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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編
9.実績:魚料理のレシピが解放されました
しおりを挟むまず俺達は島の密林で採取できる植物を調べた。
ファランさんが言うには、魚を美味しく食べるには少し工夫が必要らしく、それが失敗した時のために植物を採取しておきたいらしい。
俺にはそうする意味がまだ解らなかったが、とにかく従うことにした。
美味しい魚が食べられるならもう何も怖くない。
で、調べ始めたは良いんだが……この島には結構色々な種類の植物が有り、覚えるのも大変なほどに沢山の食べられる植物が島には溢れていた。
例えば、俺がお世話になっているシダレイモ(サトイモに近くてジャガイモの味がする変なイモ)や、気付け薬としても使われるレモンっぽいリモナの実。
それにロエルやモギも有って、おおよそベランデルン本土には無い植物ばかりがわんさか生えていた。
でも、それだけじゃないぞ。
魚の調理法に続き、俺はこの島でついに待望のアレを見つけたのだ。
その名も【カンラン】……褪せた深緑色に染まる、野球ボール大の丸い実だ。
一見したらマズそうな実にしか見えないが、コレの使い方は食べる事ではない。この実は薄皮のような果肉の下にある大きな種を割り、そこから採れる汁を使うのである! その汁とは……そう、油。つまるところオリーブオイルだ!!
椿の実やゴマなどから油が採れるって事は知ってたけども、まさかこの世界にもオリーブが存在するなんて予想もしていなかった。
聞く所によると、これは本来シンロンやヒノワでは「ツバキ」と言われるもので、不思議な事にツバキの花はその二ヶ国でしか咲かないのだという。
だから、この木がカンランだと判別できる人間は少なく、海跨ぎの大陸以外ではカンランの油を使用する国は無いんだって。
もちろん食用油は別の植物からも搾れるけれど、カンランは種を割るだけで油が採取できる上に、種だけにしておけば一年は確実に保存できる利点がある。
シンロンでは冬の間に使う保存用の油として備蓄するらしいが、そこから見ても冒険者にとっては素晴らしい利便性が推し量れる。
長期保存可能の油玉って、どう考えても便利アイテムな気しかしない。
これでっ、これで移動中でもホットケーキが焦げ付かず焼けるし、なんだったらフライも出来るぞ。冒険中にそんな豪華な食事なんて、素晴らしすぎるだろ!
思わず三十個くらい採りすぎてしまったが、許してほしい。
沢山あったしこれ以上採らないで自力で生やすから! 俺の能力使うからァ!
……いかん、興奮しすぎた。閑話休題。
とにかく、その素敵な実を見つけてしまった俺は、8割方教えて貰った植物の事を忘れてしまったのだが、ええとそこは……ごめんなさい。
魚釣りに関係ないし、わりと生食できるって程度のアレだったんで許して。
あ、でも唯一覚えてる奴があるぞ、このクジラ島よりも更に西に良く生えているという「ヒメノイチゴ」って果実だ。
こっちの大陸にはあまり生えないけど、海跨ぎの大陸では良く見かけるらしい。
食べてみると、俺の世界の野苺より甘みが有って、かなり美味しかった。
形は野苺そのままなんだけど、味はやっぱり少し違うんだな。
これでジャムを作ったら更に美味いんだろうなと思いつつモグモグしていると、ファランさんが「おおっ」という声を上げてある草に駆け寄って行った。
「これが薬味アル! なくても問題はナイけど、失敗した時のタメに取るアルヨ」
「薬味……なんて名前の草なんですか?」
「チムス草って言うアル。こっちの大陸では、肉の臭み消しとかにも使うアルヨ。熱かったり湿気が多い所では育たない薬草で、やせた土地でもよく育つアル」
「へー……じゃあ、南では見られないのか……店では売ってないんですか?」
「多分、薬屋に有るアルヨ。基本的に防腐剤とか安眠用の香を作る材料アルから、料理人以外には薬として扱われているネ」
「なるほど……!」
どうりで市場とかじゃ見かけないはずだ。
薬草の括りだったらそりゃ薬屋に置いてあるよな。
もしかしたら、この世界におけるスパイスって殆ど薬屋にあるんじゃないのか。なら、スパイスの種類さえ分かればカレーを作る事も可能かも……。
うむ、何となく俺の好きな近代料理にありつける希望が見えて来たぞ。
「チムス草も見つかったし、そろそろ川に行くアル」
「あ、はい! 師匠!」
ヒメノイチゴで水分を補給しつつ、俺達は砂浜近くの密林よりも更に奥にあると言う小川へと向かった。
とは言えクジラ島は言うほど広くは無いので、十分も掛からずクジラ島中心部に存在する小川へとたどり着く事が出来た。
「ほぉ~。小さな島なのに、綺麗な小川があるんスね……!」
「ツカサ君、釣り道具は作れるアルか?」
「勿論ッス! 前に一度川釣りの竿を作った事が有るんですぐに出来ますよ」
こういう時こそ俺の木の曜術の出番だ。
釣り針は何度も作って来たし、想像するのも慣れた物だ。竿には、密度が有ってしなやかな枝をイメージしたから、耐久性はバッチリだ。
異世界でも爆釣の川釣りを何度もやって来た俺を舐めるなよ!
