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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
1.祭りの始まり
しおりを挟むぱぱぱぱっぱぱかぱーぱっぱかぱーぱぱぱぱー。
気が抜けそうなラッパの音が、港に響き渡る。
静かな水面に浮かぶ小舟の上でその音を聞きながら、俺は周囲を見回した。
横一列に並ぶ、デザインや形がそれぞれの小舟。中には大人数で漕ぐつもりなのか、沢山の櫂の付いた長細い船もスタートラインに付けている。
ここにいる船の全てがクジラ島へと向かうのかと思ったら、俺は何だか総毛立つような感覚を覚えて思わず腕をさすってしまった。
俺達の舟には、俺とブラックとクロウ、そしてリーダーであるファラン師匠しか乗っていない。あんな大きい船に勝てるのだろうか。
いや、やらねば仕方がない。ここまで来たら、腹をくくるしかないのだ。
そんな緊張をもって港の方を振り返る俺達を余所に、メガホンのような道具を持った司会者は体全体を使って動きながら、祭りの開催を宣言した。
『さーぁ今年もやってまいりました、第百八十回・ランティナの海賊王は俺だ祭りーッ! 昨年の祭りは圧倒的な数と力によってミルグラム海賊団が優勝を手にしましたが、今回は一つのパーティーに人数制限がついての開催だっ! さてさて、この規定改正で海賊王に躍り出るのは誰なのかァー!』
……おい、昨年まで「何人パーティーに入れててもオッケー」だったのかよ。
どういうザルなルールだったんだ、この祭り。
「ああ、昨年は酷かったアルネ……普通は最高でも八人パーティーくらいまで、と暗黙の了解があったのに、あのミルグラムのバカは五十人で登録してきて優勝してしまったアル……当然後でリリーネちゃんに半殺しにされたネ……」
「だから参加者名簿にミルグラムという名がなかったのか。まあ当然だな」
「馬鹿だねえ。規定になくてもそんな事すれば半殺しだって解るだろうに」
ああ、このオッサン達、他人事だと思ってボロクソ言ってる……。
『今回も参加者達は三つの厳しい試練に立ち向かい、我々観客に素晴らしい勇姿を見せてくれることでしょう! 今年も冒険者ギルドの協力により、観客の皆様には視覚共有及び視覚拡張の付加術によって、超鮮明総天然色の実況映像を遅延なしでお送りいたしまーす』
つまり、リアルタイム実況?
そうかこの世界は魔法(のようなもの)が存在するんだ。膨大な人数の曜術師さえ用意できれば、テレビの真似事も可能なんだな。まあ完全に人力だから、レースとかイベントごとの時じゃないとこんな事は出来ないだろうけど。
しかし、科学文明じゃない中世風の世界でも、魔法が使えりゃなんとか代替え品も作れるもんだな……俺も早く気の付加術とか練習しなきゃなあ。
『さてそれでは、そろそろ参りましょう。皆さん準備はよろしいかな?』
その声に、周囲の船と港から大きな歓声が返ってくる。
司会者はその雄叫びを十分に聞いて、片手にフラッグを持った。
『皆のもの、櫂を持ち用意!』
ザッ、と一斉に小舟の櫂が軽く引き上げられる。
ブラックとクロウも、特製の櫂を手に持ち肩を少し上にあげた。
全員が、司会者の号令を待っている。その静けさに俺は息をのみ、前方に小さく見えているクジラ島を睨んだ。
クジラ島はこの半円状の良港から出た先、外海に揺れる島だ。
この港の範囲はまだ穏やかな海だけど、今日は外に出たらどうなっているか予想がつかない。ごくりと唾を飲む音すら聞こえそうなほどの静かな港に――ついに、号令が響いた。
『――――――始め!!』
まるで、格闘を行う時のような、鋭く短い合図。
しかしそれは、俺達の船を勢いよく射出するには十分すぎる合図だった。
一斉に水を掻きだす音が港に響き、スタートラインから船が滑り出す。
俺達の乗る小舟も、大きな一歩を踏み出した。
『さあ始まりました第一競技潮風競争、この競技はクジラ島を一周しあの真正面に見える砂浜に乗りつける速さを競います! 次の競技を高得点で通過するにはここで順位を上げておく必要があるが、まずはどの船が先頭に躍り出るのか!』
港から歓声が聞こえる。それと同時に、周囲から威勢のいい掛け声が耳に入って来た。だが、俺達の場合は掛け声もない。
