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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
5.それぞれの役割には意味がある
しおりを挟む「危ない!! 早くこっちへ!」
固まっていた俺達を余所に、リリーネさんが鋭い声を上げる。
しかし海その声は、鼓膜を潰さんばかりの凄まじい水音にかき消されて、海上の参加者達の耳には届かなかった。
水音と共に、海がせり上がってくる。
いや、違う。あれは水の中から何かが出てこようとしているんだ。
目を見張った俺達の前で、その“なにか”は……ついに姿を現した。
「……アッ……!! あ、あいつは……!!」
師匠の声と共に水中から現れたのは、幾つもの巨大な白い帯。だがそれは帯そんな生易しい物ではなかった。
先端はへらのようになっており、巨木にも似た厚みがある。それでいて、うねうねと蛇のように動いていた。その一本の“なにか”は、近くにいた船を捕えて簡単に空へと引き上げてしまう。
何をするのかと息を呑んだ俺達の前で、正体不明の物体は乗っていた参加者達を玩具のように海へと落としてしまった。
「うわっ!!」
「ちょっ、あっ、あれ大丈夫なのか!?」
あの人達、死んでないよな……生きてるよな?
心配になってブラックの袖を引くと、ブラックは「大丈夫」とでも返すように俺の手を自分の手で覆った。
「あれは……なんだ? モンスターなのか?」
「魚、というか海の生き物独特の生臭さが臭って来るが……魚とも思えん」
ブラックとクロウの言葉に、深刻な声で師匠が答える。
「あ、あれは……あれは、クラーケンアル……!」
「クラーケンって……あの、巨大なイカの化け物……!?」
確か港まで追っかけて来たから、師匠が一人で倒したって奴だよな。
しかもこの海域じゃ見られないモンスターだったはず。なのになんでそんな奴がここに居るんだ。
「馬鹿な……クラーケンは北の海域の化け物のはずでしょう!? この海域にまでやってくる事なんて……」
驚愕したようなリリーネさんの声に、師匠は顔を渋く歪める。
「まさか、また海賊が逃げきれずにつれて来た……とか……」
「出航届には北の海域へ向かう船なんてありませんでしたわ。それに、北の海域に行く事は私が禁止しています。この祭りの時期から、モンスターは活発になる……だから、遠出はするなと言って置いたのに……なのに、どうして……!」
考えられるとしたら、申請せずに冒険に出たとかか?
だとしてもそんな船があったら港で目撃されてるはずだし、よりにもよってこの日にとんでもない物を連れてくるなんて、人殺しと罵られても文句は言えないと解っているはずだ。普通なら、港を避けるか事前に逃げろと言うはず。
それもなく、原因らしき船も見当たらないってことは……。
「もしかして……仲間のクラーケンが斃された事を知って、この港に……?」
「いいや……クラーケンは基本的に縄張りから離れず、単独で行動するランク7のモンスター……仲間が死んだって気にするどころか共食いすらする凶暴さアルヨ。あの化け物に情なんて言葉はないネ」
うえぇ……どんだけ恐ろしいのあの巨大イカ……。
いやでも、そんな事悠長に話してる暇はないよな。
俺達はすぐに焚火の準備に取り掛かると、その焚火の炎をブラックの曜術で強い炎の柱へと変化させた。
ブラックと協力してクラーケンを倒す事も考えたけど、それよりも海上に漂っている参加者達を引き上げるのが先だ。
幸い、クラーケンは海上に留まっていて、他の船を襲う気はないようだ。
ただじっと三角形な頭の先を出して、何本もの巨大な触手を波間から突き出し威嚇するようにうねうねと蠢かせているだけだった。
何がしたいのか良く解らんが、とにかく他の人に危害を加えなきゃそれでいい。
そうしてイカを観察している間にも、次第に炎の光に気付いて海岸へと辿り着く参加者が増え、リリーネさん達審査員は、遭難者が居ないかどうかを確かめる為にリストを見ながら点呼を取っていた。
「どうやら、全員居るみたいだね。さっき海に落とされた奴らも自力で泳いできたみたいだし……この炎、もう消していいかな」
轟々と音を立てて噴きあがる凄まじい炎の柱を片手で発生させながら、ブラックはなんてことは無いように呟く。本当こいつ天才肌すぎてムカツクなあもう。
思わずイラッとしてしまったが、今は心の中に仕舞っておこう。
そんな事を考えていると、リリーネさんがこちらに駆け寄って来た。
「ブラックさん、ありがとうございました。全員の生存が確認できましたので、焚火は消して頂いて大丈夫です。本当にご迷惑をおかけしましたわ……」
「いや、まあそれはどうでも良いんだけど……祭りはどうなるんだい」
「後は船上格闘大会だけですので、実際それは日程を伸ばしてもよろしいのですけど……けれど、それもこの霧が晴れてクラーケンが居なくならなければ無理ですわね。祭りを取り仕切る海賊ギルド長としては、参加者を危険な目に遭わせる訳にはいきませんから」
さもありなん。俺の世界でもそう言う事はめっちゃ気にされるもんな……。
危険でもやるぞって強制的に決行して怪我でもしたら、色んな所からボロクソに言われて社会的に抹殺されたも同然になるし。
まあこの世界じゃそんな抗議なんてほとんどないだろうけど、祭りを行っている側としては、クレームが出ようが出なかろうが人死には避けたいと思うだろう。
もしそんな事件が起これば、次の祭りに響くもんな。
しかし、次の祭りの事を考えようにも……。
「逃げようにも霧で航行不可能、沖に出ればすぐにクラーケンに船を壊される……手の打ちようがないな。ファラン、君はどうやってクラーケンを斃したんだい?」
