異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

16.開いてはいけないもの

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 祭壇の奥の通路は狭く、薄暗い。
 だけど、特殊な輝きを放つ白い壁は不可思議な色を保っていて、なんだか異質な感じを覚えた。
 一気に駆け抜けるには少し長いその通路を走って、俺とブラックは禁書の間へとたどり着いた。沢山の本が収められているであろう、その小さい部屋に。
 しかし、そこには……。

「なんだ、これ」

 何もない。そこには、本が無かった。
 いや、何もない訳ではない。そこに本棚も並んだ本も無かったが、けれど三つの存在が向かい合っていたのだ。

 一つは、怯えて腰を抜かし床に座り込んでいるベルナーさん。
 そしてもう一つは、そんなベルナーさんの少し先に放置された、ページの開いた本。
 最後の、一つは……。

「……まいったね。まさか、こんな場所で…………屍竜かばねりゅううなんて」

 そう。
 もう一つは――――その本の真上に陣取る、巨大な物体。
 骨で外殻を形作られた奇妙な竜が、そこにいたのだ。

「ベルナーさん!!」
「あっ、ツカサ君!?」

 その屍の竜が、おぞましい亡者の叫び声のような咆哮ほうこうをがなりたてる。
 ヤバイ、と無意識に思った俺は、ベルナーさんの元へと走った。
 骨だけの竜が大きな口を開け、その中から紫色の光を炎のように散らし始める。
 なにかの攻撃が来る、と青ざめた俺は、済んでの所でベルナーさんの首根っこをひっつかんで火事場の馬鹿力で思いっきり引っ張り上げた。

「あぁあああ?!」

 相手の視界から転がりつつ離れて、何が起こるのかと咄嗟に顔を上げた刹那。
 轟音とともに、ベルナーさんが居た場所に紫色の炎が一気に放射された。

「ひっ……」

 あ、あそこにいたら俺達丸焦げどころじゃなかったぞ……。
 ゾッとする俺にようやく追いついたのか、ブラックがベルナーさんから俺を引きはがす。

「もー! どうしてツカサ君はそう危ない事ばっかりするんだい!!」
「ごめん、ごめんってば! だ、だってアレ浴びてたら絶対死んだじゃん、助けるしかないじゃん!」
「そりゃそうだけど……でも無謀過ぎるよもうぅ」
「ああああ俺が悪かったからこの状況で抱き締めるのはやめてぇえ」

 この状況でなにをやっとるんじゃと引き剥がそうとするが、ブラックはここぞとばかりに離れない。ああもうほらベルナーさんが俺達の事凄い顔で見てるじゃん! 絶対これ「なんだこいつら……」って顔じゃん!

「ごごご誤解しないでベルナーさ」
「ツカサ君第二弾が来るよ!」
「え!?」

 ブラックの声が飛んだ方へ顔を向けると、屍竜が再び口を開けて紫色の光を口内で充填しているのが見えた。だ、第二弾が来るぅ!!

「うわぁあ、ベルナーさんこっち!!」

 ブラックに抱き着かれたまま、腰が抜けたベルナーさんを引っ張る。
 その数秒後に、ゴッという轟音と共に目の前に紫の炎の壁が流れ込んできた。
 ひ……ひぃい……。

「ブラックどうすんだよコレ!」
「ど、どうしようか……屍竜ってランク7クラスの凄いモンスターなんだけど」
「え゛ぇ!? らっらっランク7!?」
「大丈夫大丈夫、倒せない訳じゃないから」
「二人パーティーで何言ってんだ! べ、ベルナーさんレドは、レドはどこ!?」

 引っ張り込んだベルナーさんをガクガクと揺さぶると、相手は唖然としていたが俺の勢いに圧されて話し出した。

「あ、あの、部屋の奥に……あの、わたしは、じゃなくて入れなくて……」
「部屋の奥って……ブラック、あの隠し部屋……」
「みたいだね……でも超越者って……うおっ、危ない!」

