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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
25.身勝手な恋の終わり
しおりを挟むこ、これって……どういうこと?
「うそ、だろ……」
俺達の下には、沈む船と海しかない。そのはずだったのに。
なのにどうして…………小島のような巨大な大地が、突然生えて来てんの!?
「こんなに大きな足場を作ったのは……生まれて初めてだ……」
落下する最中に呆気にとられたかのような声が聞こえて、俺は頬を持ったままだったクロウの顔を見やる。
掌に伝わる熱は、もう冷える事は無い。クロウはちゃんと生きていて、いつもの無表情な顔で俺の事をじっと見つめ返してくれていた。
途端、大地にクロウの足がついて、俺はその衝撃に思わず身を縮める。
相変わらず着地ってのは痛い……。
だがその痛みも何のその。やっと安定した地面の上に帰ってこれた俺は、慌ててクロウに抱き着いてその背中に傷が無い事を確かめた。
よ、よかった、綺麗に治ってる……!
血も出てない、冷たくない、ちゃんとあったかくて真っ当な肌だ……っ。
「あぁあ……よ、よかったぁ……っ!」
もうそれしか言葉が出ない。一気に弛緩して広い胸に縋りつくと、クロウは嬉しそうに俺を抱え上げて、だらけた俺と顔を突き合わせた。
徐々に角が先端から掻き消え、その黄金に染まって居た瞳が元の綺麗な橙色に戻る。暖かい色の瞳は輝いて俺を見つめていた。
「ツカサ……」
その目が、笑みに緩む。
さっきまでは命が消えそうな目を見ていたからか、そうやって笑ってくれるのが本当に嬉しくて、俺は間抜けな笑みでクロウを見上げた。
すると相手は俺の頬を大きな両手で優しく包んできて。
「ツカサ、オレは……」
次の言葉を言おうと、クロウの口が僅かに動いた、と、同時。
ざぱぁんと勢いよく、俺達の背後から波が打ち上がる音がした。何事かと思って振り返ったそこにはなんと、ずぶぬれになったファスタインが。
「なっ……!!」
「き、貴様ら……よくも……っ!!」
その手にはナイフが握られている。思わず硬直した俺に向かって、ファスタインが駆け寄って来ようとした。だが、次の瞬間。
「なに僕の恋人に抱き着いてんだあぁあああ!!」
視界の外から勢いよく飛んできたなにか、いや、ブラックの足に頭を思いっきり蹴り飛ばされて、ファスタインはそのまま海へとダイブしてしまった。
……こ、こんなコントみたいな場面、ナマで初めて見たぞおい……。
っていうか、女の人! あの人一応女の人なんだけど!
「おいコラ離せ駄熊!! なに人の恋人に抱き着いてんだ、離れろ!!」
動揺しているのか知らんが、思いっきり荒い口調になってるぞブラック。
ここでまた一悶着あったら困るなと思ったが、クロウは意外にもあっさりと俺を解放してくれて、ブラックは難なく俺を抱き締めることに成功した。
ぐええ苦しい。でも文句を言えない立場だから辛い。
「ツカサ君、本当にもー心配ばっかりかけてって言うかあの熊とキスって、キスって!! 心配だったのにどうしようかと思ってたらキスって!!」
「おおお落ちつけブラック、アレはクロウに」
「解ってるよ! 力でしょ、与えたんでしょ! でも口じゃなくたっていいじゃないかご褒美って事なの?! 頑張ったで賞なの!? ああもうとにかくもぉおお」
自分でも何を言っているのか解ってないのか、興奮して目が回り出すブラック。
普通なら笑う所なんだろうけど、ブラックが俺をどれほど心配してたのか解ってしまって、俺はちょっと申し訳なくなってブラックの頭を撫でた。
「ご、ごめんって……詳しい事は後で話すからさ、とにかくファスタインを助けてお縄にしてから、島に帰ろう? 他の人達にも、もう大丈夫だって伝えなきゃ」
「ううぅ……僕にも……」
「あ?」
「僕にもぎゅってしてキスしてよツカサくん~……」
こ、こいつ、甘くしてやると付け上がりやがって。
でも心配かけたのは本当だし、なんていうか、うー……。
仕方がない……。こ、今回は本当に、仕方がないから、やるんだからな!!
俺は他の人達がまだ遠くにいることを確認すると、恥ずかしさで煙を上げながらも、ブラックにぎゅっと抱き着いて素早くキスをしてやった。
ど、どうせクロウとキスしたのは遠目から見られててもおかしくないんだ。
ああもうこうなりゃヤケだ、こんな事で済むならやってやるよ!!
「えへ……」
「こ……こ、これで安心したかよ!!」
「ツカサ君のそう言うとこ、大好きだよ……えへへ……」
俺もお前のすぐ機嫌治るところは好きだよ。
恥ずかしい事しろって言わなきゃな!!
