異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

25.アイツは嘘すら正直に「嘘」と言うから

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 そうして、どうする事も出来ずただ静かに待ち続けていると……再び、遠くから足音が近付いてきた。あれからまただいぶん時間が経っているが、一体誰だろう。
 緊張しつつベッドから降り、壁の向こうをうかがっていると、不意に扉が開いた。

「ルギ君」

 そう言って入って来たのは、シムラーだ。
 しかし彼はブラックを連れて来ておらず、俺は思わず相手の顔を見上げた。

「あの……団長は」

 問いかける俺に、シムラーは分かり易く悲しそうな顔をして俺に近付いて来る。
 そうして両肩を掴むと、「よく聞いて」と話を切り出した。

「彼は……もうここへは来ないかも知れない」
「……え?」

 どういう事だと眉間に皺を寄せる俺に、シムラーは悲しげに眼を細めて俺を見つめる。まるで、俺が哀れとでも言わんばかりに。

「団長さんには、君が私の事を憎からず思ってくれている事と、それでも君が彼を好きだと言う事を話した。その上で、私の所へ来ないかと打診したのだが……」
「なんですか。団長は何を言ったんですか?」
「……手切れ金を、要求されたよ。それで、君を切り捨てると」

 …………はあ?

 嘘も大概たいがいにしろよ。ブラックがそんなこと言う訳ねーじゃん。
 そもそもアイツ団長じゃねーし、そんな事言う必要もねーし。
 これは恐らく……俺をここに強制的に居させるための工作か何かだな。
 でも、その「はぁ?」という表情を見せる訳にはいかない。

 俺は逆方向に上がりそうになる眉を必死に下へと曲げながら、さぞ不安だろうと言われそうな声でシムラーにすがるような目を向けた。

「手切れ金なんて……どうしてそんな事に」
「……君には酷な事を聞かせてしまうが……他の男にうつつをぬかすようになった団員はいらないと言っていた」
「そんな……」
「嘘じゃない。辛い事実だけど事実なんだ。だから、この際、私は君にはっきりと言って置かねばと思って、正直に話したんだよ。……彼との爛れた関係を断ち切るためにも」

 真剣な顔をして、俺の頬を包み込むシムラー。
 その曇り一つない瞳を見返しながら、俺は内心相手の実力に舌を巻いていた。
 こんなもん、心の弱い深窓の令嬢とかだったらコロっと騙されてただろうな。

 俺は「それは嘘だ」って確信できてるから、心の中は平然としてられるけど……ここまで真剣に見つめられてこんな事言われちゃ、誰だって動揺するよ。
 しかも、俺は今シムラーにもちょっと心が傾いてるって設定だし……。
 もしその設定が本当の事だったら、どうなっていたか解らないな。

 しかし、そんな俺に心を落ち着かせる暇も与えずにこういう事をやるってのは、ちょっと怖い。
 本当に、俺が「ただの踊り子」じゃなくて良かった。

 無意識の内に顔の体温を失くしていた俺を見て、シムラーは切なげな表情のまま口を微笑ませる。

「私の事が信じられないかい?」
「い、いえ……」
「そうだよね……急にこんな事を聞かせて信じてくれと言っても、難しいか……」

 押しては引く。「信じて貰えないかも」という態度が、逆に信憑性しんぴょうせいを高める。
 その姿は、シムラーを少しでも信じている人間なら、無意識に「信じられる物」だと感じてしまうだろう。だが、俺には。

「…………」

 自然と足が後ろへと下がって、シムラーと距離を取ろうと体が動く。
 そんな俺の態度に、シムラーは困った顔で首を傾げた。

「どうしたんだい」
「あ、いえ……あの……なんて、いうか……」

 言えばいい。
 そんな事信じられません、本当なんですかと。

 だけど俺は何故か喉が震えて声が出せなかった。

「…………っ」

 怖いんだ、俺は。
 こんなに「本当に近い」嘘を上手に話す事が出来る、シムラーが。

「…………ルギ君? どうしたの?」

 優しい笑顔をして近付いて来るシムラーに、俺は今度こそ明確に顔を歪めて一歩後退あとずさる。それは失策だと解っていても、どうしようもなかった。
 今まで耐えて来たのに、今になって怖いと思うなんて。

 何でだろう。どうして、本当のような嘘を吐く相手が怖いと思うのか。
 相手はまだ俺に何もしていない。ただ、言葉で俺を丸め込もうとしているだけだ。その本性を、完全に見せずに押し隠したままで。
 ただ、それだけなのに……。

「…………」

 そこまで考えて、ようやく俺は自分が何に怖がっているのかを自覚した。

 ……そうか。
 俺は、本当の感情が見えない相手が怖いんだ。
 今まで出会って来た人達は、本性を偽る事なんてしない人達ばかりだったから。どんな悪人であっても、小さな綻びが見えて本性を察知する事が出来たから。
 だから、俺はシムラーが怖くなったんだ。

 シムラーが、そんな人達とはまるで違う……、悪人だから。

「……どうして、私を怖がるのかな」

 短い沈黙が、さらに俺の恐怖を煽った。
 もしかしたら……シムラーは気付いてしまったのか。

 今逃げるべきか、と思ったが、そんな事をすれば計画が総崩れになる。シムラーの悪事が露見するまでは逃げる事なんて出来ない。例え怖がっているとバレても、俺は何とかして嘘をつき続けなければならなかった。

