異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

19.そんなこと知りたくなかった

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 ――あれから、俺は一心不乱に本の内容を熟読した。

 にわかには信じられない言葉が、本の中につづられている。

 この世界にはかつて“この本の著者が連れて来た、別世界の人間”が多数存在した事や、その人間達を著者が監視していた事、そして――その末路に対する評価と、異邦人とこの世界の人間のどちらもを「コマ」として見るような、見下した言動が透けて見える言い訳の数々が。

 神様と言う物が居るのなら、こんな感じなんだろうか。
 長い時間、人類の事を高みから見ていると、人が一生懸命に生きた軌跡すらも「失敗」と「成功」などと言うくくりで見るようになってしまうんだろうか?

 そりゃあ、俺だってシミュレーションゲームでは、キャラが死んだらリセット、兵士を金でどんどん投入……だなんて人でなしな事やってるけど……でもそれはゲームだからだよ。あくまでも「シミュレーション」であるからこそ、割り切ってやれる事なんだ。

 生身の人間を自分勝手に連れて来ておいて、わずかな能力だけしか与えずに放置して、死んだら合否二択の評価なんて、人のやる事じゃない。
 神だからか。俺達とは違うから、こんな残酷な事が書けるんだろうか。

「…………いや、一人で長い間見て来たからこそ、こうなるのかな……」

 人を人とも思わない、異世界から来た人間達の「連れて来られてから死ぬまで」の履歴書の数々と……それに対して、ページが進むごとに簡素になっていく感想。
 もしかしたら著者は、自分が選んだ人達の死を見過ぎて狂ったのかも知れない。

 それでも、新しく連れて来られた人間の説明はいつも詳しい。やたら張り切って能力だの経歴だの書かれているが……彼らが死んだ時の項目に差し掛かると、驚く程なげやりで簡素になった。その気の抜けようは、まるで未完で放置されたウェブ小説のようだ。
 こんな事を現実でやれるんだから、心が壊れててもおかしくないよな。

 新しいキャラクターを作って、異世界に放り込んで、死んだら適当にシメる。
 途中で放置して興味を失くしたりもする。

 俺の黒歴史ノートかよ、とツッコミでも入れれば笑い飛ばせたのかも知れないが、これは実際にこの世界に来た人たちの履歴だ。
 それを思うと、俺にはこの本の内容で笑えなかった。

「でも、なんでこんな本を……」

 と言うか、どうしてこんな酷い事を。
 著者の「計画」に必要だと言っていたけど……それってどういうことだ。
 この人の望む治世や歴史に、俺達異世界人が必要だったって事?

「……まさか、リアルシ○シティ…………とか……」

 神様になって世界を作ろう! なんて、それこそおとぎ話の領域だ。
 でもこの著者がどんな存在であるか解らない以上、その可能性は捨てきれない。

 異世界から人を呼んで来て世界を発展させる……って言うのは、創作の世界じゃよくあるパターンだしな。この著者はチート能力も持たせずに人を放り出してるから、昔の異世界ファンタジーっぽくてシビアだけど……。

 昔の神様って、物凄く厳しいよな。何でなんだろうな。
 まあ俺もチート級の技が使えるのにほとんど有効活用出来てないので、少しは厳しいが。でも、この本の中の異世界人達は、俺とは比べ物にならないくらい過酷な人生を送っていた。

「……日本人……外国の人…………例外なく“一日に一度、水が貰える”とか“人間の居る方向が理解出来る”とか“日本語を理解出来る”とか……そういう些細ささいで戦う事の出来ない能力ばっかりだ」

 全ての「異世界人」が、世界に影響が出ない程度の能力しか与えられていない。
 そのせいか、彼らの多くは自分の能力を認識する事も無く、唐突に異世界に放り出されて戸惑い、不慮の事故に遭ったり元の世界での生活と変わらない暮らしを送っていた。

 これじゃ、元の世界に居た方がマシだっただろうに。
 過去にこの世界で客死した人達を思うと胸が痛んだが、それと同時に俺は妙な疑問にさいなまれるようになっていた。

「……なんで、異世界人が必要だったんだろう……?」

 仮にこの著者が「神」であるならば、自分の好きなように世界を造り替えられるんじゃないのか?
 異世界の事情を知っているのなら尚更、異世界人を招いて発展させるなんて面倒な事をせず、異世界をお手本にして自分でカスタマイズすればいいだけだ。
 俺の世界から、日本人や外国人を連れてくる理由なんてない。

 治世や歴史を管理していた存在なら、それくらい出来るだろう。
 なのに、どうして。

「…………そもそもこの人、なんなんだろう」

 この著者が神なのか人なのか、良く解らない。でも恐らく、この著者は俺の召喚には関わっていないだろう。俺はそう感じる確信めいたものがあった。

 何故なら、この本の「履歴書」はそれほど分厚くないからだ。ブラックが見せてくれた女賢者の日記の年代を考えると、俺がここに来た原因とは言い難い。異世界の人々が持つ「わずかな能力」もチート的な凶暴な能力ではない事から、この著者が黒曜の使者を持ち出したとは考えられないだろう。

 俺は、たぶんこの著者の意図とは違う所から異世界にやって来たのだ。
 まあ……それならそれで、色々と気になる事が増えるが……。

 でも、これで少しだけ疑問が解けた。

「やっぱり、聞き覚えのある言葉はみんな過去の人達が教えた物なんだな。……それに、多分……俺が見た、日本語のあのメモも……」

 もしかしたら、あのメモはこの世界に連れて来られた人の軌跡の一つだったのかな。日本人にしか読めない文字で書いてたのは、この世界に自分と同じ国の出身者が居て欲しいと思ったからなのかも。

 ……そういや、女賢者の日記にあった「代表」って奴もこの本を読めてたよな。
 じゃあもしかして、その人もこの「召喚者」の内の一人なのでは。

「……キューマって言ったっけ。この履歴書に載ってないのかな?」

 この本もあの日記と同じ年代に書かれた物って事はないかな。
 良く考えるとキューマって日本人の名前っぽいし、ありえない話じゃないぞ。
 特定出来たら、また色々と解る事が増えるかも。

 俺はペラペラと本をめくり、キュウマと書かれた人間が居ないか探してみる。
 履歴書には、相変わらず俺の世界から来たらしい人達の名前が並んでいたが……ある人間から先のページは白紙になっていた。

「あれ?」

 キューマという名前の人間が見当たらない。
 というか、何も書いてない。
 慌てて最後の人の頁に戻ると、その人の履歴をじっと見てみた。

 特に変わった所はない。相変わらず日本人で、能力もさほど有用な物でもなく、この人も他の人間と一緒に普通に暮らしていたようだが……途中で記述が途切れていた。

 よく見たら、来た年代が記されている。
 「元年」から始まっているから、多分著者が設定した年代からなんだろうけど……一人一人が十年以上の間隔で召喚されていて、最後の一人の年代は最早五百年ほどになっている。だけど、それ以降は何も書かれていなかった。
 ……もしかして……この本は途中で放棄されたのか?

「えぇえええ……そんなまさか飽きちゃったとか止めてくれよ……」

 人の命を弄んでおいて飽きた、なんてのは流石に無いと信じたい。
 序文であんだけ大口叩いたんだし、こうして何百年間も……何百年て長すぎね。この本の著者は人間じゃないのか……いやそれはともかく、この手の人間が途中で本を書くのを止めるなんて事は有り得ないはずだ。
 志半こころざしなかばで倒れでもしない限り。

「…………まさか、マジで絶筆……?」

 お亡くなりになったからとか、それもやめてよ……。
 どうもこの人は召喚した人を見守るために、一人を召喚したら他の人間を召喚しなかったみたいだが……じゃあ、この途中で記述が切れた人が最後なんだろうか。
 だとしたらキューマは? やっぱ日本語が読めるだけの異世界人なのか?

