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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編
22.武器と約束と武勇伝(笑)
しおりを挟む様々な出来事が沢山あったアタラクシアも、今日でお別れだ。俺は改めてルアンとティールにお礼を言うと、クラブハウスサンドのレシピを渡して遺跡を発った。
初対面は最悪だったけど、良くして貰ったお礼はちゃんとせねば。短い間だったけど、二人には世話になったしな。
でも、二人とも「仇殺すモード」のレッドにはかなり動揺していたらしく、その出来事が余計に作用したのか、二人からはもうブラックを恐れるような雰囲気は無くなっていた。
実際にブラックと触れ合って、感じる物があったんだろう。
少なくとも二人にはブラックを理解して貰えたんだと思うと嬉しくて、ちょっとじんわりしてしまったが、それはさておき。
俺達は来た時と同じ道程を藍鉄で順調に乗り越え、無事に首都のトリファトまで戻ってきた。
ベルナーさんが教えてくれた話によると、レッドはどの町にも寄らず支部に戻るとの事だったから、今のところは安心して街に入れる。
そうなると、ブラックはお約束のごとくベッドへ直行しようと息巻いていたが、俺はまず武器の注文が先だと押しのけて、再び鍛冶屋通りにある【ダンダル工房】へとやって来たのだが。
「おーう待ってたぜ、アンタ達!!」
出会い頭でそう言いながら、ずっと俺達……というか俺達の持って帰ってくる「素材」を心待ちにしていた赤髪美女・グローゼルさんが、俺に抱き着いてきた。
ぐおおおおお、お、おっぱいありがとうございますううう。
久しぶりの柔らかくていい匂いがして柔らかい感触に天国を感じていると、すぐさま俺は首根っこを引っ掴まれて天国からオッサン臭い現実に引き戻された。
「女性なんだから、もう少し慎みをもったらどうだい」
「おっ。冒険者が貴族みてーな物言いするとはねぇ。そう言う事はきちんとヒゲ剃ってから言いなよ兄ちゃん。……とまあそれはさておき……そんな顔して帰って来たってこたぁ、例のブツは手に入れられたんだね?」
ワクワクしながら俺達の返答を待つグローゼルさん。はい優勝ー。
勝てるわきゃねーよな、姉御が体を揺すっておっぱい揺らしながら子供のようにワクワクしてる姿には、誰も勝てるわきゃねーよな!!
この世界に来て良かった事は、美女や美少女に無邪気で凄いスキンシップをして頂ける事ですね。俺その点だけはこの世界に来て良かったと思ってるわマジで。
これで童貞さえ捨てられたら、今までの事チャラに出来たんだけどなあ。
「ツカサ君何考えてるの。また変な事考えてたんでしょ、もー!!」
あー字面だけ見たら嫉妬してる彼女に見えるんだけどなあ、この台詞。
頬を膨らませてこの台詞を言ってんのはオッサンなんだよなあ……。
一気に萎えてしまったが、まあいい。冷静になったから結果オーライだ。
武器を作るにも時間がかかるだろうし、早く済ませるに限る。
俺は持って来ていたハサクの鉱石を、グローゼルさんの前にどんと出す。
すると彼女は一瞬きょとんとして、大きな鉱石を矯めつ眇めつした後――――やっとその鉱石の種類に気付いたのか、目を飛びださせんばかりに驚いて叫んだ。
「こっ、これ!! ハサクじゃないか!? しかもこんなに巨大な塊って……こ、こんなモンざっと見積もっても白金貨千枚でも足りないぞ……おい、これ本当に見つけたのか?」
「ええ、正真正銘俺達が採掘したモンですよ。あ、でも、ちゃんと邪魔する人達には話をつけた上での採掘なので、これっきりだと思いますが……」
グローゼルさんの態度とお金換算での結果が凄すぎて、慌てて予防線を入れる。
この噂が広まってアタラクシア周辺に冒険者が溢れたら困るし、俺達があの洞窟へ入る事を許可してくれたって事がレッドとかの上司に知れたら、ルアンさん達がどうなるか分からん。
滅多に許可が下りないって話と、秘密にしてくれと言われたという点を踏まえて改めて説明すると、グローゼルさんはすぐに己を律し心得たと頷いてくれた。
「アタシも一流の鍛冶職人だから、依頼人の秘密は絶対に守るよ。……よし、まあとにかく、これを使って武器を作っても良い訳だよな。作るのは、炎の曜術を付加できる剣と、曜術の装填が出来る特製クロスボウで良いんだよな?」
「あ、はいそうです」
「この量の鉱石だと、多分わりと余るぜ。他にも何か作らないかい? アンタ達は見た所、防具は全然つけてないし……胸当てくらいなら二人分出来るかも」
そういや俺もブラックも防具なんて考えてなかったな。
魔法が主体だと基本的に遠距離短期決戦が基本だから、防具が有っても無くても関係なかった訳だし。でも作って貰えるって言うんなら、ちょっと欲しいかも。
鎧とまでは行かなくても、胸当てがあれば心臓を狙われても安心だもんな。
……でも、武器二つと防具二つって……結構なお値段するのでは。
「あの、そうなると更にお高いんじゃ……」
俺の不安げな声に、グローゼルさんは豪快に笑ってひらひらと手を振った。
「はっはっは! 心配するなって、こりゃアタシの道楽みたいなもんさ。それに、アタシの理想の鉱石を持って来てくれたんだ。金なんて要らないよ! ……しいて言えば……定期的に武器の調子や改善点なんかを見つけて、手紙をくれたら嬉しいかな。クロスボウの方は、上手く行けば他の鉱石で廉価版作ろうかと思ってるし」
「商魂たくましい……」
「初代と二代目が儲け度外視の馬鹿どもだからしゃーねえんだよ」
なるほど、心中お察しします。
正直タダで良いなら凄く助かる。路銀ってのはいつガッと減るか分からないし、出来れば蓄えておきたいからな。でも、最高の腕を持つダンダルさん一派にタダで武器を作って貰えるってのも、なんか申し訳ない……。
「あのー、もし良かったら、なにかお手伝いとかしましょうか?」
「んなの良いよ。失敗するつもりはねぇけど、万が一でこんな高価な鉱石をダメにしちまったら、アタシの方が首切って差し出さなきゃいけねぇくらいだし」
「いや、でも作って貰うんだし……試作品でもやっぱタダってのは……」
お世話して貰ったらちゃんと礼をしろって言われて育ったので、なんかこんだけ凄い事をして貰ってタダって、気持ちがすっきりしないんだわ。
後ろのオッサンはぶーぶー言ってるけど、こちとら日本人なんでい。
借りは返すのが男の心意気ってもんだぜてやんでい。
「そこまで言ってくれるなら、まあ……。正直、ちょっと困ってた所だったんだ。物を届けるおつかいなんだけど、頼まれてくれないか? 多分、そこに行って帰って来るまでには武器も出来てると思うからさ」
「喜んで! でも、どこに行けばいいんですか?」
「なに、別に怪しい所じゃないさ」
そう言いながら、グローゼルさんは一度店の奥に引っ込んで何やら筒状に丸めた紙を持って来た。おお、あれはもしかしなくても地図かな。
店のカウンターに紙を広げると、俺達が持っている物よりもかなり正確な地図が現れた。どうやら大陸全体の地図ではなく、ベランデルン公国周辺のみのようだ。
しかし、これ、日本地図ばりに海岸線も山も綺麗に描かれてるぞ。
「この地図、凄いね……」
俺と同じように驚いたのか、ブラックも少し声を上擦らせて地図を見ている。
そんな俺達に、グローゼルさんは「さもありなん」と言うように頷いた。
「凄いだろ。これは初代ダンダルが、伝説の測量士アナンに代金のかわりとして貰った、値の付けられないほどの正確な地図だからな」
「えっ……」
アナンって、ブラックの仲間だったあのアナン?
