っていたのだが、料金は意外と安く銀貨五十枚程度だった。
もっと設備の良い馬車で馬も借りるとなるとまだ高いらしいが、数日の旅程ならそこまで設備はいらないらしいので、この程度の値段になるとのこと。
オーデルは馬車レンタルが盛んなようで、思ったよりお高くはないようだ。
まあ……庶民も使うなら、そんなに高くちゃ借りれないもんな。
手続きをして貰いつつ、俺はその間も馬車のミニチュアを観察していた。
「それにしても……すっごい精巧な模型ですね」
俺が想像していたおとぎ話の馬車よりも二三倍横に長い不思議な形の馬車は、普通のモノより遥かに居住性が高い。中には寝るスペースなどもちゃんと確保されていて、ヒポカムの乗合馬車より大きなほどだった。
しかし驚きなのは、やはりその内部すら精巧に作られている模型だ。
車輪はスムーズに動き、馬車のドアも何事もなく開く。
それを引く馬の人形は艶やかな栗毛のすらりとした馬で、ありとあらゆる防寒具を試着するマネキンの役目を立派に果たしていた。
……というか、モコモコの防寒具を着込んだ馬がとても可愛らしい……。
いいなあ、これ欲しいなあ……。
料金の精算中ずっと馬車とウマを見ていた俺に、おじさんは笑った。
「ははは、そんなに模型を見てくれる人は久しぶりだね。気に入ったのかい」
「は、はい! だってこんな凄いの今まで見た事なかったし……なんかこう、ここまで細かく作られていると蒐集したくなるっていうか……!」
「ツカサ君こういう可愛くて小さいの好きだもんねー」
「うっうるさいな!」
いいじゃないか、俺はミニチュア模型も好きなんだよ!
シル○ニアファミリーとかも別に遊びたくはないが、ああいうちっちゃな家具とか精巧につくられたミニチュアな建物とか、めちゃくちゃ可愛いと思っちまうタチなんだよ! 悪いか!
男だって可愛いものは好きなんだ……ってこれ二回目だわ。
「そんなに気に入ったなら、ラフターシュカの模型工房に行ってみたらどうだい? 首都の工房にはさすがに敵わないけど、ラフターシュカで作られている模型も実に成功で素晴らしいよ。特に生物の模型は人形技師にも勝るとも劣らない」
「ラフターシュカも工房の街なんですか?」
「ああ、おとぎの街と言われていてね。子供達が遊ぶ玩具やこういう精巧な模型、それに嗜好品なんかも作ってる素敵な街なんだよ。珍しい乗り物もあるから、あの街は旅行者や君達のような恋人達には人気があるんだ」
そう言って笑う、店員のおじさん。
ラフターシュカって凄く素敵な街なんだな、是非行ってみたいな……と思うより先におじさんの言葉に固まってしまい、俺はひっかかった単語を訊き返した。
「あ、あの……こ、こいびとって……」
「あれ、違ったかな? 馬車を選んでいる時の君達は、とても仲睦まじそうだったから、つい……あ、じゃあ新婚旅行とかでもないんだ?」
「しんこんっ!?」
思ってもみなかった追撃に絶句してしまった俺の隙をついて、ブラックは素早く動き俺を背後から抱き締めると、上機嫌でおじさんに応える。
「いや~、やっぱりそう見えちゃいました? 恋人なのは当たってますけど、残念ながら新婚旅行じゃないんですよ~えへへ~」
「おやそうだったのかい。しかし仲が良いのは当たったんだねえ」
「僕達の関係ってやっぱりそう見えますかー」
「一瞬親子に見えたけど、なんか雰囲気がねえ」
「やっぱり~」
ブラックは喜んでるけど、ちょっと待って下さいよ。
最初親子に見えたけど雰囲気で解ったって事は、俺達の周囲の空気は恋人or爛れた関係っぽい怪しい空気が漂ってたってことなのでは……?
