異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

3.蔑まれるより笑われろ

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「……ほう、よく来たな。一族の面汚し、悪魔の子よ」
「ヴィンテルより更に下層に置かれた忌み子が、この叡智えいちの遺跡に何の用かな?」

 右に青髪のイケメン兵士、左に緑髪のイケメン兵士。
 イケメンが巨大な遺跡を背にし双璧を成すかのように立ちはだかって、冒頭からブラックを見下しまくってるこの状況はどうしたものか。

 ええと、とにかく帰りたい。上から目線のイケメンて特にぶっ殺したい。
 でも美女なら許す。美女なら良かったのに。あ、でもやっぱ身内に悪口言う美女は嫌だ。いやそんな話ではなく。

 えーっと、一旦いったん頭を冷静にする為に最初から思い返すと……

 俺達はアパテイア岩石地帯の中央部にある小高い丘に辿たどり着き、登った先に存在する、不思議な色を放つ石で造られた巨大な教会のような遺跡に辿り着いた。
 ……んだけども、さあいざ侵入しようかと正面玄関に回ったら、このイケメンなお二人さんがでっかい両開きの扉へ上がるための階段の所に居て、俺達の目の前に槍を掛けた訳で。

 それで何を言うかと思ったら、この暴言である。

 もう一度言うけど、正面玄関に回った途端、これ。
 俺達何も悪い事してません。ここに辿り着いただけです。それだけでコレ。

「ちょ……ちょっとブラック、ちょいちょい」

 早速真顔になったブラックを引き摺って、扉から離れる。
 イケメン兵士二人組は扉の前の階段から離れられないのか、追いかけてはこない物の俺達を見てニヤニヤクスクスしている。ぐううイケメンは心が綺麗だってのは嘘だ。絶対に嘘だ。俺と同じ位にゲスいに決まってる。
 だって男だもの。俺と同じ男だもの!!

 ……いや、ヒートアップするな。落ち着こう。これ以上イケメンへの嫉妬を爆発させてても仕方ない。イケメンにも良い人いるもんね! トルベールとか!

 とにかく心を落ち着けて、俺はブラックの肩を抑え込むと内緒話の体勢を取る。
 ブラックは怪訝けげんそうな顔をして真横にある俺の顔を目だけで見た。

「ちょいちょいって……なに? ツカサ君」
「アイツらしょっぱなから居丈高なんだけど、意味わかんないんだけど、つーか何? ヴィンテルって。意識高い系特有の専門用語?」
「意識他界? それは良く解らないけど……ヴィンテルって言うのは、導きの鍵の一族のを指す名称だよ」
「ざい?」

 ザイてなに。
 罪ってこと? なにそれ怖い。

 ますます意味が解らんと眉根をしかめる俺に、ブラックが説明しだした。

「……えーとね、一族には序列があって、四つの家に分かれてるんだ。で、一番濃く血を受け継いで禁書や重要な遺跡を管理する役目を持ってるのが、第一座位の“ヴォール”で……ヴォールを補佐する第二座位が“ソンメル”、彼らの命令によって遺跡の守護を任される第三座位の“ヘスト”と……人の手での管理が可能な本の管理を任され、雑役を命じられる一番下っ端の第四座位が“ヴィンテル”……こんな感じで、一族の中でも階級分けされてるんだ」
「で、アンタは?」

 長々とした説明の後に簡潔に訊くと、ブラックは実に忌々しそうに目を細めた。

「ヴィンテル。……まあ、その家に生まれたってだけで、僕はそのヴィンテルからも抹消された存在だったけど。……だから、僕は座位名を持ってない」

 ああもう、説明する度にそんな虚無みたいな顔すんなってば。
 座位名とか俺には関係ないし、別に付いたって付かなくたっていいよ。冒険者じゃあどーせミドルネームみたいな効果しかないんだし。
 元気出せよ、と頭を撫でると、ブラックはすぐに嬉しそうに口を緩めた。

「あんな悪口言って満足してんだ、どーせアンタより弱い奴らだよ。それに、今のアンタにゃ序列なんて関係ない。立派な曜術師で冒険者なんだから、気にすんな」
「……うん! えへへ、ありがとうツカサ君~」
「だーっ、なつくなってば!! とにかく、あいつらが性根腐りきりマンなのは充分解った。お前の言う通り、じゃ八割方遺跡に入るのは無理そうだな。……だから、まずはあいつらから情報をしぼり取ろう」
「えぇ……下手に出るの?」

 ほう、解ってんじゃん。
 そう、ああいう手合いは下手に出て気持ち良くさせるのが一番いい。特権階級と言っても、あいつらは所詮しょせん序列三番目だ。上から仕事を押し付けられる立場なんだから、鬱憤も溜まってるだろう。だから、下手に出るのが一番効果的なのだ。

「喧嘩腰でやっても絶対無理だろうし、へつらってあなどらせといた方がマシだろ。あんなのにちょっと笑われたって別になんともねーよ。それに多分……あいつらも通さざるを得ないだろうし」

 周囲に女の子が居たらそりゃ嫌だけど、ここにはブラックしかいないし、何よりこっちの真意も解らない相手にヘラヘラ笑われても痛くも痒くもない。
 わざとやった馬鹿で嘲笑あざわらわれるより、自分の仲間を見下される方が嫌だ。

 ブラックへの矛先ほこさきが少しでも変わるんなら、それはそれでって感じだし。

 そんな風に思っている俺を至近距離で見て、ブラックは驚いているようだった。

「ツカサ君……」
「解ったんならいくぞ。無理そうならアンタはここで待っててくれや」

 ブラックの肩をポンと叩いて一足先にその場から離れると、俺はなるべく友好的な感じのにこやかな顔をしながら、イケメン門番二人組に近付いた。

「何の用だ……というか、お前は何だ? あの男の奴隷かなにかか」
「ハハハ! “名無し”が奴隷なんてもてるのか?」

 そう言いながら盛大に笑う二人に、額に青筋が浮かびそうになるがこらえる。

「あはは……えーと、まあそんな感じですかね。所で……お二方にお聞きしたいのですが、嘆願書は確かに送られてきたのでしょうか。こちらの手違いが有ったのではないかと思いまして……」

 おずおずと言った様子で見上げると、二人は一瞬止まり、俺を凝視してきた。
 な、なんだよ。やっぱ駄目? フツメンの俺が色仕掛け的な事してもダメカナ?
 とか思っていると、分かりやすく兵士達はぎこちなく動き始めた。

「う……まあ、その、嘆願書は、届いたと……監督官が」
「そ、そうだな、届けに来たな」
「良かった……今回の事はこちらの一方的なお願いでしたので、届いたか心配で……。今回は、皆さまの……特に、この遺跡を守って下さってるお二方のお手を煩わせて本当に申し訳なく思っております。重要なお仕事の中、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません……」

 そう言いながら深く頭を下げると、またもやイケメン二人組は狼狽ろうばいした。

「おっ、い、いや、まあ」
「重要な仕事? じゅ、重要か」

 ははーんこいつら、さては僻地警備でこんな風な下手の対応は慣れてないな。
 だったらもっとつつけるぞこれは。
 勝機見つけたりとばかりに見えない所でニヤリと笑い、俺は営業スマイルの顔を上げて二人に更に近寄った。

「ええ、重要ですよ! だってウァンティア候がおっしゃられる事には、この遺跡は叡智の結晶でありとても重要な遺跡なのでしょう? その遺跡の門番を任されているのですから、お二方はとても重要な……そう、王様を守護する兵士に値するほどの方々だと思うんです。だから、俺からしてみればお二方は憲兵にも勝る存在です」
「憲兵!」
「わ、私達が憲兵以上……!」

 おお、喜んどる喜んどる。
 っていうか憲兵で良いんですかアンタら。
 まあテンション上がってくれてるなら何でもいいわ。さらに畳み掛けよう。

「導きの鍵の一族と言うだけでも俺達庶民には凄い存在なのに、叡智の遺跡を守り続けてるなんて、本当凄いです! でも……そんな方々に俺達がお願いして良い物かと、不安でしたので……あの、やはり遺跡の中へ入れて頂けないのでしょうか。ウァンティア候のお使いで、どうしても見せて頂かないと困る本が有って……」

 良い子ぶりっこしつつ見上げてみると、露骨に相手は反応する。

「む……た、確かに、嘆願書には古文書の閲覧と複製の旨が書かれていたし、監督官の了承印もあったが……」
「しかし、名無しを入れる訳には……」
「そこを何とかお願いします! 決してお二人の手を煩わせることはしません! それに、ここで手ぶらで帰ったらウァンティア候がどう思われるか……」

 そう言って、ちらりと二人を見上げる。
 するとイケメン達はその言葉の意味が解ったのか、目を見開いてびくりと震えたようだった。ああ、そりゃそうだろうな。アンタらが俺らを入れなかったら、俺達はシアンさんに「入れませんでした」って報告するって事になる。

 シアンさんは一族にも圧力をかけられる数少ない人間だもんな。
 そんな相手に俺達にした事が伝わったりなんかしたら……どうなるかは明白だ。

 つーか監督官から許可貰ってるんなら、尚更通さないと怒られるのはお前らだろ。
 結局、嘆願書が届いた時点でこいつらには拒否権がないわけで……ブラックだけならともかく、俺みたいないかにもな「お使い」が出て来たら、従わないわけには行かない。
 なのにこいつらはそれを考えもしなかった。

 だから、ちゃんと教えてやったんだ。
 下手に出て、相手に冷静になって貰って。
 俺はあんたらが嘲笑っても良い「世界協定の遣い」だって。

 ……本当は、もうちょっと伸ばして色々情報貰おうと思ってたんだけど、まあ、結果が前後しただけだしいいか。遺跡に入れるならそれに越した事はない。

「あの……やはり、入れて貰えませんかね……?」

 ダメ押しのように下手に出た声で二人を見上げる。
 そんな俺の顔を見て、兵士達は慌てて姿勢を正すと槍を構えるのを止めた。

「し……失礼した……」
「ツカサ・クグルギ殿、ぶ……ブラッ、ク……ブックス……どの。こ、こちらへ」
「…………だってよ! ほら、こっち来て!」

 俺の言葉にしぶしぶと言った様子で近付いて来るブラックを見ながら、俺は脳内で勝利宣言をすると共に「ブラックって、ブックスっていう苗字なんだあ……」とかどうでも良い事を考えて、ちょっとだけ気分が高揚していた。

 いや、何気に俺、初めてブラックの苗字聞いたからね?
 本当はブラック自身から教えて貰いたかったけど……ま、いいさ。

 とにかくこれで、遺跡への侵入は叶ったわけだ。









 
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