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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編
2.めんどくさい奴×3
しおりを挟む「く……クロウ、どうしてここに……?」
そう言うと、クロウは無表情ながらも嬉しそうな雰囲気で俺に近付いてきた。
うーん、本当変わってないな、この感情に表情が追いついてないところ。
「ツカサを追ってきた……と言いたい所なんだが、国境を閉鎖された後、俺は山を越えようとして迷ってな。結局アランベールの国境に着いて、服を調達し色々とやっていたらこの港町に辿り着いたんだ」
「端的過ぎてよく分からないけど、お前が凄い事は分かった」
えっと、国境の山って尋常じゃないレベルのモンスターがいるんですよね。
だから旅人も「山越え」なんてやむを得ない事情がない限りはやらないって、俺結構前に聞いた事があるんですが。アンタ、国境封鎖されたからってそんな場所を歩いて来て、こんなにピンピンしてるんですよね?
そりゃ凄いわ。って言うか怖いわお前。そんな力を秘めてたの。
幾らパワータイプの獣人族と言っても、素手でモンスターを殴り殺せるって……お、俺程度なら、抱き締めた途端にパァンとか破裂させちゃえるんじゃないの。
うわあ。やだやだ怖い近寄らないでくだしあ。
「ツカサ、何にせよ会いたかったぞ」
「ぎゃー! 抱き締めないで破裂しちゃうぅうううう!!」
「ええいやめんかこの駄熊!」
抱き着こうとして来るクロウに毛を逆立てる俺と、構わずに近付くクロウと、ギャンギャン言いつつ俺を後ろに隠そうとするブラックで、もうてんやわんやだ。
あああ……ギャラリーの視線が痛い……。やめて下さいやめて下さい、俺一般人なんです、このオッサン二人と一緒にしないで下さい。
「兄ちゃん、こいつと知り合いか?」
ヤジウマの一人が質問してくるのに反応して、ブラックが威嚇するように返す。
「知り合いじゃない! コイツはお邪魔ムシだ!」
「お、お邪魔虫ってなんだそりゃ……」
「オレは虫じゃない、熊だ」
「いやアンタらの事情とかどうでも良いんだけどよ、アンタなんだってこんな喧嘩したんだい。コイツら、ガーランド船団の奴らだぜ? 因縁つけたのがアンタの方からなら、アンタほどの腕の拳闘士でも殺されかねねーぞ」
素朴なオッチャンの口から出る物騒な言葉に、俺達三人は目を丸くする。
ガーランド船団、そんなに恐ろしい海賊なんだろうか。だとしたら、事と次第によっては俺達まで巻き込まれてまた面倒な事に……。
「お、おいクロウ、何でこんなことしたんだ?」
でっかい相手を見上げながら聞くと、クロウはブラックの妨害にも負けず右に左にと体を動かしながら素直に答えた。
「なんだかよく分からないが、海賊海賊と言われたので『違う』と言ったら、酷く絡まれた。で、邪魔だったから肩を叩いたら勝手に吹っ飛んで勝手に怒った。オレは冒険者ぎるどとやらに行く予定だったから、無視して歩いてたんだが……ここに来ると、何故だかあいつらが余計に怒ってな」
「……で、ボコボコに殴ってたのか?」
恐る恐る訊くと、クロウは子供のようにこくんと頷いた。
相変わらずというか、そう言う部分はやっぱブラックと似てるっていうか……。
動物はマイペースなのが普通だけども、こやつの場合はその範疇から軽く超えてる気が。
「ははぁ、なるほどなあ……。アンタそりゃ、ラッタディアの船乗りみてぇな服を着てたら絡まれるよ。ここは海賊の港でもあるからな。縄張りを勝手に侵しに来たと思って、経験の浅い下っ端連中が過剰に絡んだんだろう。そんで、アンタが冒険者ギルドに行くって言うから、自分達の事を探りに来た密偵と勘違いしたんだな」
素朴なオッチャンの推測に、その場の全員が「あ~……」という声を漏らす。
ええ、何その反応。もしかしてこの街ではよくある事なの。
キョロキョロする俺とブラックを余所に、クロウはオッチャンに首を傾げる。
「この服はダメか」
「いや~……ダメじゃないけど、バンダナしてベストの下は裸って格好はこの街じゃ海賊くらいだし……。まあそのなんだ、運が悪かったね兄ちゃん」
その言葉で、なーんだってな具合に人だかりがサッと消えて行く。
皆さん何を期待して喧嘩を観戦してたんですかね、と何だかしょっぱい気持ちになったが、まあ第二回戦とかが始まらなかっただけ良しとする。
問題は、この海賊の山ですよ。
「クロウ……これ、どうするんだよ……」
「獣が勝手に食ってくれる」
「バカー! 人族の世界でガチのサバンナやってんじゃねーよ! ブラック、ちょっと俺ギルドの人に医者呼ぶように頼むから、クロウの事見張ってて!」
「えー、なんで僕が」
「こいつを止められるのはアンタくらいしか居ないだろ!」
俺にクロウを止められる力があるように見えるかと凄んだら、ブラックは「それもそうだね」なんて顔をして頷きやがった。
こ、こんちくしょう。……いや、まあいい。やる気になってくれたしな。
とにかくこの場を何事もなく収める為に、ギルドの人に掛け合って来なければ。
怒りを抑えて、俺はギルドの扉を開けた。と。
「うひゃぁああ!」
扉を開けた瞬間、実に間抜けな声が聞こえて俺は思わず体を縮ませた。
一瞬何が起こったのか解らなかったが、それが人の悲鳴であった事に気付いて、俺は周囲を見やる。中は他のギルドと一緒で、酒場のスペースと受付のスペースが併設されている造りだ。何の変哲もないが、その場にいる彼らは皆一様に俺の方を向いていた。
いや、俺を見ているって言うより……俺の目の前の床を見ているのかな?
何事だと下を見て、俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。
「ひぃい、す、スミマセンっ、ワタシ関係ないデス! 関係ないデスー!!」
情けない声を出しながら饅頭のように丸くなって震えている物体。
妙にカタコトっぽい言葉で、服も何だかチャイナっぽいけど……なんだろう。
ああ、そう言えば、拳闘士ってこの世界では中華っぽい島の方でしか見かけないみたいな話あったっけ。だとしたら、それで絡まれると思ったんだろうか。
だから、外の騒ぎを見てこんな風になっちゃったんだな。
うんうん。気持ちは分かるぞ。だってあんな無双シーンみたら、誰だって関わりたくないと思うだろうし。大人だって怯えるでしょうよクロウの拳の威力には。
「あの、大丈夫ですよ。俺ただの冒険者なので……えーっと、それより外の人達のために医者を呼びたいんですけど……」
ポンポンと肩を叩いて悪意はない事を告げると、饅頭になっていた相手は数秒固まっていたが、ゆっくりと体勢を解いて顔を上げた。
黒を含んだ小豆色の髪を伸ばして縛り、典型的な中華服と下が膨らんだズボンを穿いた姿は、まさに俺が想像する通りの漫画で良く見る中国人だ。
だけど、彼もまた異世界の国の住人だからか、髪の色と同じく瞳も綺麗で深い緑色に染まっていた。やっぱり俺の世界の人とは違うらしい。
でも、この姿であのカタコトなんだから、マジで漫画の人っぽいよなあ。
ちょっと面白くて相手の事をまじまじと見ていると、中華服の涼しげな顔立ちをした美形の青年は照れたように肩を縮ませて俺を見上げた。
「あ、アノ、取り乱してすみません……医師、そうデスね、我がギルドの前に海賊が転がっていると知れたら、また嫌われてしまウ……!」
「き、嫌われる?」
海賊たちに恨まれる、とかじゃなくて嫌われるって何。
訳が分からないんだが……って言ってる間に中華風のお兄さんたら受付に歩いて行っちゃってるし。あ、そうだ。ついでに斬月刀も渡しておこう。
ひょろながい後姿に付いて行きカウンターに辿り着くと、俺は医者を呼ぶように頼み、そして斬月刀を預けようと刀をカウンターに置いた。
すると、受付の綺麗なお姉さん(派手なメイクで○○姉妹とか思い出すが、そのゴージャスさが萌える)が、驚いたように目を丸くした。
「あら、これ…………じゃあ貴方がダンダルさんの遣いだったのね! ギルド長、やっと武器が届きましたよ!」
立ち上がって、お姉さんはある方向を向く。
そっちにギルド長のファランさんがいるのか? 俺も振り向こうとして――俺の視界を奪う程の至近距離に駆け寄ってきた相手に、思わずのけぞった。
「あっ、あっ、あっ、ありがとございマス……!! ああっ、貴方がお使いの方だったんデスね!? こ、これでなんとか……!!」
さっきのチャイナっぽい人!?
