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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編
30.歩みは遅くとも一歩ずつ
しおりを挟む後から聞いた話だが、監獄へぶち込まれた村人達の事で、トルクも色々と警備兵に尋問を受けることになっていたらしい。とは言っても、トルクは完全に蚊帳の外で利用されていただけなのでお咎めは無かったけど、事情を知っていた先代の商人などは村人達と同じくお縄になったんだと。
そして恐ろしい事実だが、なんとあの媚薬の粉「桃源郷」は強烈な依存性が有る上、何度も使っていると精神に異常をきたしてしまう副作用があったらしい。
アコール卿国に偶然訪れていた“とある高名な木の曜術師”が分析したので間違いはないとの事なんだが、それにしても恐ろしい。骨抜きにされる前に洞窟に落とされたのは幸運だったみたいだな。
で、そんな媚薬だったので、当然この桃源郷は発売中止となり、今まで謎の症状に見舞われていた人達も、その高名な曜術師のお蔭で完治した……んだって。
いや俺、そこまでは知らないんでちょっと判らないけど、あの粉ってばかなりの人間に使用されてたみたいね。とにかく見知らぬ被害者達も治ったそうで良かったよかった。
良かった、んだけど。
「…………あいつ遅いな」
「キュー」
久しぶりにお目覚めのロクも、無精髭のアンチクショウが不在なのでご不満だ。
……いや、ロクが元気がないのは、遊び相手になってくれてたピクシーマシルムとお別れしちゃったからなんだけどね。
昨日あたりから起きていたロクは、一緒に付いて来ちゃったピクシーマシルムとすぐに仲良くなった。それで、改めて荷造りするために一日出立を伸ばす間、二匹で一緒に遊んでいたんだ。
でも、今日警備隊の人達がお迎えに来たので、泣く泣く引き渡したんだけど……ロクはそれが物凄く寂しかったらしく、未だに拗ねてベッドの上に丸まっていた。
ロクもピクシーマシルムが仲間になるのは難しいって解ってくれてるので、俺に怒ったりなんかはしなかったけど、寂しいのは当たり前だよな。
だからそっとして置いてるんだけど、それにしてもあの中年そんな悲しい別れも放って置いて、朝からまた出て行きやがって。
この街のどこにそんなに用が有るってんだ。
「……ま、怒っても仕方ないか。……なあロク、あのピクシーマシルムは、兄弟達やお父さんの所で一緒に楽しく暮らしてるから大丈夫だぞ」
「キュゥ……キュー?」
「うん。だから落ち込むな。いつか会いに行けるように頼んでみるからさ」
「キュー」
そう言うと、ニョロニョロと寄って来て頭を擦りつけるロクに、俺も笑顔で頭を撫でた。どう会いに行くのかというプランはまだ無いんだが、まあ、アコール卿国は縁故の腕輪が強力に発揮されるみたいだしどうにかなるだろう。
そんなこんなでロクを慰めながらブラックの帰りを待っていると、昼頃になってやっとドアを開く音が聞こえてきた。遅せーよもう昼食すませちまったよ。
「つ、ツカサ君ごめん! 予想以上に時間かかっちゃって……」
「時間ってなんの」
「あ、い、いやー……ちょっとね……」
誤魔化しつつ入ってきたブラックから匂って来る芳香に、俺は片眉を顰めた。
女を漁っていたのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。ブラックの服に微かに染みた香りは、明らかに何かが焼けたような香ばしいものだった。
「どこ行ってたんだ? 食堂でもないみたいだけど……」
「えっと……その……ゲイルさんの所にちょっと」
「ゲイルって、あの宝飾技師のお爺ちゃんか。なんで?」
「あ、いやー……あのほら、この外套の留めの所に紫の宝石があるだろう? コレの具合を診て貰ってたんだ。一点物だから、ちょっと気になってね」
ああ、俺が気になってたあの紫色の綺麗な宝石か。
前にあの宝石のお蔭で曜術をほいほい出せてるのかとか推測してたけど、やっぱアタリだったんだな。俺ってば名探偵。
でも、一点物って事は……やっぱ他の水晶よりも数段上のアイテムなのかな。
気になるし、この際だから聞いてみよう。
「あのさ、その飾りの宝石って……やっぱ特別なモンなんだよな?」
「うん。そういえば……言った事は無かったよね。……これは、昔特別に作って貰った水晶なんだ。……ほら、前に曜気を込めた水晶が有るって言ってただろう? それの強化版みたいな物で、僕の使える曜術の曜気全てを無限に取り込んで保存しておける水晶なんだよ」
「はーやっぱそうか。だからお前、今まで炎のない場所で曜術使えてたんだな」
「言わないのが普通だったから、言うのを忘れてたよ……。ごめんね」
いやまあ気持ちは分かる。
だって、そんなチートアイテム持ってたら絶対に人には言わないもんな。
そうするのは意地悪とか言うんじゃなくて、単純に盗まれたら困るからだ。一点物の貴重品で、しかも常時身に着けて泣きゃ行けないって物なら、余計に口は堅くなるだろう。
それを簡単に人に説明するなんて、盗んでくれと言っているようなものだ。
自衛するつもりで黙ってたのなら仕方ないだろうな。俺だってそうするよ。
「……怒らないの?」
おずおずと上目遣いで俺を見る可愛くない中年に、俺は鷹揚に頷く。
「ま、貴重な物なら隠したくなるもんだし」
俺はそんな事で怒らないぞ。いや、怒ってたけどまあ、それは理由が判らなかったからだし。別に浮気とかを勘繰ってたとかじゃないし。本当だし。
色んな事をぐるぐる考えながらも、男らしく胡坐をかいて腕を組むと、ブラックは顔を輝かせて思いっきり腕を広げて走り寄って来た。
「ん~~~っ、だからツカサ君が好きだぁああ」
「だー待て待て待て抱き着くな!! 用事が終わったんなら早く用意せんか!」
旅程の遅れを取り戻すんだとブラックの顔を両手で防ぐ。
この勢いで押し倒されたんじゃたまらん。我慢だ、我慢を学ばせなければっ。
「えー良いじゃない、あれからもう数日経ってるんだし体調も万全だろう?」
「良くない! ただでさえ予定が遅れてるってのに、これ以上長引いたらシアンさんに怒られるかもしんねーぞコラ!」
「ツカサ君のケチー」
「ケチで結構!!」
またロクをけしかけるぞ、とロクと一緒にすごむと、やっとブラックは大人しくなった。
「はぁー……まったく。せっかく恐ろしい村から生還できたってのに、また寝込んじゃたまんねーよ。これ以上ここに居たら悪夢見るぞ絶対」
村が消えたとしても、あの時体験した恐ろしい鬼ごっこは忘れられそうにない。
これ以上この国に居たら延々追っかけられる夢を見そうで怖いし、悪い思い出を引き摺らない為にも、早くこの国から立ち去るに限る。
ブラックも帰って来たし、途中放棄してた荷造りをさっさと終わらせちまおう。ベッドから降りて旅支度を始めた俺に、ブラックは頬を掻きつつ切り出した。
「あのさ、ツカサ君」
「なんだよ」
「僕、今回の事で一つだけ誰にも言ってなかった事が有るんだけど……」
「言ってなかった事?」
なんだろう。何か気付いた事でもあるのかな。
素直に振り返ってブラックを見やる俺に、相手は気まずそうに顔を歪めた。
「あのさ、最後の夜……倉庫で索敵を使っただろう?」
「うん」
「その時……ちょっと変な事が起きてさ」
「変な事って……ああ、あの『変だな』って言ってた時?」
索敵なんて朝飯前のブラックにしては躓いたなと思ってたから、覚えてたよ。
俺の予測は当たったようで、ブラックはこくりと頷くと何故か目を逸らす。
「あの時さ、妙な反応になった事が有って……。僕はそれを調子が悪いからだと思ってたんだけど……でも、今思うとそうじゃ無かったんじゃないかと思って」
「……ほう」
「あ、言い忘れてたけど……索敵の術ってね、精度が高ければモンスターと人族を見分ける事も出来るし、あの時の僕はその程度まで精度を上げて索敵をしたんだけどね……そしたら、変な事が起こったんだよ」
「だから、それは何なんだよ」
はっきり言えよと急かす俺に、ブラックは言いにくそうに数秒口を噤んでいたが――やがて、なにやら深刻そうな顔をして俺をゆっくりと見やった。
「索敵の範囲内に、モンスターが数体映ったんだ」
「…………は?」
モンスターが数体って、どういうことだ?
意味が分かりかねると眉を歪めた俺に、ブラックは続けた。
「あの場所には、僕達以外に人族の反応が無かった」
「…………ぇ」
「数秒の間だけだったけど……それでも確かに、僕達以外の“生きてるもの全て”がモンスターとして、僕の索敵に認識されていたんだよ」
ちょっと待て。それどういう事だ。
あの場所には村人と村長が居たはずだろう。使用人も居ただろう。
なのに、俺達以外の全てがモンスターの反応を示したって……。
「それ、って」
「あの時は、この水晶の異常で索敵の精度が落ちただけだと思ってたけど……工房に行ったついでにこの水晶も診て貰った結果、異常はなかった。つまり、あの時の僕の索敵は完璧に作動していたんだ」
っていう、ことは。
青ざめて固まる俺に、ブラックは物凄く嫌そうな顔をして、目を細めた。
「あいつらは、あまりに悪辣な事をし過ぎたせいで……化け物になっていたのかもしれないね。人の皮を被った、残忍なモンスターに」
真剣な声の時は、ブラックは絶対に嘘を言わない。
これまでの付き合いでそれが解っているからこそ、俺はもう悪寒に耐えられなくて思わずベッドに飛び込んだ。そして、すかさず懐に入ってきたロクを抱き締めて丸まる。完璧だ。完璧な防御だ。
だ、だ、だっておまえ、人の姿をした化け物ってつまりお前、相手はもう人間じゃない何かに変化しかけてたって事なんだろう?
だからあんなゾンビみたいな事だってやってのけたんだろう?
なら、あの人たちはもう、マジで人間じゃなくて…………
「……もうすぐ夕方になるみたいだけど、今から出発するの?」
ブラックのその言葉に、俺は猛烈に首を横に振った。
……ま、まあ、一日伸びてもいいよな! うん!
急ぐ旅だけど安全と安心は絶対に必要だしな、悪夢とか見たくないし草原で人の形をした怖い何かに出会ったら絶対嫌だしな!!!
「ツカサ君、本当こういう話苦手なんだねぇ……」
「ううう煩い! コラお前今日はもう絶対どこも行くなよ、明日も行くなよ!」
ロクが寝ちゃうと誰も話し相手がいなくなっちゃうじゃないか。そんな中で、俺一人だけでお前の帰りを待つなんて、怖すぎてどうしようもない。
エネさんも帰っちゃったし召喚珠でここにペコリアや藍鉄を呼ぶわけにもいかないし、頼むから一人にしないで下さいよマジで。
しかしそんな事を言うなんて恥ずかしいマネは出来ず、布団を被ってブラックを見上げると……相手はなんだかむず痒そうな笑みで笑って、嬉しそうに俺のベッドに乗って来た。
「大丈夫、もう行かないよ。これからはずっとツカサ君と一緒に行動するから」
「ど、どっかに勝手に行かないだろうな」
「うん。もうちゃんと色々出来るようになったから。……だから、ツカサ君も僕の傍を離れないでね。じゃないと、僕が困るから」
そう言いながら布団ごと俺を抱き締めるブラック。
何が困るのかてんで判らなかったが、でもブラックの腕の温かさが布団に染みて伝わって来て、俺はやっと気持ちが落ち着いて来る。
その代わりに何だか物凄く恥ずかしくなってきたが、自分で言った手前どうする事も出来ずにただ頷くしかなかった。
「明日朝が来たら、出発しよう。それまでは……ね」
「…………ん……」
色々出来るようになったって、何がだろう。
恋人らしくこういう事を出来るようになったって事か? それとも別の事?
考えると気になって仕方がなかったが、そんな事を素直に言えたら意地なんて張ってない訳で。だから、俺はただ抱き締められているしかなかったのだった。
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