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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
34.相手の秘密を知るには覚悟がいる訳で
しおりを挟む「シアンのクソババア、お邪魔虫、腹黒、クソババア」
「あらあらブラック……あなたもう大人なんですから、その悪口の語彙の少なさはどうにかなさい。クソババアが二個も入っていてはみっともないわよ」
「いや、シアンさんクソババアって呼ばれる事には抵抗ないんスか」
サスペンションがしっかりしてる、快適な馬車の旅。
俺達は一路ラッタディアへ向かいつつ、不機嫌なブラックの悪口を聞いていた。
聞いていたって言うか聞かされてるんだけども、残念ながら俺には何もいう事は出来ない。何故なら、もうこの話題を引っ張りたくないからな!!
なああああにがお邪魔虫だ。雰囲気に流されて危うく受け入れそうになったじゃねーか、本当こいつ油断も隙もねえな!!
俺は悪くないぞ、流されただけだ。流されただけだからな!!
こんなオッサンの事なんてべ、別に……ってこれ典型的ツンデレの台詞じゃねーかいや違う、俺の場合は違くて本当にだな……!
「ツカサ、何を一人でもがもがしてるんだ?」
俺の真正面、シアンさんの隣に座ってるクロウが不思議そうに首を傾げる。
あーあー違うんです何でもないんですううう。
「ホホホ、ツカサ君も困っているんだから、よしましょブラック。キスでも何でも二人っきりの時にやれば良いじゃない。いつもしているんでしょう?」
「……まあそうだけど」
「あの、二人っきりの時でも拒否してますよ俺。拒否してますからね?」
いつの間にか日常が曲げられそうになってるんですけど。あれ、シアンさんもしかしてブラックの援護射撃してる? 背後から俺の背中ぶち抜いて来てる?
ちょっと油断ならない人だけど、俺の味方だと思ってたのにー。
「本題に入るのか。なら聞きたい事が有るんだが」
相変わらずのマイペースで、クロウがシアンさんに問う。
お前は本当に自由やのう……。
「あら、何かしら。シムラー達の事は彼らを尋問にかけてからでないと……」
「いや、そうではない。オレが聞きたいのは、ツカサの力の事だ」
冷静なセリフに、その場の全員が硬直する。
だがクロウ一人だけは俺達をぐるりと見回して言葉を続けた。
「曜術というのは、想像・発声・発動の“三つの鍵”を以って発動するモノだろう。オレはそう学んだ。だが、ツカサのは違う。……あんな強大な曜術は、限定解除級でも発声抜きには発動出来ないはずだ。なのに、ツカサは三度も使って見せた。……アレは本当に曜術だったのか?」
「……失礼な言い方かもしれないけど、貴方は獣人族なのに曜術に詳しいのね」
「オレは勉強させられただけだ。曜術は人の『神技』、獣人族と魔族の使う術は『人技』であると。……魔族であるなら無詠唱は納得できるが、ツカサは二つの属性を使って見せた。異なる力を二つ持てるのは、人族だけだ。ならば、ツカサの力は本来ありえない力と言う事になる」
淡々とした声で語るクロウの話は、普段黙っている相手とは思えない程で。
驚く俺と同じような顔をしていたシアンさんとブラックは、顔を見合わせて俺の方を向いた。まるで、話していい物かと許可を仰いでいるように。
クロウもその事を読み取ったのか、俺を見て橙色の綺麗な瞳で俺を見つめた。
「ツカサ。教えてくれないか」
「…………でも……」
「どんな話でも、オレは聴く。お前を否定したりはしない」
「クロウ……」
真剣なクロウの表情が心に刺さって、言葉が閊える。
縋るようにシアンさんを見ると、彼女は僅かに微笑んだ。
まるで、俺に任せるとでも言うように。ブラックは相変わらず不機嫌な顔をしていたが、軽く溜息を吐くと肩を竦めて見せた。
「乗りかかった船だ。仕方ないよ」
「ブラック……いいのか?」
「個人的には物凄く嫌だしこの熊男の記憶も存在も消したい所だけど、彼には協力して貰ったしね。……ま、信頼できない相手ではない事くらい解るよ。……でも、話すならこの馬車の中でね。他の場所じゃあ誰が聞いてるか解らないから」
ブラックが嫌がりつつも相手を認める所なんて、初めて見たかも。
思わず眉を上げてビックリしてしまったが、馬車の中だけの話と言われたら早く話すしかない。気を取り直して、俺はクロウに俺の正体を語ってやった。
俺が異世界の人間である事や、黒曜の使者と呼ばれる災厄であること。
そして、この力の危険性や力を抑える方法を探すために、今まで旅をしたり色々と巻き込まれたりしていた事を。
まあ、あまりにも突拍子のない話だし、何よりこの世界には「異世界が在る」という考え方が浸透していない。だから「頭がおかしい人かな?」なんて思われるのを覚悟のうえで全てを喋ったのだが、クロウの反応は意外な物だった。
「なるほど。オレ達の住む場所とは隔てられた場所の人族だったから、あれほどの力が使えたのだな。納得した。それに、ツカサがどうして今まであの力を使わず、弱いフリを続けていたのかという疑問も氷解したぞ」
「え……信じてくれるのか?」
「ああ。ツカサが嘘を言うとも思えないし、そう言う事なら色々とすんなり入ってくる。おかしいと思ったんだ。お前はあんなに美味かったのに、そこら辺の曜術師程度の力しかないなんて……」
「は? 美味い? 美味いってどういうこ」
「ハイハイハイ。とにかく、納得はして貰えたわね」
俺が止めるより先にブラックを制したシアンさん、ナイスです。
ナイスすぎます。
思わず脳内でサムズアップをかましながら、俺も話を変えようとやけに神妙な顔つきで割って入る。
「とにかく……俺の事は誰にも言わないようにしてくれ。スクリープさん達にも」
「心得ている。愛するものを守るのが立派な雄の役目だ」
「うん。うん……? あ、ありがとう……?」
愛する者? 愛する者って言った?
……えーと、あれだよね。クロウは博愛主義なんだよね、きっと!
仲間愛とかいう種類で、きっと他意はないはずだ。無いと思わせて。
もう俺ブラックがブチギレするの抑える気力もなくなってきましたよ。
そんなこんなで固まる俺に、優しい美老女シアンさんが助け船を出してくれる。
「納得して貰った所で……ツカサ君、本題に入りましょうか」
「あ、はい……」
自然と座り直す俺達に、シアンさんはゆったりとした姿勢のままで微笑む。
その笑顔は美しかったけど、どことなく緊張感があるように思えた。
「正直……ブラック達から先程の話を聞いて私も驚いています。ツカサ君、今日貴方が黒曜の使者の力でやった事は、どれほどの事か解ってるかしら」
「えっと……ブラックの曜術……くらい…………なわけ、ないですよね」
「そうね。ブラックには悪いけど、ツカサ君の力は限定解除級を軽く越えてるわ。そして……絶対にありえない事を、貴方は三度も巻き起こした」
「水を出して、草を生やしたこと……ですよね」
自分でも解っている。
曜術は、絶対に「そこに存在しない属性」を生み出す事は出来ない。
二杯の水を生むためには一杯の水が必要であり、一滴の水も無ければ曜気を取り込む事すら出来ない。
莫大な水量の洪水も、ある程度の水が存在しなければ引き起こせないのだ。
だけど、俺はそれを無視した。この世界の法則を捻じ曲げて力を発動した。
空気中から膨大な水を生み出し、草木の生えない土地に草原を出現させたのだ。
俺の世界では「魔法」として成立する力も、この世界では異端でしかない。
あり得る事だと言えるのなら、きっと俺は今まで悩まずに済んだだろう。
それほどの事を、俺は三度もやってのけた。
シアンさんのいう事が本当なら、俺のやった事は異質としか言いようがない。
俯きそうになる頭を押さえてじっと見やる相手は、少し顔を強張らせて頷いた。
「正直、私もこの目で見るまで信じられなかった。けど、貴方は確かにあの荒野に草原を作り上げていた。この所業は……恐らく、曜術の法則を無視した『法術』であっても不可能な事です。やはり、貴方の力は野放しにはしておけません」
「え……あの、野放しにって……」
「まさか拘束するって言うのかい?」
俺の隣で剣呑な声を出すブラックに、シアンさんは眉を下げて首を振る。
「そうは言ってないわ。ただ……貴方がこれからこの力を使うにしろ、隠していくにしろ……このままではあまりにも危険すぎると言っているの。何も監禁する訳じゃないわ。……寧ろ、監禁する事で貴方に興味を持つ者や、心惹かれる物は増えていくでしょう。だから、私は今のまま旅をして貰ったほうが良いと思っています」
シアンさんの尤もな発言に、ブラックも溜飲を下げたのか座席に背を預ける。
俺も幾分か安心して、話を続けた。
「じゃあ、野放しに出来ないって言うのは……」
「……ブラックも貴方に教えていただろうけど、知識がないままで曜術を使うのは危険だわ。恐らくそれはツカサ君固有の力であっても同じでしょう。……もしその力がほんの少しでもこの世界の理に触れている物なら、完全に制御する方法もあるかも知れない」
「ホントですか!」
それならそれがいい。曜術を使うのを辞める気はないし、この力を使いまくろうなんて事は思ってないけど、制御できるに越した事は無い。
またいつこんな場面が有るか解らないし、再びブラックやロクに危険が及ぶ事もあるかも知れないのだ。
その時に切り札として、完全に制御できるようになっておきたい。
他人から貰った力だけど、俺自身の力じゃないけど、扱えるというのなら。
大事な人を救える力になると言うのなら、知っておきたかった。
「その方法って言うのは、どんな物なんだ? と言うか……そんな方法が有ったなんて知らなかったぞ。今まで言ってくれなかったじゃないか」
「私達もただ貴方達に方々歩き回って貰ってたワケじゃないのよ。エネに頼んで、色々と資料を探して貰っていたの。曜術の制御に関してのことだけど、古文書まで遡れば何かヒントがあるかも知れないと思ってね。空白の国や神族の古文書は、流石の貴方でも範囲外でしょう? ブラック」
「……それで……何か分かったのかい」
訝しげな顔で伺うブラックに、シアンさんはにっこりと微笑む。
「確か……とは言えないけど、それらしい手がかりは見つかったわ」
「じゃ、じゃあ、俺の力もついに完全開放出来るんですか!」
思わず腰を浮かす俺に、相手は微笑んだ顔を少し気弱に歪めて視線を逸らす。
その顔は、なにか心配事があるかのようで。どうしたんだろうと思って視線の先を見ると、ブラックに辿り着いた。なんだ。ブラックに何かあるんだろうか。
ブラックもシアンさんの視線に気づいたのか、首を傾げる。
「なんだい。僕に何か関係があるのか?」
不思議そうな声に、少し戸惑ったような顔をしていたが――――
シアンさんは、静かに切り出した。
「あなた達には、ベランデルン公国にある空白の国の遺跡……『アタラクシア』に行ってほしいの。だけど……」
「だけど?」
「そこは…………貴方の一族が守護する遺跡の一つなのよ……」
絞り出すような言葉。
それを聞いた瞬間、ブラックは目を見開いて表情を失くした。
貴方の一族が守護する遺跡の一つ……それを聞いて、ブラックは瞠目したのか?
どういう意味だ。なんで、ブラックがこんな顔をしているんだ。
訳が分からずシアンさんを見るが、彼女は目を伏せていて喋ってくれない。
俺とクロウは何がどうなったのか理解できなくて、ただ顔を見合わせる。
馬車の中を沈黙が長く支配し、俺達は二人が動くまで何も喋れなかった。
「…………そこに、いけば……ツカサ君は、もう怖がらなくていいのか?」
ぽつり、と、低い声が響く。
その言葉に驚いたように顔を上げたシアンさんに、ブラックは眉根を寄せた真摯な表情のまま再度言葉を発した。
「僕が行っても、問題はないんだよね? なら、詳しく教えてくれ」
「ブラック……いいの? あなた……」
「…………覚悟は出来てるよ」
その言葉に、シアンさんは初めて辛そうな表情を浮かべる。
まるで、ブラックの苦しい思いを肩代わりするかのような表情に、俺は思わず息を呑んだ。もしかして、その遺跡に行くことは……ブラックの過去に関わる何かを掘り起こしてしまう事になるんだろうか。
ブラックが話したがらなかった、でも、俺に知って欲しかったっていう過去を。
「……資料は、今回の事件が完全に処理できてから渡すわ。貴方達も今日は疲れたでしょう? ジャハナムでやる事もまだ有るでしょうし、ゆっくり休んでからまた白亜の宮殿に来なさい」
シアンさんのその言葉を合図にするかのように、馬車の窓の外にはラッタディアの街並みが薄らと見え始めていた。
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