えっ、じゃあ、も、もしかしてアンタが……。
絶句する俺の前で重い斬月刀を片手で軽々と拾い上げると、このランティナの街のギルド長……ファランさんは、その刀を自分の背中に収めた。
すると、先程まで気弱そのものだった表情の顔が、一気に男らしく引き締まり。
「いや、先程までのみっともない姿、誠に申し訳ないアル。自己紹介がまだだったアルね。ワタシは、このランティナ支部のギルド長……ロン・ファランネ」
ファランさん、ファランさん。えっと、武器がないと気弱になっちゃうって言うキャラ設定は結構見た事有りますし、そう言う人もいるよねって解るんで許容できますけど……でも、キリっとしたら語尾に「アル」付ける口調になるなんてのはちょっと……。
折角の設定台無しじゃないですか、キリッとしたの意味ないじゃないですか!!
そんなキャラの渋滞起こしてる人間初めて見……いやまて、よく考えたらクロウやブラックも濃いキャラ付け多すぎて渋滞起こしてるような……。
「どうかしたアルか」
「い、いや何でもないです。あの……なんか雰囲気変わられましたね」
「はぁ、お恥ずかしい限りアル……。ワタシ、幼い頃から武術仕込まれる家庭に育ったアルよ。だから、武器はもう自分の一部で、無くなると不安になってしまってネ……」
「なるほど……いやでも、無事に届けられて良かったです。じゃあ……外の海賊は頼んでいいですか。知り合いがギルドの前で喧嘩してご迷惑おかけしているのに、こんな事頼むのは申し訳ないんですけど……」
俺達別に全然悪くないんだけど、クロウは謝罪とか出来ないもんなぁ……。
ブラックよりちょっとだけ年下なだけで、オッサンには変わりないのに、全然礼儀とか知らないんだもんな……いや、獣人の世界では「拳こそ正義!」だから、こんな事知らないのは仕方ないんだけどさあ。
でもご迷惑おかけしたからね、変な事態にならないようにする為なら、俺は頭を下げますよ。ええ。十七歳にしてこんな苦労するのもどうかと思いますけどね!!
内心泣きながら深々と頭を下げると、ファランさんは笑って手を振った。
「イヤ、気にしないで良いアル。ガーランドの連中は海賊ギルドでも鼻つまみ者ネ。だから、ワタシから話せばリリーネちゃんも解って……」
「リリーネちゃん?」
「アッ。な、なんでもナイアル!! と、とにかく大丈夫だから!」
ないのかあるのかどっちなんですか、っていうツッコミも古典かなあ。
何だかよく解らないが、とにかく俺達は責任なしって事ですね。
じゃあ、これから観光したいしお暇しようかな。
俺は改めて礼をすると、ギルドを出ようと踵を返した。しかし、それで終わるんなら俺達も今までスムーズに旅を出来ていた訳でして。
「あ、ちょっと待って欲しいアル! 遠路はるばるお使いしに来てくれた人達、手ぶらで帰すわけには行かないアルよ。ちょっとお茶でも……」
はい来た。来ましたよ。
一見何の変哲もない大人としての礼儀だけど、これをやると本人達も気付かない内に裏でフラグが建てられてしまうという、定番の展開。
折角のご厚意だけど、今はギルドと言うだけで嫌な予感がしている。
俺達は休暇を、観光を楽しみたいんだ。ギルドに長居する訳には行かない。
「いやー、とってもありがたいんですけど、俺達も今日は結構予定が詰まってまして……また後日来ますので、その時良かったら……」
「そうアルか? 残念だネ……」
うっ、あからさまにがっかりした顔を見ると良心の呵責が。
でも自衛なんです、許して下さい。
「あ、アハハハ……数日滞在するつもりなので、また来ますよ」
「その時は是非ワタシを呼ぶヨロシ。受付には話を通しておくからネ」
「はい、それではー……」
にこやかに挨拶をして、そそくさとギルドの扉に手を掛ける。
何故か滅茶苦茶視線が突き刺さってるが、気のせい。気のせいだ。俺は斬月刀を届けに来ただけのお使いで、物珍しいから見られてるだけなんだっ。
必死に自分を鼓舞しつつも、俺はやっとギルドから脱出した。
「はぁあ……な、なんだったんだ一体……」
俺みたいな貧弱野郎がギルド長と話してたのを珍しがられただけか?
