異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編

3.オレがお前らを追った理由(ワケ)

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 何の因果か知らないが、出会っちまったモンはしょうがない。

 別にクロウは嫌いじゃないし、少なくとも「ダメだぞ」って教えたら言うことは聞いてくれるから、一緒に居るのは嫌じゃないんだけど……。
 問題は、誰か一人でもパーティーに加わったら途端にめっちゃ機嫌が悪くなる、この良いトシしたどうしようもねぇオッサンなわけで。

 誰もがアンタのように俺を強姦目的で襲ってコマすなんて人じゃないってのに、とにかく心が狭すぎるこの“思いやりバリア三センチ”おじさんは、誰にでも敵意を向けてしまう。性格上仕方のない事と解っていても、しなくてもいい喧嘩を連発してしまうというのは、流石にいただけない。

 つーか、そんなに俺が他の奴と仲良くするのが嫌ってんなら、ロクや藍鉄みたいな可愛い相棒は良いんだろうか。でもそれを言うと「それもそうだね」と言われて引き離されたら嫌なのでお口チャックしておく。
 とにかく、ブラックの狂犬っぷりがヤバい。

 これから先も冒険者を続けて行くのなら、こうして他の奴らと組む事も有り得るだろう。その時に軋轢あつれきを生まない為にも、何とかしてブラックをもう少し穏やかな性格にしておかないといけない。
 なんせこのオッサン、クロウと一緒に歩いている間も、ずーっとクロウを睨んで「殺す……」とかブツブツ呟いてたからな。アンタ本格的に悪役になってどうすんだよ。ただでさえ容姿がゲームの中ボスでいそうな貴族みたいなのに。

 まあ、それはいい。良くないけど。
 とにかく今はクロウをどうするかだ。

 最初の言葉に戻るが、出会ってしまった以上知らんぷりは出来ない。
 クロウが危なっかしいのは十二分に知っているし、人族の常識が通じない場所で生きて来た奴なんだから、知らない事は教えてやらなきゃ行けない。
 もし困っている事が有るのなら、協力するのが関わった俺達の義務だろう。

 ってな訳で、俺達は適当な食事処に入って昼飯を食べながら、クロウの話を聞く事にしたのだが……その話は、俺達が思っていたような物とは全く違っていた。
 俺らはてっきり、俺達の旅に付いて来たいから山を越えたと思っていたんだけど、実際のクロウの目的は、どうやら他にも存在したらしい。それが……。

「父親の行方ゆくえ探し、か」

 赤い果実のジャムが溶かされている甘くて美味しい【果実水】を飲みながら、俺はクロウの言葉を反芻はんすうするように呟く。
 テーブルの体面に居る相手は、猫のようにちろりとコップの中の果実水を確かめるように舐めながら、軽く何度か頷いた。

「オレが国を離れている間、ベーマス王国……獣人の国は随分と荒れたらしくてな。そのためか、父上はオレを呼び戻そうとして、従者と共にこの大陸へ来ていたらしいのだが……途中で、従者ともども消息が途絶えてしまったらしい。だから、オレは父上を国に連れ戻そうと思い、探してたんだ」
「そうだったのか……」
「でもアテは無かったから、どうせならツカサと一緒に旅がしたくて、無理矢理に付いて来ようとした。あと一歩の所で叶わなかったが」

 そう言いつつうつむくクロウ。バンダナで隠していても、布の下で熊耳がしょぼんと垂れたのが分かる。ぐぅう、ずるい。やっぱずるいよ獣耳。オッサンに付いてても可愛いんだもん……ってそんな場合じゃない。

 クロウが俺達に付いて来ようとしたのは、ちゃんと理由があったからなんだな。
 俺達は、今まで人にしいたげられた人達なんだから、獣人の国に帰るのが一番だと思ったし、正直な話……付いて来られるとややこしい事になると思ったから、無理に脱出しちゃったけど……。
 そんな事情が在ったなんて、なんか知らずに悪いことしちゃったな。
 申し訳なく思っていると、クロウは俺の表情に気付いたのか首を振った。

「ツカサは悪くない。シアンには一度帰った方が良いと言われたし、従……スクリープ達にもそう願われた。だが、オレはそれを振り切って来た。その結果こうなっただけだ。そもそも、オレはお前達に事情を話していなかったのだし、ツカサの事情を考えたらオレを置いて行っても仕方ないだろう」
「そう言ってくれると、ありがたいけど……」

 興味がない事には本当に興味がないし、表情もあまり動かない相手だけど、俺に対しては驚くほどに長く話してくれる。
 それに、こういう時にはクロウは凄く紳士だ。
 基本、話し合う分には本当まともな人なんだけどなあ……。