 怖がってる、場合じゃない。
 俺は震える喉をぐっと抑えながら、必死で首を振った。

「い、いえ、あの……」
「…………そうか。君の能力と言うのは、そういう事か」
「……え?」

 どういうことだ、と一瞬気を取られた、刹那。
 俺は強引に腕を掴まれて、そのまま地面に押し倒された。

「ぐぁっ……!!」

 したたかに背中を打って、俺はうめく。だが痛みに体を丸める事すらも許されず、そのままシムラーは俺の体にのしかかって来た。
 相手は俺の足を足で押さえつけ、両手を手で固定する。
 大人の力に敵わない貧弱な俺は、全身を固定された事に気付いて目を見張った。

 そんな俺に、シムラーは薄らとした笑みで、顔を近付けてくる。
 反射的に顔を合わせてしまった俺に、相手はその表情のままで呟いた。

「……人の嘘に聡いのかい。それとも……また別に力が有るのかな」
「は……? あ、あの、ティオ、さ……」
「分かってるよ。君、本当は私の事なんて好きでもなんでもないんだろう?」
「――――っ」

 まさか、バレてた……?

 しかしここで驚いた顔をしてしまえば、相手の思い通りになってしまう。
 俺は少しでも油断させる為に、驚愕に歪みそうになる顔を必死に困惑に直した。

「そんな、こと」
「違うのかな? 私の事は別になんとも思ってなくて……本当は……団長の事しか考えてなかったんじゃないか?」

 違う。この前から的外れな事言いやがって。
 俺がアイツを好きだって勘違いしているから、そんな考えになるのか。

 お前への感情が嘘だと解っていても、お前はまだ俺を誤解している。
 そこに付け入る隙はないかと、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。
 だけど、その程度で相手に勝てる訳も無く。

「その反応、思ってたのと違うんだよなあ。……私はてっきり、君なら『嘘だ』と叫んで半狂乱になるか、私に縋りつくと思ってたのに……まさか恐怖に顔を歪めるなんてね。それって……私の言う事よりも、私の態度に対して違和感を感じたからだろう? 凄いね。実に凄い事だよ」

 バレてる。
 また顔が青ざめそうだったが、今度はそれすらも許されそうにない。
 至近距離で顔を見られてたんじゃ、感情を鎮めようと努力しても、表情のわずかな歪みで動揺してると解っちまう。嘘つき勝負でシムラーに勝てない俺では、きっと見抜かれるに違いない。

 その予想は残念ながら当たりだったようで、俺の表情から何かを読み取ったのか、シムラーは薄い笑みのままでニイッと口を大きく歪ませた。

「ハハハ……君にはどうやら、最初から私の『仮面』が通じてなかったみたいだね……まあでも、もう遅いよ」
「え……」
「君はもう、私の物だ。もう団長の元へは帰れないよ」

 どういう事だ。もしかして、交渉自体は本当に決裂してしまったのか?
 いや、違うだろう。ブラックはそんな失敗なんか絶対にしない。恐らく、何らかの交渉が有って、俺は人質としてシムラーに囚われる事になったのだ。
 そうでなければ、ブラックが助けに来ないなんて事は有り得ないだろう。

 だから、違う。
 怖がるな。絶対に助けは来る。
 その間に、俺はシムラーを陥落させる方法を考えるんだ。

 シムラーの言葉に呑まれるな、恐ろしさに呑まれるな。
 ブラックに「大丈夫だから信頼しろ」って言ったのは、俺自身なんだ。
 ここで負けたら、男が廃る。

「わ、私のものって……どういう、ことですか」
「……何かを言う余裕は残ってるんだね。ああ、やはり君は素敵だよ……ルギ君」
「答えて下さい」
「でもね、に一々説明する義務はないと思うんだ」

 シムラーはそう言って笑うと、俺の腕を片手で纏めると、ズボンのポケットから何かを取り出した。それは、何かの小瓶だ。なんかめっちゃ黄色い。
 え、なに。汁? レモン汁か何か?

「なっ……それ、なん、ですか」
「何って決まってるじゃない。これは、大人しくして貰うための薬だよ……っ!」
「んぐっ!?」

 ちょっ、まっ、飲ませるなっ!!
 どう考えてもおかしい薬じゃねーかこれ! 媚薬とかじゃねーよな、石化薬とかだったら逆にヤバいぞ、おいっ、何飲ませたんだこれ!

「安心して、ただの“特別な”痺れ薬だから」
「う、そ……」
「本当さ。君には、しばらく大人しくして貰わないといけないからね。……あの男を手に入れる為にもさ……」

 シムラーの体が離れていく。今が逃げ時かと思って体に力を入れようとしたが、しかし腕と脚はじんじんと痺れて動きが鈍くなっていた。

 意識ははっきりしているのに、体がもう動かない。
 再び青ざめる俺を見下ろして満足げに笑いながら、シムラーは俺を抱え上げた。また、あの、うやうやしいお姫様抱っこで。

「さあ、もっと安全な場所に行こうか」
「お、まえ」
「安心して。彼とはちゃんと『まだ何もしない』って約束してるからさ……フフフ……だから今は、君も大人しくしていてくれよ」

 何を約束したってんだ。ブラックと、何を……。

「っ……ぅ…………」

 口までじりじりと痺れて来て、もう何も喋れなくなる。
 頭までぼんやりと霞みがかって来てしまい、俺はついに力を失って頭を空に投げ出した。ああ、もう、だめだ。目蓋すら、重い。

「さすがは闇で取引される薬。人間にもよく聞くな」

 くそ……この…………嘘つきめ……。

「さて、全てが終わったら君に何をさせようかな」

 楽しそうにうそぶく声を遠くに効きながら……俺は、完全に意識を失った。












※次はやっぱりブラック視点です(´・ω・`)
 
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