第一印象が親子って所からして、周囲にはアカン関係にしか見えてない可能性があるんだが、あの、それってヤバくないか。
そんな雰囲気を無自覚で漂わせて歩いてたって事は……け、結局、俺が恥ずかしがろうが嫌がろうが、お、お、俺達は他人にそう言う関係に見えて……っ。
「おい坊ちゃん、顔が赤いけど大丈夫かい?」
「あ、これは照れてるだけなのでお構いなく……えへへ……えっとそれで、馬車の実物はどこに行けば?」
「ああそれは出国門を出たら係員が持って来てますので大丈夫ですよ。ウチの馬車屋は皇室御用達なので、警備兵達との連携が取れるんです。なので、貴方達が門を出る連絡がくれば、馬車を専用の倉庫からお出ししておきます。その為にご芳名を頂戴したので……」
「へえ、至れり尽くせりだねえ」
ああ勝手に話が進んでいく。
なんかすげー説明されてるのに、頭に入ってこない。
その内あっという間に説明が終わってしまって、俺は店の外に連れ出された。
俺はブラックに解放されたものの、それでも手を取られたままだし俺はショックで動けない。
それを良い事に、ブラックはずるずると俺を引き摺って歩き出してしまった。
もうなんていうか、恥ずかしいの許容量が越えちゃったんですけど。
俺がどんなに恥ずかしがっても周囲に「あっ、あいつらヤッてる関係なんだな」と気付かれるって言う事実を聞かされたのが物凄くショックで、なんも入ってこないんですけど。
そうして、打ちひしがれてただただブラックに引き摺られていると。
「ツカサ君、ここ見て!」
「え……?」
どこまで引き摺られていたのか解らず、ようやく正気を取り戻した俺は、ゆっくりと立ち上がってブラックが指をさした方向を見やった。
するとそこには……。
「喫茶店……?」
焦げ茶色の年季の入った木製の壁に、色ガラスが嵌め込まれた飾り窓。
他の店とは明らかに違う、壁でしっかりと仕切られたその店の看板には『喫茶』と言う単語と店の名前が書かれていた。
古いデパートには、昭和レトロな外観のままの喫茶店があったりすると言うが……まさか、こんな店まで存在していたとは……。
「あの案内の紙に、甘い物が食べられるって書いてあったんだ。食べていこう?」
「え……アンタ甘い物好きだっけ?」
白パンが好きなのは覚えてるけど、そこまで甘い物に執着してただろうか。どういう事だとブラックを見上げると、相手は照れ臭そうに笑った。
「やだな、僕のためじゃないよ! だってさ、ほら……ツカサ君は甘い飲み物とか好きだろう? だから、こういう所でデートしたら喜ぶかな~って思って」
そう言って、情けない笑顔で頭を掻く相手に、不覚にも俺は……どきんと、心臓を強く跳ねさせてしまっていた。
だってこれ……ほんとに、デートみたいで、その……。
「あ、アンタ……そんな事考えてたのか」
「当たり前だよ、ツカサ君と久しぶりのデートだもん。僕だって色々と勉強してるんだからね」
そう言えば俺は「恋人というものを勉強しろ」と言ったような気がする。
努力をしろとも言った気がする。
俺としては「ブラックが出来るかどうか解らないけど」っていう気持ちで言った、相手の暴走に対する牽制でしかない言葉だったけど……ブラックは、それを今までずっと守り続けて来たのだ。
俺と、ちゃんとした恋人になりたいから。
「…………ブラック」
「さあツカサ君、入ろう」
嬉しそうな声で、俺の肩を抱くブラック。
そんなだらしない顔をされると、何も言えなくて。
「…………奢ってくれんの?」
「もちろんだよ。これはお詫びのためでもあるからね」
お詫びとかしおらしい事を言ってるのに、相手はとても楽しそうだ。
「…………」
さっき手を叩き落としたの、ちょっと悪かったかな。
そんな事を今更考えながら、俺はブラックと一緒に店に入った。
→
※引き続きらぶらぶデート……('A`)
21
お気に入りに追加
3,685
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。





ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる