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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
心は強くて脆いもの2
しおりを挟む「な、なんだ、何が起こった!?」
「とにかく砂浜に行ってみましょう!」
確かめるのが怖いような気もしたが、しかしそのまま黙っている訳にもいかない。クラーケンが何をしているのか確かめるために、俺達は再び砂浜へと戻った。
嫌な予感はあったが、それでも全員が確かめずにはいられなかったのだ。
だけど、俺達は砂浜に戻った事をすぐに後悔した。
「なんてこった……」
誰かの言葉が耳に届く。
その場の全員がそう思っただろうが、それ以上の言葉を発する者は誰も居ない。さもありなん、俺達が見つめる砂浜の光景は、昼間の惨事よりもずっと酷くむごい光景だったのだから。
人は死んではいない。だが、これは人を殺しかねない行為だ。
クラーケンはそれを理解しているかのように浅瀬ギリギリにまで体を近付けて、その大樹の幹のような触手で砂浜に並んでいた物を次々に潰していく。
押しつぶされ簡単に折れる音を響かせるそれら――俺達を含む祭りの参加者が乗って来た小舟達は、瞬く間にただの木片の山へと変えられていった。
もはや、それは船とも呼べない。
人の居ない真っ白な砂浜には、クラーケンの苛立ちを表すかのような木片の山が、ばらばらと積み上がって行った。
「これじゃ、もう……戦えないじゃない……」
「いや、待つんじゃ、まだリリーネ様の船が残っておるだろう」
「無理です、一隻では二体のクラーケンには立ち向かえません……!」
次々と声が上がる。皆どうにかしようと様々な案を出していたが、けれども一つも打開策にはならない。 その場の全員が硬直している間に、クラーケンは砂浜にあった全ての小舟を壊して海の中へと戻ってしまった。
後には、日が沈んで薄暗くなった風景が残るのみだ。
「…………」
「船、作りますか……? この状況で」
「そもそも霧の中一隻で二体なんて、幾ら小舟があっても……」
「どーしよぉ……アタシの船、粉々になっちゃった……」
それぞれが悲嘆にくれた声を出して、膝から崩れ落ちたり木に寄りかかったり、酷い人は失神したりなんかしている。
せっかくみんな元気が出たのに、その矢先にこんな事になるなんて……。
「とにかく、戻りましょう。ここに居てはクラーケンに襲われるかもしれないし、それに夜になると冷えます。火を焚いて温まりましょう」
こんな時でも冷静なファスタイン船長の言葉に、俺達はただ黙って頷いた。
さっきはあんなに元気だった人達も、度重なる心を折るかのようなクラーケンの凶行にもう言葉も出ない。みんなあの行為が「こちらを追い詰める為のもの」だと解っていても、そう簡単には割り切れなかった。
食料のタイムリミットに、大半の参加者の負傷、それに加えて脱出のための道具を壊される様を見せつけられたと言う衝撃。
今日一日でどれだけショックな事を見聞きさせられたのかを思えば、もう誰も人を無理矢理に励まそうだなんて事は考えなかった。
みんな幽霊のようにふらふらと会場に戻って、黙って座り込む。
師匠ですら意気消沈していて、それでもちゃっかりリリーネさんの隣に陣取って座っていた。その根性は天晴だけど、褒めていいのやら悪いのやら。
俺とブラックとクロウは落ちこむ人々を見ながら、どうした物かと顔を見合わせた。
「……どうしよう」
三人で顔を突き合わせて、ひそひそと小声で話す。
俺の漠然とした言葉には流石の二人も困ったようで、同じように首を傾げた。
「うーん……今みたいな状況じゃちょっと色々言えないかなあ……」
「こういう場合は時間を掛けないとムリではないか? 兵士の士気は簡単に上がるようでそうでもない。人は元々が本能的に恐れを最優先に感じる生き物だからな。この男の言うように、今の状況では先程のように士気を上げるのも難しいだろう。信頼できる立派な上官でもいれば話は別なんだが」
おう、クロウが物凄い真面目な話を。
本当この人時々まともな事言うから侮れないよな。いや侮った事なんてないが。
「じゃあ……今はそっとして置こうか」
「そうだね。僕達も休む?」
「いや、俺は食料の確認をしておきたいから……良かったら手伝ってくれないか」
「分かった」
「オレも手伝う」
出来る事をやっておかなきゃなと思い、俺は会場に運び込まれていた食料や備品などを全部引っ張り出して、どのくらい残っているかを確認し始めた。
今やる事じゃないかも知れないが、やれる時にやっとかないとな。
そんなこんなでブラックとクロウに樽などの重い物を運んで貰いつつ、会場の床にどんどん物を置いて数えていると、少し時間が経って落ち着いたのか、リリーネさんがこちらに近付いてきた。
「備品の確認ですか? 私もお手伝いしましょうか」
「あっ、いえ大丈夫です。それより、リリーネさん達は疲れてるだろうし、今日はもう休んだ方がいいのでは……」
「お気遣い感謝しますわ……ですが、私が休んでいたら他の方々に示しがつきません。それに……何かしていないと、不安に押しつぶされそうで……」
疲れた声で少し俯くリリーネさんに胸が痛くなる。
もういっそ、皆が寝ている間に俺達が動いた方が良いのではと考えるが、それをやるとしても改めて作戦を考えなきゃいけないし……。
「うーん、ま、まあとりあえず今日は休みましょう。こっちは俺がやっておくんで……おっと、これ何の瓶だ?」
さっきブラックがまとめて運んできた一升瓶のような飴色の瓶が、目に留まる。
数十本あるけど、コルク栓で封をしてあるって事は醤油とか調味料の類じゃないよなあ。もしかして酒か?
見た所厳重な封ではなかったので、試しに一本コルクを抜いてみると。
「うわっ、き、きっつぅこれ……」
「あら……それ、もしかしてお酒? ラム酒ね……港に置いて来たとばかり思っていたけど、あわただしくて忘れてたのかしら」
そんな事を言っていると、背後から声が聞こえてきた。
「酒だと? おい、こっちにくれ。呑まなきゃやってられん」
誰が頼んで来たのかと俺とリリーネさんは背後を振り返ったが、よく解らない。
しかしその誰かの声にその場の全員が賛同したようで、みんな次々に顔を上げると近寄って来た。うううゾ、ゾンビみたいで怖いぃ。
「リリーネ様、お願いです。ワシらにも酒を下され……気を落ち着かせる為に一杯やらんと寝もされん」
「頼むよぉ、ただでさえこの二日酒を飲んでないんだ。もう限界だよぉ」
妙に仲がいいベリファント船長とイメルダさんは、口々にそう言い酒瓶を持って行ってしまう。その姿に触発されたのか、全員が次々に一升瓶並みにデカい酒瓶を攫って戻り、それぞれラッパ飲みし始めた。
「み、みなさん酒豪かなにかですか」
「まあ冒険者や海賊は、水が腐っていて飲めない時は必ずお酒を飲みますから……酒豪と言えなくもないですわね。それに、こんな状況ですから酔いたいと思うのも仕方ないのかも……」
「そう、ですね……」
「ツカサさん、私にも一瓶いただけますか?」
「あ、は、はい」
俺の手から一升瓶を受け取ると、リリーネさんも酒飲みの輪に戻って行った。
よく見ると師匠もへっぴり腰でラッパ飲みしてるのが見えたが、状況が状況なだけに「リリーネさんに格好悪いとこ見せてますよ!」なんて言えなくて、俺は彼らを黙って見ているしかなかった。
「……まあ、こんな状況だもんな……今日ぐらいは仕方ないか」
だけど、有事に備えて俺達だけでもシラフでいないとな……。
「あれ、ツカサ君みんな何飲んでるの?」
「ハチミツか? ハチミツなのか?」
残りの備品を会場の裏に取りに行っていた二人が、ようやく戻って来る。
ブラックは良いとして、ここにきて急に熊っぽさを出してきたクロウは急にどうしたんだ。さっきの芋団子で蜂蜜の事を思い出したんだろうか。
残念ながら蜂蜜じゃなくてお酒ですよと言うと、二人はいかにも不機嫌そうに眉を顰めた。おや、この状況に何か思う所があるんだろうか。
仮にも化け物が居るんだから、酒なんて飲んでる場合じゃないって事か?
まあでもそれも一理あるよな。
いつ襲われるか分からないのに全員で酒を飲んでどうするってのは、戦闘慣れしていて尚且つこの状況に絶望してない側からすれば当然の言い分だ。
ブラックとクロウは、クラーケンの強さを見ても全然心が折れていない。
だからこそ、リリーネさん達に対して「軟弱者め」なんて思っているのかも。
うーむ、その言い分も解るけど、でもあんなもんを何度も見せられちゃなあ。
リリーネさんや師匠の気持ちも解ってやってよ、と取り成そうとすると、二人は思っても見ない事を同時に口にした。
「ずるい。僕だってお酒飲みたかったのに!」
「酒か、ラム酒か? ラム酒もいいやつだと甘くて美味い。オレも飲みたいぞ」
え、ラム酒って度数のきつい甘い香りの酒ってだけで、甘くはないんじゃ……。
いやこの世界のお酒は美味しけりゃ大体甘いのか?