「わ、私の時は勢いに任せて頭を斬ったアル。けど、二度目も成功させられる保証はないネ……。クラーケンの骨は固いアル。あの時の個体は若くてアレより一回り小さかったから、恐らく私の斬月刀でも斬れたアルヨ」
あ、そっか……師匠は前のクラーケン退治で斬月刀を破損させてるんだ。
それに加えて、前回は師匠以外まるで歯が立たなかったときてる。
前回もギリギリの戦いだったのに、今立ちはだかっているのはその時以上の怪物だし……死者を出さずに倒せるかどうかも怪しいな。
「ツカサ、オレ達が戦えばいいのではないか?」
一応TPOを考えてくれたのか、クロウがひそひそと俺に耳打ちをしてくる。
俺はブラックの袖を引っ張って呼ぶと、三人で顔を突き合わせて小声で話した。
「俺達が戦ってもいいけどさ、でも、そうなると俺は黒曜の使者の力を使えないぞ。こんなに大勢観客が居たら、面倒な事になりかねない。……ブラックとクロウ二人であのイカを倒せないかな?」
「うーん……ファランの力を借りても難しいかも……第一、あのイカの触手が何本あるかもまだはっきりしてないし、そもそも弱点が解らないとね……。海の上じゃどんな曜術も威力が半減しちゃうし、ツカサ君の力を借りないで戦うって言うのはちょっと無謀過ぎる気がするよ」
「オレもそう思う」
戦い慣れてると、いくら強かろうが無謀に突っ込む事はしないらしい。
二人ともやっぱそう言う所はこの世界の歴戦の勇士って奴だよなあ。
うーむ、しかしそうなると、どうやってクラーケンを退けたらいい物か……この場に携帯百科事典が有ればよかったんだけど、残念ながらそれも預けて来ちゃったしなあ……。ってか、そもそもこの事態を港の人達は知ってるんだろうか。
「あの、リリーネさん……この事態って港の人達は……?」
「多分、霧が出た事で異常事態になってると言う事は理解していると思いますわ。もしかしたら、クラーケンの姿を見ているかも知れません。けれど、港に残った戦力ではクラーケンには到底及ばない。……だから、私の指示を守ってくれているのであれば、無謀な事はせずに静観してくれているとは思うのですが……」
それなら、大丈夫かな。あっちが変な事をしなきゃそれでいい。
せっかくの楽しい祭りなんだし、人死にが出るのはやっぱり嫌だよ。
でもなあ、ずっとこのままって訳には行かないし……どうにかしないとなあ。
悩んでいる俺を余所に、リリーネさんは話を進めて行く。
「とにかく、今はクラーケンの出方を警戒しなければなりません。みなさんを森の中へ避難させます。クラーケンの対策はそれからでも遅くは無いと思いますわ」
「そうアルネ……負傷者が居ないことは幸いだったアルが……長期戦になるなら、休める場所も作らなければならないアル。そっちは私のギルドが用意するヨ」
「了解ですわ。では、私達はクラーケンの事を調査します。海の上での事は私達の方がよく知っていますから」
やっぱりこういう時はリーダーが居るだけでホッとするな。
まだどうすれば良いのか解らない段階だけど、とにかく今は砂浜から避難しなきゃな。あんなでっかい触手を持ってるなら、砂浜にまで届きかねん。
ううう、しかしこんな怪獣映画みたいなことになるなんて……。
いや駄目だ、そんな事を言っている場合じゃない。
今は俺にも出来る事が無いか探さなければ。
「師匠、俺にもなんか手伝うこと有りますか」
「ツカサ君は……そうだ、魚のフライを沢山作ってほしいアル。きっとみんなお腹が空いてイライラし始めるネ。こんな緊張状態だから、いつ爆発するかも判らないアルヨ。だけど、満腹になれば少しは落ち着くはずアル」
「分かりました。えっと……とりあえず、川魚確保してきます。さすがに俺一人の術じゃ沢山の魚は運べないんで、会場の大桶持って行きますね」
「よろしく頼むアル……こういうのは、美味しい料理が作れる人じゃないと頼めないアル。その間に私達がクラーケンの事を調べてみるヨ」
個人的には俺も前線に立ってクラーケンと対決したいと言う気持ちが有ったが、俺はそもそも後衛専門だし、木と水の曜術しか使えない事になっているので実質役に立たないだろう。だから、師匠の判断は正しい。
俺には料理を作る役目の方が適任だ。
悔しい気もするけど、自分が出来る事をやらなきゃな。
魚だったらこの島には死ぬほど居るし、材料不足になる事も無い。
フィッシュアンドチップスじゃなくたって、作れる料理はまだあるからな。
よし、飯炊き役を大いに頑張ろうではないか。
「ブラック、クロウ、付いて来てくれ」
「わかった」
「桶を持ってくる。三つほどあれば足りるだろう」
ブラックもクロウも、やっぱこういう時に頼りになるな。
例え俺一人だけがここに取り残されたとしても、恐らくなんとかして頑張っただろう。でも、それだったら緊張しっぱなしでミスとかやらかしたかもしれない。
大人や頼れる仲間が居るっていうのは、こういう時にありがたさを痛感するよ。
そういうのって、別に能力がどうこうじゃないんだよな。
――こいつらが居たら、きっとなんとかなるだろう。
そんな安心感を貰えるのが、一番ありがたいんだ。
ゲームじゃソロプレイばっかりやってたけど、現実は一人でやれる事なんて高が知れている。俺みたいな未熟者一人じゃ、出来ない事の方が多い。
だから……面と向かっては言えないけど……
ブラックとクロウが居てくれて、本当に良かったよ。
「……うっし、ガンガン美味い料理を作るか!」
そう決心しつつ、俺は改めて自分がやるべきことに向けて気合を入れ直した。
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