異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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波乱の大祭、千差万別の恋模様編

24.貴方を愛する気持ちを失いたくない

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 俺には他人に力を与える能力がある。
 ラスターだってリタリアさんだって元気になったんだ。だから。だから……!

「クロウ、死ぬな……!」

 海水と血で顔に張り付いた髪を払い、汚れた顔を拭い、生気も無く薄く開かれた唇にもう一度口付ける。
 触れる部分が段々と冷たくなっていくのが怖くて、俺は自分の熱が全てクロウに移動するように願いを込めてクロウを抱き締めた。

 血で汚れたって構わない。俺だってボロボロだなんだから。こんな傷、クロウの傷に比べたら何てことは無いんだ。熱を与える代わりにクロウの傷を背負えと言うのなら、喜んでやる。それで、クロウが救えるなら構わない。
 クロウが死なないのなら、なんだってやってやりたかった。

 だけど、呼吸が浅くなる体は少しも熱が戻らなくて。

「なんでっ……なんでだよ……!!」

 俺が助けたいと願っているのに、どうしてもあの力が発揮はっきされない。
 どうして、クロウの傷がふさがらないんだ。
 俺だけが望んでも駄目なのか。クロウが望まない限り、どうしようもないのか?
 だけどクロウだって生きたいと思っているはずだ。なのに、どうして……。

「クロウ、生きたいって、怪我を治したいって祈れ! 祈ってくれよ!!」
「っ……ぅ……」
「なんで……っ、なに、考えてんだよ……っ」

 このままじゃ、死んじゃうよ。
 嫌だよ。こんなの、嫌だ。
 あんな事……ブラックが死にかけた時みたいな事なんて、二度と味わいたくないと思っていたのに。大事な奴が弱っていく所なんて、見たくなかったのに。
 どうしてクロウを助けられないんだよ……!

「クロウ……っ!!」
「……な、くな」

 痙攣けいれんするかのように手が動く。だけど、その手が俺の顔まで引き上げられる事は無い。それほどまでに相手が弱っているのだと知ると、俺は涙が止まらなかった。

 声が、震える。泣いてる場合じゃないのに、何かしなきゃいけないのに、クロウが死んでしまうと言う事実をじわじわと思い知らされるたびに、感情が混乱して、涙が止まらなかった。

 こんな時にこそ、役に立たなきゃいけないのに。
 大事な奴を、救わなきゃいけないのに……!!

「…………つ、かさの……」
「え……」
「ツカサ、の……事……っ……考えて、た……」

 その言葉に、息をのむ。
 「死にたくない」と思うより先に、俺の事を考えてたって言うのか。
 目を見開いた俺を見て、クロウはぎこちなく顔を笑みに染めた。

「や、っと……オレ、だけ…………みて、くれた……」
「クロウ……っ」
「いと、し……な……しあわせ……な……気分……だ……」
「バカ!! 俺の事より自分の事考えろよ、なあっ、お願いだから……っ」
「つ、かさ」

 段々とまぶたが下へ降りて行く。
 それがクロウの命の時間を知らせる象徴に思えて、俺は頭を振った。
 嫌だ、こんなの。こんな別れ方なんて、絶対に嫌だ……!!

「死にたくないって、言え!」
「……っ、…………」
「頼むよっ……俺が好きなら、生きたいって思ってよ……!」

 クロウの頬に、俺の涙がいくつも落ちる。
 薄く濁ってくる金色の目の端にその雫が流れた。

 ――そうだよ、アンタ、泣いてたじゃないか。
 俺に嫌われたくない、一緒に居て欲しいって。置いて行かれるのは嫌だって。
 なのにアンタが俺の事置いて行くのかよ。
 そんなの、アンタらしくないじゃないか。

 妙に強引で、そのくせ変に紳士で優しくて、無表情なのに純粋だってことが判る不思議な人。どこをとっても掴み所の無い変な奴だけど、険しい山を一人で越えて誰かを探そうと思うほどに、自分の望みを諦めない強い人。
 望みが在る限り、絶対に退かない……強い、獣人。
 それが、アンタじゃなかったのかよ。

「死んだら……っ、嫌いになるからな……!!」

 頼むから、生きたいと思ってくれ。
 そう思って、再びクロウに触れようとしたその時。

「危ねぇ、船が沈むぞぉおお!!」

 ガーランドを回収していただろう部下が叫ぶ。恐らく、俺達に向けての声だ。
 気付いた寸時、船がクラーケンの足が突き刺さっている所から凄まじい音を立て左右に割れた。驚く暇もなく、俺達の体も急激に横へ引っ張られ始める。

「――――――っ!!」

 声にならない叫びを喉で絞りながら、俺はクロウを庇う。
 例え海に落ちたって、クロウを離しはしない。
 抱き着いてそのまま落下する覚悟を決めた俺の耳に――――
 聞きなれた声が、聞こえた。

「ツカサ君――――ッ!!」

 この、声って。

「あ……」

 前方の霧の海に、色が見え始める。
 橙色の温かい明り、その光に照らされて輝く……紅蓮のような、鮮やかな赤。
 どれほど霧に埋もれてようが解るその綺麗な色に、俺はあふれ出そうになる感情を必死に抑えて歯を喰いしばった。

 チクショウ、アンタ遅いよ。
 ずっと待ってたのに。ほんとに、締まらない奴なんだから。
 なのに、このタイミングで来てくれるって、なんなんだよもう……!

