異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

  炎の如き感情の2

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「空に漂う雫よ、再び集い炎を包む水の檻と成れ――」
「我が【紫月しげつ】の名にいて発動する……妄執に惑いし魂を捕え――」

 俺の呪文と、ブラックの呪文が交差する。
 紫の綺麗な光と俺の両手に巻き付く煌々とした青の光が混ざり合い、陽が落ちた宵闇の空のような不可思議な色が俺達を染め上げた。

 その光は、はからずとも互いの力を融合させ高め合うように一層強さを増す。
 今なら、出来る。俺はそう確信して、二度目の術を放った。

「出でよ……【アクア・カレント】――!!」

 ゴッという耳元を強風が通り抜けるような凄まじい音が聞こえる。
 刹那、赤々と燃える炎の柱の周囲に水泡が幾つも出現し、それらが一瞬で結合し大きな水球に変化した。水球は歪み、覆いのように一気に炎の柱を飲む込む。

「――――ッ!!」

 声にならない悲鳴と、炎にぶつかり蒸発するような耳を苛む音。
 水球は蒸発し再び白煙になるかと思われたが――――その水量を増し、一気に成長すると、炎を食らうかのように上から一気にレッドを飲み込んだ。
 炎の柱が水によって掻き消え、中で囚われた青年がもがいている。

 成功した、が、このままではレッドが死んでしまう。
 相手は敵だ。こちらを殺そうとしている。でも、だからといって自分達が報復のように殺してしまう訳には行かない。俺はブラックの言葉を信じ、レッドを救おうと術の発動を解除した。

「っ……!!」

 俺が望んだと同時、水の玉はいとも簡単にはじけ飛ぶ。
 息の出来ない場所から地面に逃れたレッドは、深呼吸をしながらふっとこちらを向いた。憎しみを抱くでも恐怖を覚えるでもない、ただ、息をして己の精神を整えるのに精一杯だ。未だに思考がまとまっていない相手に、ブラックが畳み掛けた。

「我にあだなす者に永久の眠りをもたらせ――――!!」

 鋭い声が、視線が、レッドの青い瞳に突き刺さる。
 刹那、レッドの周囲に魔方陣が一瞬展開し、レッドを紫の光で包んだ。

「ぁあああぁあああ!!」

 断末魔のような叫び声が部屋の中に響く。
 思わず耳を塞いだ俺の目の前で――――レッドは、その場に倒れた。

「レッド様!」

 ベルナーの焦った声が飛んできて、力なく地面に突っ伏したレッドに駆け寄る。
 その姿を見て、ようやく相手が気を失ったのだと解り俺は深く息を吐いた。
 な……なんとか……勝ったのか?

「ブラック……」
「安心して、眠ってるだけだよ。……本当ならもっと簡単に眠らせる事が出来たんだけど……の能力を持つ人間には、詠唱を使って目を合わせない限り術が伝わらないからね。でも、もう大丈夫」

 そう言いながら俺をやっと解放するブラック。
 大丈夫と言ったくせして、声はまだ緊張を解いていない。それほどレッドの持つ「グリモア」の力を警戒してるんだと思うと、俺も背筋がぞっと寒くなった。
 何の力かは解らないけど……相当ヤバかったんだろうか。

「な、なあブラック……そんなにお前ひとりじゃ無理っぽい感じだったのか?」
「うーん。ツカサ君の力が無ければ、もしかしたらこの遺跡が消滅してたかもね」
「ヒェッ」

 お、おれすごーい。
 厳密に言うと俺の力じゃなくて黒曜の使者の力だけどぉー。

 実際、曜術対決って言ったらトルベールとしかやった事がなかったし、レッドのグリモアの炎がどれほどの物かは俺にはちょっと想像がつかないが、でもブラックが「炎じゃかなわない」って言う位だからとんでもないんだろうな……。

 それを防ぐことが出来る、黒曜の使者の力って一体。

 災厄の力は無尽蔵に曜術を発動できるもので、暴走したら危ないって事だけを今まで考えてたけど……けれど、もし……俺の能力自体がこんな風に「誰も止められない」力だとしたら……。

「…………やっぱ、この力って……」

 この世界に存在しちゃいけない力なんじゃないのか……?

