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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
16.そろそろちゃんと向き合おう
しおりを挟む一つ気付いた事が有る。
この世界でも湿布は偉大だと言う事だ。
「ツカサ、なんか鼻にキツい臭いがするぞ」
「ああ、湿布張ってるから……」
「シップ? なんだそれは」
「何って……コレだよ。筋肉が痛くなった時に貼る薬のこと」
鼻を抓みながら舞台袖で顔を顰めるクロウに、俺は腰に付けていた真四角の白い布を剥がして見せる。そう、これがこの世界の湿布だ。
モギとかその他色々な成分を染み込ませていると言う、筋肉痛によく効く湿布。
もちろん買って来て貰った。作るだけの気力がなかったしな、昨日。
俺は今まで回復薬は沢山作って来たが、湿布はスキルアップの為に作って以降、あまり作る事が無かったんだよなあ。
だって、前まではこんな酷い筋肉痛になんてならなかったし……。
回復薬は自己治癒力を高めて傷を治す物だけど、傷付いていない物は治しようがない。だから、この腰の痛みは消せないのだ。他の薬で和らげるしかない。
今までは寝て起きれば平気だったから、筋肉痛なんて気にしてなかったけど……この痛みは、若さで乗り切れる痛みじゃないもんな……。
あんなに痛いのはもう二度とごめんだが、この世界の湿布は筋肉痛にはかなりの効果があるみたいだし、作っておいて損はないかなあ。
考えつつ、俺は湿布をくず入れに捨てる。
「筋肉痛って……昨日はあの男と何かあったのか」
「えーっと……まあ、ぼんやり」
「ぼんやりとはなんだ」
「そ、そんなんどうでもイイじゃないですかー。ホラホラお前の出番だぞ!」
行って来ーいとばかりに背中を押すと、クロウは渋々舞台へ出て行った。
お、おお……危なかった……。
相変わらず気持ちよくバキバキ物を粉砕するクロウの勇姿を見ながら、俺は深い深い安堵の溜息を吐いた。
「はぁー……本当にバレなくてよかった……」
だって、あんなのバレたら大変なことになるし。
そう思って、俺は昨日の事を思い出してしまい――――顔の熱が爆発した。
いや、だって、そりゃしょうがないよね!?
みんなを待たせておいて、ふ、二人して何を悠長にやってるんだって話で……!
あの後、身体を必死で回復させて帰った時の恥ずかしさったらなかったよ。
腰が痛くて全然動けないし、このままじゃ翌日の舞台に支障をきたすからって、ブラックが慌てて湿布買いに行ってしまい、部屋の中に一人残されてなんか凄い頭を抱えたくてしょうがなくなったし……。
本当散々だったんだっつーの。
極めつけが、サロンに帰って来た時の、トルベールの「解ってますよ、ウフフ」みたいな生暖かい笑顔と、ロクの「大丈夫? どしたの汚したの大丈夫?」な表情と、何だか妙な視線で俺達を見るクロウの顔だよ。
もう居た堪れないったらなかったよ。
トルベールに「大丈夫ッス、明日の舞台は延期にして貰いましたから。売れっ子特権ですよ!」なーんて言われて肩をポンと叩かれた時は、恥ずかしくて逃げたくて仕方なかった。
本当やめて。そうやって俺達がヤってきた事を自覚させないで。
「あぁああ……それにしてもなんでこうなるかなあ……」
別に俺、ブラックとえっちしたい訳じゃないんだよ。それだっていつもアイツに流されて好き勝手ガツガツやられてるだけだし。俺の意思じゃない。
なのに、どうして俺って奴は、流されっぱなしでブラックに「嫌だ」とはっきり言えないんだろう。何でこう、ブラックに待てとかおあずけとか言えないのか。
いつの間にかしゃがみこんで、俺は重苦しく痛む腰と向き合ってみる。
……そろそろ、ちゃんと考えるべきかもしれない。
ブラックの凶行をちゃんと断れないと、絶対に後で大変なことになる気がする。今回は助かったけど、毎度毎度こんな風に都合よく行く訳がない。
でも、何で俺ってば流されちゃうんだろう。
しゃがんだまま頭を抱えて、俺は暫く考えた末に、ぽつりと一言漏らした。
「…………ブラックとするのに……慣れちゃったから……とか……?」
……いやいやいやいやいや。
頭を振ってそれはナイと頭の中で巨大なバッテンをつける。
だとしても、理性で押し切るぐらいは出来るでしょうよ俺。
なんでなすがままになるの。
考えてみれば、ブラックとのえっちって殆どが強制だった気がする。
だからかな。
だから、俺は流されてどんどん慣らされてしまったんだろうか。
ええと……ちょっと待って。俺、どのくらいブラックとヤったんだっけ……?