 言いたい事が山ほどあったけど、でも……この一言以外は、何も言えなかった。

「ブラック……!!」

 俺を裏切らない、守ってくれると言った、その人の名前以外は。

「ツカサ君、はやく飛び込むんだ!!」

 ブラックがそう叫んだ瞬間、船が耳をつんざく程の水音の中に沈み始める。バランスを崩し思わずクロウの胸に倒れ込んだ。
 そのまま、船がずるずると呑み込まれていく。

「早く泳いで逃げろ!!」

 先に海に身を投げて船から離れていたガーランドと部下達は、俺達をブラックが乗った船に誘うように手を上げる。
 だけど、クロウを抱えてどうやって飛び込んだらいいんだろう。

 どうしよう、俺は泳げないんだ。このままじゃ共倒れしちまうぞ。
 でも、せめてクロウだけでもブラック達の船に届けなきゃ。例え俺だけ渦にのみ込まれたって、最後まで足掻いてやる。俺にはその気力もまだ残ってるんだ。
 だからせめて、クロウだけでも。

「うわぁっ!?」

 俺の覚悟をあざ笑うかのように、船がまた一際大きく傾き俺達をともなって渦に落ちて行く。船の縁を辛うじて掴んだ俺だったが、クロウの体重を支えられるほど俺の体力は残ってはいなかった。

「ツカサ君!」

 遠くから、声が聞こえる。
 チクショウ、折角会えたってのに顔も見れないまま終わってたまるか。
 絶対に、クロウ一緒に生きて帰ってやる。死んでたまるもんか。

 もう一度、あの腑抜けた笑顔を見るまで、絶対に。

「ブラック……っ!」

 詰まる声で、この場に居ない相手の名を呼ぶ。
 沈みゆく船の音で相手には聞こえなかったであろう、呼び声。
 その言葉を受け取ったのは、俺の腕を掴んだクロウだった。

「クロっ……」
 
 良かった、まだ動けたのか。そう思って名を呼ぼうとして、目を丸くする。
 クロウの目が、開いている。だけど、その瞳は弱々しい光ではなく、強く輝く光を灯していた。どうしたのかと動揺した俺に、クロウは最後の力を振り絞ったのか、一気に起き上がって俺を抱き締めて――――
 冷たい唇で、俺にキスをした。

「――――――っ!?」

 何が起こったのか、一瞬わからなかった。
 だけど、その冷たい唇が俺の唇に触れ、強く抱かれた事に体が反応する。

「んっ、ぅ…………!」

 体が、熱い。薄目を開けて顧みた己の体は橙色の暖かい光に満ちて、その光は俺を抱き締めるクロウの体へと侵食していった。
 この、光の動き方は、まさか……。

「……っ」

 俺を見つめる目が開く。
 その瞳はもう霞む事は無い。黄金の色を宿し、クロウを包んだ光は温かい橙色から、美しい黄金の色へと変化していた。

「く、ろう……っ」

 やっと解放されて顔を見上げると、クロウは真剣な表情で俺を見つめていた。

「ツカサ…………オレの名を、ちゃんと呼んでくれ」
「え……?」
「オレが必要だと、言ってくれ。そして……口付けを……」

 既に落下してもおかしくない程に傾いだ船の上で、悠長な事を言っている。
 だけどそれはクロウにとっては、恐らく重要な事なのだ。

 選べと、言っている。
 受け入れる事を示せと、クロウは言っているのだ。

 ――――だったら、俺にはもう他の選択肢は無かった。

「クロウクルワッハ、俺にはお前が必要だ。だから……生きて……」

 その浅黒い頬を両手で優しく掴んで、引き寄せる。
 暖かさの戻った相手の体温に安堵あんどで泣きそうになりながら、俺は熱を取り戻した唇に、そっと口付けた。

「――――――……っ」

 船が完全に垂直に立ち上がり、体が宙に浮く。

 海鳴りと、怒号と、叫び声が響く。

 その最中……俺は周囲の霧を打ち晴らすほどの黄金の光と――――
 光をもたら咆哮ほうこうばれ、海から浮き上がった大地を確かに見た。











 
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