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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編
22.絶望の坩堝
しおりを挟む「ワシの名はチェチェノ。君達が言う所のモンスターだ」
その大樹とも呼べる巨大なキノコは、ゆっくりと自分の名前を告げた。
キノコのカサの上にある二つの巨大な黒い目は、確かに生きている物として輝いている。その下には白い髭らしきものが蓄えられていて、確かに生き物である事を証明していた。
カサの上に二つの黒く光る眼。そして、カサ自体が頭部というフォルム。
そう言えば俺は、彼によく似たモンスターに会った事が有る。
「もしかして……あんた……ピクシーマシルムの仲間か……?」
呟くと、不思議と大声に思えない声で、チェチェノと言う名の相手は肯定した。
「ホホ、その名を知っておられるか……。左様、ワシは嘗てそのピクシーマシルムだったもの。長い時を経て様々な能を獲得した、長老神茸の一体……人族は、我々の事を【ギガント・フォトノル・パフ・マシルム】と呼ぶ」
そういえば、ピクシーマシルムは長い時間をかけて成長する度に、色々な能力が備わるって話だったな。そして、成長した彼らは、名前も変わると。
森の長老だとか色々と二つ名もついてるって事だったけど……まさかあの可愛いキノコの進化体をこんな場所で見る事になろうとは。
あ、でもだったら、彼の事は怖がらなくていいんじゃないか?
ピクシーの方はめっちゃ人懐っこくて可愛かったし、危害を加えなければ安全って話だったから……人語を介する相手なら、会話をすればどうにかなるかも。
俺は未だに俺を抱き締めているブラックを落ち着けて腕を解くと、ギガントなんちゃらキノコのお爺ちゃんに近付いた。
「えーと……チェチェノさん……失礼な事を言ってるとは思うんですけど……俺達を取って食ったりとかは、しないですよね」
恐る恐る訊くと、チェチェノさんは体を揺らしながら笑った。
大きすぎて、体を揺らすだけでわっさわっさと音が鳴る。笑うとカサの裏の部分のヒダがアコーディオンの蛇腹の部分みたいに動いて、何と言って良いやらという眺めだった。き、キノコモンスターって……独特な動きをなさるんですね……。
「ホッホッホ! まあ、人を食わないとは言わんが、ワシらの主食は普通のキノコでな。この数百年は人を食った事など無い。安心しておくれ。ワシは久方ぶりに客が来たのが嬉しくてなあ。ついつい乱暴に引き寄せてしまったが、許してほしい」
その口調と、ニコニコと細めた目には、一片の邪気も無い。
少々疑心暗鬼に陥っていた俺達は、その笑顔も嘘ではないかと思ったが、相手の様子は心からそう思っているのが見て取れるほど明け透けで。
俺とブラックは彼を信用するか迷ったが、とりあえず話を聞いてみる事にした。
「あの……お聞きしたいんスけど……ここって一体どこなんですか?」
「ドラグ山内部の洞窟だ。かつて何かの通路として使われていたようだが、ワシが棲みついた時は廃道だったな。今はワシの棲家として、長くここで暮らしておる」
ドラグ山内部。ってことは……やっぱりブレア村の近くか。
ここはやっぱりあの洞窟なのかな。でも、他にも洞窟が有るかも知れないしな……うーむ、こんな事になるなら探索しておくんだったな。
「いやぁ、しかし何年ぶりかのう……ワシはこの通り洞窟から抜け出せぬ身ゆえ、外の事はほとんど知らぬのだが……良かったら旅の話を聞かせてくれぬかの」
嬉しそうに腰(らしき場所)を屈めて俺達に顔を近付けてくるチェチェノさんに、ブラックは少し怖気づきながらも問いかける。
「どうして僕達が旅人だと分かったんですか?」
そう言えばそうだ。俺達の服は全く旅人の服装に見えないし、第一今は丸腰だ。
不思議に思って相手を見上げると、チェチェノさんはまたにこりと目を細めた。
「そりゃあ分かるともさ。右の穴からやって来るのは全員が旅人だからなあ。……そして、みなすぐに去っていく」
右の穴……って、俺達が通ってきた通路か。
後ろを確認してみると、俺達が通ってきた通路から少しこちら側にずれて、もう一つ通路があるのが見えた。ここでも左右に通路が有る訳か。
しかし……旅人は右からしか来ないってどういう事だろう。
思わず考え込む俺達に、相手は僅かに身じろいだようだったが、やがてまた申し訳なさそうな声を漏らした。
「こんな事を言えば、君達もまたワシの元をすぐに去ってしまうだろうが……長く苦しめるのも酷だと思うが故のワシの優しさと思って聞いておくれ」
心底悲しそうなその言葉に、俺とブラックは遥か上にある相手の目を見上げる。
黒く丸い目は天井からの黄金の光に潤んでいて、目以外に相手の表情は解らないのに、何故か何かを悲しむような表情をしていると俺は思ってしまった。
酷な事とは、なにか。
想像出来る気もするが考えたくなくて、チェチェノさんの言葉を待つ。
相手は暫し俺達を見つめていたが、やがて諦めたように口の部分を動かした。
「君達は最早、この洞窟から出ることは出来ない。死ぬまでここで暮らし、やがて朽ちるのだ。……逃げても良いが、きっと君達が逃げ出せるような道は見つからんだろう……右の穴は行き止まり、左の穴は出口はあるが滑って登れない高い崖だ。道具も能力も使いようのないこの世界では、君達に外に出る術はない」
ぽつりぽつりと呟く語り口は、とても嘘を言っているようには思えない。
先程とは打って変わって絶望したかのような様子で首を垂れる巨大な存在に、俺達はただただ圧倒されるばかりで何も言いだせなかった。
逃げ出せない洞窟。何もない状態で放り込まれ、死んでも外を拝めない。
そんな現実を突き付けられた人間は、恐らく半狂乱で出口を探すだろう。村人達に裏切られ、訳も解らぬうちにこんな場所に放り込まれたのだ。今まで頼りにしていた己の武器や術を使えない恐怖は、幾ら想像してもしきれない。
目の前の巨大な相手の表情は、冒険者達のそんな有様を見て来たが故の表情なのだろう。本当に悲しそうで、何もできない自分を悔いているようにすら見えた。
「今まで脱出した人はいないんですか?」
「おらぬ。皆この洞窟で死んで朽ちたよ」
そう言って頭を振るチェチェノさんに、ブラックが冷静に言葉を返した。
「朽ちた人間達の骨はどうなったんですか」
あ、そうか。何人もの冒険者たちが居て、ここ数年彼が人間を食べた事がないのなら、朽ちた骨の欠片くらいは見つけられてもいいはずだよな。
俺の考えが正しければ、まだ風化してない骸骨くらいは見つかるはずだ。
だが、チェチェノさんの答えは想像もしないようなものだった。
「君達は、もう見たはずだが」
「…………え?」
「ワシら、この洞窟のピクシーマシルムの食料である黒いキノコ……アレが生えているもの全てが、人族の死骸だ」
――――なん、だって?
