異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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シーレアン街道、旅の恥はかき捨てて編

2.とある三人旅の夕べ

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 宵闇のとばりが落ちて、赤煉瓦れんがの街道もゆっくりと黒に沈んでいく。
 路上灯が一つもない道は星明りだけが周囲を照らすしるべとなるが、街の明かりから離れた世界ではその光はあまりにも頼りない。
 そんな道幅の狭い街道を、俺達は北へと進んでいた。

 大型馬車が通る街道を行けば道に埋め込まれた路上灯があって夜でも明るかったのだが、急ぐ旅の俺達にはそんな道を悠長に通る時間が無い。
 この人通りの少ないさびれた細い街道――――シーレアン街道が、オーデル皇国とベランデルン公国を結ぶ国境の砦に一番早く着く街道なのだから。

「しっかし……ここまで暗いとなんか街が恋しくなるなぁ……」

 火を焚きながら、俺は真っ暗で星が少ない空を見上げる。
 標高が低いと星が少なく見えると言うが、クジラ島で見た美しい夜空と比べると、どうにも見劣りすると思ってしまう。

 本当なら、このレベルの星空だって俺の世界じゃ滅多に見れないってのに、凄い物を見ると感動が上書きされてしまうようだ。
 いかんいかん、大地から浮かび上がる気がないんだから、星の光が少しあるってだけでもありがたいと思わなきゃ。

 煉瓦造りの古びたかまどの火力を調節しつつ、俺は自分の贅沢さをいましめた。
 そうそう、こんな野外でまた竈を使って料理が出来るだけでもありがたいんだ。この場所に辿たどり着けなかったら、俺達はまた干し肉をあぶって食っただけで満足しなければいけなかったのだから。

「それにしても、ベランデルンの街道にもキャンプする所があるなんてなー」

 そう。俺達は今、道の途中にある「休息所」で野宿の準備をしている。
 休息所と言えばライクネスで似たような所で夜を明かした事が有るが、この国でもそういう場所はちゃんと作られていた。

 ベランデルンは、草原がほとんど存在しない国だ。街道の周囲は全て何らかの畑であり、時々森が見える事もあるが、それらも紅葉した木々の集合体なので野宿をするには少々難しい。
 だってほら、落ち葉だらけの地面じゃ焚火もできないからね。

 だからなのか、ベランデルンでは村が少ない街道にはこうしたキャンプを出来るような休息所が作られていた。
 勿論、設備は野ざらしにしても問題ない竈に、雨風をしのげるボロボロの東屋あずまや、そんでもって落ち葉や雑草の無いまっさらな地面というだけ。シンプルだ。
 けれどこの国ではそのシンプルさこそが逆に貴重なのだ。
 だってここ、落ち葉か農作物でぎっしり周囲が埋まってるんだもん。
 火なんか危なっかしくて使えやしないよ。

「いやー、本当に休息所があってよかったなーっと……うーん、干し魚のスープはこれでいいかなー?」

 竈の火にかけているのは、折り畳みの鍋。
 中には柔らかい黄金色のスープがたっぷりと入っていた。

 この干し魚は、ファラン師匠に餞別せんべつで貰ったものだ。
 ランティナはまだ元の状態に建て直せていないので、餞別とお見送りは結構ですと断ったのだが、結局流されて師匠とギルドのみなさんに餞別を頂き見送って貰ってしまった。
 リリーネさん達海賊ギルドの人達は、後始末に忙しいから来られなかったそうだが、こちらからも餞別と言伝を貰ったのでむしろ俺は恐縮しきりだ。

 つーか、大勢の人に見送られるのって実は今回が初めてでな。
 ちょっとした英雄っぽい感じになってしまったが、実際そんな感じでお見送りされると小市民の俺としては物凄く気恥ずかしい。
 師匠なんて「お別れしたくないアル~」って泣いちゃって大変だったが……でも正直、こういう旅立ちも悪くなかったなあ。いかにも冒険者って感じだし、終わりよければ全て良しって感じだったしな。

 それに、師匠には色々な食料と野草に関する知識を餞別として頂いたし!
 ……それが一番嬉しかったとは言わないでおこう。うん。
 閑話休題。とにかく、そのおかげで今回の旅路は意外と豪華なわけだ。

「干し魚のスープに、干し肉とハムの白パンサンドイッチ。そんでもって、クレハ蜜の入った温かい炒り麦のお茶……うむ、我ながら簡易の台所で良く出来た!」

 炒り麦のお茶……つまり麦茶も師匠がくれた。
 そういや小麦があるんだから麦茶だってあるはずだったんだよな。緑茶は原料の木がヒノワやシンロンにしかないから高価だけど、エールの原料である大麦は比較的どこの国でも栽培されている。

 だから、お茶を飲みたい時にはって事で、俺に製法を教えてくれたのだ。
 麦茶なんて婆ちゃんの家に行った時くらいしか飲んでなかったし、甘味を加えることも全くした事が無かったけど、やってみると結構ウマかった。

 少なくとも、甘い飲料に飢えている俺にはうってつけだ。
 甘かろうがノンシュガーだろうが、やっぱり日本人はお茶だよね……!

