異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編

8.【教訓】ライバルを同じボートに乗せるな

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 競技に勝つために重要なのは知力・体力・時の運とは良く言うが、海賊王祭りもまさにそれらしく、俺は初日からグロッキーになっていた。

「う、うぐぐ……もう船げない……」

 ファランさんが「じゃあ最初は船漕ぎ競争の練習アルネ!」と港に俺達を連れ出して、予行演習としてクジラ島に小舟で漕ぎ出したは良いものの……今までボート漕ぎなんて一度もやった事の無かった俺には、この競技は過酷過ぎた。

 なぜ、かい(またの名をオール……小舟を動かすための道具な)を動かすだけで、こんなに腕や体中が痛くなるのだろう。
 距離にして二キロも無い穏やかな海なのに、どうしてこんなに疲れるのだろう。

 普段動かしていなかった筋肉で普段やらない動きをしたせいなのか、物凄く体が痛い。明日は絶対動けないぞこれ。きょ、今日の内に湿布を用意しなければ。
 船の中で力なく寝そべる俺に、大人達は三者三様の顔で声をかける。

「ツカサ君大丈夫? だから言ったじゃないか、ツカサ君にはキツいよって」
「どうしたツカサ、クジラ島はまだ遠いぞ。腹が痛くなったのか」
「ツカサ君、小船漕いだこと無かったアルか……仕方ないヨ、慣れない作業を急にやったら体を痛めるネ。この競技は我々三人で頑張るアルから、無理せずゆっくり休んだ方が良いアル」

 唯一優しいのがファランさんってどういう事。
 いやさあ、そらクジラ島にレッツゴーして数百メートルでギブした俺も悪いよ。
 悪いけどさぁ、あれれ~おかしいぞ~みたいな口調で俺を無意識に責めなくても良いじゃないか。特にクロウ、お前無自覚であおってるのがタチ悪いぞくそう。

 だけど何も言い返せない。マジで体痛いしもう無理だもの。もう漕げないもの。
 ごめんなさい俺のプライド、人間には出来る事と出来ない事が有るんです。
 これ以上やったら体が砕けそうなので、素直にオッサン達に任せます。

 内心めっちゃ悔しかったけど、軟弱ヘタクソ野郎が漕ぐのを手伝っても船の速度が弱まるだけだと思ったので、俺は素直に三人に船レースを託すことにした。

「お、俺は料理で頑張るから、ブラック、クロウ、コレは頼む……」

 そう言うと、二人は頼られたのが嬉しかったのか笑顔で力強く頷いた。
 が、それがお互いの気にさわったのか、またもやお互いを睨み始める。

「オレがツカサに任されたんだ、お前は引っ込んでいろ」
「は? 横恋慕野郎が横からしゃしゃり出てこないでくれるかな?」
「何を……俺の櫂さばきに及ばない脆弱な人族が何を言う」
「力任せの獣人が大きい事をいうね、小舟を回しかけるポンコツぶりなのに」
「なにをっ」
「なにをー!!」

 ちょっと待ってお二人さん、何しようとしてるの。
 俺とファランさんがそう言おうとした、途端。
 ブラックとクロウは相手を睨みつけながら、猛烈な勢いで舟を漕ぎ始めた。

「ウワアアアアそそそ速度出過ぎネ――――ッ!!」
「ぎゃあああああジェットコースタァアアア!!」

 水飛沫がっ、後方の水飛沫がジェットスキーレベルに!!
 ああああどんどん陸が遠くなっていくぅう。これ本当に人力なんですか、と前を振り返ると、オッサン二人の手が尋常じゃない速度で動いていた。
 に、人間業じゃないぞ。いや一名人間じゃないけども。

「負けるかぁああああ!」
「なんのぉおおおおおお!!」

 一見がむしゃらに漕いでいるように見えるが、しかし二人のオッサンは奇跡的な阿吽の呼吸で船を操り、空回りする事なく一直線にクジラ島へと向かっていく。
 お前ら本当は仲がいいだろ、などと勘繰りたくなるような驚異的な速さで小舟は一気にクジラ島へと近付いた。
 だがしかし、一気に近付き過ぎたようで。

