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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編
2.下手な怪談ほど聞いててつまらない物はない
しおりを挟む大地の光の浮かぶ月のない夜……とある行商人が、道を急いでおりました。
この行商人、朝一番に品物を届ける使命があり、その為この薄暗い街道を馬車で東へと急いでいたのですが、しかし行者とて馬と同じで黙っていても腹が減るもの。それで、行商人は山岳地帯に近い小さな村で休息をとる事にしたのです。
村は夜半と言う事で人気も無く、貧相な家々も窓に夜の帳を落としています。その中で、旅人のための酒場だけが蝋燭の明かりを軒に掲げていて、実に寒々しい風景に見えました。しかし、空腹には勝てません。
行商人は誘蛾灯に引き寄せられる蛾のようにふらふらと酒場の戸を開け、がらんとした小さな室内でカップを拭いている老店主に飯を頼みました。
そうして運ばれてきた食事を無心で口に運んでいた行商人でしたが、ふとある事に気が付きます。そう言えば……この村には宿屋の明かりがなかったな……と。
――なあ店主。
――へぇ、なんでございましょう。
――この村には酒場があるのに宿屋がないのかい。
――へぇ、お泊りになる旅の方はみなさま他の村へと向かわれますので。
店主の言葉に、行商人は首を傾げました。
おかしい。この村から隣の村までは、結構な距離が有る。なのに、わざわざ眠気を我慢して隣の村へ行く意味が有るのだろうか。ここで良いではないか。
旅人向けの酒場を開いているのだから、宿屋も有って然るべきだろうに。
何だかそら寒くなりつつも、行商人は店主に問いました。
――なんだい、この村は旅人を泊まらせるのはお断りなのかい。
――へぇ、そう言う訳ではございやせんけども……ちっとさわりがあるもんで。
――さわり……?
弊害が有る。それはおそらく、村人に対してではない。
――宿屋が、ありますとね……困るんですよ。
なにに、困ると言うのだ。
行商人が、息を呑んでゆっくりと瞬きをし、目を開いた次の時。
――あなたがこの村に来たと言う証拠が、残ってしまうではないですか。
今まで目を伏せていた年老いた店主の目が、行商人を凝視している。
しかしその目は、まるで暗がりの井戸のようにぽっかりと黒く穴が開いていて。
そして、行商人は。
「行方知れずになってしまった……という訳です。めでたしめでたし」
「めでたく無いッ!! っていうか何そのありがちな怪談、今時子供でもそんなの怖がらないよ! それ誰が話したのさっ、登場人物二人しかいないのに誰が見てたんだよ! 子供だましか、お前ら何百年も生きてて子供だまししか出来んのかッ」
「無粋で穢れた大人には、この話の寓意など分かるまい。……それに、ツカサ様はちゃんと怖がって下さっています。下等な脳しか持たない貴方がおかしいのです」
「はぁ!?」
「ほら、机の下」
そう言われて、ガタガタと椅子を動かす音がする。
やめて。こっち見ないで。
「…………ツカサくーん……」
「ああもーそんな呆れた声だすなよォ!!」
なんだよ、悪いか! 隠れて悪いのかよ!!
俺は正常だ、何もおかしくない、寧ろ怖がらない方がどうかしてるだろ、お化けなんて触れないし倒せないしその上どこに逃げても延々と追っかけて来るし怖いし顔が恐ろしいし怖いし怖いしこわいぃいい!
「あああ分かった分かった、ツカサ君落ち着いて! ほらぎゅってしよぎゅって」
「にゃぎゃー! いーーーやーーー!!」
お化けも嫌だけどオッサンの膝に座るのもいやああああああ!
「ツカサ様申し訳ありません、私の話術が巧みなばっかりに」
「お前さあ……いくら女と言えども殴らないのにも限度があるぞ」
とか言いつつ俺を抱き締めるのやめてくれない。
他のお客さんに迷惑だからやめて。視覚の暴力になりたくないよ俺は。
必死に逃れようとしてブラックの膝の上でもがもがしてる俺に構わず、エネさんは目を細めて見下しMAXでブラックを見やる。
「すぐに暴力に訴えるとは……はあ、人族はこれだから……まあそれはともかく。ツカサ様落ち着いて下さい。この男が言ったからという訳では決してありませんが、この話はあくまでも噂話です。信憑性は薄いのでご安心ください」
「は……ぇ……そ、そうなの? ……いや、でも、なら何で話したんですか」
怖くないけど、危機を感じて机の下に隠れちゃったじゃないか。怖くないけど。
冗談キツイですよーって笑いたかったけど、でもこういう話をしたって事は……信憑性は薄いながらも、これから話す事に関係あるんだろうなあ……。
無意識にげっそりしてしまう俺に悪いと思ったのか、エネさんはゴホンと一つ咳をしてからその場の空気を変えて再び口を開いた。
「これは、北アルテス街道の村が“次々に廃墟になり始めた”頃に流れて来た怪だ……噂話です。勿論、街道沿いの村に宿屋がないなんて事は無く、廃墟になった村も例外なく旅人の為の施設を用意していました」
「へ、へえ……」
「それに、大多数の村は村人が他の場所へ逃げたが故の廃村ですので、噂とは全く関係ありません。この噂は、廃墟になり始めた村を見た旅人達が勝手に作り上げただけの物かと」
なるほど。身の回りで妙な事が起きると、人って想像力に任せて怖い話をでっちあげちまったりするもんな。ボロな家に住んでる人が、自宅をお化け屋敷だと言われて肝試しされて困ってるって話もよくあるもんな。
そ、そっか。じゃあこれも与太話なんだな!
あーよかった。
「しかし妙だね。モンスターも出てないのに村が廃墟になったってのかい。危険を感じたと言うのなら、何かしら理由があっての事だろう?」
「その辺りは……全くの謎です。村人の消失が起こったであろう最初の村の情報は、まったく掴めませんでした。まるで、人が忽然と消失したようで……」
「しょ、しょぉしつ……」
待って待って、何か嫌な方向に話が傾き始めたぞ。
いや、でも、これは科学的な事かも知れない。まだ大丈夫、大丈夫だ。
耳を塞ぎたくなるのを必死で押さえながら、俺はエネさんに必死に視線を送る。
「シアン様がお調べになった所によりますと、村人の消失が確認された村は六つ。いずれも一年と置かぬ内に人が消えています。他の村は、どうやらそれに恐れをなして村人がアルテス街道の街に近い村に移動したようですね。しかし、彼らもその噂以外に確実な事は何一つ知りませんでした」
「ふーむ……なんだかおかしいね」
確かにそうだ。実際に人が消えたという事実と、その噂話に繋がりはない。
なのに村人が逃げたってのはおかしくないか。
「もしかして、別の理由が……?」
「考えられない事ではありませんね。しかし、我々は直接現地へ赴いての調査は行っておりませんので、あるいは何か別の理由があるのかも……とにかく、信憑性のない噂とは言え、実害は出ております。それに、廃墟には盗賊や小物のモンスターが棲みつき易い。くれぐれも注意なさってください」
なるほど、そうか、そこに話が行きつく訳ね……。
って事はエネさんは廃墟の危険について話したかっただけで、これはただの壮大な遠回りな会話だったわけだね! よっしゃ噂話はただの噂だったんだ!
よーしそれなら安心だ。さっさと降ろせ中年この野郎。
いい加減ケツが生温くて嫌だとばかりにまた暴れようとするが、そんな俺達に、エネさんは冷水をぶっかけるような事を突然言い放った。
「何度も言いますが、特定の村の人々の消失に関しては……いまだに未解決です。もしかしたら本当に……我々が対抗できない存在が居るのかもしれません……。北アルテス街道を通る時には、くれぐれも……くれぐれも、お気を付けください」
……あー……あぁー…………。
「つっ、ツカサ君……僕の服を掴んでそんなっ……えっ、誘ってる……?!」
顔の傍で中年がなんか言ってるけど、気が遠くなってる俺にはもう何をいう事も出来なかった。ああ、なんちゅうことを聞かせてくれたんや、エネさんよ……。
おかげで一気に遺跡に行きたくなくなったわいと思っていると、エネさんは相変わらずのクールな美しい顔で、きっぱりと俺に忠告した。
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傭兵……傭兵ね……。雇いたいけど、ブラックが許さないだろうなあ……。
もう色々と考えるのを放棄したい気持ちに襲われるが、それでも明日は出立しなければならない訳で。
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「ち、ちくしょう……街に着いたらすぐに教会にいってやるぅう……」
呟いた声が震えてるのは、気のせいだと思いたい。
→
※遺跡の事はベランデルンに入る前か後らへんに詳しくやります
今回はあほえろこめでぃー編なので…('A`)
実に頭ユルユルな展開が続きますがどうかよろしくお願いいたします…!!
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