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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編
28.ただひとりだけの力
しおりを挟む「勿体ないが、村の秘密を漏らす訳には行かん、お前らには死んで貰う!!」
「止まれやテメエらあああああ!」
ひぃいいいテンプレ発言ありがとうございますぅううう!!
村長のデスボイス的な恐ろしい声音に鳥肌が立ったが、そんな事に構っていられない。俺達を乗せる藍鉄は、二人分の重さにプラスして旅の荷物を背負っている。大してあちらの二頭のディオメデは、一人ずつ。しかも彼らは武器のみを装備した状態だ。ディオメデの速度も充分に発揮されるだろう。追いつくには充分すぎる。
現に、村人達に邪魔されて途中途中で速度が遅くなる藍鉄に対して、彼らはどんどん差を縮めて来ている。これでは、村から出られてもいつかは襲われてしまう。
くそっ、俺達だけが障害物競走だなんてハンデが付きすぎだろ!
思わず舌打ちして、俺はいやと思い直した。
障害物。そうか、あいつらにも障害物を作ってやればいいのか。
これなら俺にだってできる。手助けになれる。
俺は周囲の様子を窺うと、早速背後のブラックに顔を向けた。
「ブラック、なんとか村の外まで距離を広げたままにしといてくれ!」
「多分大丈夫だと思うけど、何をする気だい?」
「足止め工作……と、あと、ちょっと体勢変えるけど、変な事すんなよ」
「え? へ、変な事って……」
ええい今は問うな。
俺は揺れる馬上で鞍をしっかりと握り締めながら、足を動かし体勢をブラックと向き合う形に変える。ブラックは思わず前方と間近の俺を交互に見て目を見開いていたが、俺は構わずブラックに抱き着くように体をくっつけると、後方を見る為にブラックの肩に頭を乗っけた。
「つつつツカサ君!?」
「良いから走らせろ! 草原まで絶対追いつかれんな!」
説明したいが今はお前と漫才やってる余裕はねえんだよ!!
定期的に噴き出される金の粒子を吸い込まないようにしながら、俺は追って来ている二頭のディオメデを睨み付けた。
後方右に居るのは村長、なんかアラビア風の刀……なんてんだっけあれ。
青竜刀みたいな凶悪な刀を振り回しながら追いかけてきている。
対して左の若い男は、でっかいなんか……鎌? え、鎌持ってる!?
なにあの死神さん御用達のでっかい鎌!! どこにあったんだよそんな凶器!
「なんのつもりだ!」
「ううううるさいお前らに言うかよ!」
ヒィ、揺れるわ声が震えるわで格好つかないんですけど!
それでもやってやらなきゃ俺達は終わりだ。俺は落ちないよう必死にブラックにしがみつきながら、意識を集中させ始めた。
無理をしてあいつらを狙わなくていい。
俺が注視するのは、後方の地面。やがて来るだろう草原の獣道だ。
心を落ち着けて、その時が来るまで集中する。
村人の妨害や耳を塞ぎたくなる罵倒をすり抜け、藍鉄はもう一度高く飛ぶ。その動きに胃がひっくり返りそうになったが、それでも俺は集中を続けた。
一発勝負のバクチ打ちをする気はないが、かと言ってそう何度も弾は打てない。テンパったらイメージが霧散しちまう。イメージを保ちながら、その時を待つ。
「ツカサ君、もうすぐ村から出られるよ!」
ブラックの声が、やっとその時が来たことを告げる。俺は待ってましたと言わんばかりに、両手をブラックの脇下から背後へ突き出した。
その手には、帯状の緑光が蔦のように幾重にも巻き付いている。煌々と光る模様を見て、後方の二人は初めて動揺に顔を歪ませた。
「なっ、なんだそれは!」
「何かしたら、お前……ッ」
武器を振り上げる二人にゾッと総毛立つが、そんな事に構っていられない。
前方で倒れた村人達が後方へ流れていく。馬の後ろで怨嗟を吐き出す村人達が、彼らの山に躓いて大きく遅れて来た。
最早俺達を追うのは二頭のディオメデしかない。
頼む、早く草原に出てくれ。
俺は光の蔦の巻き付いた両手を下へと向けて、その時を待った。
その、刹那。
「――――ッ!!」
藍鉄の鋭い嘶きと共に、一気に青々とした草の匂いが迫って来た。
瞬間、蹄の音が僅かに鈍くなり代わりに何かを押し切る音が耳に届く。
視界の端に闇が滲んで来たのを見て、俺は真正面に居る敵二人を見据えた。家屋の明かりが遠くなり、村を囲っている柵がついに視界に流れ込んで来る。
ここは、村の外だ。
「止まれぇえええ!!」
凶悪な獣のように顔を歪め、歯を剥き出しにした男達が追ってくる。
暗がりの中で見えた草原の青い草の群生をしっかりと見据え、俺は下へと向けて準備をしていた両手に力を込めた。
どうか、うまく行ってくれよ……!!
「草の壁よ、敵を遮り閉ざせ!!」
名前すら決めていない力への補助呪文。
だが、その想像を補う言葉は、充分すぎる程に俺の願いを叶えてくれた。
「……ッ!?」
腕にまで巻き付いていた光の蔦が強烈な光を放ち、周囲を染め上げる。
急激な光の洪水を直に受けて、村長達のディオメデが悲鳴を上げて前足を大きく空振りさせた。その足が踏もうとしていた青々しい大地が、敵のディオメデの悲鳴に反応したかのように意思を持ってざわめきだす。
思わず俺が目を見張ったと同時、草原の草が輝き――――
凄まじい音を立てて一気に天まで伸びあがった!
「うわ……!!」
「え!? なに、何が起こったの!?」
大地が揺れるような音を立てて、複雑に絡み合いながら太く強い草の壁が視界を覆い尽くす。壁の向こう側ではちらちらと光が揺れ、俺達を呪うかのような叫び声が聞こえていたが……光を帯びた壁が遠ざかると、それも聞こえなくなった。
あとは、星と月が照らす薄暗い草原があるだけだ。
「…………逃げ切れた……みたいだな」
俺がそう言うと、藍鉄の歩みがゆっくりと止まる。
ブラックは俺が落ちないようにと抱えこみながら、やっと背後を振り返ってぎょっと目を丸くした。
「うぇえっ!? つ、ツカサ君、何をしたのかと思ったら……」
「ヘヘ、どうだ……。俺特製の草の壁だぜ」
「凄いね……あんな技、見た事ないよ……流石はツカサ君だぁ!」
「あ゛ぁああああそのまま抱き着くなあぁああ!!」
離れんか、と両手で突き放そうとするが、既にオッサンにがっちりホールドされてる俺には逃げ出す術がない。っていうかヤバい。この体勢は……。
「ツカサ君ツカサ君ツカサ君んんん」
「ああぁあああ怖い場所からまた怖い場所ぇええええ」
さっきまでの緊迫した雰囲気に興奮したのか種の生存本能なのか、俺の股間に何か、なにか凄いのが当たってますってコンチクショウ!!
ええい俺はそんな気分じゃないし早くマイラの街で安心したいんだよぉ!!
もう青姦はこりごりだ!
「藍鉄助けてぇええええ」
何とか誰かに助けを求めたくて、情けない声でそう叫んだ瞬間。
「ブルルルル!」
任せなさい、と言わんばかりの鼻息混じりの声を上げ、藍鉄が前足で空を掻いて体を起こす。そうして俺達は、二人揃って地面へと思いっきり振り落された。
……顔面強打したの、これで何度目かな。
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