329 / 1,264
波乱の大祭、千差万別の恋模様編
誓約
しおりを挟む痛々しい痣の残るその滑らかな肌を見ただけで、心臓が高鳴る。
恥ずかしげな表情や、服の隙間から覗く肌にすら興奮する。
服を着せてやっていると言うのに、その行為にすら自分の凶悪な衝動は反応してしまうのだから始末に負えない。
自分の手でツカサの全てが隠匿されていくのだと思うと、脱がすのとはまた別の快感が湧き起って来て、それだけで眠っている彼に乱暴を働いてしまいそうだったが、先程の相手の反応を思えばそんな無体な事も出来ず、ブラックは自分の弱さに苦笑しながらツカサを抱き締めた。
(ごめんね、ツカサ君……わがままばっかり言って……嘘だよ、そんな事しない。だってそんな事して嫌われるのは、僕なんだから。ツカサ君から嫌われるなんて、そんなの耐えられないよ……)
あんな酷い事を言って相手を試したのは、言ってしまえばただの嫉妬からだった。ブラックは、あんな酷い事を言っても尚、ツカサが自分を許してくれるのかを確かめたかったのだ。
そんな事でもしなければ、ツカサが本当に自分の“全て”を受け入れてくれてるのかを、実感できなかったから。
(…………ツカサ君はお人好し過ぎるよ。それに、深く考えないで言ったでしょ、さっきの事…………四肢をもがれて監禁されてって、それで外に出れるわけないじゃないか。腕も足も奪われたんだよ? それって、僕が居なきゃ何もできなくなってるって事なんだよ……? 第一、叱るだけで僕が外に出すなんて、ほんとにそう信じてたのかな)
そんなこと、ありえない。
四肢をもぐほどの残虐性を暴露してしまえば、もうブラックは己の中のどす黒い衝動を止められなかっただろう。どんなにツカサが泣きわめいても、解放せずにずっと閉じ込めてしまうはずだ。
自分のそんなどうしようもない凶暴さは、自分が一番分かっていた。
だからこそ、それでもいいのかと、言ったのに。
(僕の事かい被り過ぎだよ、ツカサ君……。そんな事しないって、それはツカサ君が嫌がるからしないだけだよ。君が本当に僕だけのモノになるのなら、監禁して、毎日ドロドロになるまで愛して、僕のことしか喋れなくなるように調教するさ。でも、そんな事をしたらツカサ君は今のツカサ君じゃなくなっちゃうかもしれない。それが怖いから、だから、我慢してるだけなのに……)
考えて、己の臆病さと身勝手さに失笑が漏れる。
なんとみじめな考え方なんだろうと思うと、胸が痛くて仕方なかった。
(本当に、情けない男だな……僕って奴は……)
――恋人になれば、相手を縛れると思っていた。
だけどそれは大きな間違いだったと今更ながらに痛感する。
確かな繋がりを認めたからこそ、ツカサの博愛主義が余計に憎らしくなって執着は増すばかりで。あの熊が死ぬ瀬戸際だったという話を聞かされても、ブラックはツカサの行為をどうしても笑って許してやれなかった。
何故なら、あの熊がツカサに惚れていると言う事を知っていたから。
(ツカサ君は僕のものなのに。僕にはツカサ君しかいないのに、ツカサ君以外の奴なんていらないのに、どうして君にはこうも邪魔な蟲が這い寄って来るんだろう)
そう思いながら、安らかな寝息を立てている小さな体を抱き締めた。
……理由なんて解っている。自分がこの愛し子に惹かれたのも、誰彼かまわず人を惹きつけてしまうのも、彼が自分達の根深い心の闇を照らすからだ。
だからこそ、自分もこれほどまでにこの腕の中の存在に執着している。
あの熊も恐らくは……同じ理由でツカサを好いているのだろう。
だからこそ、ブラックも相手を許してやれなかった。
ツカサが自分に優しい事を知っているからこそ、尚更。
やはり目障りだなと大きな溜息を吐いて、ブラックは熊が横たわっている大きなベッドに苛立った声を放った。
「おい、起きてるんだろ。鼻息荒くしてるのが丸解りだぞ駄熊」
そう言うと、ややあってのっそりと毛皮を覆った体が動いた。
「…………いつから気付いていた」
とても獣の出す声とは思えない人間らしい声音で、熊がこちらを向く。
高い鼻梁の先をすんと動かして起き上がった獣に、ブラックは半眼で息を吐いた。
「最初からに決まってるだろう。タヌキ寝入りとは恐れ入ったが、ツカサ君が裸になる所で鼻息を荒くしてるのはいただけないね。思い人が泣いて痴態を披露してるのに興奮するってのは、良い趣味とは言えないと思うんだけど」
そう言いながら、ツカサを抱き締めたままで椅子に腰かける。