というわけで、俺は数分も経たずに木製の釣竿を作り、ファランさんへ渡した。
その素早さとあまりも完成度の高い釣竿(自画自賛)に相手は驚いて目を白黒させていたが、俺の実力を改めて確認したのか、何度も頷いてエサをつけた針を川の中へと投げた。俺も同じように少し離れたポイントで釣り糸を垂らす。
この世界は魚をほとんど食べないので、基本的に川に針を投げ込めば爆釣だ。
でも、流石にこの島ではそうもいかないかな……と思ってたら。
「うわっは! 凄いヨ、この釣竿めっちゃ魚が食い付くアルー!」
やっぱりかい!
いや釣れまくるのは楽しいけど、逆にこうも簡単だとやりがいねえな!
色々と複雑な思いを抱きつつ、俺達はとりあえず一匹だけ釣ると、早速調理する事にした。そうそう、今回は釣りが目的じゃない。
ファランさんの素晴らしい魚の調理法を学ぶためにここに居るんだ俺は。
「じゃあまずは……そのまま食べてみるアル」
そう言って、ファランさんは懐に忍ばせていた小型ナイフで鱗をはぎ取り、魚を腹から開いた。内臓を取って骨を避け、白く透き通る身を一片だけ刃の上にこそげ取る。そうして、俺に食べてみろと刃を向けた。
「あ、頂きます」
生か……実は刺身で食った事はなかったんだよな。寄生虫とか心配で……。
でも、ファランさんが大丈夫な感じなんだし、平気だろう。
そう思って、俺は意を決し魚の身を口に含んだ。
「…………うげ……」
魚には、申し訳ない。
申し訳ないんだが、あの、すっげえ生臭い。もう耐えられないぐらいヤバい。
なんだこれ、たかが魚の臭いなのに辛い。呑み込めない。美味しい刺身の味を知ってるからこそ余計に呑み込めなくて、俺は涙目でファランさんを見た。
「も、もう良いアルよ! 吐き出して、そんなの食べたら腹壊すアル!!」
「うぇえええやっぱりぃいいい」
ごめんよごめんよ折角釣ったのに。
内心めっちゃ謝りながらも川に流すと、遥か向こうにスタンバッていた他の魚が全部食べてくれた。うううごめんなさい魚のスタッフさん。それ共食いです。
「……とまあ、刺身でもそのまま食べると魚はめっちゃマズいアル」
「解ってますよ! なんで食わせたんスか!!」
なんか意味があるのかと思ったけど、ただの確認かい!!
勿体ないことをしてどうするとファランさんに詰め寄る俺に、相手は慌てて手を振りながら弁解した。
「あっアハハハ、い、いやマズさを再確認して欲しかったアル! その不味さを、今から一発で無くして見せるヨ」
「えっ……」
そんなこと、出来るのか?
思わず顔を歪めた俺に、ファランさんは悪戯を企む子供のようにニッと笑うと、再び釣り糸を川へと投げ込んだ。
「ここからは速度が命ネ。よーく見てるアルよ」
「はっ、はい」
ついに、ついに来るのか。魚の臭みを失くす方法!
ゴクリと唾を飲んで時を待つ俺の目の前で……すぐに魚が掛かった。
「行くアルヨ!」
掛け声とともに釣竿が強く引かれ、勢いよく一匹の川魚が空へと投げ出される。刹那、ファランさんは釣竿を手放してナイフを取り出した。
何をするのかと目を見張った俺の前で、ファランさんは空を舞う魚に飛びかかるように高く跳躍し――――
その魚の尻尾の部分を、思いっきり切断した!
「…………え!?」
尻尾を切られた魚は、わずかな血を撒いたがまだ動いている。
その魚をしっかりと掴んで着地し、ファランさんは再び先程のように魚を捌いて白く透明な肉を一切れ差し出した。
「さあ、食べてみるアル」
「は、はい……」
尻尾を切っただけ。オーバーリアクションで尻尾を切っただけだよな?
