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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
32.真価、そして進むもの
しおりを挟む「なっ、なんだ!?」
初めて、シムラーが驚いたような声を出す。
それもそのはず、何故なら俺達は今大勢の兵士達に囲まれていたからだ。
前後左右、円形にぐるりと俺達を取り囲む鎧を着た兵士。数が多いと言う訳ではないが、十六人よりも多い事は確かだった。
これってもしかして……シアンさんへの連絡が間に合ってたって事か……?!
「お前……まさか……!」
シムラーの怒りを露わにした声に、バンダナで顔を隠した長身の男は笑う。
そうして相手は見せつけるようにバンダナを解いて、俺達に素顔を見せつけた。
「あっ……!」
「狡賢い割には迂闊さが目立つね、ティオ・シムラー」
紅蓮のような真っ赤な髪に、菫色の綺麗な瞳。
やに下がった顔で不敵に笑うその男は、間違いなく。
「ブラック……!!」
思わず読んでしまった名前に、シムラーが大きく動きを止めた。
「…………な、に……?」
震えた声で呟き、ゆっくりと俺の方を向く。
その表情は、なにか信じられない物を見たかのような驚愕に満ちていた。
……なんだ。どういう事だ?
顔を歪める俺に構わず、ブラックは肩を揺らして笑い続ける。
「典型的過ぎるね、その表情」
ブラックの嘲りに、何も言い返せずに後退るシムラー。それを嗤って見つめているブラックに、一番口が達者な茶髪の貴族がやっとの事で言い返す。
だけどその声は動揺に震えていて、完全に主導権を失っていた。
「なっ、ど、どういう事だよ、なんなんだよこれ!」
「何だも何も、こういう事だよ。君達は僕らに裏を掻かれた。そして君達は今から拘束される。ただそれだけのこと」
「そんなっ……」
「もうね、僕もいい加減……君達みたいな煩わしい事象から解放されたいんでね。さっさと捕まってくれないかな? 赤の陣営の諸君も、抵抗したら刑期が長くなるだけだから、大人しくしててくれよ」
固まっている彼らを笑顔で見やるブラックに、赤の陣営達は動けない。
そりゃそうだろう。今まで自分達が圧倒的有利だと思ってたのに、いきなり形成逆転されたんだからな。コレが自分の側だったとしたらゾッとするわ。
考えつつ、俺も次の行動に備える為に鍵蟲を取り出して気を籠める。
首に這わせた黄金の虫は、穴を求めるようにかさかさと首の後ろへ回った。
その間にも、ブラックとシムラー達の緊迫した状態は続く。
「貴様……いつのまに……」
「一般人だと思って侮った? だから言ったじゃないか。“僕達の素性も良く調べないで良いのか”って……まあ、調べたって僕の情報は出なかっただろうけど」
カチン、と俺の耳元で解錠の音がする。俺は鍵蟲をそっと懐に戻すと、ベストの中で大人しくしているロクを見やる。よし、まだ起きててくれた。
全員がブラックに注目している間に、俺は音を立てないように後退る。
だが、それもシムラーの奇妙な震え声に立ち止まってしまった。
「な、んで……なんで、お前がこんな場所にいる!?」
――……え?
どういう事だ。お前がここに居る、って、シムラーが呼んだんだろ。そして、今反撃されているんだろう? 今の状況はそれ以上説明しようがないじゃないか。
なのに、どうしてシムラーは……――。
そこまで考えて、俺は瞠目した。
「まさか……」
まさか、シムラーは……ブラックの事を知ってるのか?
俺が知らない、ブラックが隠したがっている過去のブラックの事を。
その予測を裏付けるかのように、シムラーは青ざめて更に距離を取る。
「お前は……お前は死んだはずだろ!?」
…………え?
死んだ?
どういう、ことだ……?
「…………そっか。そんな事まで知ってるんだ。でもね、そういう事……今言って欲しくないなあ……」
ブラックの声が怒りと苛立ちを含んで低くなる。
やばい、と直感的に思って、俺はブラックに近寄ろうと駆けだした。だが。
「ツカサっ」
背後から強く抱きとめられて、俺は思わず体を曲げる。だが地面に崩れ落ちる事は無く、俺の体はそのまま宙に飛びあがった。
「えっ、え!?」
「離れろ、アイツから危険な臭いがする」
背後から聞こえた声に、俺を拘束している物を見る。浅黒く逞しい腕。
これはクロウの腕だ。背後を振り向くと、いつになく緊張した雰囲気を醸し出している無表情な顔が有った。
「クロウっ、危険な臭いって……」
「分からん。だがアイツ、物凄く怒ってる。なるべく離れるぞ」
そう言いながら軽々と兵士達の囲いを飛び越え、クロウは状況を見下ろせる高い崖へと俺を連れて行く。獣人族だけあって跳躍力はかなりのもので、俺達は難なく神視点の安全地帯へとたどり着いてしまった。
崖の上から見る包囲網の中は、未だに緊張が続いている。それどころか、何かを話し合っているせいか、更に事態が悪化しているようだった。
「ちょっ、な、なんでこんな事になってんの!? 俺が聞いた話と違うぞっ」
「聞いた話?」
「ブラックがお前らに付き添ってる奴らの隙を突いたら、そっちに意識が向くようにするから、その間に俺がこっそり一人で逃げてお前らと落ち合うって話!」
「オレも最初はそう言われたが、世界協定から護送側に連絡が行っていたようで、索敵中にあの男がそれを読み取ったらしい。そしたら、一人で裏社会の奴らを全員捕まえて護送車の兵士達に後を任せると、オレを置いてこっちに走り出した」
やっぱりシアンさん達への連絡は間に合っていたのか。
ほっとしたが、しかし、それだけじゃ今の状況が全然理解できない。
俺はクロウに抱えられたまま首輪を投げ捨て、改めてクロウの方を向いた。
完全に体が密着していて怖いのだが、そんな事に構ってられない。
「クロウ、喋るの面倒臭いだろうけど説明しろ。あの兵士なんなんだ?! 護送にしちゃ多すぎるし、第一足音も甲冑の音も聞こえなかったぞ。それに危ないってなんだよ。ブラックはどうしてあんな事を、ってかこの状況なんなんだよっ」
「うん、ツカサは小さくて可愛いな」
「だ――――ッ!! シリアスブレイカー!!」
「尻安無礼屋? オレは尻を安く売った覚えは」
「んんんんお願いだから真面目に話してくれよぉおお」
いや、これはマジボケなんだろう。クロウ的には真面目に言ってるんだろう。
だけど今はそんな場合じゃないんだよう。
頼むからちゃんと聞いてと涙目で見上げると、クロウは鼻をひくりと動かして、いつの間にかバンダナが外されている頭からぴょこんと熊耳を立たせた。
「真面目に」
「そうっ! ……あのな、クロウ。護送車の兵士はどうなったんだ?」
「今も動いている。恐らくもうこの地帯を抜けるはずだ」
動いてる……移動してるだって?
