異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

20.素直なチャラ男と素直じゃない子

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 トルベールが、怪訝そうな顔で俺をジロジロと見ている。
 しかし俺は鉄壁の装備をしているので、見られたとて何とも思わない。テーブルを挟んでしばし睨み合っていたが、やがて我慢出来なくなったのか、トルベールが俺に問いかけて来た。

「…………鉄仮面君」
「あい」
「なんでまた鉄仮面かぶってるの?」
「やむを得ぬ事情があるのでしばらく放っておいてください」

 万国共通、時間の概念が有る限り、世界に朝はやってくる。
 惰眠だみんを貪った俺は当然、寝れば少しはマシになるだろうと思っていたが、昨日の事を思い出すとどうしても赤面が収まらなくて、苦し紛れに何故か持ってきていた鉄仮面を装備したと言う訳だ。

 赤ら顔をからかわれるより、鉄仮面を付けて不気味がられた方がましだ。
 ブラックが俺の近くにいる以上、俺は気持ちが落ち着くまで仮面を被るしかないのだ。幸い今日は踊りもないしシムラーも迎えに来ないしな。

 変に意識するのも格好悪いけど、こればっかりは仕方ない。
 ……俺は好きじゃないぞ。言っておくが、これはそう言うんじゃないぞ。
 意識して真っ赤になるからだからな……って誰に弁解してるんだ俺は。

「まあまあ、良いじゃない。さて……昨日の話だけど、どうなったんだい」

 ああもうチクショウこの中年、一人だけいつもと変わらない顔で笑いやがって。
 イラっとしたけどその分ちょっと頭が冷静になったのでまあいいか。
 ゴホンと咳払いをして、俺はトルベールとブラックに昨日の事を話した。

 ちなみに、クロウとロクは二人でぐっすり寝ている。
 どうぶつって可愛いね。げっそり。

「……ふむ、なるほど。地下賭博場か……」

 俺の話を聞いて、ブラックが真剣な顔であごさする。
 トルベールも難しそうな顔をして、茶髪の頭をがしゃがしゃ掻き回していた。

「かぁーっあんのキザ男ッ! 俺らのショバいいように荒らしやがってッ、聞いてねーぞ賭博場なんて! 誰に許可取って出してんだーッ!!」
「えっ、えっ? あの店、営業許可ないんスか?」

 いきなり叫び出したので俺もブラックも驚いたが、トルベールはそんなの関係ねえとばかりに地団太を踏みながらギリギリと歯軋りをする。
 こ、こんなに怒ってるトルベール初めて見たかも……。

「許可も何も、商業関係は全部赤陣営の仕事なんだよッ! クソッ、って事は赤の陣営にも裏切り者がいるってのか!?」
「そう言われてみればそうだね。赤の陣営がジャハナムの施設を全て管理してるなら、青の陣営のシムラーがあんな場所に店を持てる訳がないし」

 ブラックの冷静な言葉に、俺も鉄仮面を鳴らして頷く。確かにそうだな。
 俺はそんな事深く考えてなかったけど、そう言えば赤の陣営が商業関係で、青の陣営が個人で暗殺や傭兵とかをやる実動部隊だっけか。

 青の陣営は来るもの拒まずだけど、だからといって赤の真似事をやっていいとは思ってないだろうしな。裏社会の人達は縄張りを大事にするから、青の陣営が勝手に店を持ってると知ったら、赤の陣営は黙っていないだろう。
 あのナイスバディーな妖艶美女の赤お姉さまも許さないはずだ。

「赤の大元おおもとは知らない……んですよね?」
「ああ、こんなこと知ってたらすぐ潰しただろーな。大体、賭場ってのは操作するとしても二割程度だ。それ以上は店の信用にも関わるし、第一客が回らねぇ。俺達は搾取するために賭場やってるんじゃねぇ、あくまでも『大人の遊び場』を提供する為にやってんだ。それをこんな汚ねぇ店にしやがって……っ!」

