320 / 1,264
波乱の大祭、千差万別の恋模様編
19.絶対に曲げられないこと
しおりを挟む「アンタ……どうしてそんな恰好してこんな事を……」
「そんな恰好って……心外だね、私はいつもこの恰好さ。……まあ、差しさわりがあるから男に見られるように声は少し変えていたけどね」
って事は、ファスタインは元々男装の麗人だったと言う訳か。
しかし、どうして男装してる事を隠していたんだろう。この世界では、男女の差なんぞ出てるか引っ込んでるかしかない。勿論性別に因っての違いはあるが、明確に区別されてる訳ではなく、体格以外は気にする必要などないはずだ。
現に、俺もラッタディアで女装して踊ってたが、誰もなにも言わなかった。
と言う事は、男装の麗人だってありがちな事だと受け入れられているはずだ。
ならば、考えられる事としては……。
「姿を使い分けて、皆を騙してたってわけか?」
そう、その可能性しかない。
実力のある人間であれば、己の性別など気にしないだろう。
ファスタインはそんな存在であるのだから、別に自分が女であることを隠さなくてもいいはずだ。となると、後はあくどい理由って事になるわけで。
俺の言葉に、相手はふっと笑うと髪を掻き上げた。
「フッ、騙したとは人聞きが悪いな。まあ否定はしないけどね」
やっぱり爽やか美形なだけあって、女性と認識したせいかボーイッシュ系美女に見えてく……いやいやだめだ、萌えるな、萌えるんじゃない俺。
「ど、どうしてこんな事をしたんだ。アンタは祭りじゃ四回も優勝してるんだし、なにより海賊ギルドの有名人だろ?! こんな事しても得なんて無いはずだ!」
あえて「リリーネさんを失脚させるため」という発言の事は言わずに睨む。
俺達が立ち聞きしていたのを明かすと面倒な事になりそうだしな。
こちらの思惑を知ってか知らずか、ファスタインはニヤリと笑って続けた。
「得? そうだね、確かに得することはないよ。だけど私は目先の利益を貪るのはもう飽き飽きしていてね。……だから、もっと建設的で確実な私の願いを追及する事にしたのさ!」
「そ、その願いっていうのは……」
やっぱあれか。ギルド長に成り変わるためか。
自分が真に一番になるためか、それともリリーネさんに嫉妬してたのか?
なんにせよろくでもない願いに違いない。そう思って構えた俺に――
ファスタインは堂々と言い放った。
「それは……私がリリーネを手に入れるということさ!!」
………………はい?
なんだって?
「り、リリーネさんを……手に入れ……え?」
「なんだよツカサ、お前自分の立場見ても姉御のお願いがわかんねーのか?」
う、うるしゃいお前に言われたくないわい。
いや待てよ、俺の立場? 俺の立場って事は……。
「えっま、まさか、アンタ……リリーネさんを自分のモノにするために……?!」
「それ以外に何がある」
「な、何があるって、アンタリリーネさんに惚れてんの……?」
「そうだが」
「結婚したいの……?」
「無論、奪うほどだからな」
え、えぇー……。
一瞬冗談かと思ったけど、本気っぽい。目がマジだ、一ミリも笑ってない。
と言う事は、この男装ねーちゃんは、レズ、いや、百合……いや、この世界じゃそう言うのないんだった。お、女が女を好きになっても普通の事なんだった。
いや、え、えぇー……まって、え、えぇー……。
「ツカサお前どうした、顔がスゲーことになってんぞ」
「そんなにおかしい事か。失敬な奴だな」
「失敬って、えっ、おまっ、じゃあアンタ、リリーネさんと結婚するためにこんな事してギルド長から引きずりおろそうとしてたってのか!?」
「おや、やっぱりカンがいいね」
カンが良いも何も、今までのアンタらの話を総合したらそうなるでしょ!!
そんな事の為にクラーケン持ち出して白煙壁も設置して、色んな人の迷惑かけてたってのかよ、恋は暴走するものと言っても暴走し過ぎちゃうんかコレェ!