俺の目の前で船を漕ぐブラックとクロウは、肩を大きく回し、力強く櫂で波を掻き分けて船を動かしている。二人ともが力を合わせているように見えるが、実際はと言うと、強い力で漕いでしまうクロウにブラックが合わせてどうにかバランスを取って進む、というあまりにもブラックに負担がある漕ぎ方だった。
だがしかし、コレが一番ベストな漕ぎ方な訳で……。
「うおおおっ、す、凄いよ! 俺達五位圏内だぜ?!」
「流石はブラックさんと熊さんネ! これなら充分に優勝狙えるアルヨ……!」
船頭のファラン師匠が興奮したように叫び、俺も全くだと頷く。
周囲を警戒し常に気を配っているが、その度に俺達の船が効率よく進んでいくのが解って爽快な気分になる。
背後には沢山の船がおり、それぞれが頑張って櫂を動かしている様が見えたが、しかし俺達には追いつけない。司会者の実況も熱が入り、五艘の船の実況を始めた。
『先頭一番は【疾風の勇魚】の二つ名を持つ、海賊ギルド所属のファスタイン海賊団だ! 前回同様潮風競争での櫂さばきは天下一品衰えてない! その勇魚を追うのが二番三番を争う【海底の長老】ベリファント海賊団、冒険者ギルド所属のパーティー【東風馴らしの騎士】だ! 両団とも参加回数はファスタインに続く多さだが、いつもあと一歩の所で入賞を逃しています! ホードエルさん、これは今回は期待したい所ですねえ』
『そうですねえ、ファスタインの五度の優勝を越えて欲しいものです』
おい誰だホードエルさんって。まさか解説者でも出て来たのか?
誰だか判らなくて凄く気になるけど、こっちからは港の風景は見えないので全然解らない。くそー、準備前に実況席見に行くんだったなあ。
ってかえらい実況の声遠くまで聞こえるな。
もしかして、あのメガホンみたいな道具も曜具だったのか?
そう思いつつ周囲を監視しながら走る間にも、実況は続いて行く。
『しかしその後を追うのが今回初登場の二つの船、一艘は【殲滅のガーランド】と言う二つ名を持つ、ガーランド海賊団! そしてもう一艘は……これは今年からの新たなる参加者、冒険者ギルド所属……ええっ、ギルド長ロン・ファラン率いる、えーっと……【熊さんチーム】……ですか?』
『なんか凄い名前のが来ましたね』
……凄い名前?
素直に首を傾げた俺の後ろで、ブラック達がげんなりした声を出した。
「ほらー……だから言ったじゃないかぁ、ツカサ君にパーティー名を考えさせるのはやめた方が良いよって……」
「オレの事か、熊さんとは」
「い、いや、私もそれはどうかって言ったんだけど、定番だからって……」
いや定番じゃん。アヒルさんチームとか熊さんチームとか定番の名前じゃん。
なんであんたらドンびいてんの。
「だって、熊いるじゃん! 熊さんチームでいいじゃん!」
「もー! ツカサ君、ロクショウ君の時と言い、正直言って名前つける才能ないよ! どう考えても熊さんチームはないよ! 僕達の事何歳だとおもってんの!」
「はぁ? いいじゃん可愛くて! てか年相応の振る舞いをしてないお前にだけは反論されたくないわこんにゃろめ!」
「ふ、二人とも落ち着くアル! 今は競争に集中して!」
ぐううう、色々と納得いかないが、確かに喧嘩してる場合じゃない。
ガーランドが俺達の近くにいる間は、何かを仕掛けてくる可能性がある。
ブラック達は船を動かすので手一杯だし、波の動きを読んで支持する事は師匠にしか出来ない。だから、俺がしっかり見張ってなきゃ。
気を取り直して、俺は近くに浮かんでいる船を睨んだ。
俺達のスタンダードな木製の船とは違う、装甲の付いた豪華な小舟。そこに乗り込んでいるのは、六人の部下とガーランドだ。
ガーランドは、俺達を見ている。いや、俺を見て、笑っている。
その表情が何も企んでいない笑顔だなんて、俺には思えなかった。
『この二艘の船は、つかず離れずの距離を保っております! ホードエルさん、ガーランド海賊団と熊さんチームは人力の差があると思うのですが、何故前者の船は熊さんチームを抜き去らないのでしょう?』
『恐らく潮の流れを警戒してるんでしょう、クジラ島周辺は祭りの日になると必ず特殊な潮流が生まれますからね。ここではとにかく転覆を避けて、熊さんチームのような小回りの利く少人数の舟を、潮の流れを測るのに使っているのでしょう』
ホードエルって解説者すげえ。そんなの全然気付かなかったわ俺。
……じゃなくて、って事はガーランドは俺達を体よく使ってるって事かよ!