 それはそれで話が通じない事も無いけど……。
 でもなんだか消化不良で、俺は何か手がかりがないかと白紙の頁をめくった。
 白紙の頁。白紙、白紙、白紙。
 何十枚も白い頁が続く。

 そして、残り少ない次の頁をめくった、そこに……
 ある文言が、書かれていた。

「これ、は…………」



『もし私が志半ばで消滅する時が訪れた時、そして、この本の所在に辿り着く人間が存在した時に備え、この言葉をまず最後に記しておこうと思う。

 君が神であれ人であれ、もしその望みが“自分の居場所”への帰還であるならば、この本のあるこの場所へ辿り着いた事に敬意を表し、君に帰還のすべを授けよう。』



「……き、かん……?」

 帰還。帰還って、もしかして、帰れるって事か。
 俺が元居た世界に、日本に帰れるって事なのか?

 思わず息を飲んで次の言葉を見やり、俺は目を見開いた。



『とはいっても、特別な方法は何もない。
 私がこの世界に連れて来た人間は、このテウルギアの遺跡にある転送装置を探して起動させればいいだけだ。勿論、操作する言語は日本語にしておいた。

 もし君達が戦後の人間であれば、恐らく起動方法は簡単に分かるはずだ。戦中の人間では解らないかも知れないが、日本語を読めるのならば先輩方には些細な問題だろう。私が呼んだものなら、帰れるはずだ。

 この本が途中で終わっていると言うのなら、恐らく私はその時点で死んでいるか……それとも、願いが叶って帰還しているかのどちらかだろう。

 私一人が帰るのは、流石に罪悪感があるのでね。……と言っても、もう今更な事だし、君達がこのテウルギアに辿り着けるかどうかも私には解らないが……帰還を望むものが出た時に、私の「システム」が君を導く事になっているはずだ。
 きっと遺跡の転送装置に辿り着けるだろう。

 ……しかし、もしこの本を読んでいる君が、私が呼んだものでなかった場合。

 残念だが、君は、いつ帰れるかは解らない。』



「…………え……」

 いつ帰れるか、解らないって……。
 待って。それって……帰れるかもしれないって、事なのか……?



『恐らく、君の帰還は、私達が決められる事ではない。
 君が望む事であれ望まぬ事であれ、その帰還は突然にやって来るだろう。

 何かをげた時、もしくは……何か重大な事が起こった時。
 その意思が例え「帰りたくない」という物だとしても、強制的に起こるはずだ。
 ……そう、例えば……
 この世界の根本を変える可能性のある事象を引き起こしてしまった時、か。

 それを一番簡単に叶える方法と言えば……
 選ばれし魔導の賢者――――七人のグリモアを、全て発現することだろうか。

 道のりは簡単ではないが、君がもし私と同じ存在であるのなら、出来るかもしれない。その一か八かの賭けが。
 私は、無理だった。グリモアは危険な存在だ。七人全員を目覚めさせてしまえば、この世界がどうなるか解らない。それを理解していたからこそ、私はグリモアを封じさせたのだ。
 私が、この世界を回す為に。この世界を、守るために。
 それがどんな結末をもたらすのかは、私にもまだ解らないが……。

 しかし、もし君が、この世界を引き換えに自分の世界へ帰ることを望むのなら、彼らを目覚めさせるが良い。その結末がどうなるのかは……この世界の神ですら、予測できない事だが。

 どうか、その願いがこの世界を壊さない物である事を願う』



 本は、そこで終わっていた。

 ――七人の、グリモア。
 グリモアって恐ろしい力を与える魔導書の事で、その魔導書に認められた人間の事でもあるんだよな?
 ブラックがその内の一人で、レッドもグリモアになってしまったんだよな?
 じゃあ、もう二人「発現」してしまってるって事で……。