そういう種類のラムも有るんだっけ? 海賊もののファンタジーもっと読んどきゃ良かった、酒の事なんて高校生の俺には分からんって。
混乱してきたけど、一応この世界では甘い物なんだな? ラム酒は。
ってそんな事はどうでも良いんだ。何言ってくれちゃってんのアンタらは。
お前らまで飲んじゃったらシラフが俺しか居なくなるじゃねーか。
そんなの困るぞ、俺だけじゃ何もできないっつーの!!
「おい待て待て待て! まともな奴が残ってないと困るだろ!?」
「えー。だってずるいよ、勝手に落ちこんどいて何もしないくせに酒だけは飲むって、どう考えても不公平じゃないか! 僕達はツカサ君の手伝いしてたのに!」
「酒は残ってないのか」
「もーっ、だから、俺達はだなあ!」
「まあまあ、ツカサ君も落ち着いて。いいじゃないですか、冒険者がこの程度の酒で酔う事なんてないから大丈夫ですよ」
そう言いながら近付いてきたのは、赤ら顔のファスタイン船長だ。
冷静そうな彼が酔っているとは驚いたが、内心はリリーネさん達と同じく不安で、それを掻き消したかったのかも知れない。
「気持ちよくなる程度、問題はありません! ですからね、飲みましょう!」
し、しかしこの人酔うと陽気になるな。
「えーっと君は、ファス……」
何だっけと頭を掻くブラックに、相手は苦笑しながら三本の一升瓶を差し出す。
「お忘れですか? フフフッ寂しいなぁ。私はファスタインですよ。さあさ、三人とも今日はもう酔って寝ましょう。酔わねば寝られない時もあります、これは逃げではありません、明日の為の準備なのです。さ、遠慮なさらず」
そう言いながら、ファスタイン船長はブラックとクロウと俺に酒を持たせると、またもや酔っ払いの輪の中に戻ってしまった。
お、おい。幾ら俺がこの世界では成人してる年齢とはいえ、一升瓶渡すのはダメだろ……この世界の子供ってどんだけ酒豪なの。
ってブラック達もう飲んでるし! ラッパ飲みしてるし!!
「駄目だって言っただろー!?」
「大丈夫大丈夫、僕お酒強いから。いやーたまにはこういうお酒も美味しいねえ」
「度数が高いのか? なんだか甘いラムと違う味がするが」
てな事を言いながら、一升瓶を傾けてぐびぐび酒を呷るオッサンども。
おいコラ、お前らがそれやると昼下がりの親父が焼酎ラッパ飲みしてるみたいなのにしか見えないから。全然格好良くないから!!
しかし飲んでしまったものはもう仕方ないわけで……。
まあ、確かにブラックは酒に強いみたいだし、この感じだとクロウも同じく酒には強いんだろうけどさ。心配ないんだろうけどさあ。
いや、愚痴っても仕方ない。頑張れ俺。
こうなったら、こいつらが酔っぱらう前に俺が止めるしかないか。
「いいか、くれぐれもほどほどだぞ! 他の人は良いけど、アンタらには酔い潰れて貰っちゃ困るんだからな!」
「解ってる解ってる! しかしこれ度数弱いなあ」
「そうか? オレの鼻にはなんだかツンとするが……」
「お前は熊だから鼻が利きすぎるんだろ。僕は全然感じないし」
「ム……」
そんな軽口を言いながら、二人の一升瓶からはどんどん酒が無くなっていく。
見れば、不安に煽られて酒を食らっていた人達も二本三本と開けていて、陽気に宴会を始めていた。不安が無くなったのはよろしい事だけど、この状態でいいんだろうか。さっきの言葉が本当なら、クラーケンがまた暴れてもみんなシラフに戻ってくれるよね。信じていいんだよね。
嫌だぞ俺一人で巨大イカ退治とか!
「あ、ツカサ君それ呑まないなら貰っても良い?」
「はいはいどうぞどうぞ」
あーもー好きにやっちゃって下さい。
なんだかもう一人で考えるのもバカらしくなってしまい、俺は備品を元の位置に戻すのも放棄してごろんと寝転んだ。
元気になったのは良いけど、酔っ払いほど面倒な存在は無いんだぞ。
気が大きくなって前後不覚状態でクラーケンに突っ込まなきゃいいけど……。
「……もしかして、そうなったら止められるのって俺だけなんじゃ……」
ヒィ……か、考えるのやめよう。
とにかく変な事にならなきゃいいけどなと思いつつ、俺は横で二人仲良く酒をかっ食らうオッサン達にこの島で何度目かの深い溜息を吐いたのだった。
→
※次回はクロウがちょっと暴走して※展開(挿入は無い)になるのでご注意を
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