170 / 1,264
裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
15.平気でいられると思ってた1
しおりを挟む「ツカサ君のバカ! おっちょこちょい! 天然タラシ!!」
「タラしてない!!」
「前にもこういう喧嘩したけど覚えてる? ねえ覚えてるかな?!」
「覚えてるけど今回は場合が場合だろうがっ! だいたい美人局みたいな事を俺にやらせてんじゃねーよ! 俺17歳だぞ!!」
「一番おいしい時期だね!」
「うるせえ変態!!」
ぎゃいぎゃい言いながらお互い胸をぽこぽこ叩きまくる。
もちろんそんなに強く叩いちゃいないが、叩かないとやってられない。
そりゃー俺が悪いでしょうね。
ええ、悪うござんしたよ、うっかり誘うような事言っちゃってさ。
でも結果的にはシムラーと「懇意の仲」って称号を手に入れたし、結果オーライだろ? 俺が嫌な事はしないって言ってるんだから、大丈夫だって。
まあ、今のところは、多分。
しかしブラックは俺がシムラーに「楽しい事教えて下さいね(はぁと)」なんて言ったのが相当ショックだったらしく、今日の出来事を話し出した途端こうやって怒り出したわけで。
大体、俺の色仕掛けにゴーサイン出したのはアンタなんですけどね。
根本から指摘してやろうかと思ったけど、俺も自分のうっかり発言にはさすがに思う所が有るので、強く批判も出来ない。
そんな訳でさっきからポコポコやってるんだけども。
「兄さんがたの喧嘩って独特っすね」
「キュー」
「ツカサは可愛い。ツカサは」
「ちょっとそこ、人の喧嘩見て批評しないでくれるかな」
ちょうど起きて来たロクにも呆れられてるゥ。
最近眠る時間が更に長くなっていたから、今日起きたのも久しぶりなのに、本当恥ずかしい。なんかごめんな、変な所見せて……。
冷静になって喧嘩を止めると、トルベールはやれやれと言った様子で肩を竦めた。
「まあ結果的に相手の懐に入り込めそうですし、いいじゃないっすか。実際相手がどう思ってるのかは解らないッスけど、一気に距離を詰めて来たワケだし。これは相手にも鉄仮面君に対するなんらかの『近付きたい理由』があるからっしょ?」
真面目に考えればそうだな。
いくら恋焦がれていたとしても、俺だって二回目のデートで跪かせて下さい! なんて言える訳がない。ていうか言えない。
現代の人間があんなキザッキザな台詞言える訳ねーだろ! なんだ女神って!
女神発言がこの世界では普通の口説き文句だとしても、まだ会って二回目なのにガツガツ口説くなんてありえん。
となれば、相手はてっとり早く俺を落として何かやりたいと考えてる訳で。
性急かつ下手に出る口説き方をしてまで俺を落としたい理由が、相手にはあると言うことだ。でも……それってどういう事なんだろうか。
「あのさ、俺をそうまでして落としたい理由って何だと思う? 踊り子にさせたいコトってそんなに多くなくない?」
俺がそう言うと、ブラックも難しい顔をして腕を組む。
「そうだね……普通は、情婦か色仕掛け要員だけど…………人材斡旋ってことは、引き抜きでもしたいのかな。でも、それなら普通に交渉すればいいだけだしね」
「うーん……良く解んねーっすねえ」
「キュ~……」
腕組みをして悩むトルベールとブラックを真似して、ロクも眉間にシワを寄せて頭を左右に振っている。この世界のヘビは眉間も自由自在だ。眉ないけど。
可愛いなあと和んでいると、今まで無言だったクロウが唐突に口を開いた。
「何でもいいが、ツカサを釣り針にするのはもうやめた方が良くないか」
「今更な事を言うね」
じとりとクロウを睨むブラックだが、クロウは怯まずに眠そうな目で見返す。
「今更なものか。お前はツカサが大事だと言うが、そのくせに、いつ食われるかも判らん相手に簡単に差し出している。作戦と言うがまったく関心出来ん。策士とは常に最も有益で戦力を保てる方法を考える役だろう。策士なら、作戦の要であり、同時に最弱の駒でもあるツカサを前線に置くのは、愚行だと解るはずだが」