 俺の隣でまたムッとしたブラックの脇腹をつねって抑えつつ、俺は話を続ける。

「でも、クロウはどこで父親の話を知ったんだ?」
「ラッタディアの宮殿に避難させられた時に、国の密偵が来て教えてくれた。王族の密偵部隊が動いているとは思わなかったから、それは驚いたが……まあとにかく、それでオレは完全にこの大陸に留まろうという意思を固めたんだ」
「そっか……。うん、そうだな。父親が自分を追いかけて来て失踪したって聞いたら、自分だけ帰ろうとは思えないし……。でも、急いで山から国境越えする必要な無かったんじゃないか? めちゃくちゃ危なかっただろ?」

 山には魔物が棲んでいる、なんて言葉が俺の世界にもあったりするが、この世界の国境を決める山々はガチでヤバいモンスターが生息する山なのだ。
 並の冒険者じゃ越えられない場所ってのはクロウも知ってるだろうに、どうして無茶をしたんだろう。どうせなら、シアンさん達に協力して貰えばよかったのに。

 そんな感じの事を言うと、クロウは眠そうな目をしょぼしょぼさせながら、少し不満げに口をヘの字に曲げた。

「……先延ばしにしても、事態は好転しないからな。……自分の血族の事は、自分が結論を付けるしかない。例え首輪をつけて長い年月虜囚と成り果てても、血族の誇りは捨ててはならないんだ。己の恥は、己でそそぐしかないと。それが、オレの命に刻まれた血の掟だから」
「クロウ……」

 そう言って誇らしげに背筋を伸ばすクロウに、俺は少し寂しさを覚えた。
 ……クロウとブラックは似ているのに、やっぱり正反対なんだな。

 ブラックは血族を否定し、クロウは血族を誇っている。俺にはどちらも否定できないが、それでもブラックはクロウの誇りをきっと良く思わないだろうし、クロウはブラックの意地を嫌うだろう。だって、黙ってるけど……ブラックはやっぱり、嫌そうな顔で目を細めながらクロウを見ているから。

 ほんとは、クロウの言う事の方が素晴らしいけど……クロウの言葉に嫌悪して、むずがっている子供のような悲しげな表情を含んだ横顔のブラックを見ていると……どうしても、ブラックに何かしてやりたくなって。

「…………」

 テーブルの下で、つねっていた手をそっとブラックの手の上に乗せる。
 これくらいなら、恥ずかしくない。テーブルの下だし、他の人に見えないから。
 「安心しろ」という想いを込め軽く握ると、ブラックはびくりと手を震わせたが――すぐに、俺の手に指を絡めて来てぎゅっと握り返してきた。

 ゲンキンな奴だ。
 それだけで、もう一度見た横顔が嬉しそうに歪んでるんだから。
 ……でも、ちょっとでも元気になってよかった。

「ツカサ?」
「あ、ごめんな。……それで……早く父親を探そうと思って、山を越えたんだな」
「そうだ。少してこずったが、それほど強いモンスターも居なかったので、比較的早く下りる事が出来たんだが……人族の山は勝手が解らず道に迷ってしまってな。大地に降りた時は目的の場所かも判らなかった。でも、途中の村でとやらに向かえば、世界協定と連絡が取れると聞いたので、この港町に来たのだが……」

 うん。……うん?
 ちょっと待って。この大陸、結構広いんだよ。だから、国境の山も万里の長城かってレベルでつらなってるんですよ。そんな山を長々走破して迷うって……アンタどれだけハイレベルな方向音痴なんだ。
 って言うか、これ方向音痴って言っていいの?

「あのー……ちなみにどこに向かうつもりだったんだ?」
「アランベール帝国……ハーモニック連合国の隣にある国だ。その国で父上の消息が途絶えたとの事だったから、最初はお前達に付いて行こうと思ってたんだが……しかし、こんな所で会えるとは思わなかった」

 だいぶ遠いですね。っていうか飛び越えちゃったね。
 いや、まあ、最終的には俺達と偶然会えたんだから、クロウ的には良かったんだけども。しかし、一人で山越えして無傷って……やっぱ凄いな獣人ってのは……。

「話は分かったけど、ギルドから世界協定に連絡してどうする気だったんだ。強制送還願い? それともアランベールに行くつもりだったのか」
「…………」
「クロウ、ブラックともちゃんと話して」
「アランベールで改めて情報を集めるつもりだったぞ、ツカサ」
「チッ」