まあ、なんだその……とにかく、全員無事で良かったよ。
船の上じゃなんかこっぱずかしい事を色々思っちゃった気がするが忘れよう。
いや、別にブラックの事が嫌いじゃないんだよ。
だけどさ、その……いざまた生きて会えたってなると、何故だか妙に恥ずかしいって言うか、その……人前じゃ、なんか喜べないっていうか……。
正直抱き着いてるだけでも精一杯って言うかその。
言葉に詰まってしまってモダモダしていると、後ろからまた波を切る音が聞こえて来た。何事かと思ってブラックの肩越しに見ると、そこにはもう船が到着していて、師匠がこの小さな大地にファスタインを引き上げている所が見えた。
ファスタインはもう抗う気力も無くなってしまったのか、ぐったりと地面に座り込んでいる。
そんな彼女の前に、リリーネさんがふわりと降り立った。
「ファスタイン……貴方があの霧も、クラーケンも操っていたの……?」
信じられないとでも言いたげな口調のリリーネさんに、ファスタインは少し目を泳がせると、リリーネさんから顔を逸らした。
「ガーランドの部下から話は聞いたヨ。お前が彼らを操っていた【姉御】だったアルネ。どうしてこんな事をしたアル」
厳しい声音の師匠に、意外な事にリリーネさんが手を出して首を振った。
まるで、師匠の詰問を止めさせようとするかのように。
どういう事かと目を丸くする俺達に、リリーネさんは悲しそうな顔をすると膝を折り、ファスタインに語りかけ始めた。
「ファスタイン……いえ、タイネ……貴方、タイネでしょう?」
その呼びかけに、ファスタインが目を見開いてリリーネさんの顔を凝視した。
タイネって、もしかして……彼女の本当の名前か?
俺のその推測が事実であるかのように、リリーネさんは続けた。
「貴方がここに居た事で、やっと全てが理解出来ましたわ。全ては……私を困らせ負かすための事だったのですね。その為にずっと、姿を偽って私の傍に居た」
「知って、いたのか……?」
驚くように言葉を零すファスタインに、リリーネさんは頷く。
「証拠は無かったし……もし貴方なら、貴方なりの考えを尊重したかったから……知らぬふりをして、貴方をギルドに登録しました。私に協力してくれた事も、祭りで素晴らしい成績を上げ続けた事も、私を見返し認めさせるためだと解っていました。だから、貴方がいつか話してくれるのを、私はずっと待っていましたの。……それが……こんな悲しい結末になるなんて、思いもしませんでしたが……」
「…………」
「……貴方と私の間には、確かに禍根が有ります。それについては私も申し訳ないと思っていますわ。……ですが、貴方が私を屈服させようとした衝動を抑えられなかったように、私にも決して抗う事の出来ない“心根”があるのです」
静かに語るリリーネさんに、ファスタイン……いや、タイネは顔を歪める。
リリーネさんは、その表情をただ静かに見つめていた。
「私に強い感情を抱いてしまったがために、関係のない人達を傷つけ、恐怖させ、人と関わる事なく暮らしていた生物をいたずらに操って死に追いやった。……それほどの強い思いを、私も持っているのです。私にも、他人を傷つけてしまうとしても曲げられない物が有る……今の貴方には、良く解るでしょう……?」
その言葉に、タイネはただ俯いた。
……人を好きになると言う事は、とても難しい。
理性ではダメな事だと解っていても、愛してはいけない人を愛してしまったり、堪えようと思っても自分の感情が制御できなくて、暴走してしまう事も有るのだ。
例え何かを失っても、傷つけても、手に入れたいものがある。自分の本能に直結したその感情は、誰がどうしたって止められない。
どんなに冷静な人であっても、その感情の向かう先を決める事は出来ないのだ。
それは、リリーネさんだって同じだ。
同性を愛そうと努力したとしても、自分の中の「好き」の感情はどうしても異性へ傾いてしまう。それはもう、彼女が努力してどうにか出来る事じゃない。
タイネだってきっとそうだっただろう。
そしてその苦しみが、結果的にこんな異常な惨事を引き起こしてしまった。
彼女のその気持ちを解っているからこそ、リリーネさんは諭しているのだろう。
心を折られて今度こそ冷静になった相手に。
「タイネ、貴方の苦しみは充分に理解しました。……だから、私には貴方を責めることなど出来ません」
その言葉に、タイネがリリーネさんを見上げる。
勝ち誇ったような笑みが消えた、素顔のままのタイネは……綺麗な顔立ちの、普通の女性だった。
そんな彼女に僅かに微笑んだリリーネさんだったが、その微笑みをすぐに消し、真剣な表情でタイネに言葉を突き付けた。
「ですが、私は貴方を許せない。私以外の人達を巻き込んだその身勝手さも、私に向かって来てくれなかった事も、貴方自身が現状の罪を理解していない事も……。だから、私は貴方を逮捕します」
「り、リリーネ……」
動揺するタイネに、リリーネさんはただ言葉を続ける。
「私は……貴方が変わってくれたと、こんな狭量な私の事など忘れ、新しい幸せに邁進して良い結末を勝ち取ってくれると信じていました。今の貴方には、その力も魅力も充分に有ったから。……だから……今、とても悔しい。貴方の事を理解していなかった私の事も……私の思いを裏切った、貴方の事も許せない」
淡々とした静かなその言葉に、タイネは目を丸くした。
何かを言おうとしていたが、言葉は出てこない。だが、リリーネさんの言葉に何かを感じ取ったのか、眉を歪めて目の前の思い人をただ見つめていた。
そんなタイネに、リリーネさんは少しだけ悲しそうな顔をして――――呟いた。
「私は貴方を“許せない”……この言葉の意味を、貴方が判ってくれる事を祈っていますわ。…………今度こそ、さようなら。タイネ……」
その言葉の真意は、俺には解らない。
だけど、タイネは項垂れて肩を落とし、それ以降は何も喋る事は無かった。
→
※次はツカサとブラックがごたごたするだけの話
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