二人分の体重を受けた木製の椅子はぎしりと鳴ったが、それを気にする事も無くブラックは見せつけるようにツカサの背中の線をゆっくりと指でなぞった。
口調も態度も挑戦的なブラックに、クロウは毛皮に包まれた口からわずかに牙を見せて威嚇をしたが、やがてフンと鼻息を鳴らすと姿を人のモノへと変えた。
“気”が模倣した煙に隠れて、体の造りを一瞬で変化させる獣人の技。
目の前で見たのは初めてだったが、煙の中から出てきた全裸男を見て、心底後悔した。話しかけたのは自分だが、興味もない男の裸なぞみたくもない。
早く服を着ろ、と浅黒い肌の相手に言葉を放ると、相手は面倒なのかブラックの言う事を聞く気が無いのか、被っていた布を腰に巻きつけてそこに座った。
「恋人に無理矢理命令して服を脱がせるのも、良い趣味とは言い難いが」
こちらを威嚇する言葉だが、その台詞とは裏腹に表情は無い。
無表情なのは相手の常とは言え、しかし今の相手はどこか神妙にしているような感じがして、ブラックは訝しげに眉を顰めた。
「お前には言われたくない。ツカサ君にあれだけ守られておいて、僕がツカサ君に酷い事をしても何も言わずに黙ってるんだからな」
「……性欲と相手を思う気持ちは別だ」
「だから、放って置いたって? お姫様の騎士気取りが笑わせるね」
「お前もだろう。元より、お互いにまともな性根など持っていないのだから、人の事をどうのと言えないはずだ」
まあそれもそうか、と初めて相手に同意するような気持ちが湧いたが、同意するのも癪だったので、ブラックは沈黙を決め込んで口を歪めた。
自分からツカサを奪おうとする相手の事など、少しも認めたくなかったのだ。
そんなブラックを相手はじっと見つめていたが、やがてぽつりと言葉を零した。
「…………ツカサが、言ってくれたんだ」
「……は?」
「ツカサが、オレに“生きろ”と言ってくれたんだ」
端的な言葉の意味が解らずに眉根を寄せるブラックに、クロウは続けた。
「ブラック、オレはお前に謝らなければいけない。……そして、償えと言われるのならば、償わねばならない。オレはお前に殺されてもおかしくない事をしたから」
そのセリフでようやくクロウが何を言いたいのかを理解したブラックは、フンと鼻を鳴らしてクロウを睨み付けた。
「ツカサ君を二度も犯そうとしたって事か?」
不機嫌を露わにしたブラックに、クロウは初めて驚いたような表情を見せた。
だが、そんな表情なんてこちらも想定内だ。むしろ今まで隠せていたと思った事の方に怒りを覚える。こちらだってバカではないのだ、ツカサの態度やこの駄熊の変化を見れば嫌でもわかる。
何より、唯一愛する者の事なのだ。解らないはずが無いではないか。
一度目は「誰かに襲われた」ところまでしか解らず、ツカサを泣かせてしまったが、今度はツカサ自身の変化を見て、ハッキリと判った。
何かを隠すような、しどろもどろな話しぶり。どう考えても空白の部分が残る、変な説明。それは、パルティア島で乱暴をされて帰って来た時のツカサの説明とまるで一緒だった。……それに、態度だってそうだ。
強姦未遂の事を隠して話すのを申し訳ないと思っているのか、辛そうに顔を歪めるツカサの表情は、あの時とまったく一緒だったのである。
そんな態度を取られて、“あの時の犯人”とクジラ島で起こった事を推測できない奴はバカしか居ないだろう。
この熊は、自分がファランに連れられて島を捜索している間に、またツカサを襲って彼を泣かせるような事をしたのだ。
そして、またもや慈悲深いツカサによって庇われ守られている。
だからこそブラックはクロウが許せないのだ。
見くびるなとばかりに目を細めると、クロウは観念したように肩を落とした。
「ハ……。そう、だな。獣人を凌駕するほどの能力を持つお前の事だ、最初から解っていても不思議はなかった。……なのに、オレをツカサの傍に置いたのか」
「ツカサ君がそう願ったから。……本当は引き裂いて殺してやりたいくらいお前が憎いけど、それをやって嫌われるのは僕だからね……まったく、お前みたいな奴が一番嫌いだよ、僕は」
「……隠して殺せば、知られない」
「元々が獣だと、脳みそも獣程度しかないのか? その程度でツカサ君が騙せるんだったら、僕だってこんな風に他人に好き勝手させたりしてないさ」
知ったような口をきくなと再度睨み付ければ、クロウは何故か口の端をわずかに歪めて笑った。