 だあもうこの二人面倒臭い……。
 メシが来る前に胃もたれしそう……折角メシが美味い国に来てるのに……。

「えーっと……なら、クロウはこれからどうする?」
「連絡はちゃんと取るぞ。迷惑をかけてるのは自覚しているからな。だが、それも数日かかるだろうから……オレもこの街に滞在するつもりだ」
「そっか。宿は決めたの?」
「この街は気候も温暖だし、別段外で寝ても不自由はない」

 その言葉に、俺は飲みかけていた果実水を零しそうになった。

「の、野宿!?」
「用意もせず出奔してきたから金もないしな。働き口が有ればいいが」
「えぇえ…………」

 仕事を探して日銭を稼ごうと言うその考えは素晴らしいが、さっきの喧嘩を沢山の人に見られた以上、日雇い仕事は難しいのではなかろうか。
 かといって、野宿してたらまた海賊に襲われかねないし……うーん……。

「仕方ない、クロウの部屋も俺が一つ借りてやるから、一緒に来いよ」
「ハァ!? ちょっ、つ、ツカサ君!?」
「良いのかツカサ」
「アンタを一人にしてたら危ないし……何かあったら、スクリープ達が悲しむだろ。相手を暴行しすぎて逮捕されたらどうするんだよ」
「え、そっち?」

 ブラックが珍しく真面目で人道的なツッコミをしたのをまあまあと制しつつ、俺はイマイチ自分の力の危険性を理解していないクロウにビシッと指をさした。

「いいかクロウ、お前はめっちゃ強い。多分、お前に全力で抱き締められたら俺は破裂して死ぬ。そんくらい、お前の腕力はマジでヤバい」
「マジか」
「マジだ。そんだけ凄い力があるのにホイホイ喧嘩してたら“ついうっかり”なんてコトもありえるだろ? 誰か止める奴が居なきゃ、お前が加害者になっちまうよ。だから、ほとぼりが冷めるまで一緒に居ろ。ブラックも、クロウが見えない場所で問題起こしてシアンさんに責任が行ったら嫌だろ?」
「う……そ、それは……」

 別に、と言いたげだが、シアンさんはブラックにとってのお母さん的存在だ。
 そんな関係じゃないと言ってはいても、内心はシアンさんの事も憎からず思っているはず。ならば、例え嫌いな相手と言えども無碍むげには出来ないだろう。
 思った通りぐっと言葉に詰まるブラックに、俺は畳み掛けた。

「それに、何もずっと一緒ってワケじゃないんだ。クロウにも目的があるし、別に俺達に迷惑をかけるつもりはないんだぞ」
「むぅ……」
「困っている人は助けるのが男ってもんだ、いいな? よーし決まった! ってなわけで、シアンさん達に連絡がつくまで一緒に行動しようぜ、クロウ」

 強引な気もするけど、ブラックだっていつも強引なんだからこのくらいは許してほしい。
 つーか、クロウに関しては目の届かない所で厄介事を引き起こされるより、辛くても目の届く所に置いて何べんも阻止してた方がマシだ。
 行動の危なさに関しては、予測できない分クロウの方がヤバいし……。

 そんな俺の失礼な思惑を知ってか知らずか、クロウは何だか嬉しそうな雰囲気を周囲に撒き散らしながら軽く体を揺すった。

「ツカサと一緒にいられるのか。嬉しい」

 子供みたいに椅子の上で体を揺するクロウは、不覚にもちょっと可愛い。
 いやオッサンなんだけど、なんかこう、無邪気さが有るというかなんというか。バンダナの中の耳もぴょこぴょこしてるし、獣耳ほんとずるい。
 モッサリしてるオッサンでも可愛さ増すからずるい。

「ツカサ君……なんか楽しんでない……?」

 うじうじした声が隣から聞こえて来るが、握った手に爪を立てて黙らせる。
 折角話がまとまったのに、蒸し返されてたまるかい。

「よし、じゃあまあ、今後の事も決まった事だしメシでも食べようぜ!」
「それは良いけど……昼ごはん食べたらどうするの?」

 爪を立てても手を離そうとしないブラックが、じっと俺を見つめて来る。
 何だか拗ねたような顔に、少しだけ熱が上がったような気がしたが……気のせいだと熱を押し込めて、俺はいつものようにニッと笑った。

「そりゃ決まってる、海と魚を見に行くんだよ!」

 いきなり三人パーティーになっちまったけど、まあなるようになるだろう。
 それより、海だ海! どんな魚が居るんだろうな、楽しみだなあー。

 ……いや、別にバカになったわけじゃありませんよ。
 現実逃避しないと、やってられないだけなんです。だってさ、どう考えてもこの二人と一緒に行動って……どこ行ったって大変な事になる予感しかしないやん……。
 ああ、何事もなく楽しい観光になればいいんだけどな……。









 
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