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ベランデルン公国、意想外者の不倶戴天編
9.避けている物にはだいたい後で当たる
しおりを挟む「ねぇねぇツカサ君、鏡ないかな」
「……」
「鏡が欲しいなー、鏡が有ったらツカサ君が結んでくれたリボンが見えるのに!」
「…………」
「やっぱり旅のお供に手かが……」
「だーもう図書館ではお静かに!!」
本当にもうこのオッサンは!!
図書館に来る前から、事有るごとに鏡やガラスの前に行ってはチラチラニコニコしやがって……折角図書館に来たってのにまるで意味ねーじゃねーか!
つーかこの人全然本探さないんですけど!
さっきから鏡がないかキョロキョロし通しなんですけど!
「アンタが図書館に来たいっつったんだろ、もういい加減ちゃんと探せってば!」
小声で怒鳴って注意するが、ブラックはだらしない笑みを浮かべるだけで少しも堪えていない。ぐうう周囲の人に変な目で見られてるぅううう。
「えー、でも、ツカサ君が髪を結んでくれるなんて滅多にないし……」
「わかった、分かったしてやるから! だからお前もさっさと本探せ!!」
「……それ、本当かい……!?」
「…………ぁ」
や、やべえ。
ろくでもない事いっちゃった……。
「あの、ブラッ」
「じゃあ、じゃあ今日は我慢するよ! 僕も目当ての本を探して来るね……!」
ああああ行きやがったあのド畜生ぅうううう!!!!
弁解する暇も与えずに去って行ったって事は、どう考えても誤用の方の確信犯じゃねーかコラァ! あんにゃろめ、さてはコレを狙って……いや、もう考えても仕方ないか。図書館ではお静かにが原則だ。俺も心を鎮めよう。
何度か深呼吸をして、俺は周囲に高く連なる本棚を見上げた。
ブラックのせいで周りの環境を観察する事を怠ってしまっていたが、今現在俺が立っているのは背の高い本棚と本棚の間。平たく言えば国立図書館の内部である。
国が直接管理している施設と言うだけあって、この図書館は凄い。
外観はどこぞの神殿ですかレベルの豪華な造りで、内部はなんと三階建てだ。上から下までぎっしり本が詰まっている。事前にブラックから聞いた説明によると、この図書館は大陸中の図書館でも一二を争う蔵書の多さらしい。
そりゃこんだけ所狭しと棚が有るんだから、千や二千ってレベルじゃないよな。
鉱石と武具と農業関係がほとんどって話だったが、どんだけ研究すればそんなに本が増えるんだろう。
もしかして、百年以上前からずっと本を保管し続けて年々増え続けてるとか?
「…………うん……うん?」
なんか変だな。
そこまで知識が蓄積されてるんなら、この世界も俺の世界と同じくらいに文明が進んでても良いんじゃないのか。
ブラックに聞いた所、この世界は千年くらいは軽く続いている。その間国の歴史が断絶したところもあるだろうが、それだってこの蔵書の多さを考えれば微々たる問題なはずだ。研鑽は、過去から今まで連綿と続いている。それはこの図書館が物語っているじゃないか。
だったら、武具だって、歴史の長さだけ進化しているはずだ。
俺の世界は千年で鉄骨耐震のビルが建ち、車や飛行機が生まれた。
この世界の人にもそれが出来ないはずがない。
なのにどうして、この蔵書の数に見合う技術が発展してなかったんだ……?
「…………全部が堂々巡りの知識……とか……まさかな」
魔術のような便利なものが存在すると、文明は停滞するものなんだろうか。
でも、曜具とかあるんだよな。第一軌道車とかいう電車の紛い物だって存在するんだ、この世界が停滞してるなんて事は絶対にない。
まあ、食文化に関しては、この世界の言葉を介さない物は全てモンスターだし、植物も熱心に勉強してる人じゃないと扱えないから、農業で作れる物以外の調達が難しくて食文化が発達しないってのは納得できるけど……でも、鉱石や武器は別だろう。現に、神殿レベルの建築物をガンガン立ててるんだ。それ以外の技術が発展してない訳がない。
異世界人である俺とは価値観が違うから、進化が緩やかなだけなのだろうか。
それとも、なにか別の理由があるのか……。
いやー、考えても仕方ないか。この世界は元々変な世界だ。
俺の狭い常識で世界が測れるんなら苦労はない。というか真面目な事を延々考えてもアホの俺だけじゃ結論に至らないので、今は考えない事にしよう。
いや、待て。まだ諦めるんじゃない俺、ここは図書館だ。本のメッカだ。
俺のその疑問を解決するために、知識の殿堂はここにあるのだ!
「そうだ、歴史! 歴史を勉強しよう!」
料理本でも探すかと思っていたが、今の俺には歴史の本の方が必要だよな。
よし決めた、料理本を探すとかいうトチ狂った考えは捨てて、素直にシリアスな方へ走ろう。つーか大体料理を覚えてどうすんだ、得すんのはブラックだけだぞ。
そんな事したら本格的に嫁じゃねーか俺。ふざけんな殺すぞ俺。
普段から趣味で料理してる人なら嫁修行とかじゃないけど、俺趣味料理じゃねーから。自分が食べたかったり暇潰しにしようと思ってただけだから!!
「俺は嫁じゃない俺は嫁じゃない俺は嫁じゃない……」
ぐえええ俺掘られてますけどそう言うんじゃないんですって勘弁して下さい。
俺は! 掘られても! 恋人が男でも! 女の子が好きなの!!!
心も体も男な男におっぱい生えてても嬉しくないの! 女の子がいいの!!
しかしこんな所で悶えていても、通りすがりの人に変な目で見られるだけだ。
抱えんでもいいやり場のない思いを抱えながら、俺は自分を律して歴史の本のコーナーを探してとぼとぼと歩きだした。
本棚にはジャンルごとに札が張り付けられているので、探すのは楽だ。
「えーっと……服飾、武具、算術、転換学……てんかんがく? 学問エリアか……美術、曜術……はオッケー。そんで次が……あった! 歴史学!」
本当は「歴史の事だけを記してる本」を探した方が良いんだろうけど、それだと恐らく凄まじい分量になるだろうから、一日では読破出来ないだろう。
だったら、歴史学の本から興味のある題材を突き詰めている本を探した方が良い。全てを知るには情報不足になるだろうけど、俺としては深く研究するつもりはないので、大体の事がさらっと解ればそれでいいのだ。
出来れば、歴史の矛盾点を指摘する本か、概要だけでいいから武具とか曜具の進化の歴史を教えてくれる本がいいんだけど……。
日本には腐る程あるけど、そんな都合のいい本がここにはあるかな。
しかし、探してみなければ解らない。
よし、気合を入れて挑むぞ!
と、俺が勇んで本棚の端から歴史学の本棚のゾーンに入ろうとしたところ。
「あ」
本棚と本棚の間に、既に先客がいた。
しかしその姿はどうにも見た事が有るもので。
青銀の仮面に赤い髪っていう、一日二日じゃ忘れられないような姿が、そこで顎をさすりながら本を読んでいる訳で。
「…………ん? お前は……」
「ぴゃっ」
み、み、見つかった!!
逃げようかと思ったが、相手は足が長いのかあっという間に俺の目の前までやって来てしまう。そんな数秒で距離を詰められたら動けないじゃないかあああ!
「ツカサ、こんな所で会うとは本当に偶然だな!」
「あ、あはは……あの……ほんと偶然デスネ……レド様……」
相変わらず高身長で足が長くてイケメンな主人公様デスネ。
出来れば会いたくなかったんですけど、貴方様なんでここにいるんですか。
逃げた意味ねーじゃんと泣きたくなりながらも相手を見上げると、レドは爽やかに笑いながら片手を振った。
「ははは、様なんてつけなくていい。お前にはレドと呼ばれたい」
「そ、そうですか……じゃあ、あの、レド……さん、どうしてここに?」
「呼び捨てで構わないぞ、お前はいやに控えめだな。……ああ、質問に答えてなかったな。俺は少し調べものが有って訪れていたのだ。仕事の関係で、少し解らない事が有ったのでな」
貴族なのに自分で調べるのか。
普通、執事の人とかに必要な資料を持ってきて貰うんじゃないのか?
ちょっと驚いた俺に、レドは笑顔のままで肩を竦めた。
「俺の仕事は他人には任せられない物だからな……だから、こうして自分で調べなければならないんだ。そう言うツカサはどうしてここへ?」
「えっと……この国の武具がどう進化したのかって言う歴史とか、曜具の歴史とか……そういうのが簡単に分かるような本を探してたんです」
「なるほど……ツカサは研究熱心なんだな」
「そう言う訳じゃないッスけど……」
簡単に分かるって言ってる時点で熱心じゃないよ! レドさん好意的すぎだよ!
ちょっと待って、仕事でガチの歴史を調べてる人にこんな事言うのって、すげー恥ずかしく思えて来たんですけど。ヤバいもう帰ろうかな。
そんな事を思っていると、レドは俺の肩を叩いてきた。
「なに、恥ずかしがる事はない。自分で調べるのは良い事だ。特に、冒険者と言う身であるのに、本を読もうとするその姿勢はとても素晴らしいぞ。……そうだな、概要を知る程度の本なら……」
レドは俺からいったん離れて再び本棚の前に戻ると、迷うことなく三冊ほどの本を抜き出して俺に渡してきた。
えーっと……これって……。
「一冊目はこの国での武具の歴史を簡単に要点だけ抑えた本だ。その下のは武具の名称に関しての辞典、最後のはこの国の地名や特徴を要点だけ抑えた、まあいわゆる……観光案内に近い歴史本だな」
「え……この本の中身、見た事有るんですか!?」
思わぬ図書案内人が現れたと思って目を丸くすると、レドは「まあな」と、少しはにかんだ顔をしながら、少々粗雑な動きで頭を掻いた。
「抜けは有るだろうが、俺は必要な本の情報は全て記憶している。その本はさっき一通り目を通したから間違いはないだろう。この程度では礼にはならんが、役立ててくれたら嬉しい」
「あ、ありがとうございます……」
す、すごい。
さっき目を通しただけで、一通り内容を把握したってのかこの人……。
もしかしてレドって、図書館の検索マシーン並の記憶容量が有るのでは。
ブラックが知識の人なら、この人はいわば記憶の人と言った所だろうか。
この世界の貴族はわりと清廉潔白だったり有能な人が多いが、レドはその中でも群を抜いているような気がしてならない。
だって、本の内容は全部記憶できてるんだろう? それって凄いよ。
レドは、ラスターとは別の種類の天才なのかも。
「詳しく調べたければ、巻末に資料元として記載された書籍を司書に言えばいい。棚に案内してくれるだろう。その本達は今時珍しく、引用した資料を記載する良い著者に作られている。内容は本格的な物に比べれば薄いが、文章も読みやすいから、これから学ぶ者が読むには最適だ」
「はぁぁ……何から何まですみません、凄く助かりました!」
棚を隅から隅まで調べるのは骨が折れそうだなと思ってたので、これは思いがけない幸運だ。って言うか、今まで避けてたのに体よく使ってしまって申し訳ない。お礼のついでに心の中で謝っておこう。
素直に頭を下げた俺に、レドは慌てた様子でいやいやと俺に声をかける。
「な、なんだ。頭を下げる事じゃないぞ」
「だけど俺凄く困ってたし、こういうのはちゃんと礼をしないと」
「本の内容を知っていただけだ。凄い事は何もない」
「いや、さっき見たってだけで本の題名も内容も記憶してて、そのうえ、俺が読めそうな本を考えて探してくれたのは凄いですよ。少なくとも、俺は出来ません」
「そ……そうか……?」
「何より、何て言うか……えっと、レド……は、物凄い本が好きなんだなって。だから、そう言うのも俺は凄いなって思いますし」
そうなんだよなあ。俺、専門的な本までは好きな訳じゃないもん。
もちろん漫画だって難しい話は読まないし、エロ漫画でも高尚なレベルの行為を解する所までは達する事が出来ない。それじゃあ本好きとは言えないだろう。
だけど、レドはきっとどんな本も読めるに違いない。
巻末の資料記載にまで言及しているんだから、情熱は並々ならぬものだ。普通、巻末まで気にしてる人なんていないよ。資料として本を読む人なら気にするだろうけど、レドはそう言うんじゃないんだろうし。
そんな事を想いながら素直に褒めたのだが、レドは何かに驚いたように仮面の奥の青い目を丸くして俺を見ている。
その目は、信じられない物を見るように揺らいでいた。
……あれ。もしかして違ったのかな。
地雷とか踏んでたらどうしよう、と思って見ていると、相手は一気に我に返ったかのように体を震わせると仮面の上から手で顔を覆った。
「……レド?」
「……そうか、お前には……俺が本が好きなように見えたのか」
「そうじゃ無かったんですか? あの、勝手な事言ってすみません……」
「いや、違う。違うんだ。……そうか、ありがとう……」
なんか良く解らんけど、気にしてないんならいいか。
とにかく良い本を教えて貰ったし、これでちょっとは疑問も解消できるかな。
早速椅子のある場所に座って読んでみよう。
そう思って、レドに改めて礼を言い逃げ……いや、おいとましようとすると。
「まて、ツカサ。お前閲覧場所は知ってるのか」
「…………」
そう言えば、どこだろう……。
ここ本が多すぎてどこにあるか解んないんだよ!
大きすぎなんじゃこの施設!!
「俺が案内しよう。遠慮する事はない、俺も本を読もうと思っていた所だからな」
「あー……あ、ありがとう、ございます……」
ど、どうしよう……これ、どう考えても一緒にお勉強するパターンですよね……。
色々と思う事はあったが、何より一番怖いのはブラックだ。
ああぁ……どうかブラックと鉢合わせしませんように……。
→
※秋国の話なのに今日は熱さで死にました…文章変だったらすみません…
みなさんも熱さにはお気を付けくだせぇ……_(:3 」∠)_
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