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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
18.悪徳の園は地獄の底1
しおりを挟む楽しい遊びとは、なんぞや。
一瞬、理解できずに呆けてしまったが、すぐに我に返ってシムラーを見上げる。
相変わらず真意の見えない青い目は、俺を見て心底楽しそうに歪んでいた。
こっちの反応を見て楽しんでいるのか、それとも笑顔を装っているだけか。
決めかねてる俺の手を握って、シムラーは賑やかな賭場の中央を突っ切りどこかへと歩き出す。意外と力強い手に戸惑いながらも、俺は素直に従った。
しっかし、カジノに来たのに賭け事はしないってどういう事だろう。
別の遊びってまさかベッドの上……とかじゃないよな。違うか。だったら普通に宿とか自室とかって手が有るモンな。
じゃあ何だろうなと思っていると、カジノの端っこに隠されるようにしてあったドアを潜らされ、地下へと案内された。地下とは言っても、パッと思いつくような薄暗くて汚い場所ではない。階段は綺麗だし、壁もカジノの内装と一緒だ。
地下と言うには些か豪華すぎる気がする。
「さあ、ここだよ」
地下のフロアに一つだけある扉。
その扉を開けた先には、階上の騒ぎとはまた違った光景が広がっていた。
広さは恐らく上のカジノと同等。この世界では一般的な、薄暗くて汚い地下ではない。至って普通の部屋だ。しかし、そこには妙な装置と、ゴーグルのような物を付けて壁に向かって笑っている大勢の人がいた。
妙な装置の方は……なんて言えばいいのだろうか。
横棒が何本も刺さっている奇妙な柱に、天井から何本も垂れ下がるロープ。
良く解らないが、スロットマシーンのようなものもあった。
それらの奇妙な装置の前には数人の係員と豪華な服を着た人間がいて、命令したとおりに機械を動かすと、彼らはある一面の壁をすぐに確認して笑う。
何が起きているのかさっぱり解らず首を傾げていると、シムラーが俺にゴーグルのようなものを差し出した。ええ、いつの間にこんなものを。
「あの、これは……」
「つけてみて。みんなが笑っている理由が解るから」
危ない物では……なさそう?
どっちみち頭に装備しないと許してくれなさそうだ。仕方なく二人でゴーグルを装着し、シムラーが指さした、皆が見て笑っている壁を見て見ると。
「あ……」
モニター。
テレビ画面のように人を映し出している沢山のモニターが、そこに見えたのだ。
ってちょっと待って。なにこれ、今流行のバーチャルリアリティって奴?
いやでもこれは飛び出さないしテレビ画面のまま変わらないぞ。
それにあの壁に映し出されている幾つもの画面、全部カジノを映している。
と言う事はこれは……。
「視覚拡張の幻惑術を使った、擬似映像……ですか?」
そう言うと、シムラーはご名答とばかりに口を弧に歪ませた。
「凄いね、よく知ってる。これはその術を応用して作られた、擬似遠隔監視装置なのさ。術師の視角範囲内の物をあの壁に投影し、この幻視鏡で全員が共有できるようにしていると言う訳だ」
よかった当たってた。
前にシアンさんに見せて貰ったから、知ってたんだよね。それに最近出番のない携帯百科事典も、この術を応用しているんだよな。
幻惑術は、名前とは裏腹に使用対象も出来る事もかなり限られている。
そもそも視覚拡張は自分に使う術で、他人に使う物ではない。だから、幻惑術も自分の精神力を使って相手に幻を見せるんだけど、それはかなりのスキルも要るし精神力もゴリゴリ削られる。ブラックが言うには、一級の曜術師でも幻惑術を自在に使える人間は限られると言う。
だから、普通の術師なら、使うとすれば敵一体が精一杯。
しかも時間としては十分もてば上出来な方だ。
でも……曜具に組みこんだら永続的に使えるのかな。このゴーグルで見てる風景は、途中でプツプツと途切れたりはするけど、スイッチオフまでにはならない。
原理とかはよく解らないが、とにかく凄い道具だ。
「ルギ君見て……あの五番目の回転盤に座ってる客が賭けようとしてるだろう」
「そう、ですね」
一番左端の画面には、少し太り気味の貴族が盤上に金を詰んでいる映像が映っている。あの人はルーレットに大金を賭ける気らしい。
赤の5番に決めた所で、俺達の前で優雅に画面を鑑賞していた貴族の一人が扇子をすっと頭上に掲げた。
「一段目の五、彼の敗北に百」
そう言うと、係員がやって来て言葉を発した貴族から何かを受け取った。
「あれは金貨だよ」
金貨の小袋か。あれ、ちょっと待てよ。百ってもしかして金貨の数!?
百枚って事は十万ケルブか。銅貨が十万枚か。
え、ちょっとまって。物凄く高くない。これなんなの。何かに賭けてるの?
もしかして、さっきのはあの貴族が負ける方に賭けるって宣言なんだろうか。
そう思ってシムラーを見上げると、相手は口を笑ませてある方向を指さした。
彼が誘導した方向には、あの横棒が何本も突き出た金属の柱がある。
「ここは賭けをする場所……じゃ、ないんですか?」
「さっきも言ったけれど、私は失敗するような遊びはしない主義なんだ。もちろん、ここにいらっしゃる貴族の方々も……ね」
金を貰った係員が、柱に居た係員に耳打ちをする。
そうすると係員は柱の棒を一つ握りゆっくりと回し始めた。
シムラーが画面を見てと囁くので、俺は言われるがままに体勢を戻す。先程見ていた画面上の太った貴族が、食い入るようにルーレット盤を見ていた。
回る盤上を白い球が転がり、男の頭がそれを忙しなく追う。
しかし、玉は残念ながら男が指名した場所に入らず、男はその場に崩れ落ちてしまった。音は聞こえないから解らないけど、泣いてるっぽい感じがする。
たぶん彼にとってもかなりの大金だったんだろうな……。
可哀想だな、と俺が思ったと同時。
その場にいた貴族達が、いきなりどっと笑い始めたのだ。
「え……え……!?」
ちょ、え、なんで笑ってんの。
訳が分からず唖然とする俺の肩を抱いて、シムラーが耳元に顔を寄せてくる。
「面白いだろう? みなさん、これが楽しくてこの秘密の場所に来てるんだ」
これが、楽しい?
えっとちょっと待って。整理させて。
あの男の人が賭けて、それをみて貴族の人が「あいつが負ける方に金を出すな」って言って金出して、あの柱を動かさせて……。
でもこれは賭け事じゃなくて、配当金も出なくて。
って事は……。
「あの……ここって、もしかして…………」
「そう。ここは、金を持て余した高貴な方々の社交場。賭けなんて言う低俗な遊びに興じる下等な豚を見て笑うための、秘密の劇場なのさ……」
耳元で聞こえるシムラーの声は、悪魔の囁きのように冷たく低い声だった
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