異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

14.取り越し苦労とヤンデレの業

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 翌日、粗末な掛け布の敷いただけの石のベッドの上で目覚めた俺達は、起抜おきぬけのぼやけた頭のままで身支度をしていた。
 まあ、身支度と言っても俺がブラックの髪を結んでやるってだけなんだが。
 でも俺のその行動のお蔭か、ブラックは朝から物凄く機嫌がいい。
 きっと自分のしてほしい事を叶えて貰えて嬉しいんだろうな。

 昨日の事を話す勇気もないまま、その上機嫌に甘んじていた俺だったが――――ウェーブがかった綺麗な赤い髪を指で解かしていて、ふと今までの自分の思考をかえりみて妙な気分になった。

 ……そう言えば俺、女の子とのめくるめくエロシーンは沢山想像していたのに、肝心の「女の子の愛し方」みたいなものは全く想像出来てなかった気がする。

 デートとか、えっちとか、そう言う行為は何度も想像したけど……今ブラックにしてやってるような行為なんて、思えば思考の外の話だった。

 そりゃ、女の子が寒がってたら上着を貸すだとか、そう言う格好いい俺っていうのは何度も想像出来たけど……アレって、良く考えたら「自分が格好良く見えて、相手に好かれる」のがメインで、相手の心配なんて二割もしてなかったんだよな。
 都合のいい妄想なんてそんなもんだけど、ブラックの髪を痛くしないように指の股でいていると、余計にその時の考え方が独りよがりな物に思えた。

 うーん……相手が本当に喜ぶ事ってなんだろう。
 乞われるがままに何でもしてあげる事が、相手の幸せになるのかな。
 でも、それって甘やかすだけで相手の為にならないってのも聞くよな。
 叱る事が優しさだってのは漫画で良く見るけど、俺には親の説教が「怒ってる」のか「叱ってる」のか未だに解らない時が有る。正直、叱るってのがまだ完全には理解出来ない。
 そんな俺に、本当にブラックの為になることが選べるんだろうか?

 結局、どうしたら最終的に相手が幸せになるかなんて、俺が考えられる事じゃないのでは。ガキの俺が大人の手助けをするなんて、本来ありえない事なんだし……それに、ブラックは俺の世界の人間じゃないんだ。
 俺の尺度で相手を推し量っても、どうにもならない時だってある。

「ツカサ君、どうしたの? なんか手がぎこちないけど……」
「あ、うん……なんでもない。ちょっと眠くて……」

 でも、早い所結論を出さなきゃ行けないんだよな……。
 いつレドが戻って来るか分からないし……それをさりげなくブラックに教えるにはどうしたら良いんだろう。どれが一番ブラックが傷つかない方法なのか。

「…………」

 なんか、変だ。
 何で俺、必死こいてブラックの事考えてるんだろう。
 こいつに傷付いて欲しくないってこんなに強く思ってるんだろう。

 ブラックがしょうもない大人すぎて、俺が守らなきゃって思うのかな。
 それともこれが「好き」ってことなのか?

 でも、好きだって言うのなら、尚更……俺の都合より、ブラックを危険から守る事の方が大事なんじゃ。俺ってば、さっきからブラックに傷付いて欲しくないとか言いながら、自分が嫌われないように必死になってるんじゃないのか……?

 ……え……。
 俺、ブラックに嫌われたくないって思ってんの。
 待って待って、そんくらい、俺……コイツが大事ってこと……?

「ぅわ……」

 あ、あ、だめだ。
 顔痛い、熱くて痛い!!
 なにこれ、めっちゃ恥ずかしいんですけど、なんかもうダメなんだけどォ!!

「ツカサ君? どうしたの?」
「ひゃっ、あ、な、なんでもないっ」
「いや何か全然何でもなくないみたいだけど……」
「お、お、俺が何でもないって言ったら何でもないんだよ!!」

 黙ってろ、と破れかぶれで叫ぶと、ブラックはいぶかしげな横顔で俺を見ようとしていたが、渋々と言った様子で顔を戻した。
 ふ、ふー……なんとかバレずにすんだ……。
 いやそうじゃない。俺がどう思ってるかなんて、もうどうでもいいだろう。
 とにかく、レドの事だよ。

 理性的に考えても、やっぱ危険回避のためにブラックに言った方が良いと思う。
 でも、俺もワガママな性格だから、やっぱり多少は自己弁護出来る部分が欲しい。女々しいかもしれないけど……切り出す手段くらいは、選んでいいよな?

 そう思いながら、ブラックの髪を綺麗に束ねてリボンで結びつつ俺は呟いた。

「…………ブラック」
「ん? なんだい?」
「俺に嫌な事をされても……お前は、ずっと一緒に居ようと思うか?」

 その言葉に、ブラックは少し後ろに顔を向けようとしたようだが――すぐに顔を戻して、ぽりぽりと頬を掻いた。

「嫌な事か……。ぱっとは思いつかないけど……その程度で離れようと思うくらいだったら、僕はツカサ君にこんなに執着してないと思うよ」
「…………」
「前にも言ったけど、僕にはツカサ君しかいないんだ。むしろ僕の方こそ、いつ愛想尽かされるんじゃないかってヒヤヒヤしてるんだよ? そして、その度に君に許して貰って、ついついまた甘えちゃうんだ。……だから、離れるなんてムリだよ」

 とんでもない事を、嬉しそうな声で言う中年。
 だけど俺はその言葉にこれまでにないほどの安堵を覚えてしまって、喉の震えをぐっとこらえた。俺が今から言いにくい事を言うだろうって見当は付いてるだろうに、ブラックは迷いもなくこんなことを言ってくれる。
 それくらい、俺を思ってくれてるんだ。

 ……馬鹿だな、俺。
 信じるって決心したのに、コイツがいつも言う事を微塵も信じてなかったんだ。
 ブラックはいつだって、俺とずっと一緒に居るって言ってたのに。

「……そっか。そう、だよな」
「ツカサ君?」
「…………ごめんブラック。俺、今まで隠してた事が有る。……いやまあ、今でも言ってないことが沢山あるけど……でも、今から話す話は、アンタが傷つくんじゃないかって思って言えなかった事なんだ。自分の都合ばっかで黙ってたけど…………今は、そう言う訳にもいかなくて……だから、聞いてくれるか?」

 リボンを綺麗に蝶々結びにして、すこし離れる。
 するとブラックは体勢を変えて俺に向き直って来た。
 ふざけた顔じゃない、真剣な顔で。

「……うん。聴くよ。だから……ちゃんと話して」

 ブラックは、真剣な顔の時は嘘をつかない。
 その事に救われながら、俺は今まで話していなかったレドの事を話した。
 もちろん、ブラックがレドの母親を殺したと言う濡れ衣を着せられている事や、俺はそれを信用していない事も含めて。

 ブラックは俺の話を聞いて難しい顔で沈黙していたが、やがて顔を上げた。

「ツカサ君……ごめんね、そんな事になってるなんて僕知らなかったよ。……なのに、僕はルアン達に自分勝手に怒って不機嫌になってばっかで、大人げない態度でずっとツカサ君を困らせて……」
「自覚はあったのか」
「う゛……だ、だって、僕も一応三十年以上生きてるし……そのくらいの理性は……」

 すんません全然そんな感じに見えませんでした。
 いや、これは言わないでおこう。

「でも……怒らないのか? 俺、レドと会った事黙ってたのに……」
「そりゃあ、それはイラッとするけど……ツカサ君だって好きで会った訳じゃないだろう? 浮気なら君を一生監禁する所だけどそうじゃないし」
「おいお前今さらっと怖い事を」
「それに、僕の事を考えて話そうと思わなかったのも、今正直に話してくれたのも嬉しいから……今までのことなんて、もうどうでもいいよ。僕の事を信じてくれてるのが一番嬉しかったしね」

 物凄く不穏な事を聞いて突っ込んだのだが、さらっと流された。
 でもまあ、怒ってないなら良いか。っていうか……何だかんだでブラックも俺に対しては甘い態度で居てくれるらしい。その事を考えるとまた顔が熱くなりそうだったので、俺は理性で必死にその考えを押し込めると、話を続けた。

「えっと……まあ、お前が気にしないって言ってくれるなら、それで良いんだけどさ…………でも、どうする? レド達は今、第六層にいるんだ。俺達が戻るにしろスライムを相手にしなきゃ行けないし……そうなると、爆音とかでバレる可能性もある。一か八かで隠れながら第六層に向かうのも手だけど、鉢合わせたらどうなるか分からないし……」

 戦闘になった時の事が想像出来ない。
 どうすればいい、とブラックの顔を見ると、相手は眉をしかめて腕を組んだ。

「レド……っていう男には、正直僕も覚えがない。……というか、今更な事を言うけど……僕は自分の家に居た奴ら以外、他の一族に会った事も無いんだ」
「えっ、そうなの!?」

 レドの口ぶりでは、どうもお前が母親を殺したみたいな事言ってたのに。
 じゃあ、なんでレドはあんな事言ったんだろう。
 驚く俺に、ブラックはさもありなんとばかりに頷く。

「本当だよ。僕は家を出てからも、一族には会った事なんてない。だから、彼が何を思って僕を恨んだのかは僕にも解らないんだけど……でも、そこまで恨まれてるのなら何か特別な事があったのは確かだろうね。……女絡みで恨まれた事は何度かあるけど、さすがに僕も女子供を殺す事はした事がないよ」
「そっか……」

 やだ。俺めっちゃホッとしてる。なんか悔しい。
 信じてるって言ったくせにコレって、ちょっと男らしくないと思うんですけど!
 つーかお前女絡みって他の男の女寝取ったのか! この間男まおとこ! 羨ましい!!

「な、なに怒ってるのツカサ君?」
「なんでもねーよ! で、どうすんだ!」
「えーっと……僕への復讐はともかく、彼がルアン達を押し除けてこの遺跡に入ってきたって事は、彼自身この遺跡に用が有ったんじゃないかと思うんだ。だから、その辺りに僕達が付け込める隙があるんじゃないかと思うんだけど」

 ん? どういう事だ?

「ブラックを殺しに来た訳じゃないってこと?」
「いや、僕に復讐するのも目的の一つだと思うんだけど……遺跡に入って来たって事は、それ以外にも目的が有るんじゃないかなって。だってほら、この遺跡には出口も入口も一つしかないんだよ? だったら、外で待ち構えれば確実に遭遇できるだろう? この遺跡に僕達が居るって思えばこそ、戦闘は必至だから、本を傷つけないために遺跡の外で待とうって思うのが普通だろうし……」
「あ、そっか……この遺跡はタダの遺跡じゃなくて、一族が守り続けてる本がたくさんある遺跡だもんな。こんな所でドンパチやること自体がありえないのか」

 廊下での戦闘はともかく、図書室でのバトルはあっちも避けたいはずだ。
 ブラックもレドも本を守る“導きの鍵の一族”だからこそ、そう確信できる。
 でも……それがマジなら、なんでレドはここに来たんだろう。

「なあブラック、レドがここに用事が有るとしたら、俺達はどうしたらいい?」
「そうだね……どっちにしろ、ヴォールも隠し部屋を探す事は考えるだろうし……それなら、相手の裏を掻いて鬼ごっこする方がいいかもね」
「鬼ごっこ?」

 子供のお遊びを持ち出してどうするんだと目を丸くする俺に、ブラックは何かをたくらむように口をに歪ませた。

「すぐに激昂するような手合いはね、大体周囲に目が向かない物さ。だったら……灯台下暗しってことで、僕達も第六層にあがれば……」
「あ……ま、まさかお前、本棚の間に隠れてやり過ごすつもりか!?」

 昨日俺がやったみたいに、膨大な本棚の間に隠れて相手が過ぎるのを待つのか。
 相手は二人だけだし、確かにそれなら逃げきれる可能性もあるけど……でも、上手くいくのかな。レドも索敵くらいは使えるんじゃないか?

「索敵とかされたらどうするんだよ」
「大丈夫、第六層じゃ多分索敵も意味がないと思うから……」
「……?」
「だってほら、第六層……最上階は、あのモンスター達を放った禁書が収蔵されてる人外魔境だよ? そんな場所でまともな術が使えると思うかい」
「それは……確かに……」

 だけど、上手くいくのかな。
 これでアンタが刺されでもしたら元も子もないじゃないか。
 不安になって顔を歪める俺に、ブラックは微笑むと抱き着いてきた。

「大丈夫だよ。僕は、ツカサ君から離れないって宣言したんだ。……こんどこそ、もう、無様な怪我をしたりはしないから」
「…………!」

 なんで、こいつ……俺の思ってた事、分かったんだろう。
 思ってはいたけど、そんなこと一言も言っていなかったのに。

 驚く俺に、ブラックは相変わらず無精髭が生えた頬を摺り寄せて来ると、はずんだ声で耳元に優しく囁いてきた。

「ねえ、ツカサ君。キミは僕を大事に思って、内緒にしててくれたみたいだけど……そんなの、気にしなくて良かったんだよ」
「え?」

 唇が、耳朶じだを食む。
 その感触に震えた俺に、ブラックはいつもより一段低い声で畳みかけた。

「僕がツカサ君を突き放すなんて、ありえないよ。例え僕が嫌っても、ツカサ君が離れたいと思っても、僕は君を離さないよ。どこへ逃げても、どこへ連れ去られても、必ず取り戻す。他の誰かになんて絶対に渡さないよ……。僕にはツカサ君しかいないんだ。他の誰かなんて、もういらないんだよ。だから……安心してね。僕は死んでも、ツカサ君から離れないから……」

 …………俺、もしかして……
 ものすっごくヤバイ相手を、恋人にしちゃったんじゃなかろうか……。

「ああ、そうそう。仮に戦う事になっても、今度は相手を殺そうとして君を悲しませたりはしないから。何も怖がることはないからね」
「…………」

 俺から離れないという病的な執着と、レドに遭遇しても返り討ちに出来ると言う自信から来る軽くて考えのない言葉。それを同じ声のトーンで発する相手に、俺は軽く魂が抜けそうになった。

 ああ、解っちゃいたけど……本当にこいつは、どうしようもない奴だ。
 そんな奴に捕まっちゃった俺もどうかと思うけどさあ、もう!

「こんなんでホントに第六層で無事に本を見つけ出せるのかな……」

 呟いた俺の声は、本当に情けない程に弱々しかった。








 
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