異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

 男だって可愛い物は好きなんです2

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 白煙通りの酒場は、広場の西のちょっと奥まった場所にあるらしい。
 とんがり屋根のメルヘンハウスに心を惹かれながらも道を歩いて行くと、酒瓶がえがかれた古めかしい釣り看板が見えた。どうやらあれが目的地のようだ。

 開け放たれている入口をくぐると、騒がしい人の声がどっと耳に飛び込んできた。かなり広いホールには沢山の人達がひしめき合っていて、みんなそれぞれに楽しく酒を飲んでいるようだ。その様は、まさに物語の中の酒場そのもので。

 いやー、本当この世界の酒場ってのはどこも期待通りで嬉しくなるわ。
 適当に空いた席に座ると、すぐに可愛いウェイトレスがやって来た。

「ご注文はどうします?」
「エール二つ。あとこれでなんか見繕みつくろって」

 そう言いながらブラックが銀貨を一枚テーブルに置くと、ウェイトレスの少女は任せなさいと言わんばかりにニッコリと笑った。
 銀貨一枚は銅貨百枚分。一般市民の一日の生活費ほどだ。要するにお高い。
 チップも込みの報酬としては破格だけど、ブラックが言うには「冒険者が酒場で銀貨を一枚出す時は、食事以外にも何か用が有るという合図」なんだそうな。

 冒険者と酒場の人間にしか解らない符丁ふちょうって事だろうか。
 ちょっと格好いいぞ。高いけど。

 先にエールを運んで来て貰い、しばしそれを飲みながら待っていると、さっきのウェイトレスさんとは違う優男っぽいウェイターが、両手に分厚い輪切り肉の皿を乗せてやって来た。

「お待たせしました。ヒポカムの香味バターテソース焼きです」

 テーブルの上に置かれた厚さ三センチ以上の肉に、俺の目は釘付けになる。
 す、凄い。漫画肉みたいだ……それでいてめっちゃ美味そうな匂いがする。
 ヒポカムの肉は初めてじゃないけど、これは普段食べているのと段違いだ。

 こんがり焼けた肉の色と黄色いソースの香りが、否応なく俺の食欲をそそる。
 ブラックもこれには驚いたのか、目を丸くして肉厚なステーキを眺めていた。

「お話は、当店自慢の逸品いっぴんの後で」

 にっこりと笑うイケメン優男も、今は腹が立たない。
 俺達は二股フォークを躊躇ためらいなく持つと、無遠慮にブッ刺して肉にかじりついた。

「っつ……! う、うまぁっ……!!」
「な、なんだこれ……こんなの食べた事ないぞ……」

 バターテとか言うのが良く解らないけど、とにかくうまい。
 黄色くて甘めのぽってりしたソースには、香草のちょっとスパイシーな味が効いていて、それが肉の旨味と混ざって絶妙な味を作り上げている。

 甘さの元が解らないけど、なんか砂糖じゃないっぽい。蜂蜜かとも思ったけど、味からしてもうちょっとほんのりした甘さと言うか……。
 まあ何でもいいか。俺は評論家でもないし語彙ごいも多くない。
 食べて感動したからって口からビームも雄叫びも出ないしな。
 美味けりゃ美味いでいい。

 ブラックもそんな思いなのか、いつになくがっついて肉を噛み切っていた。
 この濃い中年の顔でそんな事されると、本当野獣みたいだな。
 まあ俺もおんなじような事してるんですけどね!

 つーかこんなに美味しい料理食べたの久しぶりかも。地下水道遺跡で食べたカムタートルの肉も忘れられないが、料理と言う意味ではこれが今までで一番かも。

 分厚いステーキをぺろっと平らげてしまった俺達に、タイミングよく先程の優男ウェイターが近付いてきた。

「いかがでしたか、当店で不動の人気を誇る自信作は」
「お、美味しかったです! ありがとうございました!」

 ご馳走ちそうさまと言いたかったが、意味通じないよな多分。だから感謝の言葉だ。
 ブラックも俺と同じ気持ちだったのか、その言葉に大きく頷いていた。
 ウェイターはそんな俺達を見て、心底嬉しそうに笑う。

「それは良かった。我々が編み出した唯一至高の料理を堪能たんのうして頂くことこそが、我々の一番の喜びです。……と、それは置いといて、お客さま方は特別注文でしたね。どういう情報をお聞きになりたいのですか?」

 素早く本題に入る有能ウェイターに、ブラックは口を拭いて体勢を整えた。
 やべえ俺も口めっちゃソース付いてたわ、拭こう。

「ここ最近の北アルテス街道についての情報を何か知らないかい。何でもいいんだけど……とにかく詳しく知りたくてね」

 ブラックの言葉に、ウェイターは少し考えたがすぐに喋りはじめた。

「北アルテス街道と言いますと……最近はやはりアレですね」
「アレ?」
「ええ、なんでも……選ばれた冒険者にしか到達できない天国が存在するとか」
「……はい?」

 え……あれ? 怪談は? 怪談の話じゃないの?
 ぽかんと口を開ける俺達に構わず、ウェイターは羨ましげな顔をして続ける。

「いえね、私もこの酒場でしか聞いた事がないんですが……冒険者の人達が話してましてね。なにやら、北アルテスには冒険者を神のように歓待してくれる村があるらしいんですよ。豪華な食事も老若男女も食べ放題の、素晴らしい場所ってのが」
「あ、あの……怪談の話はないんですか?」
「怪談? ああ、あんなのもう古いですよ。今の流行は天国村の話ですね」

 ええー……いやまあ、噂なんて数日たてばガラッと変わっちゃうもんだけどさ。
 でも正反対の噂が流行るって変じゃないか。恐怖の失踪現象から桃源郷みたいなユートピア話になってるなんて、そんな事あんのかな。

「と言うか、その怪談話自体が、天国村の事を隠したい誰かが撒いた噂じゃないかって言われてますよ。確かに廃墟になった村は有りますが、どうせそれも奴隷集めしてる盗賊やらモンスターやらの仕業でしょう。現に、大多数の村が廃墟になったのに別の街道にまで被害が及んでるって事はありませんし」
「はあ、なるほど……」

 ブラックの呆気にとられたような頷きに、俺もこくこくと首を動かす。
 言われてみればそうだな。六つの村の集団失踪は本当であっても、それ以降謎の失踪ってのは起こってない。旅人の行方不明事件には色々可能性がある以上、失踪と関連付けるのは早計だろう。

 あくまでも被害が六つの村だけで、それ以降「集団失踪」が発生してないのなら、旅人の行方不明が増えていようがそれは無関係とも言える。
 ……って言うか、その事件で何故噂があの怪談だったのかって事を考えると……天国村の噂を隠したかったからって方がしっくりくるな。

 素晴らしい場所を人に教えたくないから、あえて怖い噂を流して遠ざける。
 実によくある話だ。

 その怪談に跡付けるようにして、実際に起こった六つの村の消失事件を出せば、「失踪」という単語で二つの事件を重ねる奴も出て来るし、事情を知らない奴らは勝手に怖がってくれる。かくて人除けは成就し、自分達が天国村に行ける可能性も高まると言う事だが……。
 でもそうすると本当に天国村があるってのか?

「あの、天国村の場所ってわかりますか?」
「それが……その場所は誰も知らないんです。その話をしたって言う男ってのも、始終ボーっとしていて村に帰りたがるばかりで……いつの間にか、旅支度をして街を出て行ったという話でしたねえ。……まあ、真偽は解らないんですけど、最近はそんな噂が冒険者に人気でして」

 なんだ、やっぱりこれも噂でしかないのか。
 でも、どうせならそっちの方がいいよな。集団失踪の件は怖いけど、あの怪談は嘘っぱちって方が俺的にはまだ良い。ってか俺は断然こっちの説を推そう。
 何たって酒池肉林だぜ? もしお目に掛かれるんなら是非お目にかかりたい。

「じゃあ、通る分に実害はないんですね?」
「有るとしても、モンスターとか盗賊とか……まあ、他の街道と同じものだと思いますよ。ただ廃墟が多くなっているので、他の街道より危険度は増してるでしょうが……ああそうそう、よくあの街道を通る行商人のロサードって奴があそこに……あれ、今さっきまで居たんですけどね。ウーナちゃんロサードは?」

 ウェイターが後ろを振り返って大声で名前を呼ぶと、テーブルの上の皿を片付けている桃色の髪のウェイトレスさんが顔を上げた。

「ロサードさんはお食事を終えて出立されましたよ~。仕入れに行くって言ってたので、当分帰ってこないと思います~」
「……すみませんお客さん。ロサードもその話に詳しそうだったんですが……ああでも、仕入れなら恐らくベランデルンに行っていると思うので、早馬で行けば砦で会えるかもしれません」
「そうですか……いや、ありがとうございました」

 話が聴けなかったのは惜しいが、行商人が何度もあの道を通ってるなら危険度はそんな高くないっぽいな。じゃあ、怖がる必要もなかったのか。
 よしよし、それだけ聞ければ充分だ。ありがとう現実的な視点!
 俺達はウェイターさんにお礼を言うと、酒場を後にした。

「……ツカサ君、なんか凄くスッキリした顔してない?」
「スッキリ? 満腹の間違いじゃねーか?」
「いや、お化けじゃなくて良かったぁ~って顔に出てるから」
「でっ!! で、出てねーし!?」

 隠したってブラックにはもう俺がお化けが苦手な事はバレてる訳だが、でもこういうのって男の沽券こけんに係わるじゃん! てか、からかわれたくないじゃん!!
 必死に否定するが、それでもブラックはニヤニヤと俺を見てきやがる。

「分かりやすいな~。ふふふ、でもそこが可愛いっていうか興奮するって言うか」
「可愛い言うな!!」
「はいはい。それにしても意外と時間が余っちゃったね。せっかくだし、この辺をざっと見て行くかい?」
「お、おう。まあ良いけど……工房とか興味あるしな」

 うまくはぐらかされた気がするが、しかし興味には勝てない。
 ……いや嘘です俺も工房とかめっちゃ見たかっただけでーす!

 よくよく考えたら、俺ってば他の曜術師が仕事をしてる所なんて、マグナが機械を弄ってる所しか見た事がないんだよな。
 だから、金の曜術師の工房がどういう物か一度見てみたいのだ。ブラックの言葉に便乗するのはしゃくだが、話題が逸れたからまあ良し。

 俺達は広場に戻ると、一つずつとんがり屋根の小さな家の看板を見て行った。
 釣り看板には、魔女が使う様な大鍋の絵だったり、鞍を付けた馬の絵だったりが刻まれている。どの工房もそれぞれ違った物を作ってるようで、窓から中を覗いてみると、体に金の光を纏わせた職人たちが金属を思い思いに操って踊らせていた。

「はぁー、金属が蛇みたいに動いてら……」
「簡単に見えるけど、ああやって自在に動かして形を作るのは凄く大変なんだよ。金属って固いし、物を加工するのにはかなりの精神力が居るからね。それに、職人って一口に言っても、一級以上じゃなければ認めて貰えなかったりするんだ。……あの域まで行くには、結構な年数が掛かっただろうね」
「一級以上って……曜術師の等級だよな? かなりキツくない……?」

 俺の属性である水と木ですら、二級で企業に欲しがられるってのに。
 一級以上しか認められないって事は、最上級の術を使える事に加えて、それなりの技量が要求されるんだろ。どう考えても職人になるの難しいよな。

 驚く俺にさもありなんと頷きながら、ブラックは人差し指を立てる。

「金の曜術師は、この世界で唯一、道具の中に曜術を籠めた曜具ようぐを作る事が出来るけど……それって、自分の属性じゃない術を扱うってコトだろう? どうしたって自分には操れない力だから、一つ間違うと暴発させて死ぬ事だってある。だから、それを抑え込める程に金属を上手に操れなきゃ、職人とは認められないんだ」
「あ、そっか……じゃあ本当に凄い技術者なんだな、職人さんって……」

 金属で魔法を包み込む……っていうのが俺にはイメージし辛いんだが、そう言う難しい事を想像出来てこその職人なんだろう。そう考えると、工房の中のオッサンやらお爺さんやらがより凄い人に思えた。
 って言うかドワーフいねえな。女の人もいねえ。

「なあ……金の曜術師って女性はいないのか?」
「いるにはいるけど、プレインで保護されてると思うよ。女性の曜術師って、炎と水が殆どで、土や金の曜術師は珍しいんだよ。木は半々って所だけどね。だから、女性目線の曜具なんかを作る為に金の曜術師は手厚く保護されてるんだ」

 げえっ、俺、女子が多い属性使っちゃってたのかよ……って待てよ?
 女子が多い属性ってことは……これ、もしかして学園編とか始まっちゃったら、俺もまさかのハーレムを作れる可能性があるんじゃないか?

 よくある展開だよな、学園編。
 そうじゃなくても曜術師のコミュニティとかに行けば、まさかのモテモテ展開も有り得るんじゃなかろうか。湖の馬亭でのモテモテな日々アゲイン。
 良いじゃない。良いじゃないかそれ!