「償う事すら、許してもらえないか」
「償う? 違うだろう、お前は当てこすりをしたいだけだろうが。僕がお前を殺せば、ツカサ君はお前の事を更に強く思う。同時に、僕の事を疑うようにもなる。……そういう一番胸糞が悪い罠に嵌るなんて、御免被るよ」
「…………性格が悪いぞ、お前」
「お前に言われたくないって言ってるだろ」
喧嘩腰では話が続かないのは解っているが、言い返さずにはいられない。
抱いたツカサを強く抱き直して、ブラックは力なく自分の方に頭を預けるツカサの首筋に鼻を埋めた。相手へ見せつけるように。
そんな姿をクロウはじっと見ていたが、やがて、何かを決心したかのように姿勢を正すと、ブラックに改めて向き直った。
「……償えないと言うのなら、認めてはくれないか」
無言のままのブラックに、クロウは負けずに言葉を継ぐ。
「お前とツカサの恋路を邪魔するつもりはない。だから、オレがツカサを愛する事を、ツカサの傍にいる事を、認めてくれないか」
「……どの口がそんな事をいうのかな」
「横恋慕、ずうずうしい、言いたい事はもっともだ。お前の言いたい事は、解っている。だが、それでもオレは……諦める事は出来ない。オレにとっても、ツカサが最後の人だから……!」
――――その言葉に、ブラックは瞠目した。
「業に染まったオレを、乱暴を働いたオレを許してくれるのは、認めてくれるのは、それでも生きて欲しいと言ってくれるのは……ツカサだけなんだ……!!」
「……っ」
「確かにツカサのお前への感情と、オレに対する感情は違う。ツカサは、お前に全幅の信頼を寄せている、頼っている。オレがお前達の絆に入り込む隙間はない」
「…………」
「だが、ツカサはオレに触れられても拒まなかった。オレが大事だと言って、抱き締めてくれたんだ。……自分を犯そうとした、卑しいこのオレを……」
そうだろう。
ツカサはそう言う人間だ。例え酷い事をされようが、相手を受け入れてしまえばとことんまで許してしまう。
だから、脛に傷を持つ者ほど、彼の無類の寛容さに惹かれ、ツカサの際限のない優しい抱擁に溺れるのだ。
それを一番味わっているブラックは、クロウの言葉を否定できなかった。
否定できないどころか、それ以上に……――――。
(こいつ……)
「……その気持ちは、お前へ向ける物とは違うかもしれない。お前とツカサの関係には劣る感情なのかも知れない。だけど、オレはツカサのその気持ちも、愛と同じだと分かったんだ。だから、オレは生きたいと思った。お前の名を心底嬉しそうに叫んだツカサを見て、お前に嫉妬して……生きたいと、そう思った」
「だから……キスをしたって言うのかい」
自分でも驚くほど冷静な声音に、クロウはただ頷いた。
「あの時……キスをして貰えた時、俺は……例え“一番”になれずとも、好きな相手に受け入れられる事も、愛を乞える手段もあるのだと悟った。……恋人である事が、一番の存在である事が重要なのではない……ツカサがオレを愛し認めてくれる事が全てなのだと、解ったんだ」
今の自分には、耳に痛い言葉だ。
そしてクロウが自分へ向けて来る真っ直ぐな橙色の瞳も、ブラックには眩しくてとても見ていられなかった。
「だから、いい。お前の次で良い。恋人じゃなくても良い……! お前とツカサが許してくれるのなら、オレも……ツカサの傍にいて、ツカサを愛したい……!」
年下ではあろうが、自分と同じ青年をとうに過ぎた歳の相手が、必死に訴える。
見ていて気持ちの良い物ではない。きっと笑われるくらい情けない姿だろう。
だが、ブラックにはそのクロウの姿を笑えなかった。
何故なら……――
(ああ、いやだ。まるで僕の言えない理想論を代弁しているみたいだ)
クロウの言葉は、ブラックが言えない、怖くて認められない物だったから。
「……僕とツカサ君は、恋人だよ」
「承知している、お前達が交わる事を邪魔するつもりはない」
「目の前で自分のつがいが嫉妬の対象に良いようにされていいの」
「無論だ。ツカサが嫌がっていれば邪魔はするが」
「じゃあ、なんだい。僕がツカサ君の恋人である事を、否定しないのか?」
そう言うと……クロウは初めて憐憫を覚えたように表情を曇らせて首を振った。
「もう、止めろ。否定なんて意味がないのは、オレ達が一番よく知ってるだろう」
「は……」
「元より、オレ達にツカサを否定する権利は無い」
「……!」