「砂浜に突っ込むアルゥウウウウ!!」
「まっ、待て待て待て待てお前ら止まれー!!」

 砂浜に乗り上げて船が大破したら目も当てられん。
 俺は大揺れする船の上で必死に筋肉痛を押さえて二人に飛びかかり、両腕で二人にネックブリーカーを掛けた。(※良い子はマネしてはいけません)

「こなくそー!!」

 全身全霊の力を掛けて、思いっきり引き倒そうと力を入れるが、しかし、俺の腕力わんりょくよりも二人の首の筋肉が凄いらしく、二人の体はびくともしない。
 あああもう数メートル先に砂浜があああ。

 やばい。大破。絶対大破する。もうダメだ。
 そう思って強く目をつぶった、が。

「…………あれ?」

 船の速度が遅くなっていく。
 小川を緩やかに進むような速度にまで治まったと思ったら、先程の猛スピードはどこへやらで船は穏やかにクジラ島の砂浜に到着した。
 もしかして、助かった……?

 ……ほ、ほら、クロウもブラックもやれば出来るじゃん。
 まあねー、やっぱウチの中年は有能だからねー。
 大人だしちゃんと場をわきまえてるんだよねーほらー。

「つ、ツカサ君……ブラックさん達、青くなってるネ……」
「え?」

 明らかにドンビキしてる声のファランさんが、俺の下を指さす。
 どうしてそんな顔をしているのか解らず、指が示している方へ視線を向けて……
 俺も、一瞬で青ざめた。

 何故ならそこには……俺の腕のせいで首が締まったオッサン二人が、仲良く泡を吹いて倒れているシュールな光景があったからだ。

「うわー! ぶ、ブラックっ! クロウ~~!!」

 ぎゃー!
 決まってないと思ってたのにしっかりネックブリーカー決まってたああああ!!

「ととととにかくあそこの木の下に寝かせるアルー!」





 ※しばらくおまちください※





 ……数時間後。
 砂浜の先にある草場に運ばれた中年達は、やっと目を覚ました。

「ん……ツカサ、くん……?」
「うぐ……」
「あっ、よ、良かった……気が付いたんだな! ごめん、うっかり力を入れ過ぎたせいで、危うくアンタらをシメる所だった……」

 俺もまさか自分のへなちょこ腕力で大人が落ちるとは思ってなかったんだよ。
 首は急所って言うけど、マジで俺でも人を倒せちゃうんだな……もうこれからはネックブリーカーしないようにしよう。怖い。

 未だにボーっとしている二人の手を取って上半身を起こさせ水を与えると、二人は同じような仕草で頭を掻くと半眼の目をしばたたかせた。

「はー……死ぬかと思った……まさか腕力の無いツカサ君に殺されかけるとは」
「どれほど弱い相手でも、急所を握られるとこうも簡単に落とされるんだな」
「おいコラてめーら喧嘩売ってんのか天国逝かすぞ」

 俺だって男なんですけど!
 が、頑張れば柔道とかも護身術程度にはやれると思うんですけど!!

「お二人とも無事で良かったアル……しかし、凄いちからアルネ。あれなら一位通過も狙えるかもしれないアル!」
「あ、それ無理だよ」
「疲れるので二度とやらない」
「お前らそう言う所は気が合うんだな」

 いやまあ、アレをもう一度やれって言われても多分無理ですよね。
 あんなに飛ばしてたら次の競技とかまるで身が入らなさそうだし。

「えー、じゃあほどほどにお願いしますアル。まあお二人が居れば普通に漕いでも二十番以内にはクジラ島に辿り着けると思うアルからネ。じゃあ……次は美食競争の練習をやるアル」
「そう言えば、美食競争って何をするんですか?」

 さらっと説明を聞いただけで実は何をするのか良く解ってないんだけど、料理を作るんだよな? どういう風にやればいいんだろう。
 そんな俺達の疑問を感じ取ったのか、ファランさんが説明し始めた。

