異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

1.覚悟を決めた人は強い

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 ベランデルン公国に存在する遺跡、アタラクシア。
 その遺跡は、国の北東部に位置する“アパテイア岩石地帯”の中腹、国境を形作るドラグ山に近い小高い丘に存在している。

 アパテイア岩石地帯は、その名の通りいくつもの巨岩が荒野に突き刺さっているという実に奇妙な地域だ。

 この岩石地帯は、馬車で抜けるのに難儀するうえ、それに加えて国教の山に近い事も有ってモンスターが徘徊はいかいしている。それだけならまだ良いが、この地帯は大地の気すら枯れ果てていて、素材採取も期待薄の何も旨味がない土地だ。
 つまり、越えるのも大変だし、探索したって意味もない。
 そのため、この岩石地帯は昔から不毛の地として避けられてきた。

 まあ、ずーっと昔からある安全な街道が他にあるんだし、好き好んでこんな所に来るわきゃないわな。だけど、そのおかげでアタラクシア遺跡は誰にも侵される事なく今に至っている訳で。それを考えると不毛な地ってのも有益なのかも。

「砂漠の果てにある宮殿みたいなもんかな」

 誰もたどり着けない、探索しようと思わない場所に、神聖で重要な建物を作る。
 ゲームとかではありがちな場所だけど、そんな所に今から向かうのだと思ったら、何だか現実味がないように思えて俺は首を傾げた。

 ここがファンタジーな世界だってのは解ってるけど、中々慣れないよなぁ。
 そんな場所に家とか作ったら死ぬだろ普通、ってしか思えないよ俺は。

 ゲームやってていつも思うんだが、オアシスもない砂漠地帯にぽつんと存在する寒村の住人って、どうやって暮らしてんだよ。周り砂だし貿易するにも大変だし、古代遺跡の力が発揮されてないと間違いなく死んでるよねアレ。
 そうじゃ無くても水の問題とか食料の制限とか有るだろうし詰んでるって。
 高難易度の僻地へきちに設置されてる村とか、マジで不憫ふびんすぎるだろ。

「どうしたの、ツカサ君」
「あ、いや、あとどのくらいかかるかなって思っただけ」
「そうだね……アイテツ君のおかげで、結構時間が短縮できたから……明日の昼前くらいにはもう遺跡のある小高い丘が見えるんじゃないかな」
「はー……二日程度で……」

 俺達は今、藍鉄に乗って巨岩の隙間を縫うようにポクポクと進んでいる訳だが、こんな面倒な場所をたったの二日程度で進めたなんて、本当に藍鉄さまさまだ。
 あ、ちなみに今日の朝出立して、明日到着するってことね。そんで二日。
 しかし……そんなに早く到着するとなると、心の準備が整わなさそうだ。

 シアンさんが教えてくれた情報によると、アタラクシア遺跡はブラックが属している一族の人間によって守られているらしい。

 なんか、“導きの鍵の一族”って名前だったけど……名称からして中二病、いや、大層なご身分っぽいよなぁ。ブラックのマナーやら何やらが洗練されていたのは、そういう高貴な一族の一人だったからなんだろうか。
 でも、この中年……この単語を出された時に凄く嫌そうな顔をしてたんだよな。
 それに、マナーの話をした時も、自分の生い立ちに不服そうな感じだったし。

 ……うーん、出来れば移動の間にちょっとだけでも理由を聞きたかったんだけど、それを思い出すとやっぱり聞けないよなぁ……。

 今問い質すと変なスイッチ入って鬱になっちゃうかもしれないし、そんな面倒なオッサンを俺一人で引き摺って行けるわけがない。どう考えても無理。

 聞きたいけど、嫌がられたら俺だって嫌だし……。はぁ……こんなに悩むくらいなら、いっそ過去の話なんて出してくれなきゃ良かったのになあ。

 解決しない問題に暗澹あんたんたる気持ちになるが、ブラックは俺の様子など気にもせずに藍鉄を歩ませる。
 大地に乱雑に突き刺さる巨石の隙間を縫うのは迫力が有るが、数時間同じような光景を見ているとやっぱり飽きてくるわけで。

 早く野宿が出来そうな場所が見つかればいいんだがと思っていると、ブラックがぽつりと声を漏らした。

「しかし……まさかここに来る事になるとはね……」
「ブラックはアタラクシアの情報を知ってたのか?」
「うん。古い文献で読んだ事があったんだ。けど……アタラクシア遺跡は選ばれた者しか入る事が許されないから、僕には縁がないものと思って今まで忘れてたんだけどね。でも……僕も詳しく知ってる訳じゃない。知ってるのは、アタラクシアは“知識の遺跡”と言われていて、その遺跡に入った者はを手に入れられるって事と……内部には“禁書”があって、厳重に管理されてるって事だけ」

 お、おう。おう。なんか一気に情報入って来たんですけど。
 アンタそう言う事今まで一個も言わなかったよね? 聞いていいの?
 いや、この流れだと聞ける感じだよな?

 少しくらいなら構わないだろうか。そう思って、俺は言葉を返した。

「あの……禁書ってなんだ?」
「あ……そっか、言ってなかったね……。【禁書】っていうのは、その名の通り【読んではいけない本】だよ。厳密に言えば二通り種類が有るけど……どちらにせよ、呪いだとか、読むための代償を必要とする術が掛けてあったりして、一般人に見せるには危険すぎる本の事を言うんだ」

 それって、魔導書ってことか?
 悪魔を召喚する本とかにも良くある設定だけど、この世界では初めて聞いたぞ。だってここには召喚師も魔術も存在しないし、そもそも物体に術を付加出来るのはたった一つの属性しか存在しない。
 その術を付加した道具だって、曜具っつって魔道具とかとは別物なんだ。
 呪いとは違って明確な原因が見えてる道具なんだから、この世界には呪いなんて存在しないと思ってたけど……曜具とはまた違うのかな。

「それって、つまり曜具の書籍版ってこと?」

 聞いてみると、ブラックは難しそうな顔をして片眉を顰めた。

「うーん……なんていうか……僕達の感覚としては、空白の国の技術っぽいかな。ほら、あの従属させる為の首輪みたいに、曜術とはまた違う力っていうか……そう言う物が作用している時には、僕らは呪いとかって表現するんだ。曜術なら対処も出来るけど、未知の技術じゃどうしようもないでしょ?」
「なるほど……」

 未知の力や曜術で解決できない事象は、この世界にも確かに存在する。
 そんな力が付加されている本なら、読むべからずと封印されても仕方がない。
 純粋な魔術がこの世界にあったら別だけど、この世界の魔法って元素魔法みたいなモンだから何でも出来るって訳じゃないしな。

「もちろん、人の情念がこもってそうな事象や、こわーい幽霊とかの場合でも呪いって言葉は使うけど……」
「だーっ! そう言うのは置いとけよ! 本題を話せ本題を!!」

 この野郎、俺がおばけ苦手だからってからかってやがるな。
 おちょくりやがってとかかとで相手のすねを後ろ蹴りすると、ブラックはうめいて背後で肩をすくめたようだった。ふふん、ザマーミロ。

「あいたたた……と、とにかくね、そう言う危ない本があって、それに貴重な本も沢山発見された遺跡だから、数千年ずっと管理されてるんだよ」
「すっ、数千年!?」
「ああ。アタラクシアはそれほどに古い遺跡なんだよ。僕の一族が生まれる前から在る、恐ろしいほどに長い時を生きて来た神聖な場所なんだ。けれど、今では……一族以外のほとんどの人間は忘れてしまったけどね」

 また、出てきた。
 「僕の一族」って、やっぱりブラックは自分がその“導きの鍵の一族”であるっていう事実は捨ててはいないんだ。……だけど、その事を死ぬほど嫌っている。
 話したくないって思う程に、その一族であることを認めたくないのだ。

 だからこそ、今でも吹っ切れる事が出来ずに口をつぐんでいるんだろう。
 ルーツを否定したいのか肯定したいのか、ブラック自身も解らないに違いない。

「……ブラック」
「ん? なーに、ツカサ君」
「その……一族の事……もし、話す事が出来る部分があるんなら……俺に、お前の一族の事を少しだけ話してくれないかな」

 俺の弱気な言葉に、背後のブラックの体が一瞬跳ねたのを感じた。
 ……多分、驚いたんだろう。それか、体が勝手に拒否反応を示したか。

 だけど、俺はどうしても話してほしかった。
 無理に傷を抉りたいわけじゃない。ブラックが嫌なら、話さなくたっていい。
 でも、一緒に居たいって言うんなら。
 恋人だって言うんなら……話してほしいよ。

 だって俺は、アンタと一緒に居るって決めたんだから。

 ――そんな思いを込めて吐き出した台詞に帰って来たのは、意外な言葉だった。

「…………少しで、いいの?」

 戸惑うような、それでいて遠慮するようなブラックらしくない声音。
 でも、その言葉は俺に話そうとしてくれるような意志が感じられて。

「うん。アンタが話せるところまでで良いから」

 そう言うと、ブラックは手綱を握ったまま俺を抱き締めた。

「…………ごめん……ありがとう、ツカサ君…………」
「……謝るようなことじゃねーよ。……聞きたいって言ったの、俺だし……」

 この反応を見て、やっぱりブラックには話したくない過去が有るのだとさとる。
 けれど、それでも俺にちゃんと話そうとしてくれる事がまず嬉しくて、俺は絡みつく腕をぽんぽんと軽くたたいて宥めてやった。

「……夕食の後に、話すよ。今日はもう休むところを探そうか」
「そうだな」

 少し元気がなくなってしまった相手に申し訳ない気持ちが湧いたが、俺の感情はそんな申し訳なさを上回る程、みっともなく高揚していた。

 やっと、話して貰える。
 相手が隠してきた部分に踏み込む許可がもらえる。

 下卑た最低な感情だったけど、でも、それを自分でけなすことすら忘れるくらいに俺は嬉しかった。だって、やっと……少しだけ、ブラックの弱さの核心に近付けたような気がしたから。

 ……こんな事思うのって、やっぱ酷いよな。

 でも、俺はブラックを信じると決めたんだ。
 だからこそ……後ろ暗い部分もちゃんと聞いて、受け入れたい。
 知らない事で苦しんでるのなら、解ってやりたいんだ。

「……ブラック」
「……ん?」
「大丈夫だから」

 掠れた声で一言だけ呟くと、俺を抱き締める腕の力が強くなった。












 
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