「ツカサ君、なんで鼻の下伸びてるの」
「んっ、ゴホッ、ゴホン。いや、何て言うか……色々凄いなって! ほら、あの、お前もあんな事出来るんだろ?! あの水晶を作ってたくらいだしさ! いやー、ホント凄いよな~!」

 勘繰られる前に逃げるに限る。全力でブラックを褒める方向に舵を切ると、相手は簡単に俺の奸計かんけいに乗って嬉しそうに頭を掻いた。

「い、いやぁ……確かに僕もあの程度は出来るけど……えへへ……」
「俺はそういう繊細な仕事なんて出来そうにないから、憧れちゃうな~このこの」

 そう言いながらブラックの横っ腹を肘でぐりぐりしていると、相手は遠慮がちに俺をじっと見つめた。頬を指でぽりぽり掻いて、照れくさそうにしている。
 何を言うのかと見上げていると、ブラックは目を瞬かせながら口を開いた。

「つ、ツカサ君……僕の事、格好いいなって思う?」
「えっ……」

 目を丸くする俺に、ブラックはどことなく期待したような瞳を向けてくる。
 ……あ、もしかして、格好いいって言われたがってる?

 分かりやすいなあ……でもそう言えば、俺ってブラックにそういう褒め言葉とかあんまり言った事ないよな。やっぱブラックも人並みに褒められたいんだろうか。
 いや褒められたいんだろうな。そんな感じの相手の態度に、俺は苦笑した。

 露骨に甘えてきやがってこんちくしょう。でも、ちょっと可愛いかも知れない。
 オッサンに懐かれるのはごめんだけど、いつも俺より上にいる相手がこんな風に褒め言葉を求めて来るのは、正直悪い気はしないしな。
 ……ま、ちゃんと我慢してたし、ちょっとくらいアメをあげたっていいか。

「うん。術を使ってる時のアンタは、すっごい格好いいよ」

 素直に言うのは癪だけど、それは本当だもんな。
 俺みたいなちんちくりんが術を使うより、ブラックみたいな長身で赤い髪で顔が整ってる奴が魔法を使った方がよっぽど様になる。ラスターの屋敷での時だって、不覚にも俺は魅入られちゃってたしな。だからまあ、今日だけは言ってやろう。

 そんな事を考えながら手を伸ばして頭を撫でてやると、ブラックは目をいっそう輝かせてぶるぶると震えだした。
 あっ、なんか周囲に散ってる。花とか点描が散ってる!
 これが噂に聞く、美形にしか出せない少女漫画的背景か……とか思っていると、ブラックが俺をぎゅっと抱きしめて来た。
 ぎゃっ、そ、そう言えばここ天下の往来!

「ぁあああぁああツカサ君ツカサ君ツカサ君~~~~っ」
「あ゛ーッ!! ま、待てお座りステイッ、すてーーーい!!」

 犬じゃないから聞きゃしねえこの中年!!
 慌てて引き剥がそうとするがブラックは剥がれない。それどころか俺の顔にチクチクする無精髭の生えた頬を摺り寄せてきやがる。
 この野郎、調子に乗りやがってぇえええ。

「もうお前我慢だ、当分我慢!! ぜってーやらせねええ!!」
「えぇえええ」

 そんなぁとか我慢したのにぃとか言ってるけど、そんなの関係ねぇ。アメやっただけで興奮しまくる奴に素直に体を任せられるか。
 しかしなかなか離れない相手に、俺はもう一度怒鳴ろうとした。と、その時。

「ゴルァアア! うるせぇぞテメェら、おかげで合成失敗したじゃねぇかァ!!」

 俺達が覗いていた工房から厳つい白髭のお爺さんが、勢いよく扉を開けて怒鳴り込んできた。ヒィ、こ、こわい。
 思わず立ち竦む俺達に、強面のお爺さんはギロリと目線をくれて髭を動かす。

「このクソガキどもが……オラ、ちょっと入れ!!」

 くいっと親指で工房へいざなわれるが、どう考えても殺傷沙汰が始まる予感しかしない。逃げたくなってしまったが、でも逃げるともっと酷い事になりそう……。

「…………ぶ、ぶらっく……」
「だ、だ、大丈夫だよツカサ君っ、僕がちゃんと守るからっ」

 なんていうかその台詞、もう少し格好いい場面で聞きたかったなあ……。












※……む……無意識イチャイチャ……_ノ乙(、ン、)_
 
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