色々と言いたい事が有るのに、衝撃的過ぎて言葉が出ない。
口をパクパクさせている俺に構わず、ファスタインはうっとりとした目付きで空を見て、どっかの歌劇のようにオーバーリアクションをしながら語り始めた。
「そう、私はずっと前からリリーネが好きだった……。リリーネのその勇ましくも美しく可憐な姿に、私は出会って一目で恋に落ちたよ……。この国のギルドに登録したのだって、彼女のそばに居たかったからだ」
「だったらどうして、こんなリリーネさんを困らせるような事を……」
こんな事をしたら、祭りの主宰である彼女が困る。なにより、今の状況は参加者達には極限のサバイバルに思えているのだ。その鬱憤がリリーネさんに向かったら、彼女が何をされるか解らないじゃないか。
なのにどうして。
真意がわからないと顔を歪める俺に、相手は目を細めた。
「さっき君が言ったじゃないか。ギルド長から引きずりおろすためだよ」
「自分がギルド長に成り変わりたいからか」
「それもあるけど……彼女は、ギルド長である限り私には振り向いてくれないからね。……それに……ちょっとした意趣返しもしてやりたかったのさ」
「……?」
意趣返しとはどういうことだ。
その疑問が表情に出ていたのか、ファスタインはあざ笑うように鼻を鳴らす。
「失敗なんて話すものではないけど……まあ、君は私の部下って事にもなるんだし、口止めをすればいいか。失脚させる理由……それはね、彼女が私の愛を受け取ってくれなかったからだよ」
「え……」
「私はね……過去に一度、彼女に告白した事が有るんだよ。私の嫁になってくれ、幸せにするってね……。だが、彼女は答えてくれなかった。その時になんて言ったと思う? それはこうだ。『貴方の気持ちは嬉しいけど、私は強い男の人じゃないと愛せないの』……だってよ!!」
最後の言葉が、まるで叫びのように吐き出される。
その強い口調に思わず体を跳ねさせると、ガーランドが俺を強く抱きしめた。俺の背後の男も、ファスタインの剣幕に戦慄したらしい。
だがそんな俺達など気にもせずに、ファスタインは怒りに満ちた表情で顔を歪めながら、怒りに何度も手を細かく震わせながらうろうろと歩き回る。
「今時異性愛至上主義? 馬鹿らしい、そんな矮小な嗜好に囚われて、この私の、完璧な私の愛を受け入れないなんて笑わせる……! 男など敵にならん、知識もリリーネ以上にある、なにより私は、私は貴族だ!! どこをとっても、結婚するに相応しい相手だろうが!! なのに性別という一点だけで私を拒否すると言うのだあの女は……ッ!!」
狂気の光を目に孕ませて、ファスタインは俺達を睨み付ける。
その表情は、最早爽やかでも何でもない、恐ろしい鬼の顔だった。
「だから思い知らせてやったのよ。私が男装しファスタインと名を変え、この数年地位を築き上げて来たのも、全てはこの時のため……。クラーケンと曜具を使って、お前のやっている事は私の力には敵わない、お前は私を断れるような女ではないと思い知らせるためだ!!」
「……!!」
「フッ……フフフッ……それに、長の誇りを持っているあの女を地に落とし、屈服させ、絶望の淵に追い込んで……そこから私がひょいと拾い上げてやれば、あの女とて私の事を認めざるを得ないだろう? 性別など問題にならん、私こそがリリーネの救世主となる。リリーネは、今度こそ私のモノになるのだ……」
だから、こんな事をしたっていうのか。
色んな人を巻き込んで、痛めつけて、怪我すらさせて……あんたの自己満足の為に、たくさんの人を傷つけたってのかよ。
「……ふざけんな……」
「つ、ツカサ?」
「ふざけんな!! お前の独りよがりな感情の為に、どんだけの奴が傷ついたと思ってんだ! アンタ見ただろ、女の子がもう嫌だって泣いてたの見ただろ!! アレを見てもなんとも思わなかったのかよ!! 沢山の人に怪我をさせて、苦痛を味わわせて、それでいいのかよ!」
「願いを叶えるには犠牲がつき物だ。何も傷つけずに手に入る物なんて、この世界には存在しないのだよツカサ君」
知ったような事を言いやがる。
確かにそういう事も有るだろう。現に俺だって、大事な奴の心を傷つけている。
だけど、それが正しいなんて思わない。そんな悲しい事実を、こいつのやってる酷い事を肯定するためになんか使われてたまるか。
ファスタインのやった事は、ただのワガママだ。
恋が叶わなかったからって子供のようにダダをこねて甘えているだけで、相手の気持ちを尊重しようともしていない。
尊重するからこそ一線を越えられなくて、それを押し隠して陰で泣いていた奴を俺は知っている。だからこそ、ファスタインの言い分には我慢出来なかった。
「確かに、そう言う事も有るだろうさ。だけど、アンタのやった事はただの乱暴だ。リリーネさんが最も嫌う、ひとりよがりな悪事だ!! 例え計画が上手く行ったって、絶対にリリーネさんはアンタの事なんて好きにならない、絶対にだ!!」