「ツカサ君?」
「あ、や、なんでもない……。とにかく、もう近付いても大丈夫なんだよな?」
「僕が解除しない限りは眠ったままだし、まあ……でも近付いてどうするの」
「決まってんじゃん、怪我してねーかるんだよ」

 当たり前の事をさらっと言うと、ブラックが大げさに顔を歪めて顎を引いた。

「えぇー!? なんでそんな事しなくちゃいけないのさ!」
「そんな事しなくちゃいけないのさって、これでまた恨まれたら面倒臭いだろー!? お前大人なんだからそのくらい我慢しろよー!!」

 俺だって爽やかイケメンだったレッドの鬼の形相は怖いし、冷たい表情とかには耐えられませんけど、だからって放置してたら余計恨みをかうでしょー!
 やらない善よりやる偽善ですよ、恨まれたくないから予防線張るんですよ。
 汚いでもずるいでも何とでも言ってくれい。俺は平穏無事に居られるなら、良い人に見える事は全部やってやるぞチクショウ!!

「ベルナーさん、ちょっとごめん」

 倒れたレッドに呼びかけているベルナーさんを遠ざけ、俺はレッドの呼吸が有るかを確かめる。どうやら気管に水は入っていなかったようで、レッドは気を失ったようにただただ眠っている。

「あ、貴方達、一体何を……」
「ごめん、ちょっと眠って貰ったんだ。命に別状はないから安心して」

 ああ、ベルナーさんの冷たい声がきつい。
 でもやらなきゃ俺達が殺されてたんだ、正当防衛で許してくれよう。

 胃が痛くなりそうな状況にひたすら悲しんでいると、ブラックはベルナーさんの前に立って、いかにも「軽蔑してます」みたいな顔で相手を睨み付けた。

「ツカサ君に見当違いな怒りを向けたら、容赦なく半殺しにするよ? 僕達は何もしてない。それどころかお前を助けてコイツの暴走まで止めたんだ。感謝されこそすれ、いわれの無い憎悪を向けられる理由はないと思うんだけどね?」

 痛い。空気が痛い。トゲトゲしてるよう。
 レッドの体を微風を発生させる【ブリーズ】で乾かしながら、俺は居たたまれなくてちぢこまる。

 これで険悪になったらまた俺が間に入らなきゃいかんのか。
 頼むからお手柔らかにしてよ、と思っていると、ベルナーさんが溜息を吐いた。

「……いえ、違います。…………今回は、レッド様に非が有りますし……それに、貴方様の言う通りレッド様は完全に我を失っておられた。普段はあんな風に暴れる方ではありません……やはり、私は止めるべきでした……」

 どういう事だと顔を見合わせる俺達に、ベルナーは項垂れた。

「正直な話、私は“導きの鍵の一族”ではありませんので、貴方がたに対しての敵意はありません。……ただ、この国の執行代理としては、一族の補佐と言う立場から対立の態度を取らざるを得ないのです。その事は、どうかお許しください」

 さもありなん。誰にだって立場ってものはある。
 仮にベルナーさんが俺達の味方だったとしても、レッドの事を差し置いて仲良くは出来ないだろう。組織に属するってのはそう言う事だ。
 これはルアン達にも言える事だよな。

 本気で俺達と仲良くしたいと思うのなら、改革するか利益を提示して懐柔するか、そうじゃなきゃ離反するしかない。
 立場が上の人間なら、それも難しいだろうけど。

 でも、とりあえずベルナーさんが敵意は持ってないって解ってよかったよ。
 ブラックも流石に相手の立場が分かったのか、出しかけていた拳を収める。
 それをみてホッとしたベルナーさんは話を続けた。

「……今更どう言おうと仕方のないことですが……私は今回の事はこの遺跡に来るまで何も知らされていませんでした。重要な遺跡故に、世界協定の使者でも警戒せねばならないと言う事で、レッド様がこの国にお越しになって……。一族を背負う次代のあるじが一人でこの場に来るなんてとは思ってはいたのですが……まさか、かたき討ちの為とは」
「この事を統主とうしゅは知ってるのかい」
「……恐らく、レッド様の独断だと思います。……でなければ、遺跡に入る必要もないのに第六層まで来ないでしょう。この禁書の間で貴方とかち合えば、本を傷つけることになる。そんな事を統主が望まれるはずはありませんから」