今までの覚えてる限りの“ブラックに襲われた回数”を指折り数えて、俺はひくりと口を戦慄かせた。
「……あれ……? 昨日以外、全部強制……?」
えーと……まさかね?
よし、もう一回数え直してみよう。俺は手をパーに戻して、もう一回覚えている限りのシチュエーションを数え直してみた。
えーとえーと、ブラックとの和姦ってー……。
「………………あれぇえ……」
なんの約束も無く、ご褒美も無く、ただ単に「したいからする」ってエッチって、考えてみれば一度も無かった気がする。
その事にようやく思い至って、俺は己の迂闊さを今ようやく思い知った。
ダメじゃん。俺完全にブラックに搾取されてんじゃん!!
弱みに付け込まれてケツ掘られるわ勝手に暴走したのに反省もせずガンガンやられるわ、俺ほんとアイツとのえっちロクな事になってねえな!?
これ絶対大人のやる事じゃないでしょ。って言うか俺五回ぐらい掘られてるんだね!? これ結構ヤバくない? マジで俺目覚めかけてんじゃない?
五回もやられてたらもう漫画じゃとっくに恋人同士か現行犯逮捕だよね!?
なのに、俺ってば昨日は「仕方ないかなあ、まあこのくらいはいいかあ」なんて思っちゃって、ブラックも大変だからって、雰囲気に流されてついあんな事……。
「…………」
気付いてしまっても、もう遅い。
俺は青ざめて冷や汗をだらだら流しながら、蹲った。
「俺、マジで男もイケる体になっちゃったのか……?」
いや、でも待てよ。俺はブラック以外の奴にはなんか抵抗出来てたし、シムラーに触られただけでゾゾゾってなったんだ。アレは正常な反応のはず。
って事は男なら誰でも良い訳では無くて、でもブラックだけなら大丈夫で……?
「……いや、ええと…………」
えーと……。
それって……どういう、ことかな?
「終わったぞ、ツカサ」
「ヒェエエッ!?」
思考停止しかけていた頭にいきなり他人の声が入って来て、俺は思わず飛び上がってしまった。うおおおおびっくりしたなあもう!
心臓バクバクで振り返ると、舞台でひと汗かいて来たクロウが立っていた。
おお、舞台はもう終わってしまったのか……。
慌ててさっきまでの逡巡を捨て去りながら、俺は体勢を整える。
ただでさえクロウには何か勘繰られてんだし、冷静にしなきゃな、冷静に。
「何を驚いている」
「い、いや、ちょっと考え事してたから……」
「……? 顔色が優れないな。汗もかいている」
「あっ……えっと、いや……今日舞台休んで、大丈夫かなって……思って」
よ、よーし、よーし俺よく考えた! よく考えたよ言い訳を!
内心ガッツポーズしつつ、心配だと言わんばかりに顔を歪める俺に、クロウは俺の頭をぽんぽんと叩いた。
「安心しろ。お前のぶんまで頑張っておいた。それに、今の所、標的はシムラーという男だけなんだろう。なら休んでも問題ない。むしろ、ツカサは休むべきだ」
「クロウ……」
相変わらずの無表情で、目を眠そうにしょぼしょぼさせながらも、クロウは俺を気遣ってくれる。
そうだよな……普通こう言ってくれるよな……。
今更ながらにブラックの事を思い返してしまい、俺は頭を振った。
「帰ろっか」
「ああ」
クロウが「抱いて連れて行ってやろうか」というのを丁重にお断りして、今日も今日とて舞台の裏方さんに丁寧に挨拶をして部屋を出る。
腰の低い態度でいたせいか、この施設専属の裏方さん達の印象はかなりいい。
今日も「早く元気になってね」とか色々温かい言葉をかけて貰いながら、俺達はブラック達と合流しサロンへと戻った。
サロンに戻ると、机に沢山のメッセージが届いているのが目に入った。
この手紙は、普通に俺とクロウの舞台を評価してくれてる人達の善意の手紙だ。だけど、俺としてはちょっと申し訳ない。だって、俺って本当は踊り子じゃないし。
手紙は全て俺の不調を気遣う物ばかりで、裏社会でも気遣いの出来る優しい人は多いんだなと改めて思った。
いや、そうじゃないと生きていけないからなんだろうけども。
色々と考えつつ、俺は腰に負担が掛からないようにゆっくりと椅子に座る。
「あ、ツカサ君気を付けて」
すかさず俺の体を支えて隣に座ってくるブラックに、俺は機嫌が悪い事を見せつけるように、じろりと目つきの悪い視線を向けた。
しかし、そんなもので相手が反省してれば俺も苦労しない訳で。
「ツカサ君どうしたの。お腹痛い?」
「お前のせいでな」
「本当?! じゃあ一緒にトイレに行」
「かない!! バカ!」
ちくしょーコイツ昨日優しくしてやったら途端に上機嫌になりやがって。
「いひゃひゃひゃっ、頬つねらなひれつはさふふ」
「うるせーばーか!!」
無精髭また剃りやがってっ、落ち着かないんだよバーカバーカ!!
