異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

2.重い話になると思ったらこれだよ

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 日が落ちて、巨岩の影すらも消えると、後は闇の世界になる。
 大地からの気の光も無く、星がよく見えるようになった空を見上げながら、俺達は巨岩のくぼみでぼんやりと火を焚いていた。

 本当はモンスターを警戒しなくちゃいけないんだが、この場所は全方位とまでは行かなくても、三方が岩で守られている。つまり、予想外の所から襲われると言う心配がない。日が暮れる前に見つけたこの場所は、実にいい寝床だった。

 だけど、俺達は双方寝る事も無くただずっと火の番をしている。
 夕食を終え、後は火の番をするために交代で仮眠をとるだけだというのに、俺もブラックも「先に寝ていい」という一言すら言えずにずっと黙っていた。

 それが何故かって事なんて、もう解りきっている。
 俺は、ブラックから話を聞くため。
 ブラックは、その話を切り出す勇気が出ずにずっとまごついているためだ。

 夕食を終えてからもう数十分は経っているが、ブラックは体育座りという分かりやすい恰好をして、ずっと動こうとしない。いつもの俺なら「いい加減にしろ」と怒鳴っているほどの無意味な耐久レースだったが、しかし、今は何も言えなかった。

 だって、相手は話しにくい事を話そうとしてるんだもんな。
 人に話したくない部分が含まれる身の上話なんだ。話すと言ったって、いざとなると勇気が出なくて躊躇してしまっても仕方ない。
 俺だって、自分史なんてもんを授業で書かされた時は凄く悩んだし。
 話しにくい過去をベラベラ喋れる奴は、よっぽど肝が据わってるか嘘つきかのどっちかだよ。少なくとも、ブラックはどっちでもないもんな。

 そう思ったから、俺は何も言わずただ黙ってブラックの言葉を待っているのだが……流石に、もう寝ないとヤバいような気もする。

 なんか気を落ち着かせるような事でもしてやった方がいいのかな。
 でも、ブラックを落ち着かせる方法って大抵触れ合う系だし……それをやっても何も解決しないような気がする。しかし、このままってのもなぁ。

 どうするべきか、と考えていると。

「つ……ツカサ、君」
「な、なんだ?」

 ついに話すのか、と構えた俺に、ブラックは情けない顔をして口を歪めた。

「あの……話しても……」

 そう言って、言葉を失ったブラックに、俺は相手が何を恐れてるのかを悟った。
 たぶんブラックは、俺に嫌われるのを怖がってるんだ。
 だから何も言いだせなくて自分でも歯痒く思っているに違いない。

 相手の考えが読めると、何故だか急に気持ちが楽になって、俺はブラックと肩が触れ合う位までずりずりと近付くと、心配そうに俺を見る相手に目を合わせた。

「俺を信じろよ、ブラック」
「ツカサ君……」
「アンタが最悪だって事は、前から知ってるって言っただろ」

 そう言うと、ブラックは情けなく歪んだ顔に緩く笑みをにじませた。

「あは……それ、前に同じような感じの事を言われた気がする……」

 笑顔になりきれていない緩いその表情が何故だか嬉しく思えて、俺もうっすらと笑いブラックの頬を軽くつねってやった。

「バーカ、覚えてるんだったらチンタラしてんじゃねーよ」

 肩を抱いて優しくする事も出来た。
 でも、ブラックが望んでいるのはそうじゃないと俺は感じたんだ。
 だからいつも通りに、憎まれ口を叩いてチクチクする頬を引っ張った。
 そうしてやるのが、一番いいと思ったから。

「……うん。ありがとう、ツカサ君」
「いいから。さっさと話して寝ようぜ」

 俺の態度にようやく落ち着いたのか、ブラックは安堵したような表情になると、体育座りからもっと砕けた胡坐あぐらへと足を組み替えた。
 やっと少しは安心できたらしい。
 俺は心の中でほっとしながらも、ブラックの顔を見て改めて切欠を待った。
 もうこうなったら一晩中待つつもりの気持ちで。

 すると、ブラックは一つ息を吐いて、ぽつりぽつりと話し始めた。

「……ツカサ君、僕が初めて外に出たのは十八の頃だって言ったら、どう思う?」
「初めてって……それまではずっと家の中で過ごしてたのか?」

 そりゃ驚くけど、別にまあ、病弱な人だったら有り得ない話じゃないよな。
 あと箱入り息子だか娘だかでも、親がちょっと変な人ならまあ不思議じゃない。なんにせよ、驚いたり意外だと思う事は有っても、それ以上の感情はないだろう。
 素直にそれを伝えると、ブラックは軽く息を吐いて少し頬を緩ませた。

「僕の、一族は……――“みちびきの鍵の一族”っていう変な名前の一族なんだけど……僕は昔から色々あって、その一族のお偉方えらがたうとまれていてね。そのせいで、ずっと屋敷から出られなかったんだ。……だから、出るのに十八年かかったんだよ」
「そっか……なんか胸糞悪い一族だな」

 素直な感想に、ブラックが苦笑する。
 段々と緊張が解けて来ているのが解って、俺も少し笑った。

「でもね、逆を返せばそれくらい歴史に厳格な一族って事なんだ。……導きの鍵の一族は、管理の一族でもある。だから、僕みたいな異端は受け入れ難かったのさ」
「……ブラック、その……導きのナンチャラって、何をする一族なんだ?」

 ブラックの過去は知りたいけど、ぼかして伝えて来てるんだから突かれたくないみたいだし……今は一族の事を知る方が重要だろう。
 相手の意志をんで質問をすると、ブラックは軽く頷いて質問に答えた。

「色々やってるけど……一番大事な使命は、歴史を記した文書を守ったり、重要な遺跡を守護したりする事かな。……だから、導きの鍵の一族って名が付いたんだ。必要な時に、必要な知識を解放し導く。僕達は、その“鍵”を持っているから。それで、いつの間にかそんな名前で呼ばれるようになったんだ」
「なるほど……あ、じゃあお前が物知りなのって……」
「十八年間住んでいた館には、一族が収集したありとあらゆる蔵書が有ったからね……まあ、読み続けていればこう言う大人になる。重要な古文書とか、一族でも高位の人間しか閲覧できない物は、見られなかったけどね」

 そうか……ブラックは館にいる間、ずっと読書をし続けてたんだな。
 だから学校に通ってなくても、こんなに知識が豊富な秀才になったのか。

「……俺は十八年図書館に居ても、ほとんど何も覚えられなさそうだけどなあ」
「ふふ、そんな事ないよきっと。……でも、ありがとう」

 嬉しそうに笑うブラックからは、緊張は感じられない。
 何か言いだしたくない事が有ったようだが、俺の話の流れからはその事柄は外れていたようで、相手は安心したらしい。
 ……まあ、今はそんな時ではないしな。
 ブラックの心の傷に触れるのは、ブラックが本当に言いたくなった時でいい。

 さっき「十八年間疎まれた事実」を簡単な言葉で片付けたのは、まだ詳細を言う勇気が出ないからだろうし……今はその事に気負いして欲しくない。

 話してほしいけど、俺はブラックが言いたくなるまで聞かないつもりだ。
 俺としては、自分の一族の事を話してくれるだけでも嬉しいしな。

 ま、そう言う所は臨機応変に行きましょう。
 気前よく話してくれるんだから、この際一族の話を進めようではないか。

 俺はこれから関わる事であろうその一族の話を、更に突っ込んで聞いてみた。

「えっと……で、その導きの鍵の一族ってのは、どういう一族なの?」

 これから掛け合う人達だし、情報は多い方が良い。
 出来るだけ知ってる事を話してくれと言うと、ブラックは昔の事を思い出す時のように空を見上げ、あごを人差し指でトントンとたたいた。

「うーん……じゃあとりあえず、一族の成り立ちから話すね」

 おう、長くなりそうだが話せ。
 トコトンまで聞いてやると胡坐あぐらをかくと、ブラックは頷いて話し始めた。

「僕の一族の起こりは、かつて【第二の開闢かいびゃく】と呼ばれた時代……勇者により世界に散らばる“知識”を集めよと命じられたが、遺跡を守り書物を集めて管理し始めたのが最初だって言われている。それで、今の今までそれを続けてきた」
「第二の開闢かいびゃくって……いつ頃?」
「解らない……。この呼称自体、伝承系の古文書に散見されるくらいで、ハッキリした年代は解ってないんだ。……そもそも、この世界のは、国によって違う。英雄を指して年代を区切る国も有れば、王の逝去によって年号を改める国もある。だから、国ごとの年代のすり合わせは“世界的な事件”が起こった時以外は行われてないんだ。でも多分、五百年以上なのは確かだよ」
「そんな長い……ってか、年号バラバラとかなんて面倒な……」

 俺の世界でも元号……つまり昭和だの平成だのって年号と、キリストさまさまの西暦ってのが入り乱れてるけど、この世界はそれの比じゃないって事なのか。

 この世界には、全世界で共通して使われる年号が存在しない。
 統一される事なく、其々それぞれの国が年月を独自に作り違う流れを生きているのだ。
 誰もその事を疑問に思わないのだろうか。

 いや、そもそも――――統一する気がないのか?

 この世界では、国同士の交流が行われていても、その国の成り立ちが異なる限り彼らは文化のすり合わせなどは行わない。物品を流通させはするが、自国の文化は決して変えない。変容もさせない。ただ、自分の国の歴史を主体にして異文化を異文化として見るだけ。

 異なる歴史が国の中枢に入り込む事など“絶対不可能”なほどの超絶排他主義。
 それほどの強固な意志が、世界中に蔓延しているのだ。

 この世界の人達の考え方は、俺達の世界とは絶望的に違う。
 だから、こんな不可解な事になってるのか……。

 ……でも、異常過ぎない?
 勉強が苦手な俺でもおかしいと思うんだけど、異世界ってみんなそうなの……?

「どうしたの、ツカサ君」
「ああ、いや……なんでもない。それで?」
「で……僕の一族は、長い間遺跡と古代からの書物を守り続けて来たんだけど……そんな立場だったからか、僕らは世界協定みたいな不可侵の存在として扱われて、大事にされまくって来ちゃったんだよね。だからもう気位は高いし、頑固だし自分達の価値観が正しいって疑わなくて、他国の貴族の話なんか聞きゃしないし」
「う、鬱憤うっぷんたまってんな」
「まあね。彼らに恨みがない訳じゃないし……でも、それを差し引いても神族以上の選民思想一直線な一族には違いないよ。だから……僕もとして十八年間、シアン達が来るまでずっと出られなかったんだけど……」

 そこまで言って、ブラックは自分の発言に気付いたのか瞠目どうもくして口を閉じた。
 あ……もしかして、核心部分ちょっと触れちゃったのか……。

「……ブラック」
「………………忌み子って、意味……解るかな」

 ブラックの目は、俺を見ていない。
 いや、見るのが怖いのか。

 だけど俺はそんな事など気にせずに、ブラックの片手を握った。

「ツカサ、君」
「解るけど、どうでもいいよそんなの。俺には過去のアンタがどんな存在だったかなんて、心底どうでもいい。つーかさ、そんな胸糞悪い決めつけ、俺が気にしても仕方ないだろ。昔がどうあれ、今のアンタには関係ないんだから」

 本心からの言葉だ。
 どんな理由からの「忌み」だかは知らないけど、どうせロクなもんじゃない。

 十八年も大人しく本を読んで監禁された子供が、どんな酷い事をやらかしたって言うんだ。仮に呪いの力がブラックに有ったとしても、俺には一つも悪い事なんて起きてない。寧ろ、助けられてばかりだったんだ。
 そんな実の無い言葉で怖がるくらいなら、アンタの恋人なんぞやってねーよ。

 ぎゅっと握りしめた手は、俺の言葉に僅かに震えていたが……やがて、しっかりと俺の手を握り返した。

「やっぱり、ツカサ君のこと大好きだよ、僕……」
「……この程度で感動すんな」

 早く話を続けろ、と少し睨む俺に、ブラックは完全に緊張が解けたのか、いつもの調子でへにゃりと笑うと自分から肩を近付けてくっ付いてきた。
 ああもう本当分かりやすい。まあ、別に嫌じゃないけどさ。

「えへへ……そうだったよね。ツカサ君は最初から僕の事怖がらなかったもんね」
「何を訳の分からんことを……ほら、さっさと続きを話せ」
「ああ、うん。えっとね……そんな一族だから、導きの鍵の一族は一部の人以外に知られる事も無く、今までずっと繁栄を続けて来たんだ。成り立ちとか一族の事は、こんな感じかな」
「へぇー、意外ともう情報なかった……まあぼんやり分かった程度だけど、やっぱお前凄い一族だったんだな」
「僕はもう血族のつもりはないから、あんまり褒められたくないけどね」

 そうは言っても「僕の一族」とは言うんだから、内心は複雑なんだろうな。
 うーむ、ブラックの内情に踏み込んではみたけど、余計にこんがらがってしまった気がする。中途半端に聞かない方が良かったかもしれん。
 でもまあ、ブラックの一族がブラックには友好的じゃないって事は分かった。

 これで、遺跡を守る人間達に対しての心構えは出来たってもんだ。

「んー、よし! とにかくいけ好かない一族ってのは解ったから、明日真っ向から対面する遺跡の守護者たちには心して掛かろう」
「あ、その事なんだけど……」
「ん?」

 まだ何かあるのかとブラックを見上げた俺に、相手は眉根をしかめて口を曲げた。

「多分、僕達は門前払いを食らうと思うんだ。ツカサ君だけならともかく、僕もってのは……連中からしてみれば、一番の害獣が本を食い荒らしに来たってな感じに思うだろうから」
「えっ、でも嘆願書をシアンさんが送ったって……」
「世界協定の裁定員には従うだろうけど、でも、裁定員がここに居なけりゃアイツらは気にしないよ。何せ、導きの鍵の一族は特別な地位にある一族だからね。僕の存在を疎んじてるままなんだから、何かと理由を付けて入れないに決まってる」
「じゃあ……どうすんだよ……」

 あの遺跡に入らないと、俺の災厄の力はどうしようもないのに。
 思わず弱り顔になる俺に、ブラックはいつもの調子で軽く笑うとふところから何やら細長いものを取り出した。
 それは、くるくると丸められた羊皮紙だ。

「この地図を使って、不法侵入します。シアンも了解済みだから安心してね!」
「えっ!? い、いつのまにそんな話を……」
「まあまあ、それは置いといて。とにかく、不法侵入の事も考えて穏和に話したいと思ってるけど……万が一って事も有るし、ツカサ君、もし僕が激昂したりしたら手助けよろしく」
「はぁ!?」

 何言ってんのコイツ。ってか、なにさらっととんでもない事宣言してんのよ。
 そりゃ、嫌いな人間達に掛け合うのなんてイライラするに決まってるけど、そんな唐突にお任せされても困るんですけど! っつーかお前さっきのしおらしい態度はどうした、忌み子でシュンとしてるのはどーしたんだよっ!

「それよりツカサ君、ツカサ君の溢れる愛情のせいで、僕の股間も溢れんばかりになってきちゃったんだけど、是非ともこのまま野外セッ」
「だああああシリアスブレイカァアアアア!!」

 優しくしたらつけあがる。こいつはこういう奴でしたね!!
 さっきまで「俺に嫌われたくない」感丸出しで萎縮していた相手とはとても思えない下衆さだ。解っていたけど、もう忌み子とかそう言う可哀想な過去とか知るより以前に、コイツのこういうアホな所は解ってたけど!

 でも、流石にこのシリアスな状況で興奮するとは思いませんでしたよ。
 ああ畜生、覚悟して聞いた俺がバカみたいだ。ほんとバカ。

 もうコイツの話は二度と真剣に聞くまい。
 そう思いながら、俺は怒りを込めたアッパーをブラックの顎にお見舞いしたのだった。










※……ブラックが臆病すぎでガード硬くて核心までいかなかった…:(;^ω^):
 仇云々はもう少し話が進んでから…… _(:3 」∠)_
 
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