今まで端的な言葉しか話さなかったクロウが、久しぶりに長々と話している。
しかもそれは、もっともな意見だった。
俺はこの中だと一番腕力がないモヤシだし、術を使えなければ最弱だ。
いくら曜術を使えると言っても、シムラーと会う時は丸腰同然ですぐには曜術が使えない。踊り子の女装姿では、アイテムが装備できないのだ。
俺が大っぴらに使えて安定してる術は、日の曜術師として宣言している水と木の曜術だけ。どちらの物体もコンパクトに携帯できる物ではない。
クロウの首輪のように曜術が込められた「曜具」があれば話は別だろうが、曜具ってのは希少で高価なマジックアイテムなので、すぐには用意できないのだ。
トルベールが手に入れようとしてくれてたけど、結局間に合わなかったしな。
まあブラックが隠蔽の水晶を持ってるけど、それを借りたとしても、逃げる前に捕えられたらもう逃げ切れない訳だしなあ……。
それはブラックもトルベールも解っていた事なので、クロウのいう事に黙り込んでしまった。でも、二人はそれを重々承知していて、それでも俺でイケると思ったワケだから、別に落ち込まなくても良いんだけどな。まだ結果は出てないんだし。
もしこの作戦が失敗だったとすれば、それは俺の力不足だろう。
実際、ブラック達はよくやってくれている。調査したり周囲の奴らに恨まれないように根回しするのだって、俺の色仕掛け作戦と同じ位に大変なはずだ。
だから、クロウに反論してもいい……とは思うんだけども。
しばらく沈黙が続いたが、不意に、ぽつりと声が聞こえた。
「確かに、ツカサ君は僕達とは違う……囮としては、危険すぎるだろう。でも、だからこそ、僕達が後ろで守っているんだ。ちゃんと様々な事を想定しているさ。それに、ツカサ君はただの子供じゃない。きっと成果を手に入れてくれる」
ブラックの静かな言葉に、クロウは間髪入れずに言い返す。
「では、相手が本当にツカサを情婦にしたいだけだったらどうする。……アレは、人を惑わす踊りだ。多くの手紙がツカサを求めたように、あの男もただ単にツカサを求めてるだけではないのか。だとしたら、どうする。目的の成果が手に入れられなかったら、どう相手を宥めるんだ?」
「それは……」
トルベールが言いよどむ。
そんな相手を見て、クロウはゆっくりと目を細めた。
「人族は愛情の隣で憎悪を育てる特異な存在だ。相手を突き放した時に憎悪を向けられるのは……ツカサだろう。だが、オレはそんな事は許さない。そうなるなら、オレがシムラーとかいう奴を脅して吐かせる。それでいいだろう」
そう言いながら、クロウが俺の腕を引いて抱き寄せる。
あまりにも強く乱暴な力に逆らえず、俺は思わずよろけて腕に収まってしまう。そのままホールドされて、動く事も出来なかった。
……心配してくれてる……んだよな? これって……。
自分が出て行くとまで言ってくれたクロウに、俺は何だか感動してしまった。
これって恩返しって奴なんだろうか。
そういえば、クロウは炭鉱での事をなに一つ聞いてこなかったから忘れてたが、一応感謝してくれてたのかな。だったら嬉しい。
思わずじんわりしてしまったが、当然ブラックはクロウの暴挙を許すはずもなく。
「……離れろ」
低い声が、背後から聞こえる。
俺の頭はクロウの胸に押し付けられていたが、ブラックのその声は確かに相手が深く怒っている事を示していた。
だけど、クロウは怯える事も無く、いつもの無表情な声で返す。
「愛しい人間を危険に曝す事を良しとする奴の言う事など聞かない」
「煩いな。……じゃあ君はなんだい、ツカサ君の事を信じてないとでも」
「……なんだと?」
初めて、クロウの声に疑問の色が混じる。
その声に、ブラックはせせら笑うかのような息を漏らした。