まさか、アレが魚の臭みへの対処法だって言うんだろうか。
そんなバカな。俺の世界じゃそんな事しても臭みなんて消えないぞ。
でも、ここは異世界だ。もしかしたら……。
一か八か、俺は覚悟を決めてその魚の身を口に入れた。
そうしてしっかりと咀嚼する。
「…………ん……!?」
噛んで一口。
感じたのは、魚の身特有の甘みとじわりと舌に溶ける旨味。匂い消しのシソも何もないのに、今しがた釣られた魚は完全に嫌な部分が消え去っていた。
これは……美味い……。
醤油を付けてご飯を掻き込みたいほどに、魚としては完璧な味になっていた。
「美味いアルか」
「は、はい……あの、これなんで……」
「全ての魚が臭くなる原因は、ヒレの持つ特殊な能力ゆえアル。魚は海に含まれている水の曜気をヒレに集めて凝縮し、それを放出する事で前進するネ。だけど、海は純粋な水の曜気で満ちた場所じゃないアル。海の水には塩などの不純物や様々な曜気が含まれていて複雑ネ。だから、魚はその余計な物までヒレに溜めて放出しきれずに残してしまう場合が多いアルヨ」
と言う事は、水から引き揚げられた事で、魚はその不純物を放出し切れないまま死んでしまい、結果としてヒレが腐り、その腐敗が全体に伝わる事で魚臭さが出てしまうのか……。
俺の世界だと捌く時の処理が甘かったり鮮度が落ちたりすると魚が臭くなるが、異世界だとそういう処理以前の問題になるらしい。
なんか……カルチャーショックだ……ヒレを落とせば済む話だったなんて。
いや多分血とか内臓の処理も大事だと思うんですけどね?!
「えっと、じゃあ……釣り上げた瞬間にヒレを落とせばいいんですか?」
「すぐ食べる場合はそれが正解アル。でも、肉ごとヒレを落とすと、鮮度が落ちて腐るのが早くなるアルから、後で食べる場合はシメた後冷たい水につけて保存するヨロシ。そうすれば半日程度は美味しく食べられるアルヨ」
「へぇえ……! うわ、勉強になります……ありがとうございます師匠!!」
流石は中国四千年……ってこの世界の中華風な国が四千年存在してるかどうかは知らないけど、とにかくありがとう偉大な食文化!
すんげー美味いし、刺身を食べるって本当何ヶ月ぶりだろう……!
異世界でも刺身は美味いんだな……あぁあ……本当嬉しいぃ……。
「こ、これで魚料理が沢山作れますぅうう」
「まあ、魚ってだけで拒否反応起こす人が多いから、この方法教えても食べてくれないアルが……でも、ツカサ君に喜んで貰えてよかったアル」
そう言いながら実に誇らしげに笑うファランさんに、胸がむず痒くなった。
ファランさんにしてみれば、これはおふくろの味なんだよな。その大好きな料理を今まで食わず嫌いされてたってのは、やっぱり悲しかったんだろうなあ……。
気持ちは分かるよ。俺も魚料理を初めて作った時そうだったもん。
まあ、この大陸の人達が嫌うのは仕方ないほどの魚臭さだったし、食わず嫌いを責めるつもりはないんだけど……せめて食べてくれたらいいのになあ。
刺身でこんなに美味いんだから、調理したらもっと美味しくなるのに。
喜色満面のファランさんに捌いて貰った刺身を遠慮なく口に詰め込みつつ、俺はどうにかして他の人達にこの美味しさを伝えられないかと眉を顰めた。
うーん、魚だって言わなけりゃみんな食べそうなんだけどなあ。
そもそも海賊だったら魚なんて毎日死ぬほど釣れるだろうし、魚嫌いが治ればもっと栄養を摂取出来て病気の種類も減るかも知れないし……。
この島にあるもので、何とかして彼らの意識を変える料理は作れないだろうか。
そう考えて――――――俺は、ある料理を思いついた。
「……あの、ファランさん」
「ん? 何アルか?」
「小麦粉とか、調味料とか、そういうのは使って良いんですよね?」
「問題ないアルよ。パンとかの他国でも簡単に入手できるような食材なら、料理に加えて大丈夫アル」
「なるほど」
街で普通に買える物であれば、オッケー。
なるほどなるほど、これは良い事を知りましたよ?
俺は思いついたアイディアにほくそ笑むと、刺身の最後の一切れを口に運んで、気合を入れるように軽くガッツポーズを決めた。
「ファランさん、いや師匠! もうこの際、美食競争で一位を取りましょう!」
「ファッ!? そ、そんなに自信がある料理を思いついたアルか!?」
「はいっ! 試行錯誤が必要だとは思うけど、そこはあと数日で頑張りますんで、大船に乗った気でいて下さいよ師匠!」
「たっ、頼もしいアルゥウ……」
思わず感涙するファランさん、いや、師匠に「まかせなさい」とばかりにドンと胸を叩きつつ、俺は思いついたあの料理を脳内で反芻して顔を引き締めた。
この島に有るものと魚を使った、簡単でおいしい料理。
俺が考えているあの料理は確かに簡単だけど、でも、レシピも知らずにこの世界で作るとなると少し研究が必要だ。
祭りは数日後で、もうあまり時間がない。
だがしかし、俺がこの祭りで出来る事は料理しかないんだ。
戦う事も、舟を漕ぐことも出来ない俺には、料理でしかファランさんを助ける事が出来ない。協力すると言ったのだから、俺だってやってやらなきゃな。
だから、頑張ろう。
魚を美味しく食べる秘伝も教えて貰ったんだ。
絶対にアレを完璧にして、審査員の度肝を抜かしてやる!
そう決心し、俺は全ての刺身を平らげると、ブラック達の元へ戻ったのだった。
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