「美食競争はこの島の食材を使うネ。クジラ島は、孤島に生える一般的な植物がそろってる貴重な島アル。この国の周辺には孤島が多いから、海賊はこまめに島に船をつけて食材を探すネ。肉はともかく、野菜はすぐに腐るから……病気にならないために、新鮮な物を探すアル」
「へー……他の国でもそうなの?」
「いや、少なくともベランデルンからプレインまでアルヨ。他の国から来る船は、野菜や水なんかは積んでも腐るから、病気になる船員多いネ」

 なるほど。俺の世界の海賊が悩まされていた病気は、この世界でも良くある事のようだ。壊血病だったり栄養失調だったり、あと水が腐って腹を壊して脱水症状ってのもよくあるよな。
 俺の世界と同じ理由で病気になるとは限らないが、少なくともこのベランデルンでは「船乗りの病」の心配は無用なようだ。

 小島が多い海域って進みにくそうなイメージがあるけど、やっぱそういう海域用に船も改造してあるんだろうか。うーん、帆船とか直で見た事ないし、調べた事も無かったから良く解らんな。ちゃんと勉強しておくんだったなー。

 今更ながらに自分の知識の拙さにもどかしさを感じていると、ブラックが不意に声を掛けて来た。

「植物なら、ツカサ君が解るんじゃないかな?」
「そう言えば……ツカサは木の曜術と水の曜術が使える日の曜術師だったな」
「あ、うん。そう言えばそうだった」

 最近炎とか使ってたし、メダルも使う機会無かったから忘れる所だったわ。
 せっかく身分証明のメダルを持ってるのに忘れちゃいかんな、うん。

「それは頼もしいネ……! 珍しい木の曜術師の冒険者に出会えるなんて、私ついてるアル! あっ、ちなみにツカサ君は料理の腕はどうアルか?」

 俺ではなくブラック達に問うファランさん。
 そうだね、本人から聞いても確かな答えは得られないもんね……でも信用されて無いみたいでちょっと傷付く。一応俺ちゃんと料理できますぅ……。

「ツカサ君のご飯は物凄く美味しいよ! 野草も信じられないくらい美味しい料理にしちゃうし、今までマズいと思った事なんてないくらいさ」
「確かにツカサの料理は美味かったな……もう一度食いたい」
「そんなに! これなら勝ったも同然ネ……!! よしっ、じゃあ美食競争は私とツカサ君に任せて二人はその間休んでてヨロシ! その代わり、船上格闘大会では大活躍して貰うアル! これで優勝は決まりネ!」

 俺の料理の腕を聞いて、なんだかファランさんは異様に興奮し始めた。
 どうやら勝利を確信した事で、にわかに自身が湧きあがって来たらしい。まあ、そりゃあ組んだ仲間が力不足だったら落ち込むだろうけど、しかしファランさんも結構分かりやすい性格だよな。

 もしかしてリリーネさんがファランさんをダメ男だと思ってるのって、こんな風に出しちゃいけない所でも感情を爆発させちゃうからなのでは……。

「では、さっそくツカサ君に島の植物を教えに行って来るアル! 二人は帰りの為にそこで休んでるアルヨ! すぐに帰って来るから心配しないで欲しいアル!」
「え!? あ、ちょ、ちょっと!」

 言うが早いか俺達が返事をする前に、ファランさんは俺の手を取って森の中へと踏み込んでしまった。
 そこまでリリーネさんへの告白に対する情熱が湧きあがっているのか。
 正直ちょっと面倒臭いけど、きっと恋する人というのはこういう物なのだろう。
 違うとか言われたら余計にめんどくなりそうだから、そう言う事にしておいて。

「それにしても……なんか、密林って感じっすね……」

 国が変われば森も変わるのがこの世界の常識だけど、ベランデルンの森にしてはこの島の森はちょっと変わっていた。

 陸地の森は秋の山のように鮮やかな暖色で染まっているのに、このクジラ島はジャングルのように多種多様な葉の形をした木々が生え、人が掴んで飛べそうな程にしっかりした太いつるが垂れ下がっている。
 アマゾンの奥地! とか言ってしまいそうなくらいの森だった。

