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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
21.真実を知る者は偽情を見抜く
しおりを挟む嘘を吐くと言うのは、予想外に大変だ。
詳しい所まで食い込まない嘘なら良いけど、深く掘られたり勘繰られたりすると整合性が取れなくなる。完璧に嘘を吐き続けられる人間っていうのは、よほど頭が良いか機転が効くかのどっちかなんだろう。
と言う事は、悔しい事実ではあるが俺はシムラーには敵わない。
俺はバカだし機転も効くかどうかのレベルだもんな。
だから、俺には嘘という技の他にもう一つ武器が必要なのだ。
とは言っても……。
「女々しいって言うのが武器ってどうなんだろう……」
感情と言う物は時に人を圧倒して押し流してしまう。
だから、相手がこちらに対して少しでも油断しているのなら、嘘がヘタでも付け入る隙は充分に有るだろう。
なーんて事は、人生経験が少ない俺でも、あの中年のお蔭で嫌と言うほど解ってしまってるんだけどな。でも、今回はそれを使うのには抵抗が有った。
だって、俺男だし。
泣いて泣いて相手を懐柔するのって、可愛い女の子の役目だし。
俺がやっても気持ち悪いだけだと思うんだが、やらないと仕方ないわけで。
呟きつつも俺はシムラーと落ち合い、またあの胸糞悪い場所に行くと、あらかじめブラック達と決めた「気持ち」をシムラーに伝えた。もちろん、乙女っぽく。
その気持ちと言うのは、もちろんシムラーに好意的な物だ。
先日のシムラーの誘いに乗るという事と、彼の言う通りにブラック達を引き入れても良いかと言う事。それを、上目遣いで遠慮がちに伝えたのだ。
シムラーはそんな俺の答えに嬉しそうに頷き、すべて任せてと言ってくれた。
騙す事に段々慣れてきたけど、正直あんまり慣れたくない。シムラーは紛うことなき悪人だけど、人の良い顔で嘘を嬉しがられるとやっぱり心が痛むし……。
喜ぶシムラーに感じなくていい罪悪感を感じつつ、俺はシムラーと話を進めた。
内容は、俺があの地下室で何をするかという具体的な事と、ブラック達を引き入れるにあたっての話など。睦言もささやかれたけど速攻で忘れた。
罪悪感は有るけど口説かれて嬉しいとは一言も言ってないぞ俺は。
そんなこんなで今は一息つき、俺は地下室に併設されているトイレに籠っていた。
「はぁー…………息が詰まる……」
この国は下水道が整っているから、トイレも俺達の世界とあまり変わらない。
洋式便所でケツを洗う機能がない古いタイプの奴だ。下水道が機能している場所では、水洗の洋式便座が基本みたいだな。
こうも近代的だと村とか蛮人街とかの下水道がない場所の事を考えてしまうが、あまり思い出したくはない。婆ちゃんの家の便所よりは酷かったと言っておこう。
まあ何度も野宿かましてたら、トイレの品質なんてどうでもよくなるんだけどな……。
ってそんな事を考えてる場合じゃないか。
俺は伸びをして緊張に凝った体を息抜きさせると、改めて体を弛緩させた。
「しっかし……夜の女王ねえ」
シムラーから言われた事を脳内で反芻しながら、俺は溜息を吐く。
月は無慈悲な夜の女王、なんて本が有ったような気がするが、シムラーは俺の事をまさにその「無慈悲な支配者」としてこの場所に据えようとしていたのだ。
古今東西、商売にはマスコットやミス○○と言うのが良いオプションになる。
時には商売自体をマスコット寄りに変えてしまうくらい、求心力が有るのだ。
シムラーも商売人としてその存在を常々考えていたらしく、この場の「支配者」としての存在が欲しかったらしい。それで、自分の心を奪った妖艶(かっこわらい)な踊りを披露していた俺を大抜擢したという訳だ。
で、俺のやる事はと言うと、本当に客寄せパンダ。
支配者と言う肩書ではあるが、俺は別段何もしない。ただこの地下室の象徴として時折姿を見せ、シムラー達の用意した余興を説明し披露する。それだけ。
裏側から見れば「ただの司会者じゃん」って感じだけど、外から見れば煌びやかに着飾って悪趣味な余興を愉しそうに始める俺は、まさに支配者に見えるだろう。
カラクリが見えなければ、誰も俺がハリボテの支配者とは思わないのだ。
裏ボスに操られる表ボスって、こんな気持ちなのかなあ……。
「シムラーがやっても映えると思うんだけどな、支配者って……」
あいつは美形だし、このエグい世界でも充分支配者ヅラできるんじゃないの。
そうは思うけど、シムラーにはそう出来ない理由があるんだろうな。
まあ、大体察しはつくけど。
……あいつがもし俺達の追ってる奴なら、表社会の奴らにもここを経営していると思われたくないはずだ。シムラーは宴に出席する以外の足跡を残していない。トルベール達にも掴めないんだから、本当に用意周到に事を運んでいるはずだ。
とすれば、支配者としてうっかり顔を出して顔を完全に覚えられるのは避けたいだろう。表社会の人間は口が軽いし、脅されたら命惜しさに喋るだろうからな。
そうすれば、この危ない店を運営していた事が証拠になり、制裁は免れない。
シムラーはそうならないように、俺をこの店の実質的な店主にしたいのだ。
ま、ようするに身代わりだよな。
女王とか支配者とか体のいい事言ってくれちゃってさ、実際は俺を利用して搾り取る気マンマンなんじゃん。甘い言葉で隠してるけど、最初から疑ってかかってた俺には通用しないもんね。
って言うか、そう考えるとマジでシムラーって悪い奴だよな。
惚れさせた奴を使い倒して、都合が悪くなれば身代わりにしようだなんて。
でも……それだけじゃないような気がするんだよな。
「…………」
俺はこの前ここで囁かれた言葉を、もう一度思い出してみる。
引っかかっているのは、二つの言葉だ。
――私は、失敗するような遊びはしない主義なんだ。
――君があの団長を好きなままでもいい。私は一縷の望みに賭けるよ。
……これ、おかしくないか?