 やっぱりそうだったのか。
 遺跡の中まで追って来るなんておかしいと思ったんだ。
 じゃあ、レッドはこの場所に来た時からブラック憎しの感情で凝り固まっていたのか。

「レド……いや、レッドは……どうして【紅炎こうえんの書】を? というか……紅炎の書って一体何なんですか。あんな力……どう考えても普通じゃないですよ」

 そう問いかけると、ベルナーさんはうかがうようにブラックを見た。
 何でだろうかと俺もブラックを見ると、相手は何故か言い辛そうに顔を歪めていたが――――俺達の視線に耐えきれなかったかのように軽く頷いた。

「紅炎の書っていうのは、“グリモア”と呼ばれる“魔法”の禁書の一つだ。この本に認められた者は、この世のの一つを授かると言われている」
「グリモア……」

 さっき言ってたのって、この本の事だったのか。
 そんで、本に認められた者もまた、グリモアと呼ばれるみたいだな。
 今までグリモアって言う単語の意味が不明だったけど、それなら色々と納得が行く。本に認められた時点で「グリモア」と言う称号が付与されるんだろう。要するに、勇者だとか賢者だとか、そういう肩書みたいな物なのだ。

 内心納得している俺をじっと見つめながら、ブラックは話を続ける。

「……だけど、本に認められなければ、その魔の力によって精神が狂う。力を手に入れた者も、例外なく最後には破滅すると言われているんだ。……頂点に立つ力を持った者が狂うなんて、とんでもないだろう? それに、そんな能力を持った存在が世に出たら、どんな争いが起こるか解らない……だから、禁書として今まで封じられてきたんだ」
「でも、それを……レッドは読んでしまった」
「恐らく、僕を殺すと言うただ一つの愚かな目的の為にね」

 なんていう執念なんだ。
 だけど、どうして。何故レッドは、頂点に立つための力を求めたんだろう。
 ブラックを討つ手段なら他にもあったろうに。
 ……そこまで考えて、俺はふと気付いた。

「……ブラック。もしかしてお前も……読んだのか?」

 この禁断の魔導書が幾つあるのかは分からない。だけど、ブラックに対抗する為にレッドが紅炎の書を求めたと言うことは……ブラックの中にも、頂点に立つ力が存在していると言う事だ。
 目を丸くして見上げる俺に、ブラックはぎこちなく頷いた。

「僕は、紫月しげつ。月の曜術師だけが読む事の出来る【紫月の書】を読んだ“グリモア”の一人だ。この禁断の書は、自分が使える曜術の種類で、読める本の名前が決まっている。だから、僕は紅炎の書は読めなかった。でも、この男は運悪く……」
「ええ。読めてしまったのです……。レッド様は、炎の曜術師……しかも、限定解除級の力を有していらっしゃいました」

 ベルナーさんがうなだれて陰鬱そうな声を漏らす。

「まさか……まさか、紅炎の書が目当てだなんて、私も知らなかった。ですが、知っていても止められなかったでしょう……。私の曜術など高が知れています。何より、レッド様は次代の統主であらせられる……私が止められるはずも無い」
「僕の記憶が確かなら、禁断の書……グリモアは、世界の破滅が起こる時まで封じ忘れるべしと言われていたはずだが。それは変わったのかい」

 ブラックの静かな問いに、相手は小さく首を振った。

「いいえ、変わりません。ですが……レッド様は次代の統主であるがために、紅炎の書が自分の手の届く場所にあると知ってしまわれた。……私が死んだとて、きっとレッド様は構わず紅炎の書の間に向かわれたでしょう。そして恐らく……統主も、このあやまちは公にせずグリモアの事は無かった事になさる。貴方を……一族から生まれた悪魔を倒す為なら、その程度は考える方々ですから」

 つまり……使っちゃいけない本を使って力を手に入れたのに、それは「ブラックを殺す為でした!」って言えば許されて隠されちゃうってこと?
 世界に争いが生まれないようにって自分達で封じた本を、自分の都合で勝手に使ったのに、身内だからって不問にしちゃうってことなの?

