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ベランデルン公国、意想外者の不倶戴天編
2.鍛冶屋の街の三代目
しおりを挟むベランデルン公国の鍛冶屋は腕がいい、というのは、もちろん噂だけではない。ブラックの話では、ちゃんとした理由が存在するらしい。
曰く、ベランデルンは昔から色んな種類の鉱石が採掘されており、それに加えて技術大国であるプレインから金の曜術師が移住し易い環境だった。ゆえに、昔からここには鍛冶屋を志望する者達が多く集い、それぞれが存分に切磋琢磨した結果、冒険者達の評判となったのである。
確かに、材料が豊富な場所なら存分に研究も鍛錬もできるもんな。
どこで採掘されてるのかは判らないけど、本当実りの多い国なんだなあココ。
はからずとも歴史のお勉強になってしまったが、そういう話を聞くと一層今から向かう場所への期待感が増してくる。
だって、俺達は今現在、鍛冶屋通りと呼ばれる一画へ向かうために街道を歩いているわけで。その一画へと近付く度に、周囲には俺達みたいに武器をぶら下げてる冒険者達がちらほら見える訳で。
今までは剣や槍や斧や弓なんかのオードソックスな武器しか見た事なかったけど、流石は鍛冶屋の国だ。棘鉄球をつけた武器であるモーニングスターや、曜気が込められた宝石をはめこんだ術師の杖、それに鉄扇とか鎌とか、いろんな武器を持った冒険者がいるんですよ!! 内心すげー興奮してますよ俺は!
ああーいいよなあロマン武器、本当いいよなぁ……!
使いにくそうだけど、使いこなせりゃどんな武器だって格好いいもん。
俺も運動音痴じゃなかったら、双剣士とか暗器使いとか中二病どんとこいな夢の武器使いをやってたのに。まあその前に他の国で鍛冶屋なんて殆ど見かけなかったし、行く用事も無かったから武器なんて気にしてなかったんだけどね。
「うーむ、俺も旅に出る前に弓以外の武器を買えばよかったなあ」
「ナイフとか?」
「それもあるけど、俺が使いやすくて命中率が高いものが有ればなぁって」
今まで四苦八苦して小さな弓を使って来たけど、付け焼刃の俺の攻撃では命中率なんぞタカが知れている。何か月も練習してるのに、いまだに俺の命中率は百パー無いんだぞ。どう考えても適性がない。もしくは練習年数が足りてない。
でも、練習年数なんて今からじゃどうにもできないしな。
この世界では遠距離攻撃は曜術が一般的だから、武器での攻撃は罠を仕掛けるか弓かという二択しかない。つまり、曜術師以外は基本的に近接戦闘なのだ。
まあ、モンスターが魔法を使えないわけだから、戦略もほとんどいらないしね。
だから後方支援となると、俺は必然的に弓を使わねばならなかったわけで。
「なんか俺に扱いやすい武器とか紹介して貰えるといいんだけどな」
「きっと有るよ。僕の剣だって、ここで作られたものだからね」
「え、そうなんだ?」
それは初耳だ。
でも、ブラックはこの国の事をあまり知らないって言わなかったっけ。
疑問が顔に出てしまっていたのか、ブラックは笑いながら答えてくれた。
「僕はこの国に来た時、ずっと宿に籠ってたからね。その時に、仲間が剣を持ってきてくれたんだ。この国で採掘された鉱石で作って貰ったって言って」
「あー……確か、アダマ……」
「アダマン鋼……いや、アダマン鉱石だね。この世界で最も硬い石と言われている三鉱石の内の一つで、硬度は二番目だけど……その代わりに一番長持ちするって言われてるんだ。アダマン鋼は、その鉱石を加工した鋼ってことだね」
「なるほど……最硬の三鉱石ってことは……高いんだよな、それ」
何気なく腰にぶら下げてる鞘をじっとみると、ブラックは苦笑して頭を掻いた。
「ははは、他の二つに比べたら安価だよ。アダマン鉱石はこの国でしか採掘されないけど、三鉱石の中では一番見つかりやすい鉱石だしね」
「えっと……ちなみに、おいくらまんえん?」
「まあ、剣に錬成するんなら……えーっと……白金貨二枚くらいかな?」
「~~~~~~っ」
金貨百枚分!! つまり、十万ケルブですね!!
おい待てやその剣一本で一年慎ましく暮らせるやんけ。
そ、そ、そんなもんをお前は今まで欠けたままでホイホイ使ってたんか!!