「オレ達が、ツカサを選んだんじゃない。……オレ達を選んでくれたのは…………ツカサだ。それが真実だからこそ、オレもお前も、ツカサに執着してるんだ。……そうだろう?」
クロウのその言葉に、ブラックは言葉を失くした。
まさかそこまで相手が理解しているなんて、思わなかったから。
(……ああ、そうか。だからツカサ君は、この熊の事を……)
心内で呟いて、ブラックはようやく、ツカサが何故このクロウクルワッハという獣人を必死に庇うのかを理解した。
ブラックとは違う存在だが、この男もまたブラックと同じ闇を抱えているのだ。
だからこそ、ツカサはこの男の事も受け入れたのだろう。
ブラックを救ってくれた時と、同じように。
腕の中で安らかに眠るそのあどけなさに似合わぬ、自分達よりも強い心で。
(…………解ってはいたけど、自信失くしちゃうな)
その優しさを思えば思うほど、自分も特別ではないかも知れないと思えてくる。
……別に、ツカサの感情を疑う訳ではない。だが、不安になるのだ。
この男が自分と同じ人種であるとすれば、自分への感情も所詮「初めに出会ったから」に過ぎないのではないかと。もし、出会う順番が違っていたら……自分は、目の前の相手と同じ苦しみを味わう事になったのではないかと……。
しかし、その不安を否定したのは、皮肉にも目の前の「二番目」だった。
「……お前はまだ勘違いをしているようだな。言っておくが、オレは一番じゃない。ツカサは、オレを受け入れてもお前の事を一番に思っていた。それは恐らく順番を違えたとしても同じだ。ツカサは、お前だから『一番』にしたんだ。オレには、それが分かる」
「…………お前……」
「この群れの王は、お前だ。……ツカサが認めた事だけは、疑うな」
「…………クロウ、クルワッハ」
名を呼んだ相手は少しだけ寂しそうに笑った。
「ツカサの一番になれないのは、悔しい。……だけど、ツカサは間違いなくオレの事も愛してくれている。種類は違えど、それは同じものなんだ。だから……それを、認めて欲しい。オレにも、ツカサを愛する事を、許してくれないか」
自分が一番ではないと認める相手の思いは、どれほど辛いだろうか。
だけどそれすらも認めるほどに、思い人の傍に居たいと思う気持ちは、ブラックにも痛いほど理解出来た。感情の方向は違えど、ブラックとてツカサと永遠に共に居たいと思って、彼の為の贈り物を少しずつ作り上げていたのだから。
……孤独は、病だ。
知らずのうちに患い、心を食い尽くす。そうして、食い尽くした心に誰かの善意が注がれると、際限なくその善意を求める魔物になってしまう。
誰一人自分を追いかけてくれなかったと嘆く気持ちは、こうして「たった一人」を見つけてしまえば、途方もない感情で相手を求めてしまうのだ。
その病を持つ者が、目の前にいる。
自分と同じく、永遠に探し物を探し求める運命だった可哀想な男が、そこに。
そして今、やっとその「探し物」を見つけて、なりふり構わず叫んでいるのだ。
せめて、触れさせてくれと。
二番目でも良いから、恋人でなくても良いから、愛し子に触れさせてくれと。
(…………僕は、嫌だ。……けど、ツカサ君はどう思うだろうか)
必死で訴える相手を、ツカサは突き放せるだろうか。
いや、二度強姦されかけても許したような子だ。
きっと、相手を許して身を委ねてしまう。
自分の身で相手の孤独が癒されるのならと、受け入れてしまうだろう。
その事に、激しい怒りを覚えないでもなかったが……。
深い溜息を吐いて、ブラックはクロウを静かに見つめた。
「……僕は…………お前が、嫌いだ」
「…………」
「だけど僕は、ツカサ君が愛しい。ツカサ君の願いを、無碍にはできない」
「……ブラック」
自分の名前を素直に呼ばわる相手になんだかジワリと口元に苦笑が湧いて来て、ブラックは自分でも言い表せないような表情でクロウを見やった。
「ツカサ君は、きっとお前を許すだろう。お前を仲間にしたいと、僕にお願いしてくるはずだ。だけど、僕はお前を排除するし、隙があればお前を殺すよ。絶対に、お前にツカサ君を渡す事なんてない。……それで逃げ出すなら、逃げ出せばいい。僕の次にツカサ君を愛したいと思うなら……それくらい、覚悟しておけ」
ブラックが言い放った言葉に、クロウは驚いたように目を丸くする。
だがすぐに嬉しそうな笑みを浮かべると、深々と自分達に向かって頭を下げた。
「……感謝する。本当に、ありがとう」
「やめてくれよ、お前に礼を言われると寒気がする」