こっちは、って言うかブラックとクロウがこんなに頑張ってて、師匠も真剣に潮の流れを見て方向を指示してるってのに、手柄の横取りなんてふてぇ野郎だ。
このレースが妨害オッケーなら、水飛沫の一発でもぶつけてやれるのに。
ちくしょう本当ムカツク。
「ツカサ君、周囲はどうアル!」
「少し後ろにガーランドがいるけど、それ以外は引き離してるよ! 変な影も今の所は見えない!」
「くっ、クジラ島まであとどのくらいだ」
「えっと、も、もう半分越したぞクロウ!」
流石に辛くなってきたのか、クロウが顔を歪める。
ブラックもクロウの力を流す櫂さばきが少し緩んでおり、舵のコントロールが狂って来ていた。やっぱ連日の練習はヤバかったか……。
でもこのままじゃ、順位が落ちてしまう。
「ぶ、ブラック、クロウ、頑張れ!」
「う、ううう、今になって筋肉痛……」
「なんだか潮が強くて、動きが……」
「えぇえええ今頃ォ!?」
オッサン達筋肉痛むの遅すぎない!?
いや、違う、やっぱりこれは連日の疲れのせいだろう。ああもう、だから台所でエッチすんなって俺は言ったのに。
だけどどうしよう、十位以内なら平気かな? あんまり二人に負担掛けさせる訳にも行かないよな……。などと迷っていると、師匠が急に俺を引き寄せた。
そして、耳元でごにょごにょと囁く。
その内容に、俺は思わず赤面して飛びのいた。
「ちょっ、そ、そんな事……!」
「いーから! 私ならそれで一週間頑張れるアル!」
「それリリーネさんにされたらでしょ!? 俺だってそれなら一週間シャカリキで頑張れますよ!! でも俺がやったって」
「いいから言うアル!」
「う、うううう」
俺達のことを怪訝そうな顔で見ながら必死に船を動かしている二人に、俺は数秒我慢したが……これも師匠の為だと思って、二人にある事を言い放った。
「お、お前ら! そ……その……このまま頑張ったら……ほっぺに、その、くっ……口付け……してやるから……! だから、頑張れ!」
そう、言った瞬間。
『おおおお!? なっ、なんだどうした事だ!? 一度速度を落としたかに見えた熊さんチームが、ここにきて一気に速度を増してきたァー! 三番手の東風馴らしの騎士を抜いて二位三位を一気抜きだぁ!! これは一位の疾風の勇魚に追いつく可能性も出て来ましたねホードエルさん!』
『まるで高速船のようですねえ』
えええぇ…………嘘ぉ……。
って言うかこ、この好色中年達目がギラギラしてる。ギラギラしながら凄い動きで船を漕ぎまくってる。
水飛沫で後ろが見えない。周囲も見えない。
……あの……お、オッサン達もうちょっとマシな物で興奮しない?
俺のキスで喜ぶのはあんたらだけだよ……と思って、二人を見やったら。
「ふぇ……」
ひぃい、め、目が笑ってない。怖いよぉ……。
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