 二割って、やっぱ操作する事はあるんですね……。
 とは思ったけど、トルベールの憤りは俺もかなり理解出来た。
 ちゃんとした商売として提供している側からすれば、あの「貴族達の遊び場」は我慢ならない物だろう。
 悪趣味を凝縮した場所にも仁義ってものはあるもんだしな。
 しかし、色々と疑問が有る。

「あの店が赤の陣営の誰かの提供だとしても……シムラーはなんだってあんな賭場を作ったんだろ? あんな悪趣味なの、普通の頭じゃ考えつかないし……そもそも地下に集ってた人や賭場で遊んでいた人は、どこであの賭場を知ったんだ? 俺をそこに置きたがるのも解らないし、何がしたいんだか……」

 俺の疑問ラッシュに、トルベールとブラックは腕を組んで悩む。
 二人とも俺と同じ所でつまずいているらしく、その答えは実に自信なさげだった。

「ツカサ君の言う通り、地下で遊んでいた奴らが本当に地位の高い人間だったら、シムラーは表社会になんらかのツテが有るんじゃないかな。恐らく……賭場を作ったのも、ジャハナムに降りなきゃ遊べないくらいの大物達だったからとか……」

 ブラックの推測に、トルベールは深く頷く。

「それあり得るっすね。ジャハナムに関わってる金持ちはみんな調べましたけど、別に怪しい所は無かった。って事は……外部の人間が集まってるって事だ。恐らく賭場で泣かされてるカモも同じでしょう」

 って事は……シムラーはわざわざ彼らを裏社会まで案内して、あんな事を。
 でも、この場所って普通の人間にはおいそれとは判らない場所じゃ?

「あの……そんなホイホイ外部の人間に教えていい物なの? ここって」
「ンなわけねーっしょ、鉄仮面君。裏社会はあくまでも影で動くもので、俺達には基本的に許可がでなけりゃ表で名を出す権限すらない。赤だの青だの自由で退廃だの言ってるが、ここも結局は規律に守られた場所なんだ」

 自由に欲望を発散できる場だからこそ、規律が存在する。
 逆に言えば、その規律のおかげで、街中で何をしようが許されてる訳で。

「じゃあ、シムラーがやってる……のかはまだ判らないけど……シムラーが関わっているあの賭場は完全にヤバいよな。表社会の人がうっかり喋ったせいで、雪崩なだれ込んで来たら……」
「この地下世界は破滅するだろうな。神様に不道徳だとか言われて焼かれる暇なんざねえ。表の奴らは覚悟もケジメもねえ蛆虫が多いし、ただ『好き勝手やれる』と勘違いしてやって来られたら、さすがの俺らでも相手しきれねーよ」

 トルベールのやけくそ気味な言葉に、俺とブラックは黙り込む。
 確かに、裏社会は規律が遵守じゅんしゅされ円滑に回っている。だがそれは、この場所に身を沈める覚悟があってのことだ。その覚悟が認められたからこそ、彼らはならず者なりに礼儀を持ち、この街で自由を謳歌している。それを知らない人間が入り込んで好き勝手やってたら、不満も憎悪も巻き起こるだろう。

 ルールを守らない人間が大量にやって来て、「非合法の場所だから何をしても良い」なんて理由で暴れまくったら、秩序なんてすぐ崩壊しちまう。
 そして、裏社会で覚悟して生きて来た人達の居場所を奪って潰し、表世界の人達は知らぬふりをして帰っていくんだ。自分達はここの人間ではないから、と。

 容易に想像できる最悪の展開に、俺は仮面の中で顔を歪める。
 「人間のサガ、悪なり!」とまでは言わないけど、性善説を押し切れるほど人は優しくない。表の世界でも、クラレットみたいな奴がいるしな。

 それを考えると、自体は予想外に深刻な事が解ってくる。
 鉄仮面の中で眉根をしかめる俺だったが、バンと強くテーブルを叩く音がして反射的に顔を上げる。そこには、テーブルに両手を突いたトルベールがいて。

