異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

28.感情を押し殺す事が出来ない理由は*

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 翌日、昼頃にやってきたシムラー達は、俺に「団長に会わせてやる」と言った。
 それが言葉通りの意味では無い事は解っている。恐らくシムラー達はブラックと何らかの約束を取り付けて、俺を迎えに来たのだろう。

 俺にはそれを拒否する理由もないので、素直に頷いたのだが。
 ……だがな。

「よく似合ってるよルギ君」

 何が良く似合ってるだ。ふざけやがって。

「いやあ、やっぱり少年にはこういう服装じゃないとな!」

 じゃないとなじゃねぇええよ。
 これどう考えても俺がしていい服装じゃねーだろオイ!
 お前ら三人とも顔だけ良くて頭はオッサンか。南の国の日光で頭が沸いたのか。

「ルギ君、君は髪が短くてもあまり変わらないんだね」

 うるさい、笑うな極悪人。俺のカツラを取りやがってぇえ。
 その上こ、こんな恰好をさせるなんてどう考えても気が狂っとる!
 わしはこんな事しとうはなかった!

 ちくしょー、お前ら後で覚えとけよぉおおお!!

 ……とか散々頭の中で言ってみるけど、まあ実際そんな事は言えない訳で。
 俺は三人からじろじろと観察されながらも、火照った顔をうつむかせた。
 その視界に映るのは、泣きたくなるような情けない姿だ。
 情けない姿とは何か。そりゃもう決まっている。年甲斐もない姿と言う事だ。

 今日日きょうび、高校生が人前でホットパンツと裸ベストとか有り得る?
 どう考えてもコレ「ワイルドだぜ~」とか言ってた人の格好じゃん。

 ベストはアラビアンだし、腕輪とかの装飾はそのまんまだけど、ホットパンツと裸ベストっていう時点でもうだめじゃん。俺が変態じゃん。無理矢理着せられてても俺が変態になるじゃん。

 あり得ないよな、絶対これあり得ないわ。
 元の世界に帰って友達に「これどうよ」て見せたら真顔で「ヒく」って言われて縁切られるやつじゃんかああああ。完全に失敗ファッションだわこれ!!

 だけど、美形極悪三人衆は俺の変態姿を存外気に入っているようで、着せたハナから俺の凹凸の少ない上半身だとか、すね毛のない情けない足だとかをニヤニヤしながら見つめていて。その視線と言ったらねばっこくってたまらなかった。
 美形でも気持ち悪い視線は気持ち悪い視線なんだな、本当。

 でも、俺にはもうどうする事も出来ない訳で……。
 あー……この正体不明の首輪さえなけりゃ、愚痴の一つも言うんだがなあ……。
 俺は深々と溜息を吐きたくなるのを我慢しつつ、我慢我慢と拳を握りしめた。

「さあ行こうか。君の愛しの彼がお待ちだよ」

 お待ちじゃねーよ彼氏でもねーし。本当もう俺を苛めるのいい加減にして。
 泣きたくなりつつも、裸足で鳥籠から出る。 
 そうすると、当然であるかのように首輪に鎖を付けられた。
 今の服装に首輪に鎖って……どう考えても変態指数が急上昇だな。見たくない。通り道に鏡が有りませんように……。

「へへ、良い恰好だな」

 鎖を持った茶髪の貴族が、再び俺を見てニヤリと笑う。
 もう一人、名前の解らない緑髪の奴も、遠目から俺を見ていやらしげな表情に顔を歪めていた。この世界ではお笑い芸人みたいな服でも発情できるようだ。
 死にたい。可及的速やかに死にたい。

「ほらほら、時間がもったいない。遊ぶのは後にして行くよ」

 悔しいがシムラーに助けられてしまった。ぐぬぬ。
 正直な話、こうしてガンガン欲情した目を向けられてると、シムラーの打算的な行動の方がマシに思えてくる。今なら女子達が「アンタの目線はセクハラ過ぎ」と言っていた意味が解るよ。そりゃこんな視線向けられてたら気持ち悪いわな。
 でも俺さすがにココまで直球で欲情はしてなかったんだがなあ……。

 自分の行動を振り返って落ちこみつつ、俺は三人に連れられて部屋を後にした。
 シムラーを先頭に名前の解らない二人に挟まれて、大人しく一階へと降りる。

 逃げる事が出来そうな配置ではあるが、俺はこのこっ恥ずかしい服に着替える前にシムラー達に首輪の事を説明されている。それを聞くと抵抗は出来なかった。
 この首輪はやっぱりイワク付きだったらしく、無理矢理外そうとしたりシムラーが命令したりすると、すぐに内側から刃が出て俺の首が切り裂かれる仕様らしい。
 なんと残酷なと思ったが、まあ人質だし仕方ないよね。

「いやしかし、君は本当に可愛いね」
「…………」
「もういい加減諦めて、頷いたらどうだい。媚びれば僕達があのまま鳥籠で飼ってやってもいいんだぞ? 汚い仕事はしなくて済む」

 変態の奴隷になる気は一切ございやせん。というわけで無視。
 シムラーに急かされて一階に降り、またもや豪華な木製の両扉を開くと。

「…………」

 そこには応接用の椅子と机が有り、長椅子にブラックとクロウが座っていた。
 ……二人とも、こっちを驚いたような顔で見ている。
 あああ本当見ないで下さい。本当やめて。

 恥ずかしすぎて顔を背けるが、茶髪の貴族に鎖を引かれて無理矢理歩かされる。
 一度は奴隷の烙印らくいんを押された事のある俺だが、流石にココまでやる本格的な奴隷プレイは初めてだ。いやーこれ凄い屈辱的。服装も相まって凄い憂鬱になるわ。

「……彼には何もしていないだろうね」

 早速剣呑けんのんな光を帯びた目でシムラーを睨むブラックに、相手は気軽そうに笑う。

「ご安心を。貴方との約束は破る気は有りませんよ。……まだ、ね」

 そう言いながら、シムラーは自分一人だけが椅子に座る。
 俺と貴族二人は、シムラーの後ろに回らされた。恐らく俺とブラックを少しでも遠ざける為だ。シムラーがなにも気にしないでこの美形二人に俺を任せてるって事は、こいつらもある程度は腕に覚えのある奴なのかも……。

 迂闊うかつに動けないなと思いつつ、ブラックとクロウを見る。
 ブラックはシムラーを睨み付けていたが、バンダナで耳を隠した熊さんは、俺の事を目を丸くして見つめている。
 あの、鼻息荒いんですけど気のせいかなクロウさん。君本当に自由やな。

「……で、私に何をさせたいんですか。シムラーさん」
「話が早くて助かります、流石は団長さん。……では単刀直入に言いましょうか。君達には、まずレサミデ監獄に向かう馬車を襲撃して貰おうかと」
「……監獄行きの馬車……?」

 怪訝そうに顔を歪めるブラックに、シムラーは余裕をもった表情のまま頷く。

「なに、人一人ひとり連れ出せばいいだけです。我々はその男から色々と聞きたい事が有ってね……そのまま監獄に収監されて死なれでもしたら、困るんですよ。ですが、輸送馬車にはいつも警備兵が張り付いている。しかも、刺客を迎え撃つ遠距離射撃部隊のオマケ付きだ。この部隊がいては、さすがに我々の用意したも思うように動けなくてね」

 シムラーの自嘲じちょうしたような言葉に、ブラックは目を細めた。

「……なるほど。それで、私の索敵さくてきを使いたい……と」

 ブラックの静かな声に、その場が沈黙する。
 そこでようやくシムラーとブラックが言いたい事が解って、俺は息を呑んだ。

 ブラックの査術は、本当に規格外だ。障壁……バリアーが掛かってて曜術や気の付加術が使いにくい街の中でも、あまりに広範囲の索敵をやってのけた程だ。
 障壁などの邪魔がなければ、恐らく、広範囲の生き物の位置が解るだろう。もしかしたら、照準を絞り込めば索敵はもっと正確になるかも知れない。

 それほどの力が有れば、回避しにくい遠距離攻撃部隊の位置も把握できる。
 敵の位置を掴んでしまえばもう怖い物はない。後はこっちの天下だ。
 ティオ・シムラー、本当に狡猾で怖い男だな。

「なに、これは小手調べですよ。貴方にはそれ以外にも色々とやって貰わねばならない事があります。……色々と、ね」

 狐のように目を細めて笑うシムラーに、ブラックは忌々しげに眉根をしかめる。
 誰かに向ける嫌悪の表情。真剣な顔だ。
 俺のせいでそんな顔をしてるんだと思うと、本当に申し訳なかった。

 そんな情けない思いが伝わってしまったのか、ブラックはシムラーを睨み付けたまま静かに呟く。
 ブラックの顔は、心底相手を憎んでいるかのように歪んでいた。

「それ以上、何をさせる気ですか?」
「……と、いいますと」

 足を組んで悠然ゆうぜんとブラックを見返すシムラーに、ブラックは続ける。

「査術が高性能であるとは言え、私はそれ以外は普通の人間ですよ。このロウクも一緒です。何かが出来る訳じゃない。……もちろん彼もそうです。我々には貴方達に協力できるような力は有りません」
「ほう?」
「今言われた事はやりましょう。ですが……口約束は信用出来ません。いつ踊り子を返して頂けるのか、確約して頂けませんかね」

 表情とは裏腹の静かな言葉に、シムラーは意外そうに眉を上げていたが……肩を揺らして大仰に失笑を表現すると、顔をこちらに向けた。

「ラーク団長、貴方まだご自分の立場がお分かりで無いようですね」

 え、なに。なんで俺の方向いて話すの?
 何だか嫌な予感がして俺が顎を引く、と、突然鎖が引かれて俺は茶髪の貴族の胸に思い切り突っ込んでしまった。

「うあっ!」

 思わず声を上げた瞬間に、ガタンと何かが動く音がする。
 しかしそちらを見る暇も無く俺は鎖を引かれて茶髪の貴族の胸に背中をつけ、腕で拘束される。首は鎖を限界まで絞られていて、相手から離れる事が出来なかった。

「貴方の愛する少年は、いま我々の手の内にあるのですがね」

 シムラーの笑いを含んだ声に釣られるかのように、手が俺の目の前に現れる。
 瞠目どうもくして立ちすくんでいるブラックとクロウの前で、その手が俺のベストの中に入り込んできた。何も着ていない素肌の胸の部分に。

「やっ……ちょ……!?」

 な、何するんだよ!
 思わず動こうとしたが、思いきり首を吊りあげられて動きを制限される。
 その間に手は胸を這いまわり、ゆっくりと俺の乳首を指で弄り始めた。

「っ……な、なにする……っ」
「シムラー、手を出さない約束だっただろうが!!」

 反射的に怒号を上げて牙を剥くブラックに、シムラーは釣れたと言わんばかりに楽しそうに笑って両手を天へ上げる。

「だから言っているでしょう。私達の間には契約が有りますが、それはあくまでも我々が満足するだけの成果を貴方達が上げてくれたらの話です。全てが契約通りに行くには、私達だけではなく、ラークさん達にもきちんと約束を守って頂かないとねえ」
「ぅ……や……っ」

 背後で男が笑っている。
 こっちを凝視しているブラックとクロウの前でいやらしい事をされてるのだと思うと、羞恥でどんどん体が敏感になって行く。それがもどかしくて、俺は目を細めて身を捩った。だけど、相手の不埒な手は止まらない。
 ゆっくりと乳首の周りを指でいらい、指で挟んで立たせようとする。
 その間に黙っていた緑色の髪の貴族が俺のズボンへと伸びて来た。

「あっ、やっ、やめろっそこ触るなっ!!」
「元気がいいね」

 緑髪の貴族はニヤニヤと笑いながら、俺の剥き出しの太腿を撫でる。
 それがあまりにも気持ち悪くて、俺は鳥肌を立ててぎゅっと目をつぶった。
 見てられない。っていうか、こんなの、こんなのをブラックとクロウに見られてるのかと思うともう、とてもじゃないが目を開けていられなかった。

 だけど、目を瞑っても知らない人間の手は離れてくれない。
 それどころか俺のズボンを脱がそうと合わせ目に手を這わせてきて、俺は慌てて両足を閉じて抵抗した。ああああいつの間にか目の前に男がいるしいいい。

「だっ、だめっ脱がすなっ、頼むから、やだってば……!」

 本当にもうやめて、と泣きだしそうになりながら赤面して叫ぶ俺の声と、同時。

「やめろ!! それ以上……っ、それ以上何かしたら殺すぞお前らあぁあ!!」

 今まで出した事も無かったか、発狂寸前の怒声をブラックが発していた。
 そのあまりにも覇気に満ちた声に、その場の全員が動きを止める。
 だが、ブラックは牙を剥きだすようにして歯を噛み締めながら、シムラーと貴族達を睨むのを止めはしない。その顔はまるで鬼のようで、俺を辱めようとしていた二人の貴族はあっけなく俺から手を離した。

「…………なるほど、貴方もルギ君には本気らしいですね」

 動きを止めたが、シムラーはすぐに己を取り戻して余裕の笑みを浮かべる。
 その豪胆さは、やはり油断できない相手だと言う事を表していた。

「……本気だからなんだっていうんだ」
「いえ、結構ですよ。それでこそ私達もやりやすくなりますから」

 シムラーの言葉を象徴するように、また鎖が俺を引っ張る。
 依然として茶髪の男に捕えられている俺は、どうする事も出来なくてブラックとクロウを見る事しか出来なかった。辛そうな顔をしているブラックと、眉間に眉を寄せて我慢するように黙っているクロウを。

 ……ごめん。
 本当に、ごめん……。

「さて、ではお遊びと確認はここまでにして……本題に移りましょうか?」
「…………誰を捕まえろって言うんだ」

 早く終わらせてくれとばかりにぶっきらぼうに言うブラックに、シムラーは笑って足を組み替えた。それはまるで、この場の支配者であるかのようで。
 ごくりと唾を飲んだ俺に構わず、相手は、その標的の名を口にした。

「私達が欲しいのは、ある重罪人。つい数日前に捕まったと言う大悪党……――
 ビオール・クラレットですよ」

 その名がここで出て来るなんて、誰が予測できただろうか。











 
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