 屍竜は三回目の炎を吐き出す。紫の炎はどうやら数十秒の溜めが必要らしいが、しかしだからと言って悠長に話せるわけでもないようだ。
 とにかくレドの援軍は無理だと覚った俺達は、ブラックに前衛を任せてベルナーさんを廊下の方へと連れて行った。
 腰が抜けたままの相手じゃどうしようもないからな。

 ブラックが屍竜を挑発して気を逸らしてくれている内に、俺はずるずると引き摺ってベルナーさんを移動させる。相手は相変わらずポカンとしていたが、屍竜から離れて廊下に辿り着くと、正気を取り戻したのか俺に困惑したような顔を向けて掴みかかって来た。

「あ、あのクグルギさん!? どうしてここに……っていうか、貴方ブラックって、まさかあの男……!!」
「お、落ち着いて! 大丈夫、あいつはアンタを殺すような男じゃないから。……色々と言いたい事はあると思うけど、でも、今は我慢してよ。アンタを助けたのは確かだ。それはアンタだって解ってるだろ?」
「そ……それは……」

 よし、まだ理性は保たれているようだ。
 ブラックと俺が一緒にこの場所に出現した事にまだ混乱しているようだけど、生憎あいにくとこっちはその混乱に付き合ってあげられる時間はない。とにかく、必要な事を聞かなきゃ。

「それよりベルナーさん、あの屍竜を倒すために聞きたい事が有るんだ。このままじゃ、アンタもいつ殺されるか判らない。だから……話してくれるよな?」
「……わかり、ました」
「良かった。……じゃあ、まず、どうしてあの屍竜が出現したのか解るか?」

 俺の言葉に、相手はすぐに申し訳なさそうに顔を歪めて俯いた。

「そ、それが……主が壁の向こうに消えた後、私はあの場所に有った本の中で“妙な本”を見つけて、それを開いたんです。そ、そしたら……あの、あの竜が……」

 ってことは……禁書の中にあの竜が封じ込められていたのか、もしくはアレがブラックの言っていた「自己防衛プログラム」でモンスターを生み出し続けていた本なのかもしれない。
 だったら、あの屍竜は何度倒しても無限湧きになる可能性が……。
 や、ヤバい。そんな事してたら絶対勝ち目ないぞ!

「ベルナーさんはここに居て、いいね!」
「は、はひぃ」

 返事が出来れば結構、俺は踵を返してブラックの元へと向かった。
 曜術が効かないゴーレムと軽々戦えてたくらいなんだから、きっと大丈夫だと思ってるけど、でも怪我なんてしてたらと思うとやっぱ心配だ。
 無事で居てくれればいいがと部屋に戻ると、そこでは苛烈な戦闘が繰り広げられていた。

「うわっ……!」

 思わず声を上げた俺の目の前。
 頭と胴体を繋ぐ首に、宙に軽々と飛び上がったブラックの白刃が鋭い音を立てて一気に入り込む。その一閃を放ったブラックは空中で回転し、壁に一度足を付けてから猫のように地面に降り立った。
 その様の間に、刃を受けた屍竜の首が、大きくずれる。

「ガァアァアアア!!」

 大きく口を開き、首を回し、しかしその首と頭は連動することも無く、頭だけが地面に勢いよく落下した。首を落とされた屍竜は、しかし死ぬことはなく動揺したようにのたうっている。
 ブラックはその間に俺の元へと駆け寄ってきた。

「ツカサ君、お荷物は置いてきた?」
「お、お荷物って……いや、無事な場所に避難させたよ」
「よし。で、アレはなんだって?」

 聞いて来たんだろう、とこちらの行動を見透かしたように言うブラックに、俺はちょっと悔しさを覚えながらもさっき聞いた事を話した。
 ブラックは俺の前に立って、屍竜から俺をかばいながらも話に頷く。

「なるほどね……ってことは、やっぱりこのデカブツをどうにかしなきゃ行けない訳か」
「本を閉じたらオシマイって事にはならないのか?」
「無理だろうね。召喚したにしても、あの本が生み出した物だったにしても、この手合いは一度殺さなければどうしようもないよ。相手は完全に僕達を敵だと思ってるからね。倒さなければ消える事はない」
「ううぅう……でもあんな強そうなのどうすんだよぉお……」

 あのホネホネ竜、ランク7ですよ。俺もまだそれがどれくらいの強さなのか把握出来てないけど、最高ランク8に届く程のランクなんでしょ? そりゃ絶対強いんでしょ? どう考えても一筋縄ではいかないってばあ!