「クソッ……俺達は、ハーモニックに流れ着いてこの世界を選んだ。この場所しかないと思ったから、ジャハナムに入ったんだ。帰る場所が有る奴らとは違う……俺達の作り上げた居場所を奪われてたまるかよ……!」

 トルベールは、今までにない真剣な表情で顔を歪めていた。
 いつもはへらへらと笑っていたのに、チャラ男としか言いようのない奴だったのに、このジャハナムが汚される事を想像して憎悪に顔を歪めていたのだ。
 こんな顔、初めて見た。

 もしかしたら、自分の居場所の為に真面目にいきどおるこの姿こそが、彼の本当の姿なのかもしれない。今までのトルベールは、人を油断させる為の道化になってまで、一生懸命生きて来たんだろう。でも、それは彼の本性じゃなかった。
 本当の彼は、こんな風に一生懸命な人間なのだ。
 だから、赤の大元にも気に入られたのかな。

 俺から見ても、この街の事を真剣に考えるトルベールは格好良かった。

「君がそんな顔をするとは思わなかったな」

 ブラックの言葉に、トルベールは慌てて顔を叩く。
 そうして困惑したように顔を歪めた後、所在なげに口をへの字に曲げた。

「は……お恥ずかしいとこ見せちまって…………」
「良いじゃん、トルベールさんジャハナムの事が大好きなんだろ? 悪人でもなんでも、大事な場所を守ろうとする奴ってすっげー格好いいと思うよ」

 俺の言葉に、トルベールはいつもの軽薄な笑みじゃ無く、本当に優しそうな照れた笑みで俺を見た。……なんだ、ちゃんと笑えるんじゃん。
 チンピラでもチャラ男でも何でもない、普通の優しい人の笑顔。
 例え全身が悪に染まろうとも、心根までは黒く染まりきれないんだろう。そう思わせる顔だった。

「ホント、鉄仮面君にゃ敵わねーなあ……旦那ぁ、しっかり手綱握って下さいよ」
「握っててコレだから困るんだよ」

 呆れたような声でブラックが言うと、トルベールは苦笑した。

「ったく……俺ぁとんでもねークジ引いちまいましたわ。この先、ツキが落ちたら間違いなく旦那と鉄仮面君のせいだな」

 茶髪を掻き乱しながら照れ隠しのように肩をすくめる相手に、俺も苦笑した。





 その後、俺達は改めて情報を整理して新たに計画を立てた。
 まず、可能性が出てきた「外部者の流入」に焦点を当てて、表の方からシムラーを探る事にしたのだ。表の人間ならガードは緩い。それに、金持ちってのはどこに行っても噂が立つもんだ。必ずシムラーの正体に関わる情報が見つかるだろう。

 そして次に、赤の大元の下で裏切り行為をしている人間を探る。
 これはトルベールの部下と、俺が同時に行う事になった。俺はシムラーの側から赤の陣営の人間を探し、トルベールの部下達は改めて陣営全員の状態を探る。
 このため、俺は怪しいと思われる赤の人間の顔と素性を何人分か覚えた。
 細部まで覚えてる訳じゃないが、ピンとくらいはくるだろう。

 そうして覚えた俺は、シムラーの願いに乗るふりをして彼に傾倒するかのような振りをする。もちろんブラック達を巻き込んで、シムラーのお膳立て通りに動いてやるのだ。
 相手に怪しまれるかもしれないが、これも賭けだ。

「…………でもなあ」

 鉄仮面を外して洗面所で顔を洗いながら、俺は眉を寄せる。
 鏡に映った俺は「胡散臭い」とでも言っているような表情だったが、まさにそんな状態なので文句も無く顔を軽くたたく。
 胡散臭いと言うより「いぶかしげ」の方かも知れないが、とにかく俺にはまだ納得できない所が有ったのだ。

「あの時のシムラーの言葉……なんか引っかかるんだよな……」

 俺をベッドに連れて行った時にささやいた言葉の中に、いくつか頭にすんなり入ってこない台詞が有った。その台詞が未だに俺の中で引っかかっていて、俺の顔を更にけわしい物にさせるのだ。
 ……まあ、他にも理由はあるけど。