「はぁああ!? ちょっ……なにそれ、最低なんだけど!! 世界平和の為ってんならまだしも、コイツは人を殺すために本を読んだんだぞ!? それなのに不問かよ、ブラックなら殺されて良いってのかよ!! アンタらちょっと頭おかしすぎない!?」
「つ、つかさくっ」

 思わずベルナーに詰め寄って、俺はまくし立てる。
 その剣幕にブラックも流石に慌てたが、残念ながら俺は口を止められなかった。

「大体なあ、コイツの言う復讐ってのがまずトンチンカンなんだよ! ブラックには両掌に傷もないしレッドの母さんを殺した事もないんだ、それをおかしいって考えずにカタキカタキって悪魔だから当然だって顔して殺しにきやがって……!!」
「ツカサ君っ、わかった、分かったから! ありがとうっ、もういいよぉ!」

 いーや言ってやらないと気が済まん……と、思ったが……良く考えたらベルナーさんは一族の人間じゃない。むしろ死にかかった可哀想な被害者だ。
 ヤバ……うっかりキレちゃった……。

「ご、ごめんなさい……あの、俺……」
「良いんです。……その事に何も言わなかった私も同罪ですから。…………正直、我々にはレッド様のご母堂が逝去された理由は分かりません。ですが、今の貴方達を見ていると……とても、人を殺すような方々には見えないのです。門番達もそう思ったから、お二人をかばったのでしょう」
「ベルナーさん……」
「レッド様が眠っている間だけの言葉ですが、お許しください」

 真摯しんしな態度で頭を下げるベルナーさんに、俺達は顔を見合わせて緩く笑った。
 そうだな。少しの間だけでもいい。
 なんだか色々知らされ過ぎて混乱してきちゃったけど、でも、俺達の事を理解しようとしてくれているだけありがたい。

 やっと安堵あんどできたような気がして、俺もホッと溜息を吐くと胸を撫で下ろした。

「はあ……なんかまだ話が整理できてないけど……とにかく助かったんだ。一族の話とグリモアの話は各自持ち帰って考えるとして……とにかく俺達は他の本を探して早くここから出なきゃな。いつまでもレッドを寝かせてる訳にもいかないし」
「あ、そう言えばそんな話だったね。でも……禁書はどこに?」
「……そうだな。ここ、あの本以外に何もないよな」

 禁書の間って名前が付いているのに、ここには何故か本棚の一つもない。
 本はあの屍竜かばねりゅうが出てきた一冊だけで、それ以外には何も置かれてはいなかった。
 どういう事だと首を傾げる俺達に、ベルナーさんが慌てて立ち上がる。

「あっ、そ、そうでした。あのすみません、実はあの本に触った瞬間に周囲の本棚が……あの……地面とか壁に溶けて行って消えちゃって……多分あの竜を出現させるための仕掛けだと思うんですが、その……どうやって直したらいいのか……」
「ええええええ」

 と、トラップ? やっぱあの屍竜ってトラップだったの?
 いやでもそれなら屍竜が死んだら本も戻って来るんじゃないのか?
 ダメなのか、倒してもセキュリティーが作動してたら戻ってこないのか。

 このままだと目的の本も出てこないだろうし、一体どうしたら……。

「せめて、ロールプレイングゲームの本だけでも落ちてたら良かったのに……」

 情けない声でそう呟いて、ぺたんと座り込んだ。
 その、刹那。

 草木が生え立つような凄まじい音を立てて、白く輝く本棚の群れが一斉に地面から出現した。そりゃもう、一気に。俺達をスレスレで避けて。

「…………え?」

 こ、これ……どういうこと?

「……なんだかよく解らないけど……これで本が探せるみたい……だね?」

 唐突に戻ってきた本棚に、ブラックとベルナーも口をヒクヒクさせながら驚いている。
 まさか本の名前に反応して本棚が戻ってきた……とは思えないが、なにかスイッチが有ったんだろうか。まあ、何にせよ助かった。これで本を探せる。

 俺達は立ち上がり、ベルナーさんにレッドを任せて本を探そうとしたのだが。

「…………これは……」

 喜んだのも束の間、禁書の間の本は……一筋縄ではいかなかった。








 
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