思わずブラックを見ると、ブラックも目を丸くしながら俺を見て頭を縦に振る。
また思わぬ所で過去の仲間の名前が出て来たが、グローゼルさんは俺達の事情など知らないので、気にせずに話を続けた。
「あ、ツカサくらいの歳の子だとアナンって知らないかな。伝説の測量士アナンってのは、かつて世界中を旅して驚くほどの正確な地図を描いたって言う冒険者さ。初代ダンダルは、その男がいたパーティーに武器を作ってやってたんだよ」
「へー……」
チラチラとブラックの顔を見ると、グローゼルさんが話すたびにブラックの表情が変わって面白い。悩ましげな顔だったり辟易した顔だったり困った顔だったり、とにかく自分が属していたパーティーに関する話は聞きたくないらしい。
これはちょっと面白いな。
「グローゼルさん、そのパーティーってどんなんだったんですか?」
「つっ、ツカサくっ」
「そうだなあ……初代から聞いた話だと、ランク7のモンスターを何匹も倒して、ギルドじゃ殿堂入りみたいな扱いだったとか、自分達の名声に寄ってくる奴らに対して武闘会を開いたりだとか、王族とかが依頼してきても、気に入らないと普通に断ったり、街で娘さんを助けて自分達の名前を名乗って『ははー』って悪人たちを土下座させたり……まあ、色んな意味での武勇伝があったみたいね」
「ふーーーん?」
武勇伝っすか。大人になると恥ずかしくて転げたくなるアレですか。
確かに凄い武勇伝だしなんか水戸黄門が混ざってたが、こういう話ってまともな大人だったら……。
「……み、みないでツカサ君……」
やっぱり恥ずかしがってるー!
両手で顔を覆ってるけど、手の隙間から耳まで真っ赤になってるのが見える。
ブラックもやっぱ昔のヤンチャはそれなりに恥ずかしいんだ。やだ可愛い。
思わずニヤニヤしながら相手の姿をじーっと見ていたが、グローゼルさんに「何やってんの」と言われて、渋々俺はブラックを突くのをやめたのだった。
いやー、普段俺を振り回してる奴がこうなるのはなんか気分がいいな。
でもあんまりやると逆襲されるからこの辺でやめとこう。本題本題。
「で……その地図で、どこへ?」
「この海岸線のところに、ランティナっていう港町が在るんだけど……そこにいるギルド支部長のファランという男に、この斬月刀を渡してほしいんだ」
「ざ、斬月刀?」
聞き返すと、グローゼルさんはその長身の身の丈より少しだけ小さな……って、それも充分大きいんだけど、そんなでっかい剣を取り出してきた。
その剣は三日月のように刀身が反り返っていて、握る部分から赤い飾り紐が垂れている。ちょっと見は本当に中華かアラブかってレベルの上級者向けな剣だ。
「この前港にクラーケンとかいうでっかいイカが出たらしいんだけど、それを退治した時に骨まで切ったせいで刃が欠けたらしいんだわ。で、アタシが直してやったんだけど……最近何故だか配達人達は忙しいらしくて、御用聞きに来るのが一ヶ月先なんだよね。でもファランには出来るだけ早くって言われてたからさ」
「なるほど、俺達が特急で荷物を届けるって訳ですね」
どんな理由で配達人(たぶんクロネコとかの宅配会社みたいなモン?)が大忙しなのかは分からないが、確かにそれなら結構困るよな。
ランティナって港町に行く冒険者を捕まえるのも面倒だろうし、第一グローゼルさん達は鍛冶に掛かりきりだから探しにも行けない。
そりゃ恥を忍んで頼みたくなるよな。
少しでもお礼したいし、その依頼受けさせて頂こう。
未だに納得してない様子のブラックの背中を叩き、任せて下さいと胸を叩くと、グローゼルさんはパンと手を叩いた。