にしたって、何か変だったけど……まあ、凝視されるだけならいい。これからはギルドにはなるべく近寄らなければいいんだ。クロウにもそう言っておこう。
俺は決心を固めつつ、ギルドの前で仲良く待っているであろう二人に、その旨を伝えようと顔を上げて――――固まった。
「恋人? お前がツカサの恋人だと? 寝言は寝て言え変質者」
「ほーう? 熊は人族様より脳みそが小さいとは聞いていたが、認知能力も欠けた脳みそだったとはね。お前がどれだけ否定しようが、これはツカサ君公認だから。僕達はちゃんと結ばれましたから!!」
なんか、道のど真ん中でギャンギャン言い合ってる背の高いオッサン達が居る。
額突き合わせてガン付け合いながら、女々しい口喧嘩してる人達がいるぅ……。
「どうせお前が強引な手を使って、無理矢理頷かせたんだろう。千歩譲って恋人は許すとしても、オレがツカサを愛する事をお前に止められるいわれはない」
「人族の恋人は一対一が絶対なんだよ! お前も人族に惚れたなら、人族の法則に従って貰いたいね!!」
「それなら獣人族の流儀に従って、メスは群れのオスが共有するという事も念頭に置いて貰いたいな。なにせツカサはオレの……」
「あー煩い煩い煩い、街中じゃ無かったらお前なんて一気に焼き殺して、その下劣な骨すら残さないのに……!!」
「それはこっちの台詞だ。街を壊してもいいのなら、お前を八つ裂きにして今すぐ土の中に埋めて自然に帰してやれるというのに……」
やめてよぉ街中で物騒な事言わないでよぉ。
ってか本当やめて下さい、アンタたちいい年して何喧嘩してんの。二回戦開催しちゃってんの! 天下の往来でオッサン二人がしょうもない口喧嘩って、見苦しい以上の何物でもないよ、現に通行人全員が変な目でアンタらを見てるよ!!
っていうか、ほんの数分でどうしてここまで険悪になれるのこの人達。
会話の内容からして、多分ブラックが自慢か何かしたんだろうけど……でもさ、大人って挑発されても我慢するよね。こんなにすぐに発火しない物なんだよね?
ああもう、何で俺ばっかり頭下げたり仲裁しなきゃなんないの……。
物凄く理不尽だけど、周囲の人に迷惑だし俺が仲裁するしかない。
覚悟を決めて、俺は竜虎と化した二人の間に割って入った。
「ゴルァアアお前らぁああ!! 天下の往来でなに喧嘩してんだ、やめんか!」
長身の壁を、両手で必死に割る。
すると周囲から「おおっ」という声が聞こえたが、気にせずに俺は頭の上にあるオッサン二人の顔を交互に睨みつけた。
「ツカサ君! ねえ聞いてよ、コイツ僕が『ツカサ君と恋人になったんだ』って言ったら、有り得ないとか言いだして、胸糞悪い笑みで噴き出したんだよ!? 殺していいよね、殺していいよね!?」
「ツカサ、待っていたぞ。こんな奴なんて放って置いて、少し話そう。なに、この男の事はオレがすぐ黙らせるから、殺していいと許可をくれないか。お前を恋人にしたなんていう世迷言を自慢して鬱陶しいからな」
ブラックは直情的に怒り狂って俺に捲し立てて来るし、クロウは一見冷静なように見えて、無表情な顔に嵌め込まれた橙色の瞳は怒りでギラギラ輝いている。
ああもう、なんでそんな事で怒ってるんですかアンタ達は……。
やっとギルドにいた人達の視線から逃れたと思ったのに、どうして外でも視線が突き刺さって来るの。俺なにもしてないよね、何もしてないよね……。
「もう頼むからあんたら少し黙って……」
「でもツカサ君」
「しかしだなツカサ」
「もー!! 黙らないとこれから口聞いてやんないからな!!」
泣きたい気持ちを抑えられなくてヤケになって叫んだ俺に、ブラックとクロウは一瞬目を見開いたが……互いの間に居る俺を見つめて、二人でこくんと頷いた。
「黙ります」
…………あのさ、こういう時だけ二人揃って同じ事言うの、やめてくれる?
→
※は、はなしが進んでない…:(;^ω^):
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