「な、なんでそんな高価なモンを傷つけたままで!! 折れたらどーすんだ!」
「新しいの買おうと思ってたよ」
「おまっ……仲間がくれた剣って言っただろさっき……」
「まあそりゃ、今思えば嬉しかったなとは思うけど……武器ってのは基本使い捨てだよ。長く使える名器なら手入れするけど、そんな逸品なんて滅多にないからね。この剣をくれた奴も、僕が後生大事に持ってる訳無いと思ってるだろうから気にしないで」
確かにそうかもしれないけど、愛着ってのは無いのかよ。
俺の世界の物語のキャラクター達は、自分の武器を後生大事に持ってたぞ。
どんなに古くて時代遅れの武器だって、ちゃんと手入れして最高の成果を挙げる武器にしてたのに。
でも、価値観なんて人それぞれだし……それに、ブラックの考えも過去に何かがあったから、そう思うようになったのかも知れないしな。
大事にしろよと言いたいけど、何も言えねぇ。
「あ、ツカサ君。あそこがそうじゃないかな?」
俺の逡巡など気付きもせず、ブラックが呑気に言う。
その声に釣られて指をさされた方向を見ると、道の突き当りから左右にずらっと銀色の煙突が高く突き出た家屋が並んでいるのが見えた。
煙突って言うと宝飾技師のゲイルさんの工房を思い出すけど……ここの煙突は、ガッチガチの金属で出来ている。何だかよく解らないけど、違いが有るのかな。
「宝飾技師の工房と煙突が違うな」
「良く気付いたね。実はね、装飾品に使う金属や鉱石と武器に使う鉱石は、扱いが全く違うんだよ。鍛冶屋の方は鉱石を融合させたり、金属とは違う材質の物を使用したりするから、強い火力を持つ炉を使用するんだ。……だから、炉も煙突もより強固な物になってるってわけ」
「なるほど、鍛冶屋も宝飾技師もまったく違う職業なんだなぁ……」
まあ、日本でもアクセサリー職人と刀鍛冶を兼任できる人なんていないもんな。
ゲームの鍛冶屋じゃ両方作れるから、つい出来て当たり前に考えちまってたぜ。
「僕が聞いた話では、この通りにある【ダンダル工房】って所が一番の鍛冶屋って言われてたんだ。今も有るかどうか解らないけど……行ってみよう」
「うん」
ダンダルって鍛冶師の名前かな。すげー重量級って感じがするぜ。
やっぱゲイルさんみたいに厳つい爺さんなのかな。それともやっぱドワーフ? いやいや、意表を突いて爽やか好青年とかも有り得る。二代目になってるかもしれない可能性も考えると、鍛冶の腕も心配だな。
なんていう余計なお世話的な事を色々考えつつも、左の通りを探して歩く。
鍛冶屋通りは、やはりその名前が付くだけあって他の通りとは雰囲気が違う。
まず、通り自体が温かい。ドアやシャッターらしき帳が開け放たれた工房からは、常に熱気が流れ込んできて、時々火の粉っぽいものまで吹いてくる。
そして、ひっきりなしに親方っぽい人の怒鳴り声や、カンカンと金属を打つ音、赤く熱した鉄を水に浸す音が耳に届き、目を閉じていても活気を感じられた。
なにより、ここには冒険者が多い。
武器を持ち込んで職人に相談している若い冒険者達や、店に飾られている武具を見て目を輝かせている女性の冒険者、そして、馴染であろう工房の外で胡坐をかき煙草をふかしている隻眼の壮年の冒険者。
彼らの姿を見ているだけでも物語が想像出来て、不覚にも心が躍ってしまった。
街の中だと住民の方が多いから混ざっちゃって妄想どころじゃないけど、ここは比率が逆転してるもんね。やっぱ冒険者って見てるだけでも燃えるよなあ。
ブラックが気に入らないワケじゃないが、こいつ服装だけは妙に小奇麗だから、冒険者って言うより魔法剣士って感じであんまし冒険感しないのよな。
だから余計他の冒険者の人をみると滾るわ。
「うーむ、俺ってば完全に軽装スタイルだから、胸当てとかでもう少し冒険者感を出した方がいいかなあ……簡易鎧とかも装備したり……」
もしくはブラックみたいに、ファンタジー世界にありがちな肩当てがあって留め具に宝石をあしらったファンタジーマントをだな……とか思ってると、ブラックがあっと声を上げた。どうやら目当ての工房が見つかったらしい。
ブラックに導かれるままにとある一軒の店へと近寄ってみると、そこには確かに「ダンダル工房」とこの世界の文字で力強く描かれた看板が付けられていた。
ショーウィンドウがなく普通の窓がポンポンと二つあるだけの古い店だが、ここが本当に評判の良い工房なのだろうか。所々ヒビ入ってるし。
疑念を抱きつつも、俺達は閉じられていた扉をそっと開ける。
「おや、いらっしゃい。武器なら好きに見て行っておくれよ」
少し掠れた声に招かれて、俺達は工房に入る。
店としてのスペースは小さく作ってあり、そこかしこに色々な武器が並んでいるが、どれも売る気がないというレベルで適当に放置されている。
仮にも鍛冶屋であるのに、剣を床に放って置いたり、ナイフを棚に突き立てたりしてるのは何なのだろうか。前衛芸術か何かなのか。
「いやー、ちょうど弟子が全員出払っちまってて、すっごくヒマしてたんだ~! 今なら面倒臭がらずに説明してやるからサ、なんでも言ってくれよ」
え? 弟子?
弟子って事は……ここにいる声の主が店主であり工房を取り仕切る親分ってことだよな。しかし、この声はどうも爺さんには思えないんだが。
そう思って、真正面にあるカウンターを見て――――俺達は、同時に固まった。
「ああ、ただし……アタシの歳は聞くなよ」
固まるのも無理はないだろう。
だってこれは、流石の俺も予想出来なかったし。
まさか工房を取り仕切る主が……燃えるような赤髪に金の瞳をした、豊満な肉体を持つ妖艶な美女だなんて。
そんな展開、誰が想像できるってんだ。
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