「話が早いねぇ! さすがはアタシに良い提案をくれたツカサちゃんだ。んじゃ、こっちのギルドから連絡入れて、アンタらが来るって言っておくよ。あと、ランティナへの道は人通りも多くて安心だけど、馬でも三日はかかるから注意しろよ」
だいたい一週間で二作品も出来る物なのか。
目を丸くしてグローゼルさんを見ると、相手は俺達の疑問を表情から読み取ったのか、くすぐったそうに笑ってグッと親指を立てた。
「アタシを誰だと思ってんだい。三代目ダンダル・ヒューウェイ・グローゼルだぜ! きっちり完璧な武器に仕上げとくから、まかせといてよ」
その笑顔には、漲るほどの自信が満ち溢れている。
本当に自分の仕事に誇りを持っているんだなと思うと、俺達もグローゼルさんが一層頼もしく思えて、改めて俺達の武器をよろしく頼むと頭を下げたのだった。
そんな感じでわりと重い斬月刀を持って工房を後にして、あとはもう宿に帰ろうかと思い夕暮れの大通りを歩いていると……ふとブラックが話しかけて来た。
「ねえツカサ君」
「なに?」
「そういえば、街に着いたら思う存分セックスして良いって話はどうなったの?」
「ぶはーっ」
お、お、大通りでお前は何を……ってそういやこの世界ではセックスって言葉が存在しないんでしたよねー! あーチクショウ今更思い出したわばかー!!
だけども天下の往来で言う言葉じゃないだろうと怒って肩を叩くと、ブラックは不満げに口を尖らせて肩を竦めた。
「だって、ツカサ君がしていいって言ったじゃないか。僕、そう言うから楽しみにしてたのに……また我慢しなきゃいけないのかい?」
「う……」
まあ、言いましたね。残念ながら覚えてますよね俺も。
でもこうまで大っぴらに言われるとさすがにちょっと。あの、俺にも羞恥心という物は有りましてね。大多数に意味が通じない言葉で「えっちしたい」って言われても、恥ずかしいわけでしてね。
でもなあ、約束は約束だし、俺もあの洞窟でわりかし覚悟決めたし……。
いつまでも恥ずかしがっているだけじゃなく、恋人として受け入れてやらなきゃいけない……よな……。多分、好きなんだったら、ブラックみたいにヤりたいヤりたいって言うのも普通なんだろうし……いや普通って俺、エロ漫画とかドラマの奴しか知らんけど。
とにかく、約束したんだから、俺だってそろそろ覚悟決めなきゃいけないよな。
し、尻がどうなるか怖いけど、こうなったら男らしく受けてやろうじゃないか。
「ツカサ君?」
「…………よ、よし。分かった。今日はどんとやってやる!!」
そう言ってブラックを見上げると――――ブラックは、今までにないような形容しがたい表情で、俺を見ていた。
……えっと……。
なんか……ええと…………スケベ親父っぽいような、真剣な顔っぽいような……なんにしろ、絶対に「やべぇ」って思うような静かな表情っていうか……。
「今日は、どんと」
「は……ハイ」
「今日は、どんと、やっていいんだね?」
「あ、あのやっぱりお手やわ」
「早く宿に帰ろうか、ツカサ君」
言うなりブラックは俺の手を強く握り締めて、俺の歩幅が乱れる程の早足で歩き始めた。長身が大股で歩くもんだから、俺はつんのめりながら必死で付いて行く。
やめんかと怒鳴りたい所だったけど、それすら言えないくらいにブラックは猪突猛進モードになっていて、俺の言葉なんてもう届かなさそうだった。
ああああ……や、やっぱ約束しなきゃよかったぁあ……。
恋人だからって、好きだからって、やっぱ尻に多大な負担がかかる行為は怖いし嫌ですよお。
もういっそふたなりだったらまだマシだったんだろうか、なんて意味が解らない事を考えながら、俺はずるずると今夜泊まるお宿へと引き摺られていくのであった……。
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