あの気味の悪い物体が、死体?
中心は岩だとばかり思っていたあれは、本当は、中身は。
「死骸、とは……」
「左の通路で崖から落ちて死んだ者、発狂して死んだ者、右の通路で粉を浴び続け死んだ者……全てはあの食料庫……黒いキノコの素を振りかける場所に運び、苗床にしておるのだ。あのキノコは【外の世界のモノ】にしか生えてくれない。だから、外からの者の体を使って作るしかなかったのだ」
それは、広義の認識では……人を食料にしているのと同じでは。
考えて思わず青ざめたが、けれど、隠しておきたい事をはっきりと口にした相手を怖がる事が出来ず、俺は必死に深呼吸をして気持ちを整えた。
「……チェチェノさんは、あのキノコしか食べられないんですか?」
「ああ、そうだ。……君達は悍ましいと思うだろうが……どうか、許してほしい。ワシにはこれしか術がない。ワシは、そうしないと生きられないのだ」
「……そっか。生きるためなら……仕方ないですよね」
人間だって、他の動物の肉を食って生きてる。
時には死肉を利用する事も厭わない。チェチェノさんと一緒だ。
生きるために、何かの命を利用しているのだ。
命なんて、何にでも宿っている。植物だって定義によっては生物って事になる。俺達は時にそれを笑いながら千切って捨てることだってあるんだ。
だからこそ、深く悲しむ相手を責めるなんて俺には出来なかった。
ってか、嫌われても仕方ない事を正直に話してくれたのに、そんな相手を怒って攻撃する事なんて出来ないよ。
「……君達は、ワシを攻撃しないのか」
おずおずと、黄金の光に光る黒く丸い目が俺達を見る。
その大きな目に映る自分達を見ながら、俺はブラックの方を向いた。
――ブラックは、俺の顔を見て「仕方ないなあ」なんて顔で苦笑している。
まるで俺の考えた事を理解しているかのように、眉をハの字にしていた。
……ああ、俺の考え方で良いんだ。
表情を見ただけでそれが判ってしまって、俺は胸の奥にむず痒い感覚を覚えながらも、再び怯えるような目で俺達を見る相手に向き直った。
「攻撃したって、どうにもならないでしょう?」
そう言って笑うと、黒い瞳はまた光に潤み、きらきらと輝いた。
「ワシを許したのは……君達が初めてだ……」
「じゃあ、今までの人達は」
ブラックの言葉に、相手は頭を振る。
「最初は友好的に接してくれていても、真実を語ると彼らは怒り狂うか逃げ惑い……やがて、発狂して死んで行った。ワシの子供達も殺して、暴れに暴れたよ。ワシらが食物を用意しても食べようとせず、ただ、悲痛な叫びをあげて死んだ」
「…………」
「……ワシらが真実を隠して彼らをもてなそうとしても、彼らはやがて真実に気付いてしまう。そうなると、もう……ワシの言葉は届かなかった」
悲しそうに目を伏せる相手に、やるせなくて俺も俯く。
この大きなモンスターも、かつてこの場所に居た冒険者達も、悪い訳じゃない。
悪いのは、恐らく……。
「あの、チェチェノさん」
「うむ」
「チェチェノさんは、ブレア村の人達と何か関わりが有るんですか?」
そう言うと、相手は白い髭を息でふわふわと漂わせて、目を瞬かせる。
思っても見ない質問だったらしく、その顔は少しだけマイラの街で出会ったあの小さなピクシーマシルムを思い出させた。
「ブレア村の民は、この洞窟に囚われたワシを世話してくれる良き民だ。時折子供達に良いキノコをくれるので、ワシはお返しに彼らの望むものを与えている。ワシの子供達は、ワシほど偏食ではないように育てたのでな」
「面識があるんですか!?」
「いや、時折、ワシがまた一人ぼっちになると、村長と呼ばれるものがその左の穴から訪れたりもするが……大抵は、洞窟の外からの声を聞くだけだな」
チェチェノさんのその言葉に、俺達は顔を見合わせた。
定期的な村長の来訪、そして……彼の、子供達。
……もしかしたら、この絶望的な空間から脱出できるかもしれない。
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