「お前の言う守るってなに。そうやって相手を囲って、代わりに自分が出て行って守るってこと? 出て行ってぶちのめして、それで終わると思ってるのかい」
「それは……」
「終わらないよねえ。そうする事で相手に警戒されて逃げられ、結果、沢山の人が苦しむ事になっても、愛しい人の為ならそれが正解だとお前は言ってるんだよね? ハハ、それこそ策士の愚策だよ」
俺には絶対に向けない、他人をあざ笑って見下すような口調。
元々ブラックの性格はよろしくないと思っている俺でも、その突き放したような物言いはなんだか心に突き刺さるようで、とても苦しかった。
「一昔前のバカな兵士みたいな事言わないでくれる? 僕だって色々考えたんだ。考えた上で、ツカサ君ならやってくれると思ったから託したんだ。……もちろん、僕は彼を守る。どんな事になったって、ツカサ君を見捨てはしない。けどそれは、彼の強さを知ってるから決めた事だ。『脆弱な存在だから、弱いから守らなきゃ』なんて軽々しく思ったお前とは違う。……ツカサ君の本当の力も知らないくせに、知ったような口をきくな」
ブラックの排他的な言葉に、クロウは何も言えなかった。
「…………」
黙るのはしょうがない。
俺だって、どっちが正しいか解らないんだから。
大事な仲間を危険な目に遭わせたくないって気持ちは解る。クロウが俺を心配しているのも解るから、クロウを責めるブラックの言葉は辛かった。
だけど、ブラックの言った事も俺にとっては嬉しい言葉だったんだ。
俺の力を信用してくれている。俺が必ず情報を掴めると思ったから、ブラックは歯軋りをしながら俺をシムラーの所に放り出してくれたんだ。
色仕掛けだってダンスだって、俺が出来る物を一緒になって考えてくれた。
そんなブラックを知っているからこそ、辛い反面、物凄く嬉しくて。
俺の頼りない力でも信用してくれてるんだって思うと、胸が熱くなって。
ブラックが俺の力を……俺自身の力を信じてるんだと思ったら、なんだか泣けて来てしょうがなくて。
……だから、俺も何も言えなかった。
「ツカサ君を、離せ」
ぐい、と肩を引かれて、俺はクロウの胸から離される。
思わず後ろを振り向くと、そこには不機嫌を満面に湛えた顔が有った。
ああ、夜だからかな。ちょっと無精髭が生え始めてる。
その姿が何だかとても懐かしくてたまらなくて、俺は無意識に歯を噛み締めた。
「…………トルベール、ちょっと外に出て来る。ロクショウ君を頼んだよ」
俺の肩腕を掴んだまま、ブラックはシルクハットを被る。
外に出て来るって、どういう事だろう。気分を落ち着かせて来るのかな。
そう思っていたら、ブラックは俺に無理矢理ローブを着せ始めた。
え、なに、俺も外に出るの?
「数時間程度で戻ってくるから」
まだ少し怖い声は、トルベールを大いに震わせる。
直立不動で「は、はい」なんて腑抜けた声を出したのを聞いて、ブラックは俺を連れてサロンの扉を乱暴に開いた。そしてそのまま、歩き始める。
何が何だか解らない。どうしたってんだ。
大股の早足で歩くブラックに必死に付いて行きながら、俺は問いかけた。
「ぶ、ブラ…………ラーク、あの、どこに」
慌てて言い直した俺に振り返る事も無く、ブラックはただ前を見て呟いた。
「あいつらが居ない所」
ああ、怒ってる。
これは、あのパターンだね。俺知ってるよ。
ラスターの屋敷とか、パルティア島でのアレと一緒だ。
……ってことは……ええと……。
逃げた方が良いかな。
「…………」
そうは思ったけど、何故だろうか。
「嫌だ」なんて言う気はまるで起きなかった。
→
※次えっち入ります (´・ω・`)注意してね
32
お気に入りに追加
3,684
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。





久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる