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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
協定
しおりを挟む※いわゆる説明回です 飛ばしても問題ないですよ(* ・ω・)
打算、と言う物は、必ずしも必要とした解に辿り着くものではない。
一つでも小さな失敗が生まれてしまえば、全ての計画が狂う事も有る。
現に今がそうだ。
ブラックは己の迂闊さを恥じ、それでも次に繋げるために今必死に衝動を堪えて作戦を練っていた。
ずっと黙っているいけ好かない熊と、依頼主と一緒に。
「……なるほどね、お姫様を返してほしくば自分の意のままに動けと。……まー、ここに来て三下みたいなことを言うのにも驚きだが、昨日今日で一気に本性を見せて来るとはね」
テーブルの上に積まれた紙束を一つ一つ確認して行きながら、トルベールが呆れたような声を出す。ブラックもその整理を手伝いながら溜息を吐いた。
「恐らく、僕達を使う為の算段がなにかあるんじゃないかな。それか……ツカサ君の演技が薄々ばれてて、逃げられる前に僕を引き入れようと強引な手段に出た……とか。でなければ、あの店をもう畳む気なのかもしれない。だから、確実な収入源を新たに欲していた……って言うのもありえる話だね」
「あー、確かに……。それに……もしかしたらウチの内偵がバレてた可能性がありますね。ああいう輩は、こっちがどんなに身を隠そうが何かしら嗅ぎつけやがる。まあ、こっちが正体を探り始めたのを見抜いた……とは思いませんが」
さもありなん。
そんな事を嗅ぎつけていれば、相手はさっさと逃げていただろう。
ブラックは紙束に書かれた荒い文章の調査報告を読みながら、目を細めた。
――――この報告書には、シムラーの「オモテ」での行動が記されている。
勿論、トルベールの優秀な調査班があっての結果だが、さしものブラックもまさかこうも簡単にシムラーの情報が引き出せるとは思っていなかった。
貴族相手にあくどい商売をしているのだから、相手の正体の爪先でも見えれば……と思っていたのが、まさかこんなに膨大な情報を寄越されるとは。
精査が大変だと思いつつも、今ここに居ないツカサの事を思うと、目の疲れなど気にしていられなかった。彼はまだ囚われている。早く、助けなければならない。
焦燥感に駆られつつも報告を流し読み、トルベールと共に情報を統合していくと、シムラーに関する事実が次々に表面に浮かんできた。
ここまで簡単に行くと情報操作でもされているのかと疑いたくなるが、今までが捜査が困難だったせいかもしれない。
(裏社会の奴なら、密偵はお手の物だもんな……今まで培ってきた暗殺や間諜の技術が、表では尋常でないほど発揮されただけかも知れない。……やれやれ、裏社会ってのも本当に厄介だね)
ブラックにも、探られて痛い腹は在る。
だからこそ、ジャハナムの者達が持つ調査技術は恐ろしかった。
今は、自分の素性に関する事を暴かれては困る。
なるべき敵に回したくない物だがと考えつつ、ブラックはシムラーの調査結果を今一度読み返してみた。
まず目に入ったのは、シムラーの素性だ。
彼はジャハナムでは名前と大まかな職業以外の事は全く明かしていなかったが、表から彼を調べてみると、彼はやはり裏社会の人間ではない事が解った。
それどころか、この国の人間ですらなかったのだ。
彼に財産を吸い取られた人々から聞いた話では、彼は隣国である【アランベール帝国】から来た貴族であり、このハーモニック連合国では貿易関係の仕事をしていると言って立ち回っていたらしい。
他の国と違って、ライクネス王国とアランベール帝国には多くの位の高い人間が存在し、その繁栄の歴史も長いことから、その二国の貴族は他国でも一目置かれる人々として扱われている。ハーモニックは貴族制のない部族を中心とした集まりであるため、貴族と言う存在は一種の王族に近い扱いを受ける事も有った。
そのため、騙された人達はころりとシムラーを信用してしまい、あの賭博場へと案内されてしまったのだと言う。
簡単に言えば下らない騙され話だが、シムラー相手では仕方のない事だろう。
「世界協定に正規の方法で掛け合って、アランベールに貴族シムラー家が存在しているかを問い合わせましたが……答えは『否』でしたわ」
「そうだろうね。アランベールの貴族でシムラーなんて聞いた事ないし」
