異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

24.友達というもの

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「うーむ……困った」

 証拠を手に入れたはいいが、あれから二時間くらい経っているのに一向に迎えが来ない。ブラックとシムラーの取引はそれほど長引いているんだろうか。
 俺は檻の中の虎のようにぐるぐると部屋の中を回っていたが、思い立ってドアをノックしてみた。が、まあ、反応はない。

 外から鍵を掛けられているし、ここの施設の鍵は構造が複雑だ。仮に俺が金の曜術を使ったとしても、解除は難しいだろう。
 って事は、待つしかない訳だが……ただ待ってるってのもなあ。

「脱出ゲームにありがちな通気ダクトとかも見当たらないし、どうしたもんか」

 この部屋から出なきゃ状況も解らん。やっぱ人を呼ぶか。
 とりあえず誰かに聞こえるだろうと思い、俺は太鼓を達人のごとく叩きまくった。
 刻め大和魂のビート、轟け木製の扉! とかアホな事を思いつつドコドコ叩く。
 こんくらい煩けりゃさすがに黙っちゃいられないよな。
 そう思っていると、ドアが唐突に開いた。

「うがっ」

 いっ、いってえええええ!! 顔面直撃したんスけどぉおお!!
 思いっきり鼻を打ってゴロゴロ転がる俺に、扉の外から男が怒鳴り散らす。

「おいっ、うるせーぞ! なにご機嫌な音頭取ってんだ!!」

 ご機嫌じゃないからドコドコやってたんスけどね、とは言えず、俺は慌てて体勢を直すと、部屋に入って来た従業員の男を見上げて笑った。

「あ、あのー……トイレに行きたいんですが……」
「トイレだあ!? あのなあ、そう言うのはちゃんと声で呼べよ!」
「いやー、漏れそうだったんでつい……」

 つーかさっき扉ドンドンした時来てくれなかったじゃん。
 内心舌打ちしたかったけど、あはは~と気の抜けた笑顔で笑って、俺は従業員の背中を押した。

「いやー助かりました本当、ではトイレに……」
「待て待て、お前のことは支配人から見張ってろって言われてんだよ。出歩かせる訳にはいかねえ」
「んじゃトイレ付いて来て下さいよ。監視して良いんで」
「な、なんだ。妙に物分りがいいな……」

 そりゃ、軟禁されてるってのは嫌でも判るからね。
 って言うかさ、こんな口の悪い従業員に見張らせてるんだから、シムラーはもう俺をお客様扱いする気はないんだろうなあ。完全に軟禁状態だし、俺を人質にしてブラックを今日中に落とそうとしてるのかも。何時間も俺を放って置いてるって事は、もう本性を出してこっちを潰しに来てるって事だし。

 今頃、ブラックの方では「紳士の本性がついに!」なんて事になってんのかな。
 色々と気になったが、今は考えている暇はない。

 まずは脱出工作からだ、と従業員の兄さんを押して外に出ようとするが、相手は「まずは支配人に訊いてくる、逃げられたら困るし」なんて言って来た。
 くそう、意外と手下の教育が行き届いているぞシムラーめ。

 ヤバいと思ったが、しかし話した限り相手はどうも流されやすいタチらしい。
 それならこっちにだって手はある。

「やっぱり支配人に確認を……」
「まあまあ。数分だし、トイレの前で見張ってればいいじゃないですか。今は商談中なんだろうし、邪魔したら怒られるかもですよ」
「えっ、そうか……?」
「だと思いますよ。支配人厳しい人なんでしょう?」

 口から出まかせを言うと、従業員は青くなって震えだした。
 えっ、そんなに怖いのシムラー。

「……そんなに怖いんスか?」
「こ、怖ぇなんてもんじゃねえよ……支配人はあの顔で……あっ、いけね! ダメダメ、何も言わねーからな。とにかくすぐ済ませろよ」

 行くぞ、と背後に回られて手で押され、俺は昨日行ったトイレへとまた向かう。
 あのトイレの近くにはマグナの部屋が有る。とにかくそこまで行けば、なんとかなるかもしれん。問題は……この見張りをどうするかだな。

 賭場を横切って別の扉を開けて、俺達はトイレへと向かう。
 見張りの従業員をトイレの外で待たせ、俺はとりあえず個室へと入った。

「出来る事と言えばー……これだけだなあ」

 そう言いつつ、俺は装飾品の一つである腕輪を見やる。
 腕輪は金で出来ており、見事な細工がされている。もちろん、コレは借り物だ。この件が終わったらトルベールに返す予定だが、その腕輪には今、俺の「切り札」がめ込まれていた。
 見覚えのある水晶と、綺麗な桃色に染まった宝石。

 そう、ペコリアを呼ぶ為の召喚珠しょうかんじゅと、ブラックが作った隠蔽の水晶だ。

 俺の切り札けんお守りのその二つは、いざという時の大事なアイテムである。
 でも、ここで使うにはリスクが高すぎんだよなあ。

 俺が消えたら大騒ぎになるし、ペコリアを出しても大騒ぎになる。
 俺達の目的はあくまでも「謎の強奪犯」を捕まえる事で、シムラーを叩きのめす事じゃない。彼が犯人だと言う証拠が出ない限りは滅多な事は出来なかった。

「ぬー…………どうにかならないかなー……」

 隠蔽の水晶は行動に制限があるし、ペコリアも使い方がいまいち見えてこない。
 彼らは役目が終われば元の場所へ帰るみたいだけど、怪我をさせるような事はさせたくないし、そもそもあの従業員の目をあざむくために使うってのもなあ。
 どうやって使ったらいいんだろう。

 少し考えたが……俺は妙案を思いついた。

 そうだ。ペコリアを動かすんじゃなくて、俺を動かせばいいんじゃないか?

「よしっ、それだ!」

 俺は証拠品であるメモ紙の一つを取り出すと、それを裏返しメッセージを書いた。インクは、自分の目の縁に付けていた赤い化粧だ。
 こんな時に役立つとは思わなかった。化粧もしてみるもんだな。

「えーと……指で書くとちょっと書き辛いな」

 マグナへの手紙は、インクの都合も有って端的だ。
 「緊急! 仮眠室まで来い  ツカサ」としか描けなかった。だがまあ、マグナの事だから解ってくれるだろう。頭いいし。俺よりイケメンで頭いいし。
 いや、ひがんでないからな。ともかく、これで手紙は完成した。
 今度は、その手紙を一匹だけ出て来て貰ったペコリアに持っていてもらう。

「クゥ~」
「いいか? 俺達が見えなくなったら、俺達が出て行った方向の二番目のドアに、これを押し入れて、ドンドンと叩くんだ。ドンドンするの、分かる? 誰かが出て来るまでドンドンするんだよ」

 そう言うと、ペコリアは後ろ足で立ち上がり、個室の壁をドンドン叩いた。
 おお、流石モンスター。可愛い見かけの割に力が強い。
 そしてどうやらペコリアもある程度は俺の言う事が判るみたいだ。

 この程度のお願いなら、理解できるっぽい。
 まあ、もし扉を間違えたとしても、マグナは出て来てくれるだろう。
 扉をドンドンする奴なんてココにはいないだろうしな。

「おいどーした!」
「あっ、なんでもないっすー!」

 外の従業員に軽く声をかけて、俺は便座の上に座らせたペコリアを撫でる。

「今はお前が頼りなんだ。頼むぞ」
「クゥッ!」

 了解ですと言わんばかりに口にメモを加えて両手を上げる綿兎。
 ああもう本当可愛い愛おしい。
 もふもふした頭を撫でてもう一度頼むと、俺は従業員と一緒にそこを去った。
 さて、うまく行くと良いんだが。







 十分後。
 部屋に戻って大人しくしていた俺の耳に、ドタドタと変な音が聞こえてきた。
 変な音はこの部屋の前で止まり、従業員と誰かが話し合っている声がしていたと思ったら、足音が遠方へと去って行った。
 そして、ドアが開く。

「おい、ツカサ。お前どこにこんな綿毛を隠していた」

 少し苛ついた様子で言いながら、銀髪の美青年が入ってくる。その背中からモコモコとペコリアが顔を出した。おお、やってくれたか。

「ありがとなー」
「クゥーっ」

 マグナの肩を足場にして、俺の懐に飛び込んで来たペコリアは、撫でられてニコニコしながら煙を巻き上げて消えた。
 召喚獣はどの世界でも消え方が一緒なんだなあ。
 手に残ったふわふわの余韻を感じていると、マグナが苛ついた声で近付いて来る。

「質問に答えろ」
「あ、ああ……俺、召喚珠しょうかんじゅ持ってたから……」

 そう言うと、一転、マグナは驚いたように目を丸くして俺をジロジロみやる。
 な、何だよ。俺なんか変な事言った?

「お前…………見かけによらず強いんだな」
「いや、アレはペコリアがくれただけで、俺は別に戦って勝ったわけじゃないよ」
「……ますます、特異な奴だ」
「俺は普通の人間だってば。それより……メモ読んで来てくれたんだな」

 作戦が成功した嬉しさに、思わず笑顔になってマグナを見る俺に、相手は先程の驚いた顔をすぐに真面目な表情に切り替えた。さすが理系、話が分かる。

「まあ、内容が内容だったからな。と言うか血文字かと思って驚いたぞ」
「ごめんごめん」
「しかし、緊急事態とはなんだ? 俺はお前に協力すると言ったが、出来ることは少ないぞ。今も一時的に従業員を外に出したが……シムラーに気取られない程度となると数十分が限度だし、俺にはそれ以上の事は出来ない。無論、お前を手助けして脱出させると言うのも難しいぞ」

 だろうな。マグナはこの地下室に缶詰の身だ。
 研究室から滅多に出てこない人間がうろうろ歩き回ってたら怪しまれるし、大体シムラーがいるのにそんな事なんかさせられない。
 協力者のマグナにまで危害がおよんだら困るしな。
 だから、今回は脱出させて貰う為に呼んだのではない。

 俺はオホンと一つ咳払いをすると、マグナに向き合った。

「そんな難しい事は考えてないよ。ただ……少し、協力してほしい事が有って」
「協力?」
「何とかして、ここの鍵全部を無効にできる方法がないかなって」

 俺のそのお願いに、マグナは片眉をしかめた。

「なんで俺にそれを言う?」
「だって、ここの施設って鍵がめっちゃ複雑だったからさ。……普通、あんなに鍵の形が複雑な物になる事ってないし、だから鍵もお前が造ったもんだと思って」

 俺の何気ない推測に、マグナはまた目を見開いたが……今度は笑いだした。
 何かおかしいのか解らず首を傾げる俺に、相手は空涙そらなみだを拭いながら肩を揺らす。

「お前、金の曜術師でもないのに、鍵の構造に気を配っていたのか」
「え? いや、だって、あのごちゃついた鍵見たら誰だって特別だと思うだろ」
「フッ……ククク……お前は本当に特異な奴だな!」
「……もういっそ変な奴って言ってくれや」

 鍵の形がおかしいと気付くのの何が悪いんだ。
 こんな事で笑うマグナの方がよっぽど変な奴だと俺は思うんだがなあ。

 顔をしかめる俺に、マグナはすまんとばかりにこっちに手をやって笑いを収めた。

「いや、すまん。……しかしそうか……鍵か。確かに、今監禁されているお前にはそれが必要かもしれんな。…………よし、分かった」

 そう言うと、マグナはズボンのポケットから小さな何かを取り出した。
 ピンポン玉くらいの大きさのそれを、俺の掌を取って上に載せてくる。何だろうと思って見て見たら、それは金色をした小さな虫の置物だった。
 玉虫……かな? 金で出来た玉虫の置物ってすげー高価だな。

「これ、何だ?」
「俺がガキの頃に初めて作った『鍵蟲かぎむし』という曜具だ。気を籠めてから鍵穴に近付けると、形を変えて鍵穴に入り込み鍵を開ける」
「…………なんで、虫?」
「最初から鍵の形をしていたら、誰かにとられた時に面倒な事になるだろう」

 なるほど。こんな便利な物が誰かの手に渡ったら、とんでもない事になるよな。
 でも……これがあったらどんな鍵も開けられちまうんだよな?
 そんな大変な発明品、俺に貸してくれちゃって良いんだろうか?
 俺は一度たりとも動かない鍵蟲を指で突きながら、マグナを見上げた。

「こんなスゲーもん借りちゃっていいの?」
「……お前には、借りが有るからな」
「そっか。……あんがとな」
「おう」

 照れくさいんだな、と自然と判る。
 だから、あえて何も言わないで感謝だけしておいた。

 大人や俺達よりも年下の子どもだったら、アンタを助けたいから大事な物を貸す……なんて言えるんだろうけど、俺達の年頃は思春期だったり反抗期だったりで、兎角感情が面倒くさい。だから妙に照れちゃって、本当の事を言えなかったりするのだ。

 可愛くないと思われるだろうけど、男には照れて何も言えない時だってある。
 久しぶりにそれを思い出して、俺は苦笑した。

 あー、なんか、ちょっと元居た世界が懐かしくなっちゃったな。
 こういう友達っぽい面倒くさい会話なんて、本当に久しぶりだったから。

「……ツカサ、お前何を変な顔してるんだ」
「いや、なんか……友達っていいなあと思って」
「友達?」

 またもや呆気あっけにとられたように目を丸くするマグナに、俺は照れて頭を掻く。

「お前と話してると、友達と話してるみたいだなって思って」
「…………お前は、俺を友達だと思っているのか」
「あ……ごめん……。マグナと話してるとなんかそう思えて……迷惑だったか?」

 二三回顔を合わせただけの奴に友達呼ばわりされるのは、流石に嫌だったかな。
 うかがうように相手を見ると――――

「……いや…………悪くない」

 マグナは、少し照れくさそうな笑みで……綺麗に笑っていた。

「…………」

 ……イケメンって、普通に笑うと本当にイケメンとしか言いようがないんだな。
 思わず見とれて言葉を失くす俺に、マグナは照れくさそうに少し顔を背けた。

「な、なんだよ。じろじろ見るな」
「あっ、ごっごめん」
「……と、とにかく。それが有れば、お前でもどうにか出来るはずだ。今はまだ暴れる気がないようだが……その時が来るまで、持っておけ」

 そう言って背を向けるマグナに、俺は笑って頷いた。

「うん、ありがとな。マグナ」
「…………俺が手助け出来る事は、少ない。……だが、何かあれば遠慮なく呼べ。……俺は……お前の友達らしいからな」
「マグナ……」

 えっ、えっ、もしかして……マグナも俺の事友達だと思ってくれたって事か?
 思わず目を丸くする俺に気付いたのかどうか、マグナは少し肩をすくめると、そのまま部屋を出て行ってしまった。次第に小さくなっていく足音を聞きながらも、俺は手の中に収められた小さな虫の置物を見る。

 それは、どんなにちっぽけな形でも、物凄く頼もしい物に見えた。

「俺って、本当色んな人に助けられてるよな」

 助けて貰わなけりゃ、俺は何も出来ない。
 だけど、そんな情けない自分でいるのも……そう悪い気分じゃない。

 それどころか、まだ手探りの状況なのに、何とかなるような気がしてくる。
 俺は鍵蟲を両手でしっかりと包み、今もシムラーと戦っているであろうブラックを思って静かに目を閉じた。











 
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