「そうだねぇ……僕もさっきから色んな所を切ってるんだけど、すぐに再結合するから、どう倒していいか分からないんだよなあ。弱点が解ればいいんだけど……」
「弱点……」

 考える間にも、屍竜は自分の頭を見つけてまたくっ付こうとしている。
 粉々にしたって再生するだろう相手に、どう戦えばいいんだ。ゲームだったら、こういう手合いには見えない場所に弱点があるんだけど……この何もない部屋には本が在るだけだし、アレは攻撃しちゃいけないし……。

 じゃあ、どこに弱点があるのか。
 首が繋がってゆっくりと頭を持ち上げる相手を見て、俺はある事に気付いた。

「あれ……アイツ、口の中まだ光ってる……」

 変だ。今は炎なんて吐ける体勢じゃないし、第一、屍竜も俺達に構うどころじゃないらしく、ぶんぶんと首を振っていた。今更だけどブラック、お前何事もなく数メートル飛んで相手の首を掻っ切るって、どんだけ強いんだよ……。

 いや、今はそんな場合じゃない。
 弱点かも知れないんだから、教えてやらねば。

「ブラック、あいつ口の中が光ってる」
「え……? あっ、本当だ……もしかしたら、アイツの弱点は頭の中にあるのか? だとしたら、首を落とされてあれだけ無防備に慌ててる理由も頷ける」
「そういやそうだな。戦闘中なのに俺達悠長に話出来てるし」
「ツカサ君、一瞬だけでいいからレインで屍竜の動きを止めてくれ。僕があいつの口の中を攻撃するから!」
「わ、わかった!」

 やれるかどうか解らないが、とにかくあいつを倒す為にはそうするしかない。
 俺は後衛の本懐を成し遂げるため、意識を手中させて両手を前に出した。
 その両腕に緑の蔦のような光が絡みつき、煌々と周囲を照らしだす。

「緑なす植物よ……立ちはだかる敵を、その命を持って縛めよ……!」

 木の曜術なら、黒曜の使者の力でも思い通りに操れるはずだ。俺はこちらに振り向く屍竜の四肢を睨み付け、相手が振り向いた瞬間に、術の名前を叫んだ。

「グロウ・レイン!!」

 植物を発生させる術と、操るための術の名前を同時に叫ぶ。
 その瞬間、屍竜の足元から一気に蔦が巻き上がり竜の手足を縛めた。
 強く地面へと繋ぎとめる蔦の群れに、屍竜は暴れるも逃れる事が出来ない。その様子を見て、ブラックが勝機と見て駆けだした。

「くらえ……!!」

 高く跳躍し、ブラックは白く輝くその刃を――――上から思いきり突き立てた!

「アァアア゛――――――!!」

 形容しがたい獣の悲鳴。
 思いきり首を振って抵抗する屍竜に、ブラックは剣にしがみ付くようにして頭の上に立っていたが、大きく首が降られた瞬間、その剣がついに折れた。

「ブラック!!」
「くそっ!!」

 振り払われてもブラックは軽く体を捻って地面へと降りる。
 反撃が来るか、と俺達は構えたが――屍竜はそのまま地面へと崩れ落ちた。

「…………倒した……のか……?」

 呟いて、戦闘態勢を解こうとした。
 だが、それと同時。
 何かを燃やすような鋭い轟音が聞こえたと思った、刹那。

 開いた本の先にある壁が、開かれた。

「え…………」

 白く輝く壁に、唐突に現れた扉。
 その扉が開かれた瞬間、俺達は息を呑んで言葉を失った。

「…………騒がしいな。何事だ」

 若々しい、冷静な声。
 俺じゃない、ブラックでもない、第三者の声。

 その声が誰のものかなんて知っていたが……俺は、気付きたくなかった。









 
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