「お、おいツカサ!」
「ほう……? 言ってくれるな。お前の妻は随分と口が達者なようだ」
声だけは冷静だが、その表情は俺に対しての怒りの感情に満ちている。
だけど、それを見て退く事は出来なかった。
……何も、恋する事は間違いじゃない。相手が男だろうが女だろうが、好きになったら好きに恋をすればいいと思う。恋なんて千差万別だし、後悔しないように行動するのは悪い事じゃないと思う。
だけど、その為に人を傷つけたり、相手の気持ちを考えずに行動するのは絶対に間違ってるよ。人を思う事ってのは、そんな独りよがりなもんじゃないはずだ。
その人が大事だからこそ、一緒に幸せを分ち合いたいからこそ、相手が喜ぶ事や幸せになる事を考えるもんじゃないのかよ。
人を傷つけて恋を叶えたって、その後に感じるのは幸せだけじゃない。
いつか必ず後悔する時がやってくるはずだ。
なにより、それが本当に正しい事だったとしたら、彼女に振り向いて貰うために一生懸命努力して、彼女の事を思って変わろうとしていた師匠はどうなるんだ。
彼女を思って心配していたことは、無駄だったって言うのかよ。
そんなの絶対違う。許せない。
こんな事が、許されていいはずが無いんだ。
だからこそ俺はファスタインに頭を下げたくは無かった。
例えそれが、自分の身を危うくしようとも。
「つ、ツカサ! 姉御に謝れよ! この人俺達の首領みたいなモンなんだぞ!」
「いやだ! 人の気持ちを考えられない奴に謝るなんてゴメンだね!」
「つ、ツカサ……お前……」
「フッ……ガーランド、お前の妻は随分と躾がなってないようだな……?」
低く掠れた声が、さらに低くなる。
しかし負けずに睨み付ける俺に、困ったガーランドは俺を抱えて後退った。
「あっ、姉御すいやせん! ツカサには俺がよく言って聞かせますんで……」
「いや、この手の奴は徹底的に痛めつけねば考えを変えん。リリーネと一緒だ」
「でっですがその、あの、ツカサはまだ俺達海賊の仁義も……」
「うるさい!! いいからその坊主を渡さんか!!」
怒鳴られてガーランドは思い切り体をビクつかせたが、けれど絶対に俺を渡そうとはしなかった。
ガーランド……もしかして、俺の事を守ろうとしてるのか……?
「姉御、お願いしますよ! 俺が後で吊るしておくんでっ!」
「嘘を吐け!! 貴様私に逆らうつもりか!!」
「だっ、あ、そ、そうじゃないンす、だって、そのっ、ツカサは……!」
「ええい鬱陶しい!!」
そう言うと、ファスタインは腰につけていた小太刀を抜き取って。
俺を庇って前に回されている手に、その鋭い刃を叩きつけた。
「ぁあぁあ゛あぁああ!!」
濁声の悲鳴を上げて、ガーランドは天を仰ぐ。その手には深々と小太刀が刺さり、嘘みたいに鮮やかな血が流れ始めていた。
手が、痛みに震えている。俺を抱き締めている体が痙攣している。
だけどガーランドはそうなっても俺を離そうとはしなかった。
「どけ! この役立たずが!!」
怒鳴るファスタインは、そんな子分の頭を掴んで、そのまま横に引き倒した。
「うあ゛ッ……!」
「ガーランド!!」
最早抵抗する気力すらなくなっていたガーランドは、甲板に転がって手の痛みに蹲る。小太刀を抜こうとしていたが、しかし、痛みに負けて動けないようだ。
ガーランドを助けなきゃ。
そう思って反射的に駆け寄ろうとしたが。
「貴様はこっちだ」
冷たい声が聞こえて、俺は背中に鋭い痛みを受けた。
「っ――――ぁっ、がっ……!?」
何が起こったのか、わからない。
そのまま俺も甲板に倒れて、背中の焼けるような痛みにのたうった。
刺されたんじゃ、ない。なんだこれ。痛い。殴られた、いや、蹴られた……?!
「さっき吊るすとか言っていたな。……そうだな、海賊として、この世間知らずな可愛い子にちゃんと躾をしてやろうじゃないか」
「ぅぐっ、ぁ……っ!」
両手が背中に回されて、なにかチクチクするもので拘束される。
恐らく荒縄だ。ってことは、コイツ本当に俺を吊るすのか。
いや、我慢できる。こんな奴にボコられたって吊るされたってかまうもんか。
俺だって男だ、絶対に弱音を吐いたりなんかしない。お前のやっていた事は全部ムダだ、リリーネさんにだって届かないと証明してやる。
「ほう? まだ抗う意思が残ってるらしいが……それもどこまで続くかな」
余った縄を引かれて無理矢理立ちあがらされた俺に、ファスタインは残忍な笑顔でただ笑っていた。
→
※次も引き続き痛いですが、その上ツカサがちょっと服を剥がれるんで
そういうのも注意して下され…(´・ω・`)ご迷惑おかけします
21
お気に入りに追加
3,684
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。





久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる