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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
例えその身を手に入れられなくても2
しおりを挟む「あの召喚珠さえ奪ってしまえば、クラーケンも動きを止めるはず……」
他人から召喚珠を奪ったとて、自分が操れるとは思ってはいないけど、それでも命令する人間から引き離す事で一瞬でも混乱させられるはずだ。
召喚珠を捨てる……という選択肢は、相手が暴走するかもしれないから考えていない。人の手から離れた兵器ってのはどうなるか解らなくて一番怖いからな。
しかも、意思を持っている兵器なら尚更だ。
さっきクロウが子供のクラーケンを殺しちゃったし、もしかしたら逆襲して来るかもしれないし……そんな事にならない為にも、どうにかしてファスタインに命令させるのをやめさせなければ……。
だけど手負いの俺に何が出来るだろう。
この状態じゃ大した術は使えないし、木の曜術で拘束する為の蔦を出現させても、相手に容易く引きちぎられてしまうだろう。
今は状況を整理するのに精一杯で、想像する気力が湧かない。
なにか、どうにかしてファスタインを身動きできなくさせる方法……。
考えあぐねて臍を噛んだと同時、周囲に凄まじい打撃音が聞こえて俺は咄嗟に海の方を向いた。そこには。
「あっ……クロウ!!」
クロウが空を飛んで……いや、あれは違う。巨大な触手の攻撃をまともに喰らって、空中に投げ出されたのだ。
思わず息をのむ俺の前で、クロウは何事かを口走り手で空を水平に切る。
刹那、橙色の光が一瞬海上を走り、ゴッという地響きの音を響かせて海中から尖った岩が出現した。
「え……!?」
今の、光って。
まさか、クロウ……。
「バカな、何故海から……!?」
ファスタインの叫びを掻き消すが如くクロウは何度も空を切り光を飛ばし、己が着地する為の場所に石塔を作っていく。海から出現した塔はクロウが離れた途端に砂と化して海中へ溶けて行くが、クラーケンは現れては消える謎の存在に翻弄されてクロウに触手を当てられない。
その間に、クロウは体を大きくひねり、クラーケンの頭の部分に思い切り鉄拳を叩きつけた。あの恐竜のような巨大な嘶きが再び聞こえ、その巨体が大きく傾ぐ。
だが、相手は負けじと触手をクロウの死角から素早く伸ばした。
「クロウ!!」
思わず叫ぶ俺の声に気付いたのか、それとも本能で察したのか、クロウは空中で器用に体を捻って避け、再び石塔を作り飛び回る。
あまりにも非現実的な攻防だが、しかし、目が離せない。
無数の手を石塔を操り難なく相手をいなすクロウの姿は、獣そのものだった。
あれが、クロウの本気なのか。
「ば、バカな……クラーケンが苦戦しているなんて……」
余程苦戦をしてあのクラーケンの召喚珠を手に入れたのだろうか、クラーケンの攻撃を簡単に躱して攻撃を仕掛けるクロウに驚愕しているようだった。
確かに、驚かずにはいられない。
ブラックもかなり身軽な戦い方をしていたが、クロウは次元が違う。
人間ではまず不可能な動きで軽く動き回るその姿は、俺の世界で言うのなら人々が空想する超人的な忍者そのものだ。
だけど、それだって余裕と言う訳じゃない。
クロウの動きのすぐ後に触手が付いて来ている。まだ辛うじて相手の攻撃を躱す事が出来ているが、このまま動き回っているとどうなるか解らなかった。
クロウは恐らく“体力”とは違う能力も使っている。その負荷は俺が考える以上のモノかもしれない。だとしたら――――。
「あっ……!!」
そんな俺の懸念を実現したかのように、触手がついにクロウの背中を打った。
「クロウ!!」
思わず叫ぶ俺に、一瞬相手が振り向く。だがすぐに体勢を戻し、クロウは海上に出ていた触手に上手く飛び乗り、再び跳躍した。
けど、動きに先程の機敏さがない。衝撃を逃したとはいえ、やはり巨大な相手の攻撃は恐ろしい程の威力だったのだ。
「く……クロウ……っ」
どうしよう、一撃であのダメージだ、二撃目を食らったらどうなるか解らない。
はやく、どうにか。どうにかしないと。
そう思う前に、動きが鈍ったクロウに二撃目が撃ち込まれた。
空中で、その体が赤い物を撒き散らして高く上に飛ぶ。
思わず息をのんだが、クロウは痛みを堪えるように再び体を捻ると、クラーケンに一矢報いるかのようにその頭に爪痕をつけ落下を防ぎ、クラーケンの手を逃れて甲板へと転がり落ちた。
「大丈夫か!!」
己の体の痛みなどどうでもよくなって、頭に血が上って、俺は自分でも驚くほどの素早さで起き上がると、クロウに駆け寄ろうとした。だが。
「おっと、お前はこっちだ!」
「っぐ!?」
首根っこを掴まれて、俺は思い切り背後に引っ張られる。
いつのまに移動したのかファスタインは俺の背後に陣取り、先程の怯えなど無かったかのように、勝ち誇ったように笑っていた。
「ぅ、う゛……っ、つ、かさ……」
痛みに痺れたのか、クロウが鈍い動きで起き上がろうとする。
動きたいが、ファスタインにまた腕を捕えられ背後に捻られて、俺は拘束されてしまった。一度ならず二度までも女性に拘束されるなんて、情けない。
思った以上にダメージを受けていたらしい体は、拘束している腕を振りほどく事すら出来なかった。
「動くな。大人しくそこでクラーケンに殺されれば、こいつの命は保障しよう」
そう言いながら、俺の首にナイフを突きつけるファスタイン。
最早抗う気力も出ずになすがままにされている俺に、クロウは顔を歪める。
戦ってくれている相手の負担になったと思うと余計に申し訳なくて、俺は動けないながらも必死にクロウに訴えた。
「い、いいから、俺に構うなクロウ! 戦えないなら逃げろ!!」
このままじゃ、お前が死んじまう。
そう思って叫んだ俺を鬱陶しく思ったのか、ファスタインがナイフの柄で俺の頭を強く小突いた。その衝撃で、視界がぶれる。
骨を鈍く打つような音に痛みを覚えて呻いた俺の、その、目の前で。
「き、さま……貴様ァアァア!!」
深い憎しみを籠めたかのような、クロウの声が周囲に響く。
ビリビリと空気を振動させるような大きな怒声に、その場の全員が硬直した。
だが、クロウだけはゆらりと起き上がると、その橙色の双眸を怒りにギラギラと煮え滾らせながら、敵を憎しみに満ちた表情で見つめ――――鋭い咆哮を上げた。
「――――――ッ!!」
目の前の相手から、音がする。何かが隆起し柔らかい物が泡のように浮き上がるかのような、形容しがたい不可解な音が。
あまりにありえない音だ。
だが、その音は確かに……クロウの頭から生えて来た一対の捻じ曲がった角が、クロウの怒りを象徴するように発していた。
「あの、角って……」
クロウが操られた時と同じ光景だ。
あの時は無理矢理その力を引き出させられていたが、今は違う。だとすると。
「貴様……殺しても飽きたりん下郎が……ッ」
その目が、金色に光っている。
尋常ではない様子のクロウに、ファスタインは俺を引き摺って後退る。
「くっ、くるな……こいつを殺すぞ!!」
怯えきった声で叫ぶファスタインに、クロウは構わず近付いて来る。
「殺してみろ……お前の四肢を引き裂いて生きたまま魚に食わせてやる……」
クロウの言葉は、本気としか思えないほどの凄味に満ちている。
たまらずファスタインは持っていたナイフを薙げたが、そのナイフを素手で握り取ると、クロウはいとも簡単に刃を握りつぶしてしまった。
硬いはずの刀身が、まるでウエハースのように簡単に粉々に潰される。
その光景にいよいよ恐怖が臨界に達したのか、ファスタインは盾代わりの俺を強く引き寄せると、震える手でクラーケンの召喚珠を握りしめた。
「くっ、クラーケっ、クラーケン! こいつを殺せ、船を壊しても構わんとにかく殺せぇ!!」
その命令に、クラーケンがまた空に響く嘶きを上げる。
触手が俺達の間に勢いよく振り下ろされ、背後と上からも巨大な触手がクロウを押し潰そうと凄まじい音を立ててクロウを挟み撃ちにした。
「クロウ!!」
ばちんっ、と嫌な音がする。
その音が触手同士がこすれ合った音とはとても思えない。
……だけど、俺は信じたくなかった。
まさか、そんな。
思った寸時、クラーケンの足が妙な方向に膨張し、三つの足全てが――――
クロウを挟み撃ちにした場所から、破裂して引きちぎれた。
「!!」
鋭い悲鳴が、霧の中でこだまする。
「…………魚類ごときが、この獣王に逆らうかァアア!!」
悲鳴を掻き消すかのような激怒の絶叫が、鼓膜を破裂させんばかりに響く。
「こ、れ……やばい…………」
無意識に声を零したが、クロウを見つめる俺はそんな事にすら気付かなかった。
→
※次ちょっとクロウ×ツカサっぽいかもなのでご注意を(´・ω・`)
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