 旅するにつれて俺が好きな食べ物が食べられるようになってるので、嬉しいなあとウキウキしつつ、俺は四人分の食料を皿に盛り焚火の番をしているブラック達の元へと持って行った。

「お前らメシだぞー」
「おおっ、待ってました! あっ、残りは僕が持って来るね」
「良い匂いがするぞ、ツカサ。今日のはなんだ? 甘いお茶はあるか?」
「キュー!」

 俺が料理を持ってくると顔を輝かせるオッサン二人と可愛いロク。
 うむうむ、良い気分だ。
 大した料理は作ってないが、それでも美味いって喜んでくれるのは嬉しいよな。
 強制的に料理当番にさせられて不服ではあるが、やっぱり自分でもウマく出来た物を認めて貰えるってのは実に気持ちがいい。
 今はそれが三人分(時々藍鉄とかペコリア)なので、気持ちよさも倍増だ。
 まあ、そんなゲスい事はちょっと格好悪いので言わないけどね。

 スープの器とお茶を持って来てくれたブラックにお礼を言いつつ、俺達はちょっと遅めの夕食を美味しく頂いた。
 ブラックとクロウも麦茶を気に入ってくれたのか、結構なペースでぐびぐび飲んでくれる。エールも同じ麦芽製品だが、俺には飲みなれてる麦茶の方が美味しい。
 しかも炒る前の大麦も、炒った後の奴もわりと保存がきくので、かなり助かる。麦茶切れを心配する必要も無かろう。

 ぺろりとサンドイッチとスープを平らげたロクに俺の分を分けてやりながら、俺は焚火にヤカン代わりの蓋つき小なべを入れて麦茶を煮出した。
 やっぱ食事中はノンシュガーがいい。

 それぞれ夕食を堪能するオッサン達を微笑ましくみつつ、俺はこれからの旅程について今一度確認して置こうと思い、空を見ながらと呟いた。

「えーっと……シーレアン街道を通って国境の砦【ファッシュザイネン】で装備を整えて、そんで……」
「北西の首都へ続く大街道【シューデリカ】を馬車で五日って感じかな。……ああそうそう。ツカサ君、オーデルに入る前にファッシュザイネンで馬車とアイテツ君用の防寒具を借りなきゃね」

 俺の言葉を隣で聞いていたのか、ブラックが魚のスープを飲みながら言う。
 そうか、確かにそうだな。
 この街道は藍鉄で駆け抜けるにはかなり狭いので、交互通行を避ける為に三人とも徒歩で進んでいるのだが、オーデルに入ると徒歩という訳にもいかなくなる。

 なにせ、雪に覆われた国だ。今の俺達みたいな軽装で歩いていたら、間違いなく凍えて死んでしまうだろう。まあ、俺達が通るルートは比較的南の方なので、雪もそこまで積もっていないって事だったが……用心はした方がいい。
 クロウの事でシアンさんに口利きを頼んでるし、急ぐんなら馬車じゃなきゃな。
 ってな訳で、ブラックが「馬車を借りた方がいい」と提案して来たのだ。

 今までは金が無かったので馬を借りる事も無かったが、どうやら町や国境の砦ではそういうサービスを行うお店があるらしい。
 ブラックの言う事には、オーデルでは馬車を借りて旅路を急ぐのが当たり前になっているので、馬車屋が多いとの事だった。

 馬車かー……今の俺達ってば結構リッチだし、出来たら藍鉄への負担が少ない車とかを借りたいが……しかし、どんなものが有るんだろうな。

「ツカサ、一つ聞きたいんだが……アイテツとはなんだ?」

 スープのお椀をぺろぺろと舐めながら聞いて来るクロウに、俺は手を叩いた。

「あ、そっか。クロウはまだ挨拶してなかったんだっけ。俺、ある人にディオメデの召喚珠しょうかんじゅを貰っててさ。そのディオメデの名前が藍鉄って言うんだ。凄く賢くて優しい良い馬だよ。今日はもう寝てるだろうから、明日紹介するよ」
「キュキュー!」
「そうそう、ロクも仲良しなんだよな~!」

 俺の肩に上って来て、嬉しそうに鳴くロクの頭を撫でてやる。
 はははこやつめ、急いで食べ過ぎて口に沢山お弁当がついてるぞ~。

 取ってやりながら何気なくブラックを見ると、ブラックは神妙な顔でロクをじーっと見つめていたが……やがてその対象を俺に変えると、自分の頬を指で突いた。

「ツカサ君、僕にも食べ残しがあるから取ってくれないか」
「いや付いてないじゃん」
「付いてるよ! 見えないだけで付いてるよ! だから……ツカサ君の口で、舐めて取ってくれないかな~って」
「却下」

 きっぱりと切って捨てる俺に、クロウが追い打ちをかけるがごとく反対側から辛辣しんらつな言葉を吐き捨てた。

「お前は本当に変態だなブラック」
「はぁ? お前にだけは言われたくないんだけどこの駄熊」
「オレのどこが変態だ」
「いい年して熊の耳つけてるところかな!」
「俺の種族を愚弄するかこの万年発情男!」

 そんな事を言いながら、俺の両脇のオッサン達がぶわっと立ち上がる。
 ああもうこの喧嘩もう何度目ですかねえ。あんたら一応和解したんでしょうに、どうしてこんな不毛な争いを続けてるんですか。
 三つ子の魂百までもですか。勘弁して下さい。
 今日の喧嘩、十回を越えてるんですけど。
 もう仲裁ちゅうさいする気力も無くなって来たんですけど。

「はぁあ……オーデルの首都に着くまでに胃がどうにかなりそう……」
「キュゥウ……」

 つかさ、おなかだいじょうぶ? と俺だけに解るテレパシーで伝えてくれるロクに、大丈夫だよと笑いかけながら、俺は深い溜息を吐いたのだった。

 解っちゃいたけど、悪い意味で賑やかになったなあもう……。









 
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