「ご存じなんすか、かの帝国の貴族」
「一応知っておかなきゃならない知識だったからね」
貴族の名前など覚えても何の役にも立たないと思っていたが、今回は役立ったらしい。本当に、何がどこで良く作用するか解らない物だ。
その上、ツカサを助けるために使えるのなら、無駄な知識もより有用に思えた。
「ホント、鉄仮面君が言うように博識っすよねぇ……。あ、そうそう。それでですね、このシムラーの足跡なんですけど……存命の奴とそうでない奴どっちも調べる内に、ちょっとおかしな事が出てきたんですよね」
「裏社会で取引されるはずのヤバい物を表で売っていたことかい」
「いえ、それも有るんスけどね……これ見て下さいよ」
そう言って、トルベールはブラックにまだ未読だった資料を渡す。
ブラックはそれをさっと通してみて、相手の言わんとする所が解り顔を歪めた。
「…………ほう。みんな、被害に遭う前に必ず、シムラーに加えてもう二人の奴と知り合いになってるね。もしかして、こいつらが仲間か……?」
「この二人は、それぞれ表社会で名の知れた資産家でした。シムラーと繋がってるってんなら、この件に関わってるってのは間違いないと思います」
集められた資料の中には、被害者の証言や、謎の死を遂げた者達の周囲から得た情報がぎっしりと記されている。千差万別な情報の中で共通するのは、シムラーを含めた三人の「高い位の人間」と出会っている所だった。
これが真実だとすれば、シムラーは表社会で目を付けた金持ちをジャハナムまで連れて来て、金を全て吐き出させた上に笑いものにしていた事になる。
まったく、見下げ果てた外道だ。
しかも人の不幸まで金にするとは大した商人である。
この情報からシムラーの正体や目的は探れないかと思ったが、シムラーに関しては「貴族と詐称している」という情報以外は出て来ず、後の二人ともどこで知り合ったのかは不明だった。
ただ、その「他の二人」に関しての情報は潤沢で、そちらの行動記録を見る内にブラックはある事実に辿り着いた。
彼ら二人は、必ず定期的に国外へと旅行に行っている。
その旅行の時期と、裏社会で略奪が起こっている時期が合致するのだ。しかも、彼らは旅行には必ず数人の「お供」を付けていた。
そのお供は、赤と青の陣営両方に居る“特定の奴ら”が「仕事」としてジャハナムを出ている時期に出現している。それが一度や二度ならば偶然で片付けられたが、それ以上ともなると……。
「……どうやら、証拠が出て来たみたいだね」
「ッスね。ただ、表のお偉いさんを押さえるのは俺らにはちょっと難しい事なんスよね……赤と青両方から裏切り者が出ている以上、制裁は加えなきゃなりませんが……しかし、その間に表の奴に国外逃亡されちまったら、俺らにはなす術がない」
「裏社会の人間を先に潰したら良いんじゃないのかい」
「簡単に他人に殺されるような奴ばかりだったら、俺らもこーんな回りくどい調査なんてしてませんて」
まあ、確かに。
旨味が有るからこそあんな掟破りをしたのだから、裏切り者達は恐らく死にもの狂いでこの世界から脱出しようとするだろう。必ず捕まえられると言うのならば、トルベールはもう捕獲に動いてるはずだ。
シムラー達がたらしこんだ裏切り者達は、それほど厄介な相手だったのだろう。
しかし、そうなると……。
「…………トルベール。僕はね、シムラーに『明日、またあの場所に熊男を連れて一緒に来い』と言われているんだ。……もちろん、君は抜きで」
「あー……でしょうね」
「相手は、僕が高位の術師だと言う事を知っている。恐らく、一人や二人は裏切り者を用意してくるだろう。全員とは行かないかも知れないが、それでもツカサ君を奪取するのは難しくなるだろうね。しかも、そこでシムラー達を捕まえれば、僕達は残りの裏切り者を逃してしまう事になる」
シムラーも流石に「全員集合」なんて愚かな事はやらないだろう。
用心棒を連れて来る事は考えるだろうが、それでも裏切り者全員ではない。
相手が手練れである以上、そこでシムラーを捕える訳にはいかなかった。
「全員揃ってなきゃ……どう考えても他の奴らには逃げられちまいますね……」
「……どうしたもんかな」
考えあぐねて、ブラックは組んだ手の上に顎を乗せる。
ツカサを早く助けて、こんな面倒な事には早く決着をつけてしまいたい。
だが、約束した以上トルベールの依頼は遂行しなければならないのだ。
それを考えると、シムラー達を力でねじ伏せて勝つという方法は取れなかった。
自分の中の感情は武力行使が手っ取り早いと喚くが、理性的な部分は「それでは相手を分散させて面倒なことになる」と正論を突きつける。
そう、明日ツカサを奪還したとて、話が解決するという訳ではない。
むしろ余計な問題を増やすことになりかねないのだ。
(ツカサ君……ごめん…………。信頼して、大丈夫だって思おうとしてるんだけど……本当に不安で、すぐ何もかも投げ出したくなってたまらないよ。……君は今も僕を信じて待っててくれているんだろうに……)
今日、ツカサは、ブラックを見上げて「俺を信頼しろ、俺の事は気にするな」と笑ってくれた。
それは言外に「俺はお前の事を信用しているから」と言っているのも同じで。
だからあの時は嬉しくて堪らず、抱き締めたくなるのを抑えるので大変だった。
ツカサは、自分を信頼してくれている。
信頼しているからこそ、同じように信頼して欲しいと言ってくれたのだ。
そんな気持ちが嬉しかったからこそ、こうしてツカサを人質にされて、のこのこ帰って来た。今度は絶対に取り返すと誓って、情けなく帰還したのだ。
だからこそ、考えなしの行動で全てを台無しにする訳には行かなかった。
けれど、どうすればいいのか。
二人して暫し無言で考えていたが――――。
「話はそれで終わりか」
背後から鬱陶しい声が聞こえて、ブラックは嫌悪に顔を歪めながら振り向いた。
「…………なんだい、唐突に話に入って来て」
寝起きで髪も乱れている熊男に、ブラックは不機嫌を凝縮した様な声で返す。
しかし熊男は頭を掻いて大あくびを擦るだけで、少しも堪えてないようだった。
それどころか、いつもの無表情でソファに座ったブラックを見下してくる。
「何やらよく解らん事をごちゃごちゃ言っているが、結論は出たのか」
「出てないから悩んでるんだけどね。君は頭まで獣なのかい」
「お前こそ脳まで不潔さが染みて来たのではないか。出ている結論を置いて悩むのは、策士のやる事じゃないと思うが」
ほう、言うじゃないか。
ひくりと口端を歪ませて目を細めるブラックに、熊男は頭を掻いた。
「じゃあ、聞かせて貰おうか。……何が結論だって? どうすれば良いのか、話をほとんど聞いてなかった君に判るのかい?」
「だ、旦那……そんなに兄さんを苛めなくても……」
「うるさい黙ってろ」
「ぁい」
萎縮して小さくなるトルベールを横目で見て、ブラックは睨んだ。
(お前に何が解る。ツカサ君は今も戦ってるんだ。僕は、ツカサ君を助けて裏切り者たちを一網打尽にしなきゃ行けないんだ。それを、どう解決したらいいかなんて、お前に解るはずがないだろうが……この、クソ熊め)
悩む必要のない獣は、何を言おうが気が楽だろう。
どうせこの男は自分には協力せずに、ただ突っ立っているだけなのだから。
何も考えずに寝ているだけなら、こんなに楽な事も無かろう。
そんな体たらくで、こちらの苦労も知らずに何を言えるのか。
殺してやろうかと思いつつ熊男を睨むブラックに、相手は相変わらずの無表情でブラックを見つめ返していたが――静かに口を開いた。
「生きているものは、内側からの攻撃に弱い」
「…………」
「演技をすればいいんだろう? その程度なら、オレにも出来る」
熊男……いや、クロウクルワッハの言葉に、ブラックは瞠目した。
「……協力すると?」
「ツカサの為だ。オレは、アイツがいなければずっと奴隷のままだった。だから、ツカサの為なら、オレはお前のような奴とも協力する」
相手の静かな声に、ブラックは僅かに逡巡して――――頷いた。
「……そうだね。その気持ちだけは、よく解るよ」
「初めて意見が合ったな」
意外そうなその言葉に、ブラックは呆れたように溜息を吐いた。
……この男は、嫌いだ。
ツカサに並々ならぬ興味を持っているし、自分達の間に強引に入って来ようとする危うさを感じるから。
だが、彼もまたツカサを大事に思っているのなら、いくらでも協力出来る。
少なくともシムラーに協力するより何倍もマシだった。
それに、この男の呟いた言葉は……確かに、的を得ている。
「…………長い戦いになりそうだね」
長い溜息を吐いて手を差し出すブラックに、クロウクルワッハは静かに頷くと、その武骨な手をしっかりと握り返した。
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