異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

20.守ること、守られること

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「…………さ……」

 暗闇の中で、ぽつぽつと水音が聞こえる。
 妙に寒くて体を縮めるように丸くなった俺に、何かが揺さぶりをかける。

「つかさ……く………ツカサくん……」

 この声は聞き覚えがある。鈍い頭でそう思って、やっと俺は目を開けた。

「ああ、良かった……気が付いたんだね」

 真っ暗な闇の中で嬉しそうに言う相手に、俺はまだ上手く回らない口で答える。
 ここがどこかは解らないが、今俺の肩を掴む手とその声の主は解っていた。

「ブラック……ここ、どこだ……?」
「洞窟だよ。ただ、どういう洞窟なのかは判らないけど……」
「明かりは……」
「ごめん、外套がいとうが有れば曜術で明かりを作ってあげられたんだけど……今は無理だ。ここには炎の曜気が無くてね。大地からの気も感じられないし、八方塞はっぽうふさがりだ」

 でも夜目は効くから、と体を起こされ、俺は視線だけで周囲を見回した。
 ブラックの呼吸がすぐ横から聞こえる。その少し遠くに滴る水の音がして、左側から少し冷たい風が吹いているようだ。

 そう、冷たい。
 洞窟だからなのか、ここはやけに冷える。
 ガキの頃、鍾乳洞に連れて行ってもらった事が有るが、まさにその温度だ。

 じゃあやっぱり、ここって洞窟なのか……。
 暗闇に少しだけ目が慣れて来ると、やっと近くにいる相手の輪郭が見えて、俺はそっちの方を向いた。

「ブラック、俺達どうしてここに?」
「村人達に放り込まれたみたいだね。怪しいとは思ってたけど……まさか、こんな事をするような奴らだとは思わなかった」
「そっか……やっぱそうだよなあ……それしかないよなあ……」

 うー、なんかちょっとショック。
 色々引っかかる所は有るけど、良い人達だと思ってたのに。いや、そう思うのはまだ早いぞ。何かのっぴきならない訳が有って、俺達を泣く泣く洞窟へ放り込んだ可能性だってある。
 むにまれぬ事情があるのなら、仕方がない場合もあるかもしれない。

 とにかく、今はどうしてここに放り出されたのか考えなくちゃな。

「俺だってフレイムくらいなら……よっ……」

 てのひらに意識を集中させて、出来るだけ明るい炎を想像する。
 すると、いともたやすく俺の掌には赤々と燃える炎の玉が出現した。

「はー……いつ見ても本当に不思議だね。ツカサ君の黒曜の使者の力」
「あんまり使いたくないんだけど……今は非常事態だしな。……っと、マジで洞窟なんだなココ。右も左も道が有るし、どっちに行けばいいのやら……やっぱ、風が流れてる左かな」

 洞窟は完全に自然の力でできた物らしく、天井も壁もデコボコしている。
 滴る水の多さから、洞窟にはそれなりに湿気が有る事が想像出来た。だから余計に風が冷たく感じるのかもしれない。

 まだどこの洞窟かは断定出来ないが、出口に行くには風の流れを感じろって漫画で読んだ事あるし、やっぱセオリー通りに歩いた方が良いかな。
 そう思って左を向いた俺に、ブラックは思わしげな顔をして腕を組んだ。

「待ってツカサ君。風が吹いているからと言って、正解の方向だとは限らないよ」
「え? それって、どういうこと」
「風が吹いてたとしても、それは天井の隙間から流れてくるものかもしれないし、僕達が歩けない場所から空気が流れて来ている可能性もある。なにより、もしここがツカサ君が見た『聖域の洞窟』だったら……風の吹く方向に行くのは危険だ」
「……確かに……でも、ならどうする?」

 ここが何の洞窟で、生温い風の正体が何なのかってのが分からない以上、無闇に駆け出すのは危険だ。しかし進まないとどうしようもない訳で……。

「あ~……ロクが居れば査術が使えなくても索敵できたのにぃ……」
「頼り切ってたのがアダになったね……。でも嘆いてても仕方ないよ、今は自分で出来る範囲の事を考えよう。……とりあえず、石を投げて音の反響度を調べよう。遠くに投げて音が響くようなら、その方向にはまだ広い空間が有る事になる。行ってみる価値はあるだろう」

 流石は冒険者。風の吹き具合じゃなくて音で判断するのね。
 どっちが確実な方法かと言われると「場合による」としか言えないだろうけど、今は少なくとも反響の度合いで進む道を考える方が得策だろう。
 ブラックは手ごろな石を持つと、左右どちらもなるべく遠くへと石を投げた。

 すると、右は広い通路が有るような反響が聞こえて。左は。

「…………あれ、音がしない」
「おかしいな……岩の隙間に入り込んだのかも。もう一回やるね」

 そう言って投げるが、何度やっても音がしない。
 何が原因なのかと思いながらも、今度こそ音を聞き取ってやると耳をそばだてて、俺とブラックは左の通路に石を投げて両手を耳に当てた。
 すると……。

「……ぱすっ?」
「って聞こえたね……。おおよそ洞窟ではありえない着地音だったね……」

 ぱす……ってどういう地面に落ちた時の音なんだよ。
 スポンジ状の床か、もしくはウレタンとか、とにかく軽くて柔らかい素材か?
 なんにせよこの岩の洞窟ではありえない音だ。

「…………左の道って……一体何が有るんだ」
「見るだけ見てみる? 何度投げても反応が無いって事は、モンスターの体とかに当たった訳でもなさそうだし……深く入らなければきっと平気だろう」

 もし足元が不安なら、とブラックは端の方に落ちていた枯れ木の棒を持ち上げて、コツコツと地面を棒で叩いた。
 なるほど、そうやって確かめながら行けば、罠だってどうにかなるよな。
 どちらの道が正解かなんて判らないんだし、行っても無駄にはならないだろう。
 俺はブラックの言葉に頷くと、左の通路へと歩き出した。

「……しっかし、村の人達も何だって俺達を洞窟になんて放り出したんだろう」
「考えられるセンとしては、村人が盗賊集団だったか、それとも僕達を生贄いけにえにしたのかのどちらかだと思うけど……まあ、前者はないな。僕達の身ぐるみを剥ぎたいなら、滞在一日目で僕達を殺しにかかるだろうし、大体、盗賊暮らしならトルクと長い間普通に取引しているのも変だしね」

 確かにブラックの言う事も納得できる。
 盗賊稼業が生業なら、俺達を二日にわたって大歓迎するのもおかしいし、何より出費と収入が釣り合わない。媚薬を俺に盛ったのだって、ハナから殺すつもりならそんな勿体もったいない事はしないはずだ。
 しかし、盗賊集団でないとすると、生贄説が有力になる訳で。

「で、でも……生贄いけにえって……なんの……」
「さて……それは僕もちょっと想像がつかないな……件の『オタケ様』の生贄だとしても、甘い息を吐くモンスターなんて確認されてない訳だし……まあでも、この世には本に記されていない事象なんて山ほどある。未確認の化け物の食料として、僕達を洞窟に放り込んだ……ってのは大いに考えられるだろうね」

 ほ、ホラー系じゃなくて良かったけど、それはそれで怖い。
 って言うか、もし本当に生贄として俺達が選ばれたんだとしたら、今までの村人たちの笑顔や優しさも嘘だったって事だよな。笑顔の仮面の下で俺達を生贄として値踏みしたり、いつ放り出そうかと考えてたわけだよな?
 収穫祭を前倒ししたのだって、もしかしたら、俺達を早くモンスターに食べさせたかったからなんじゃ……。

「うぅう……な、なんか余計寒くなってきた……」
「あっ、ツカサ君気後れしちゃだめだよ! 火が弱くなってるよ!」
「うおおっ、た、楽しい事、楽しい事を考えねば……っ!」
「そうだよ、楽しい事を考えよう! 昨日の野外セックスとか!」
「……炎って殺意でも赤々と燃え上がるんだなあ……」

 ロクなこと言わない中年を炎であぶってやろうかと思ったが、悔しいかな怖いと思う感情はへっぽこな会話で消えてしまったようで。
 物凄く不本意ながらも気力が回復してしまったが、結果オーライで良しとする。
 しょうもない事を言ってないで歩くぞ、と足を出そうとすると、ブラックは俺の左手にそっと手を絡ませてきた。

「何かあったら、僕が引き寄せて守るから。だから、手をつないでて」
「な……」

 さっきまで下ネタで人を怒らせてた人間が何を言う。
 眉を吊り上げて怒ろうと思ったが。

「絶対に離しちゃだめだよ」

 微笑みながらそう言う相手に、なんだか二の句が継げなくて……俺は仕方なく、やりたいようにさせる事にした。
 どうせ俺ってば戦闘力ゼロだし、曜術を使うにしても後衛だもんな。
 今は炎の明かりで道を照らす為にブラックの隣に並んでるが、インドア運動音痴な俺には前衛なんてそもそも無理だし。だから、まあ、これは仕方ないんだ。
 掌から伝わる相手の温かい体温を感じつつ、俺はしばし黙って歩いた。

「…………」

 な、なんだよ。凄い普通じゃん。
 そうだよ、これだよ。普通さあ、恋人って言ったらこういう場面とかでちゃんと「お前を守るからな!」って言ったり手を繋いだりするもんなんだよ。
 なんだ、ブラックだってやれば出来るじゃん。流石は貴族風中年。

 ……って違う、そう言うのって本来は俺がやるべきなんじゃねーの。

 俺だってその、まあ、貧弱なガキだけど、男の矜持きょうじとして相手を守ってやるとか言わなきゃいけないハズだ。ブラックにまともに言われてキュンとかしてる場合じゃないだろう。だから、お、俺だってコイツを守……
 いや、守るまでもないかなぁ……。

 だって、ブラックは混乱さえしなきゃ俺より強いし、曜術の威力もハンパない。
 大人で体力もバケモノ並だし、それに何より知識量も段違いの中年だ。
 だから俺は守られる事が多くて、俺が今まででブラックを守ってやった事って……あったかな。

「ん? どうしたの、ツカサ君」
「……あ、いや……なんでもない」

 どうしよう。覚えてねえ。
 守って貰った事ばっかり覚えてて、思い出す度にくやしくてむずがゆい気持ちになるのに、俺はコイツを守ってやった覚えがない。
 そもそも、自分より有能な人間を「守る」って……どうやるんだ?

 今ブラックに手を繋がれてるのだって、俺には「救い」だ。
 俺の方からブラックに手を差し伸べた事なんて、考えても思いつかない。
 いつだって間に合わなくて、後手後手で、格好良く救えた事なんて無くて。

 恋人だと言うのなら、俺にもこいつを守る義務はあるんじゃないのか。
 守られるだけじゃなくて隣に立ちたいと思うのなら、尚更。

 ……なんていうか、俺が深く考えすぎてるだけかもしれないけど……男同士の恋って難しいなあ……なんでブラックは女じゃないんだろうなあ……。
 女の子が強くて俺が守られちゃう! って展開だったなら、逆転現象で受け入れられるし物凄く萌えるけど、現実はそうじゃないもんなあ。
 今ここに居るのはオッサンと男子高校生だもんなあ……。
 あーもーなんで俺こいつに捕まっちゃったんだかもう。

「っ……ツカサ君」
「もがっ」

 ぐだぐだ悩みつつ歩いていると、唐突にブラックが俺の口を塞いできた。
 何事かと見上げると、相手は真剣な顔で俺を見て、目だけを前方へと動かす。
 その仕草に「注視しろ」という言葉を見取った俺は、頷いて無言で前を見た。

「…………?」

 前方は、緩いカーブになっていて先が見えない。
 だけど俺の炎の明かりはカーブの先まで続いていて、近くに来るたびゆらゆらと周囲が揺らめいていた。

 おかしい。そう思って、俺は炎を消す。すると、不思議な事に奥の方の明かりは消えず、揺れる事も無く煌々と光っていた。
 どこか赤味を帯びた暖色の光は、どう考えても陽の光ではない。

 そして……道の向こうからは、確かに冷たい風がそよそよと吹いて来ていた。

「…………慎重に行こう」

 潜めた声で言うブラックに頷き、俺は足音を消して明かりの元へと近付いた。

 一体この先に何が有るのか。
 息を殺し、向こう側から見えない所ギリギリまで近付く。
 そうして道の先を見て――――俺達は、予想もしなかった光景に絶句した。















※次回ちょっと描写が気持ち悪い方にエグいかもです。注意。
 
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