お前だけスッキリしてんの俺本当にムカついてるんだからな!!
てめえも俺の痛みをちょっとは思い知れ!
理不尽で意味不明な怒りだろうとは解っていても、心の中のモヤモヤが発散できないので、ついつい満面の笑みのブラックに当たってしまう。
いやもう本当、腰が痛いのも俺が悩むのもブラックのせいなんだから、責任とってほしいんですけどね。俺に素敵な女の子用意するとか。
「はいはい旦那方、じゃれるのもそれくらいにして。熊の兄ちゃんも旦那に向けた爪はしまって下さいねーっと。……しかし凄いよなあ、鉄仮面君。数日でこんなにパトロン候補掴むなんて……こりゃ本当にシムラーも引き抜きが目的なのかも」
手紙を一つ一つ取り出して読みながら、トルベールは眉を上げた。
その言葉を聞いて、ブラックはようやく俺の手を外すと、頬をさすりながら首を傾げる。
「それにしては、随分と性急だったけどね。仮にも紳士ぶっている相手が二度目の逢瀬であんな風に迫るかな? ツカサ君が世間知らずでお人好しだと予測していた事を加味しても、引き抜きの為というのには色々と疑問が残るけど」
お前がいうなよ、脳と下半身が直結したような事ばっかしやがって。
と言いたかったけど我慢。
ブラックの歯に衣着せぬ考えに、トルベールは腕を組んで悩む。
「そうッスよねえ……俺も逢引二度目で告白する勇気はないっすわ。大体、相手は踊り子で気位高そうな……っていう設定の人間なんスから、パトロン宣言でもない告白なんて嫌われても仕方ないモノだし。本当に情婦にしたいなら、それはそれで鉄仮面君を口説く手順がどうも童貞っぽいと言うか」
ちょっと流石に童貞呼ばわりは可哀想なのでは。
別にシムラーの事は好きでも何でもないが、俺に対して色々お金払ってくれたし、悪い人だとしても童貞呼ばわりは男としてどうかと……。
擁護してやるべきだろうかと俺が口を開いたのと、同時。
コンコン、とドアをノックする音がした。
「どなたですか」
トルベールが答える。
すると、ややあって扉の向こうから知らない男の声が聞こえた。
「お疲れのところ申し訳ございません。私、ティオ・シムラー様の使いの者でございます。伝言とお見舞いの品をお届けに上がりました」
「ああ、そりゃどーも」
ジェスチャーで「奥に行っててください」と示された俺達は、ドアから見えない位置に移動する。トルベールはその間にドアを開けて、相手に応対した。
なにやら話し声がして、穏便に終わったのか再びドアが閉まる。
戻ってきたトルベールの両手は、なにやら大きな箱を抱えていた。
「シムラー、なんだって?」
「普通にお見舞いの言葉と、明日会えるかどうかっていう。えーと……これはー」
なんですかね、と箱を開いてトルベールが覗き込む。
だが、トルベールは「げっ」と声を発したまま動かなくなってしまった。
「……何が入ってたんだ?」
気になったのか、クロウが箱の中の物を引き上げる。
ずるずると出てきたそれを見て、俺達は思わず固まってしまった。
「…………あの、これ」
「……やっぱりあのシムラーって奴、調子に乗らせすぎじゃないかなあ」
横で不機嫌なブラックの声がする。
そりゃそうだと思ってしまうのは、きっと仕方のない事だろう。
だって、シムラーがくれた箱の中身は……――――俺の体のサイズにぴったりの、可愛らしいドレスだったのだから。
「……なんで女装縛り……?」
疲れた声で呟く俺の目の前で、ドレスに付けられていたカードが落ちる。
そこには、明日良かったら施設の外で会わないか、と言う事が書かれていた。
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