「つーかーさーくんっ」

 そんな俺の憂鬱を更に増長させる呑気な声が聞こえた。

「耳栓欲しいな~」
「あからさまに拒否されると悲しいんだけど」

 ええい煩い! 人が真剣に考えてる時に間抜けに呼びかけやがって!!
 ギュっとなりそうになる心臓を必死で押さえながら、俺は気合を入れて頬を叩く。鉄仮面のお蔭でようやく赤面も収まったし、これからが本番なのだ。
 変な事を考えてドッキンバクバクなんてしてる場合じゃない。

 鏡の中の俺が気合の入った顔をするのを確認して、俺は部屋に戻る。
 後ろからヘラヘラしながら付いて来る中年を無視しつつ、俺はドレスと鬘を装備した。もう慣れました女装。コレが終わったらぜってー二度とやらんけどな!!

「ツカサ君、ツカサ君」
「なに」

 さっきから煩いのう。
 仕方なくブラックの方を振り向くと、相手は俺を頭のてっぺんから爪先までじろじろと見て、ニコニコと人懐っこい笑みで笑った。
 そして。

「今日も可愛いね」

 笑顔で、俺を見て、そんな下らない事を言いやがった。

「うっ…………ばっ、バカ!! ふざけんな!!」

 せっかく赤面症治ったのに、アホな事を言われたせいでまた!

「ふふ、可愛いね。予定が無かったらこのままデートしたいんだけどなあ」
「なっ……なにをっ、今更……」

 やばい、またドキドキしてきた。本当に何なんだよコイツ。
 ふざけるなと睨み付けるが、ブラックは全然こたえてない。それどころか俺の赤ら顔がおかしいのか嬉しいのか、笑顔で抱き着いて来る。

「あーっ、もう本当可愛いっ! ツカサ君好きだよーっ、スキスキスキ大好き」
「み゛ゃ――――っ!! さわるなああああ!!」
「おーおー毛が逆立ってますなあ、鉄仮面君」

 抱き着かれて悲鳴を上げる俺をからかったのは、部屋に入って来たトルベール。良い所に来たとばかりにブラックを押し除けて、俺はトルベールの背後に隠れた。
 そんな俺に、トルベールは苦笑しながら肩を竦める。

「鉄仮面君、アンタも大変だねえ」
「あっ、あの変態どうにかしてくれよっ!!」
「いや、大変ってのは鉄仮面君がって事なんだけどな」

 何言ってんのアンタ。と思ったけど、突っ込んで聞くと絶対聞きたくない答えが返って来そうなので止めておく。とにかくブラックから逃げられてよかったよ。
 不満そうに口を尖らせる中年から離れると、俺は後ろ足でじりじりドアへと向かった。

「ツカサ君のけちー。いつもなら抱き締めさせてくれるじゃないか」
「いつもじゃねーだろ、変に捻じ曲げるな!! と、とにかく今日は正念場なんだからな、ほ、本当変な事すんなよ!」

 気合を入れて敵の根城に潜入しようと言うのに、こんな事されたらたまらない。
 こっちはまだ一人で動かなきゃならないんだからな、と睨み付けるが、ブラックは相変わらずだらしない笑顔でひらひらと手を振る。

「分かった分かった。じゃあ、後から追いつくから頑張ってね、ツカサ君」

 きぃいっ、こんちくしょう本当反省しやがらねえ!!
 アンタばっかりいつも通りで、慌ててるこっちがバカみたいじゃないか。
 俺は必死こいてここまで取り戻したってのに。

 一発殴ってやりたい気分だったが、そんな時間はない。

「じゃ、じゃあ、行って来る」
「ういっす。熊の兄さんがたはまかせといてくださいよ」

 トルベールが、チャラついた笑顔じゃなくて普通の気のいい兄さんみたいな顔で笑ってくれる。その笑顔にちょっとだけ気分が落ち着いた俺は、頷いてその場を後にした。

 さあ、シムラーとの騙し合いの正念場だ。










 
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