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ベランデルン公国、意想外者の不倶戴天編
8.無防備な姿は可愛らしいもの
しおりを挟む千の夜を越えた。
絶望が始まる。
三千の夜を越えた。
絶望からまだ冷めない。
五千の夜を越えた。
懐かしい風景すらもう思い出せない。
八千の夜を越えた。
自分の存在すら何者なのか忘れかけて。
一万の夜を越えた。
永久に生きる事は苦しみだと、再び嘆き悲しむ。
それでも、まだ死ねない。
帰れない。壊せない。抗えない。死ねない。終われない。
また、夜が来る。夜が来る、夜が来る夜が来る夜が夜が夜が夜が夜が。
闇が来てもこの身は溶けて消えてはくれない。終わってくれない。
世界が、生きよとこの身にしがみ付く。
だれか、たすけて。
もしこの声に気付いてくれるものがいるのなら。
救ってくれるものがいるのなら。
どうか、この世界を――――おわらせてくれ
------------------------------
「ッ……!?」
何だかよく解らないが、何かの拍子に俺はベッドから飛び起きた。
なんだ、なんだろう。良く覚えてないけど、物凄く怖い夢を見た気がする。
真っ暗な中で声がして、上と下にぐるぐると月が回って行ったり来たりで……。
とにかく凄く怖い夢だったような気がするんだが、例によって覚えてない。
最近悪夢なんて見てなかったせいか、滅茶苦茶心臓に悪い。ドクドク言ってる。
「んん……ツカサ君、どうしたの……。何か急にがばっと起きたけど……」
隣のベッドで寝ていたらしいブラックが、寝惚け眼で俺をじっと見る。
やけにベッドの距離が近いなと思ったが、そう言えば宿を変えたんだった。ここは前の宿よりちょっと手狭だから、ベッドの距離が近いんだな。
目を擦りながら起き上がってくるブラックを見て、俺は少しだけほっとする。
ここは暗いけど、夢の中ほどじゃない。
隣にブラックもいるし、枕元にはロクもいる。
俺はちゃんと柔らかいベッドの中だ。
カーテンの向こう側はもう薄ら明るくなってきて、朝が来る事を知らせていた。
「悪い夢でも見た?」
そう言いながら目をしょぼしょぼさせる相手に、俺は苦笑した。
「なんか、そうみたいなんだけど……肝心の内容は忘れちゃったみたいでな」
「あー、よくあるね。怖い夢ってのは覚えてるんだけど、起きたら忘れちゃうの」
「それそれ。ったく、夢の中でくらい良い思いさせて貰いたいよな」
「僕は現実でツカサ君にいい思いをさせて貰えれば……」
「だーっ!! 起きたそばから抱き着いてくるんじゃねえ!!」
ガツンと一発朝からゲンコツを食らわして、俺はブラックの腕から逃げる。
ったくもう、宿を変えてベッドの距離が近くなったらやりたい放題だよこいつ。
「うーん……やっぱりもう一個グレード落とした方の宿にすれば良かったな……」
「これ以上安い宿にしたら素泊まり風呂設備ナシだよツカサ君」
「ぐぅうううう風呂には入りたいですぅううう」
ちくしょう、ヘタに飛びださずにしっかりリサーチしておくんだった。
そうすれば起きて早々オッサンスメルに悩まされる事も無かったのに。
ギリギリと歯軋りをして悔しさを紛らわせながら、俺は昼間で泊まっていた部屋とはまるで違う内装の部屋を見回して、溜息を吐いた。
我ながら宿を変える、なんて発想は突飛だと思ったが、今更そんな事を言っても仕方がない。あの時は何故か無意識にそう思っていたし、現に宿を変えた途端に変な不安感が消え去ったのだから、これはもう俺の虫の知らせによるものと言うほかないだろう。
普段ならそんなカンなんて信じられないけど、これまでも嫌な予感がしたら大体その後面倒臭い展開になってたんだ。今回ばかりはカンを信じたい。
遺跡に入るのも面倒臭そうなのに、このうえ厄介事を抱え込むとかごめんだ。
俺は安全に、平穏に旅がしたい。だから逃げるのだ。
ま、三十六計逃げるにしかずって奴だな!
レドさんと知り合いになった事を隠しブラックを説得するのには骨が折れたが、それが成功したのも神の思し召しと言えるだろう。
いつもなら絶対夜の約束をさせられるけど、今回はそういうのなかったし。
上手く逃げられ過ぎてちょっと怖いけど、このまま行けばもう出会う事も無いだろう。もし鉢合わせしそうになっても、相手の顔や風体は知ってるから逃げられる。
善意に満ちた相手には悪いが、何が発端になるか判らないからな。
なんにせよ、これでひとまず安心だ。
さーて今日は朝飯を食べたらゴロゴロするぞー、とベッドで寝転がっていると、ブラックが隣のベッドから身を乗り出してきた。
「ツカサ君、明日……もう今日か。今日の事でちょっと提案があるんだけど」
「ん? またどっか行きたい所あるのか?」
「うん、図書館にデートしに行かないかと思って」
「デートはともかく図書館か……久しぶりだな。この国にもあるの?」
そう言えばラクシズ以外の図書館には行った事が無かったな。
あの頃は携帯百科事典も持ってなかったし、この世界の事すら良く解ってなかったから図書館で色々調べたりしたけど、今は全然だもんな。
行けるってんなら行きたいが、図書館ってどこにでもあるものなんだろうか。
そんな事を思って訊くと、ブラックは軽く頷いた。
「うん。首都にならだいたい設置されてるよ。どこの国でも、首都の図書館は一番大きくて蔵書が沢山あるんだ。デートのついでにそこで見たい本が有って」
「見たい本? お前が何か調べるのって珍しいな」
「いや、ちょっとアタラクシア周辺の資料が欲しくてね。鉱石の事もあるし、改めてこの国の情報を集めておいた方が良いかなって」
うっ、な、なんか駄目中年が有能な事言ってる!
やだ、さっきまでちまちま逃げ回ろうとしてた俺が愚かな奴みたいじゃん。
いやでも情報は大事だ。ブラックの言う事は大いに賛成すべき案件だぞ。
「前にも言ったと思うけど……この世界では本は貴重品で、よっぽどの実用書じゃない限り多くは刷られないんだ。だから、国によって保管している本が違ったりするんだよ。例えば……この国では、鉱石の詳しい研究書とか武具、農業関係の本が多いんだけど……反対に考古学の本や物語の本、曜具に関しての書籍は少ない。そんな風に、国の特色によって本の種類が変わって来るんだ」
「なるほど、本ですらも地元の特産品とかそういう事になるわけね」
「うん。それに、他国の情報なんかは殆ど国の外には出回らないから……まあ、歴史のある国や学術に重きを置く国では別だけどね」
ラクシズの図書館に入った時はそんな事情なんて知らなかったけど、そう言えば実用的な本ばかりが並んでいた気がするな。
歴史関係の書棚には行かなかったから知らなかったけど、一般人には他国の知識すらない可能性があるのか。俺だって向こうの世界の国々を詳しく知ってる訳じゃないが、世界地図では少なくとも大陸には7ヶ国しか無かった訳だし、相互で他国の文化を理解しあってるもんだと思ってたんだがな……。
いやでもそうだな、噂がアレだけ力を持ってる世界なんだ。
そこから考えるとこの世界はまだ文明の発達が足りてないのだろう。
……むう、俺が領主とか土地が持てる大地主になってたら、知識チート無双して今頃は魔物も人間も受け入れる、超発展小国みたいなのを作れてたんだろうが……いや無理か。俺シ○シティすらまともに作れた事ないし。すぐ飽きるし。
俺は恐らくご褒美がないと体すら鍛えないダメ人間なんだと思う。だってギャルゲーは楽しく能力値上げるもん。その結果狙ってた子じゃない高難易度キャラ落とす事あるもん。悲しくないもん。やべえ何の話してるか分からなくなってきた。
とにかく、旅してまわってる今が一番気楽なのかなあ……。
「ツカサ君、どうしたの考え込んで」
「ああいや……この際だから俺も色々調べようかなって思って」
朝食食べたら行こっか、なんて寝起きの低テンションでやんわり言うと、それが存外優しい言葉に聞こえたのか、ブラックは嬉しそうにふにゃりと笑った。
「えへへ、朝のツカサ君も優しくて可愛いなぁ~」
いつもより髭も伸びまくって、髪の毛もボサボサしていつのまにかリボンも取れている。後ろから見たら、頭にプロペラの付いた赤い雪男みたいに見えそう。
だけど、そのエヘラエヘラしただらしない姿は妙に憎めなくて。
不覚にも、ちょっと。ほんのちょっとだけど、本当こういうのは人には絶対に言いたくないけど……ブラックのそう言う姿は、ほんのちょっと……可愛いとか、思ってしまって。
「ブラック、髪の毛すげーぞお前……」
あんまり距離が近いから、ボサついた髪に手が伸びてしまう。
しっかりとした肩に流れた髪を引っ張らないように梳いてやると、相手は気持ちよさそうに目を細めて俺を見つめた。
「ツカサ君が髪を結んでくれたら、嬉しいんだけどなぁ……」
「……まあ、してやらんでもない」
「ホントかい!? やったー!」
そう言うなり目を輝かせて姿勢を正す相手に、またなんかキュンとしてしまう。
おかしいなあ……なんでだろうなあ……やっぱラッタディアあたりで妙な事考え始めちゃったから、俺の目が曇りまくって来てるんだろうかな……。
それとも、「恋人」という称号が変な方向にこじれていっちゃってんだろうか。
やっぱこのユニークスキルはいかんでしょ……いやスキルかどうか知らんけど。
「ツカサ君、早く早く」
「…………まあいっか……」
正直な話、ブラックの髪は触ってて気持ちがいい。
髪を括ってやるなんて親みたいだなと逆転現象にげんなりしつつ、俺はブラックの髪をゆっくりと指で解かし始めたのだった。
→
※す、すみません時間が無かったのでここまで…(;´Д`)
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