失敗の可能性がある遊びはしない主義なのに、俺を完全に失うかも知れない賭けをする……なんて、どう考えても矛盾している。
もしシムラーが本当に勝ちにこだわる人間なら、俺を団長のブラックから完全に引き離した上でこの場所に連れて来たはずだ。俺がブラックを好き(仮)なままで良いだなんて、みすみす勝ちを逃してるようなもんじゃないか。
つまり、シムラーの発言は矛盾している。
どちらかが嘘であったとしても、シムラーが俺をこの場所に連れて来た時点で、彼は「許しを請う」と誓ったはずの俺を利用しようとしている事になるのだ。
これって結局俺を好きって事じゃないよな。
利用しようとしてるけど好きって、どう考えてもおかしいよ。
好きってのはそういうモンじゃないはずだ。
「もっとこう……相手のためなら頑張るっていうか……見返りが欲しいとか、そんなんじゃなくて…………」
相手のためなら、自分が嫌な事でも我慢できる。
好きだから、嫌な事だって許してしまう。
相手が幸せなら、まあいいかって思える。
どんなにそれが嫌だと思っても、自然とそんな行動をしてしまうのが……
好きって、事じゃないのかな。
「…………うん。……うん?」
なんかちょっと色々引っかかったけど、何だろう。
自分で言って置いて自分の考えが良く解らないけど、とにかく、シムラーの「俺が好き」っていう発言はウソだ。あいつは完全に俺を利用しようとしている。
なら、何が目的なのか。
少し考えて、俺はふとある可能性に思い至った。
……もし。
もし、あのシムラーの目的が、俺じゃないとすれば?
「……ありえる、かも」
あの男の目は、仕草は、ずっと怖かった。
俺を熱く見つめているようでそうではない、あの怜悧な目が怖かった。
それがもし俺の直感の通り「恋をした相手に向ける目」ではないとすれば、俺を利用しようとし、本来の目的を達成するために堪えているめだとすれば……。
「このまま居座る訳には、いかないよな」
ブラック達を連れて来た時、恐らくシムラーは本当の目的を進めて来るはずだ。
その前に、俺はこの場所となんら関係ないようにしておかねばならない。
シムラーに引き摺られて一緒に逮捕だなんてごめんだ。
俺には、トルベールと同じように帰る場所が有る。
守りたいものだってあるんだ。
「…………うっし。やるか!」
今朝と同じように両頬を叩いて、俺は立ち上がった。
一人で頑張るって決めたんだ。ブラック達が来るまでは頑張らないと。
俺はトイレを出ると、再びシムラーの居る所へ戻ろうと廊下に歩を進めた。
貴族達の地下室にはあのフロアの他にいくつかの部屋が有る。俺はまだベッドの部屋と応接室のあるドアと、このトイレに続く廊下のドアにしか入った事がないけど……もしかしたら、ドアのどれかに表の世界と通じるドアがあるかもしれない。
そこから表の人間達が入って来ているとすれば、話は簡単なんだけどな……。
考えつつ、俺は廊下を歩く。
廊下にはいくつか扉が有るが、鍵が付いていて開きそうになかった。
うーん、開錠の術とかあればなあ……っていうか、こういうのって金の曜術師が得意なんじゃないのか? 鍵って、金属だよな?
そこまで考えて、俺はざっと青ざめた。
「も……もしかしてあのオッサン……金の曜術で鍵あけて入って来たのか!?」
そ、そうだよ。金の曜術師なら金属を自由に操れるんじゃないか。
だからこの前は鍵を開けて部屋に入ってこれたのか。
待てよ、ってことは俺って逃げ場がないってことでえええ。
「あああああこれからどうやってアイツから隠れればああああ」
頭を抱えて叫んでしまうが、どうか許して。一人で部屋に籠るとか絶対に安全だと思ってたのに、その逃げ場が無くなったんですよ。察して俺の気持ち。
思わず壁に頭をぶつけて絶望に打ちひしがれている、と。
「うるさいな。誰だ」
ガチャ、と音がして、鍵が掛かっていた扉が開く。
誰が出て来たのかと俺はそちらの方を振り向いて、目を見開いた。
「あ、あんた……」
前方にある、やけに頑丈そうな扉の向こう。
そこには、思っても見ない奴がいた。
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