 キョロキョロと見回す俺に、ファランさんはようやく歩幅を緩めて答えた。

「ベランデルンとプレインの海に浮かぶ島は、どうしてか解らないけど植生が違うらしいアル。どちらかと言うと、私達の島国の南方にある島に近いアルね」
「そうなんですか」
「私の国は、ベランデルンからずっと西にある“海またぎの大陸”に属しているアル。恐らく、この二ヶ国の島々はそちらの方に影響を受けているんだろうネ」

 また新しい単語が出て来たな。
 そういえば……日本に似た国……ヒノワって国も確か島国なんだよな。
 ファランさんの国とヒノワは違うんだろうか。

「あの、ファランさんはヒノワの人なんですか?」

 そう言うと、相手は驚いたように振り返ると、それから困ったように笑った。

「いや……まあ確かに、ヒノワも海跨ぎの大陸の一部ではあるアルネ。でも、私の国は違うヨ。私の国は【シンロン】と言って、あの大陸でも比較的大きな島にある文化の違う国アル。でもヒノワとはとても仲イイヨ! てっきりツカサ君はヒノワ人と思ってたケド……違ったアルネ」
「あはは、ちょっと事情が有って……でも、似たような種族だとは思います」

 うわ、そうだったんだ……やべえ、今だから良かったけど墓穴掘る所だった。
 この世界には中華っぽい国も存在していて、その国はヒノワと近い場所にあるのか。でも、仲が良いなんて聞いてなかった。

 俺が買った地図は大陸の事しか書いてない地図だったから、この大陸以外の地理とかまるで知らないんだよな……ヒノワの出身だから黒髪なんですって誤魔化すんなら、改めてそういうの勉強しとかなきゃな……。
 ライクネスみたいに黒髪が珍しいって国にまた行く可能性も有るんだし。

 でも、中華っぽい国って珍しいかも。俺の知ってるネット小説では、中華系の国ってあんまり出てこなかったもんなー。
 昔の小説とかだったら結構あったような気もするけど……これは時代の違いか。
 うーん、そっちの方も読んでおけば良かった。
 ぶっちゃけ、異世界の中華風の国って想像が出来ない……。

 あ、でも……中華っぽい国が在るんなら、もしかして俺の知らない調理法とか有ったりしないかな? 中華料理って油調理のスペシャリストだって話も聞くし、この世界の生臭い魚をどうにかして食えるようにできないだろうか。

「ファランさん、あのー……そのシンロンって国は、魚とか食べます?」

 そう訊くと、先程から食材を探していた相手は意外そうな顔をして俺を見た。

「魚アルか? 珍しいネ、大陸の人は『魚は生臭いし美味しくないから嫌い』って言って、興味ない人ばっかりアルヨ」
「ですよねー……いや、確かに生臭いんですけど、シンロンが魚を食べる国なら、何か美味しく食べられる調理法とか知らないかなーって」

 俺も何度か川魚料理には挑戦したんだけど、そもそも「魚を調理する」って言う知識が欠けているのでどう処理したらいいかも曖昧あいまいだし、この異世界では俺の知ってる常識が通じない場合だってあるのだ。

 なので、魚料理に関してはわりと惨敗だったりして悔しい思いをしている。
 どうしても臭みが抜けないんだよなあ、この世界の魚……。

 だから、知ってるなら教えて欲しいです……と詰め寄ると、ファランさんは意外そうにしていた顔を嬉しそうに歪めて、何度も頷いた。

「そんなに魚食べたいアルか、凄く嬉しいネ……! この大陸の人、折角美味しい魚が海にたくさん居るのに、採って来ても食べてくれない人ばっかりで落ち込んでたアルよ……!! じゃあ早速、今から教えてあげるアル。まずは薬味を見つけて魚を釣るアルヨ!」
「はいっ、ファランさん……いや、師匠!」

 この態度の豹変……これは、魚を美味しく調理する方法を知ってる感じの奴だ。
 そして、それを俺に伝えたいと思ってはしゃいでいるんだ……!

 ってことは、俺も遂に美味しい魚料理を食べられるのか!?

 やった……長かった……ここまで長かったよぅう……。
 ありがとうファランさん、今日から師匠と呼ばせて頂きます!!










 
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