「同族嫌悪か。安心しろ、オレはその程度では少しもへこたれない。第二のオスとして、オレなりの愛でツカサを包んでみせる。そして子を成してみせる」
「認められたら早速それか、本当お前ムカツクなあ」
愛して良い、近くに居て良いとは言ったが、子供を産ませるとは言ってない。
と言うか、あのセリフでどうしてそこまで自惚れられるのか。バカか。熊という種族は単純バカの集まりなのか。
先が思いやられるぞと思いきり顔を歪めたブラックに、クロウは無表情ながらも嬉しそうに周囲の空気を輝かせて、ブラックに拳を突き出した。
「安心しろ、群れの二番目のオスは一番目のオスの交尾を邪魔しない。お前も存分に種付けをして、ツカサと子供を成せばいいぞ」
(…………こいつ、本当に今ここで殺してやろうかな)
ツカサがよく「○○しなきゃよかったぁあ」なんて嘆く事が有るが、今ようやく彼が嘆く気持ちがわかった気がする。
確かに、世の中には許した後で後悔する事象が存在するようだ。
深々と溜息を吐いてツカサを抱え直したブラックに、クロウが思い出したようにポンと手を叩いた。
「ああ、そうそう。勿論、お前が交尾する為のお膳立てもしてやろう」
「え?」
「褒美は貰うし、代わりに俺がやりたい事を通させて貰うが、二番目のオスは基本的に群れの王である一番目のオスを立てる存在だ。褒美は貰うが、お前が望むなら従おう」
「お前褒美って二回言う必要ある? ないよね?」
「褒美はツカサを食べられる券一回発行か、蜂蜜で手を打とう」
「そう言う所だけ熊っぽくなるのもやめてくれるかなあ」
あとドサクサにまぎれて何を言ってるのか。何だ券発行って。
触れさせないと言ったのに、何を調子に乗っているのだろうか。
やっぱり今すぐに八つ裂きにしてほしいのだろうか。
相手が嬉々として説明してくる“獣人には当たり前の文化”があまりにも理解しがたくて、聞いているだけで気が遠くなる。
先程までの必死さは何だったのだろうかと考えそうになったが、ブラックは己の思考に否と首を振った。これは恐らく、ふっきれたが故の事なのだろう。
自分の立場を甘んじて受け入れたからこそ、その場所から自分が満足出来る理想を目指して前向きに行動し始めたのだ。
二番手だろうが関係ない、自分なりにツカサを愛してやる……と。
その相手の行動を見て、ブラックは閉口した。
(これって結局、煩い恋敵を居直らせただけなんじゃあ……いや、深く考えるな、考えたら終わりだ、格好いいことを言った手前、もう元には戻れんぞこれは……)
自分と同じ臭いを感じ取ったからって、他人に甘さを見せるものではない。
恋人が希ったとしても、叶えてやらない方が良い事もある。
その二つを知れただけでも、収穫とすべきなのだろう。今回は。
しかし、その教訓を知るにはあまりにも高価な代償過ぎるのではないだろうか。
二人の時間を邪魔されないのはありがたいが、公の場であればクロウは絶対に突っかかってくるだろうし、あわよくばツカサに触れるだろう。
そう言う部分は、結局今までの状況と何も変わらない。
むしろ、そんな状況がこれからずっと続く事になるのだ。
……という事は、なんだかんだで悪い事尽くめなのではないだろうか。
そこまで考えて、ブラックは「やっちまった」とツカサの肩に顔を埋めた。
(ダメだ、僕こういうの本当苦手なんだよ。恋の話とか、意味解んないんだもの、こんな話とか今までした事もなかったんだもの……!!)
三十路を軽く超えた男が何を言うと言われそうだが、それでもブラックは初恋の真っ最中なのだ。明確な恋敵と言う存在も、ブラックにとっては初めてのモノで、どう対処したらいいかなど解らなかったのである。
しかし、今の選択は間違いだったと思っても、もう遅い。
クロウはもう群れの二番目になってしまったのだから。
(あぁ……先が思いやられる……)
実際、苦労するのは約束を取り付けてしまったブラックではなく、勝手に第二の存在を持たされてしまったツカサの方なのだが……人でなしのブラックがそこまでの事を考えられるはずもなく、ただただ今は己の経験不足に溜息を吐いて項垂れるしかなかったのだった。
→
21
お気に入りに追加
3,685
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。






久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる