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ベランデルン公国、意想外者の不倶戴天編
7.甘い気持ちと苦い出会い1
しおりを挟むゆゆしき問題に頭を抱えて悩む俺に、ブラックは腕を組んで唸る。
「んー……恐らく、ペコリアみたいな軽い小動物に登らせるんじゃないかな。蜜を壺に入れる訓練とかさせたら、楽に取れそうだし」
その予測に、俺はなるほどと手をポンと叩いた。
なるほど、それなら木に登らずに済むな。小動物に頼むんだから、蜜は少量しか採れないだろうけど、高価なんだし小瓶一つでも充分採算は取れるはずだ。
恐らく、技術者ってのはそういう獣使いの事を指してるんだろう。
「……でも、俺の道楽と金稼ぎのために召喚珠を使うのもなぁ……なんかこう、もっといい案が有ると思うんだけど……」
「木を切り倒すとか」
「か、環境破壊反対ぃ」
まどろっこしいのは分かるけど、それだと色々問題起きそうだから却下。
でも否定し続けるのも、俺が代案出さない馬鹿みたいに見えて嫌だしなあ。
うーむ、俺が使える方法で安全に採取できる方法と言うと……。
「あ、そうだ。曜術使えばいいんじゃね?」
「木の曜術? まあ、ツカサ君は二級だし届く可能性はあるけど……でも、大丈夫かなぁ……【グロウ】で急激に成長させた木って、すぐ枯れたりするし……」
「えっ、そうなの」
「ツカサ君の曜術は殆どの場合長く残ってたけど、それでも枯れないとは限らないよ。そもそもグロウってのは、植物の決まりを捻じ曲げる術だからね。術師が未熟だったり想像力や曜気が足りないと、ばーっと咲いてばっと散るのさ」
ぬぅ、そう言われると自信なくなっちゃうな。
そもそも、クレハの木の近くに登れそうな植物を生やしても、頂上まで届くとは限らないよな。枝振りのイメージをミスれば頂上に届かないだろうし。
それに、そんなに近い場所に木を置いたらクレハの木が枯れるかも。
「ぬー……あ、そうだ。枝が脆いなら幹の方はどうなんだろう」
こげ茶色をした幹は、見た目としては普通の木と変わらない。
試しに近付いてコンコンと叩いてみると、枝の脆さとは裏腹に、幹はしっかりとして凄く硬いのが分かった。この木の皮の硬さは石に匹敵するかも。
「なあブラック、この木って幹だけやけにガチガチじゃないか?」
「ホント? どれどれ……あ、本当だ。水を送るための巨大な導管が有る幹だけは、異様な硬度になってるんだね。簡単に崩れてしまったら困るからかな?」
幹には目立った起伏がないので足を引っ掛けて登るのは難しいが、これだけ丈夫なら何とかなるかも。
「ちょっと……試してみるか」
「なにを?」
「まあ見てなって」
そう言いつつ、俺はそこらへんのまだ曜気が有りそうな落ちた手の葉っぱを拾い集める。ブラックは俺を不思議そうに見ていたが、なんとなく意図が分かったのか俺から少し離れて黙っていた。
「……よっし、こんくらい葉っぱがあればいいかな」
上手くいくかどうかは判らないが、男は度胸、何でもやってみるものさ。
両手で抱え上げた葉っぱの上に落ちていた枝を乗せて、俺は意識を集中させた。
使うのは、もちろんこの枝だ。でも、普通に育てるわけじゃない。
俺は脳内でしっかりとイメージを作りながら、葉っぱから曜気を取り出して枝に一気に注ぎ込んだ。
「木より離れし一枝よ、天へと登る梯子となれ……【グロウ】……!」
抱え上げた葉の山が一気に茶色く変色し、木の枝が緑色に発光し始める。
その枝を慌ててクレハの木の根元に置くと、俺のイメージ通りに小さな木の枝はぐんぐんと形を変えて行く。枝はいくつもの節を作って組み合い形を変え、数分とかからず天然の梯子へと変化してしまった。
「よっしゃあ、イメージ通り!!」
思わずガッツポーズをする俺の後ろで、ブラックがぱちぱちと拍手をした。
「そっか、はしごかぁ!! 凄いよツカサ君、植物をこんなに上手く使うなんて……ああ、ブレア村での練習のお蔭だね?!」
「へっへー、そう言うコト!
「しかし梯子かー……木の曜術ってこんな事も出来たんだねぇ……。どうかな、ちゃんと登れそう?」
がっちりとクレハの木に巻き付いた梯子は、俺が乗ってもびくともしない。
俺はブラックにオッケーサインを出すと、そのままカツカツと登り始めた。
運動音痴ではあるけど、木登りならお手の物だもんね。
クレハの木はそんなに高くないみたいだし、この程度なら簡単だろう。
高所恐怖症も無くて良かったと思いつつ梯子を登って行くと、頂上に近くなるにつれて幹の色が薄くなっていくのが分かった。ファンタジーだから突っ込んじゃあいけないんだろうけど、本当不思議だよなあこの世界の植物って……。
「おっと、そろそろ頂上だな……ってマジで琥珀色でやんの」
頂上付近の幹は、驚く事に濃密な琥珀のように透き通り輝いていた。
下からは全然見えなかったけど、ホントに宝石みたいで綺麗だ。
木の幹が変化した物だとは俄かに信じられないが、中の蜜の色が透き通って見えていると言うのなら納得できるかも。とにかく採取しよう。
「手持ちのナイフで傷がつけばいいが……っと、琥珀っぽい部分は柔らかいな」
小さなナイフを押し当てると、琥珀色の幹はナイフの刃をすんなり受け入れる。それを軽く横に引くと、そこから水飴のようにとろっとした液体が流れ出て来た。おお、これぞまさに樹液!
試しに指ですくって舐めてみると――――。
「マジでメープルシロップだ……っつーか甘ッ!! これハニビーの蜂蜜より甘いんじゃ……。でもさらっとしてて、ちょっと砂糖水っぽさもあるな……蜂蜜は後味までちゃんと残る甘さだけど、クレハ蜜はわりと淡泊なんだな。それにカラメルっぽい感じの風味が有る」
メープルシロップに近いけど、アレよりもさっぱりしてるみたい。
でも俺が想像してるのは市販の容器に入ったモンだから、あっちはあっちで砂糖とか色々添加されてる可能性もあるしな。まあとにかく採取させて貰おう。
あらかじめナッツから出しておいた瓶に、持てるだけのクレハ蜜を入れ込むと、俺は【グロウ】で木の傷口を塞いでえっちらおっちら下へ降りた。
全部採取して枯らす気はないのでこれでいいのだ。
この世界の植物は、時間が経てばドロップするモンじゃない。だから、ほどほどにしておかないとな。
「ツカサ君、ちゃんと蜜とれたー?」
重くなったウェストバッグを落とさないように気を付けながらゆっくりと降りる俺に、地上からブラックが叫ぶ。俺はそれに声で返事をしながら、登って来た時の倍以上の時間をかけてやっと地面に帰って来たのだった。
はー良かった。貴重な蜜を落とさなくて。
「成果はどう?」
「上々! 中瓶五本に小瓶が十本。これだけあれば料理にも使えるだろう。今回は小瓶三本くらい売る程度にしておこうかな……報奨金がまだたんまりあるし」
「やった! ツカサ君また新しい料理作ってくれるんだね!」
俺の手料理が食べられると知った瞬間、ブラックは分かりやすく顔を明るくしながら喜ぶ。大げさだけど、料理に期待してくれるのは大いに結構だ。
俺としても、美味しく食べて貰えるのは嬉しいし……。
しかし、なんの料理にしようかなぁ。
「何が作れるか、ちょっと街で材料を見て見ようか」
「うんっ、そうしよう! さーそうと決まったら早く早く!」
「おっおいちょっと押すなって! お前本当ゲンキンだな!」
どうしてこの中年は俺の手料理の事になるとノリノリになるんだろうか。
自分の世界の美味しい料理って大概のお話では異世界人にウケるけど、コイツの場合は“俺の手料理”と“異世界メシ”のどっちに喜んでるのか解り辛い。まあどっちでも良いんだけど、本当この中年三大欲求には素直やのー……。
とにかく、街に戻ったら商店街を見てみるか。
実りの国って言われるくらいなんだし、きっと何か見つかるだろう。
と言う訳で、俺達は首都・トリファトへと戻り、食材を取り扱う店に向かった。
実りの国と言うだけあって、この国の店にはありとあらゆる食材が並べられている。他の国では見かけなかったライクネスの定番食材、お久しぶりのトウモロコシもどきの【ロコン】が並んでいたり、少量だけどトマトもある。
どうやらお金の力で苦心して他国の食料を持ってきているようだ。
お店の人に聞いた所、冒険者や高級な輸送屋を雇って輸入しているらしい。
うーむ、主食の生産量一位の実力は伊達じゃない。
この世界における「巨大パン工場」みたいなもんだもんな、この国って。だから国全体が他の国よりも豊かなんだろう。でも、俺としては他国の野菜より早くコメを栽培している場所が知りたいんだけどね……。お米恋しい……。
まあそれはともかくとして、それほどに食関係が豊かなこのベランデルンだが、いざ食材を探してみると【クレハ蜜】に合うような物が中々見つからなかった。
なにせ、これは天然のシロップだ。
肉料理に使うには量が足りないし、かといって甘味が薄い果実や野菜に絡めるってのもつまらない。せめてお菓子の甘味付け……と考えたが、それも蜂蜜の代用品みたいな事になりそうだ。
新鮮味がなくてブラックが喜ばないかも、とか変な事を考えてしまう。
いやだって、料理作ってつまんない顔されたら悔しいじゃん。
どうするかなあ、と歩いていると、ふとある店が目に入った。
「…………ブラック、あそこって何の店?」
「ん? えーっと……あれだ、穀物を専門に扱ってる店じゃないかな」
「小麦とかか……よし、ちょっくら入ってみよう」
穀物専門の店というのは初めて見た。
もしかしたら求めている物が見つかるかも。
木製のドアを軽く開けると、そこには見た事が有るような光景が広がっていた。
なんていうか、薬屋みたいっていうか。
棚やテーブルには小瓶とか袋がずらっと並べられていて、それぞれに名札が掛けられている。目に見える物がない分、食料を扱う店と言う感じがしなかった。
でも、名札には○○粉とか小麦粉とかちゃんと書いてある。
ブラックと物珍しげに棚の瓶を眺めていると、ふと気になる名前が目に入った。
「……ん? くらげ粉……?」
薄水色の粉末が入った瓶の名札には、確かにそう書かれている。
どんな粉なんだと不思議がっていると、店主のおじさんが近付いてきた。
「それは海くらげの粉末だぜ」
「ぇえっ、く、くらげっ!? な、なんに使うんスか!!」
「何にって……実験かねぇ。海くらげの粉は水を含めると膨張するんだが、これがまあスライムみたいで気味が悪くてなぁ。でも何かに使うらしくって、木の曜術師とか、金の曜術師が材料として買って行くんだ。まあこれは穀物じゃねえんだが、食料に使う事もあるかと思って一応置いてる」
「はー……そんな粉が……いえあの、そうじゃなくて、俺はパンを膨らませる粉を探してるんですが……何かありませんか?」
「ああ、それならこれだ。パフの花の粉……パフ粉だな」
そう言って店主が出してきたのは、何の変哲もない白い粉だ。
花の粉って言ってたけど……挽いて粉にでもしたんだろうか。
「パフ粉って、どんな物なんですか?」
「パフの花っていう、叩いたら一気に膨らむ不思議な花が有るんだが……その花を乾燥させて粉にしたのがコレだよ。パフ粉を混ぜると寝かせてないパンでも綺麗に膨らむんだ。この国ではそれを混ぜて焼いたのを“ホットケーキ”って呼んでるぜ」
……なぬ?
ほっと、けーき……ですと?
この世界でホットケーキが食えるだと!?
「ホットケーキですか!」
「ああ、ホットケーキだ。良く解らんが、昔えらい人がコレを作らせた時にそう名付けたそうだぜ。ケーキは分かるが、ホットの意味は解らんよなあ。ほっとする、のほっとかな?」
解らないって、そりゃそうでしょう。
ケーキはともかく「ホット」は完全に英語なんですから。
つーか、この世界って微妙なレベルでちょいちょい英語が混ざってるんだけど、本当になんなんだろう。ベッドやトイレ、バッグやナッツ……なにか法則でもあるんだろうか。
もしかして、俺よりも前にこの世界に来た人がいたりして。
……いや、いるんだろうな多分。絶対に。
でも、どうしてこんなに色んな所が歪なんだろう……。
「ツカサ君、どったの」
「あ、いやなんでもない。パフ粉って日持ちします?」
「おう、一か月くらいは余裕でもつぞ。買うなら一袋二百ケルブだぜ」
「たっ高い……! でも買います……一袋ください……」
高いけど、膨らし粉は買う価値が有る。
っつーかホットケーキ作るなら絶対買いだろ。
メープルシロップにホットケーキなんて出来過ぎてるっつーの。
これは神様がホットケーキを作れと言っているに違いない。違いないんだ!
あと、クラゲの粉も買っておこう。こっちも何かに使えるかもしれないし。
小瓶の値段を見たらパフ粉より二倍高くて目が飛び出たが、まあ消費期限はないらしいし、湿気のある所に置かなきゃもつから……。
ブラックが「そう言うのには無駄遣いするんだぁ」みたいな胡乱な目で見て来たが、俺は食と薬作りには妥協したくないんだよ! 許せ!!
「はっはっは、毎度ありぃ! あ、そうだ。もし他国でパフ粉が欲しくなったら、パンを出してる店に掛け合えばいいぜ。パフ粉は一般人は使わんからな。パンなら普通は捏ねた後で一日寝かせて焼くもんだし」
「はぇー、そうなんすか。ありがとうございます!」
そうか、パンはグルテンがどうのこうのって話で、ベーキングパウダーとか使わなくても焼けば膨らむんだよな。でも俺達は冒険者だし、旅しながらパンを焼くって訳にも行かないので膨らし粉を買うしかないか。
俺は色々と諦めながらも、中々に高価な金と粉を交換して店を出た。
結構な買い物だったが、この世界でのホットケーキのレシピも貰ったので良し。
これで旅の途中でも手軽におやつが作れるぞー!
「ツカサ君、ホットケーキってそんなに美味しいの?」
帰る道すがらに俺を覗き込んでくるブラックに、俺は自信満々に頷いてやる。
「アンタが大好きな白パンの食感みたいで、甘くて美味いよ。作り方も簡単だし、きっと気に入ると思う」
「ほんと! うわぁ~、たのしみだなぁ……!」
美味しい物が食べられると分かった瞬間に、満面の笑みになるブラック。
ゲンキンな奴だなあとは思うけど、こんな事で喜ぶ相手を見るのが嬉しいと思う自分もどうかしてるかもしれない。
うーん……マジで嫁染みて来て嫌なんだけど、美味い物は食べたいしなあ。
どうすればいいんだか。
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