え、じゃあ、護送車から人を借りてるって事でもないんだよな。そもそもこんな五十人以上の大部隊だったら、赤の陣営の奴らは攻撃が始まる前に逃げてるはず。
どういうことだ。本当に、この兵士達はどこから出て来たんだ……?
「じゃ、じゃあ、あの大勢の兵士達はなんなんだよ!?」
「分からん。オレは、勝手に走り出したあの男を追っただけだ。オレにもどうやってあれだけの兵士を集めて来たのか見当がつかない」
「…………」
シアンさんからの連絡が来たと言っても、良く考えたらこの数の兵士達を隠して並走させるのには無理がないか。それに、クロウの話が本当なら、ブラックは一人でその場を離れたはずだ。さっきも考えたけど、途中で兵士が合流したなら、必ずそれ相応の音が聞こえたはず。
大勢の甲冑が鳴る音や、地面を擦る足音が聞こえなかったなんて、ありえない。そう、例え、遠くから大きな爆発音が聞こえていて耳が麻痺していたとしても。
「ブラック……っ」
クロウに抱かれたまま体を反転させて、崖下の様子を見る。
相変わらず大勢の兵士に囲まれているブラックとシムラー達は、先程とまったく同じ場所で何かを話し合っていた。
だけど、微かに聞こえる声は狂気に満ちていて。
「何話してるんだろう……」
「聞きたいか?」
俺を抱く手に力を籠めながら、クロウが崖のぎりぎりまで足を進める。
「分かるのか、クロウ」
「他の部族には劣るし、正確には聞き取れないかも知れないが……やってみよう」
そう言うと、クロウは熊耳を動かしてじっと崖下をみやった。
「……『ゴホウだったのか』『なんなんだよ』、グリ……ア? 『グリモア、は、解散したはず』……『邪悪、の……』……」
クロウが続きを言おうとした、刹那。
「――――ッ!!」
ブラックの口が大きく開くのが見えて、寸時、ブラックの周囲から紅蓮の光の輪が炎のように大きく吹き上がるのが見えた。
あれは、上級の曜術を使う時の光……!!
「ブラック!!」
叫んだ瞬間、ブラックを中心にして一気に炎が広がり、周囲を包み込んだ。
その炎は地面から噴き上がるように高く伸び、兵士達を壁にして円形に変化する。地獄のような光景の中、幾つもの悲鳴が巻き起こるのを確かに聞いた。
あれはきっと、シムラー達の悲鳴だ。
「…………恐ろしい男だな、あいつは」
俺の頭の上で、無表情な声が呟く。
その声を巻き込むように熱い空気が俺達の所まで届いて、俺は顔を歪めた。
「……ブラック……」
……だめだ。駄目だ、こんなの。
怒っちゃいけない。アンタ、こういう事するような奴じゃないだろ。口では殺す殺すって言ってても、結局俺の為に我慢するような、そういう奴だろ?
アンタ泣くじゃないか。メンタル弱いオッサンなんだから、絶対、後で泣くよ。
後悔するって。だから、絶対……。
「……ツカサ?」
「こんなの……こんなの、駄目だ……!!」
両手が熱くなる。
あの悲鳴で満たされた炎の檻を消さなければと言う思いが、俺の手をぎりぎりと引き絞り、動かし、炎の方へと引き寄せられていった。
「ツカサ、お前……その手……!」
初めて聞く驚いたような声が、俺を正気に戻す。
だけど、どうしようもない。手を降ろす事はもう考えられなかった。
俺は眼下の炎の檻を強く見つめたまま、ただ炎の主の事だけを思って、今の俺に出来る最大の精神力で両手を差し出した。
幾筋もの青い光の線で拘束された、水の波動を持つ両手を。
「消えろ…………頼む、炎よ、消えろ――――――!!」
力の限り叫び、出来うる限りの想像力、精神力、気力を、憎悪の炎へぶつける。
その俺の思いを具現化するように、俺の両手を覆っていた幾筋もの青い光の線が、周囲を照らさんばかりに輝いた。
「――――ッ!!」
目の前に、水の、水平線。
一直線の水面が揺れ動き、渦となって天空へと一気に巻き上がる。
その渦は竜巻のように噴き上がり、そして。
地上を焼き尽くすその檻へと、降り注いだ。
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