「……い、いや、でも、まだ五人いるんだろう? それを見つけなければ帰る事はないし、だから別に、急に帰る訳じゃ……」

 そう考えて、俺は言い知れない不安に目を動かす。
 まだ五人余裕がある。だが、それをどう証明できる? もしかしたら、グリモアはもう他にも発現しているのかも知れない。俺がここを離れる時間はすぐそこまで来ているのかも知れない。帰れる。日本に帰れるんだ。だけど。

「……やだ…………」

 帰りたく、ない。
 いや、帰りたい。俺は日本に帰りたいんだ。でも、今は嫌だよ。
 だって俺には決着を付けなきゃ行けない事がまだ沢山あるんだ。ブラックの事だって、ロクの事だって、離れるための準備が出来ていないんだ。

 恋人になってまだ一か月も経ってない。ブラックはまだ、を理解してない。
 ロクは眠ったり起きたりしてて心配だ。ちゃんとした安心出来る場所に、連れて行ってやらなきゃ行けない。沢山ある。まだ、沢山あるんだ。
 なのに、突然帰れるって言われたって……!

 あまりにも唐突に知らされた衝撃的な事実に、手が震えだす。
 とても本を持っていられなくて、俺は思わず手を放してしまった。

「あっ……」

 頁に風を孕ませながら落ちるその本の、最後の見開きから――――
 ひとつの、小さな紙切れが落ちた。

「…………」

 嫌な、予感がする。
 見てはいけない物を見てしまう前のような、嫌な予感が。
 だけど、手は勝手にその小さな紙切れを拾い上げる。
 本とはまるで違う、少し古びて黄色がかった長方形の紙片。

 ゆっくりと、その紙片を裏返して、俺はそこに書いてある言葉を読んだ。

「……あ…………ぁ」

 言葉が、出てこない。
 思わず座り込んだ俺に気付いたのか、遠くから声がした。

「ツカサ君、どうしたんだい?!」
「――――っ」

 呼ばれて、思わず振り向く。
 そこには心配そうな顔で俺を見てくるブラックが居て。

「ツカサ君……」

 ブラックは、何も言わずに俺を抱き締める。
 何か沢山言いたい事が有るだろうに、それでもブラックはただ黙って抱き締めてくれていた。何も言わず、俺の事を慰めるように。

「ぶら、っく」
「泣かないで……大丈夫、大丈夫だから……」

 え……。俺、泣いてたのか?

 自覚する前に、濡れた感触が何度も頬を伝って行く。
 熱くなった頬にそれが驚く程冷たく思えて、俺は目を細めた。

 ――どうしよう。どうしたらいい?
 なんでこんなに一気に嫌な事を教えられなくちゃいけないんだ。
 どうして、こんな。

 何度頭の中で考えようとしても、感情が高ぶって泣いている今の俺にはまともな思考などありはしない。ただ、ブラックにすがりつきながら、未だに頭の中に入ってこない「今見たこと」の全てを反芻はんすうするしかなかった。

 本の内容。かつてこの世界に放り込まれた人間達。
 突然示された、元の世界へと帰れる可能性。そして……――――


『この本を読んだものへ

 きっとお前は、導かれてきたのだろうと思う。
 だから、万が一の時に備えて、俺もこのメモを残す。

 いいか、絶対にグリモアは目覚めさせるな。
 七つの魔導書は誰かの手に渡してはならない。お前が、支配するんだ。

 グリモアを目覚めさせてもお前が破滅するだけ
 七つの大罪を再現するだけ
 この世界の人間の食い物になるだけ。
 奪われ、捕らわれ、人を殺すための道具になるだけなんだ。

 お前は、俺と同じになるな。逃げるんだ。
 この世界は狂っている。もう、回す事なんて出来はしないんだ。

 俺は失敗した。とんでもない事をしてしまった。
 六番目の神は、きっと世界を停滞させる。
 


 だから、神になんて、なるんじゃない。
 早く、遺跡へ。テウルギアへと、向かえ。

 それが……お前が生存できる、最後の可能性だ』


 ――そんな恐ろしい文章が書かれた、メモの事を。









 
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