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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
13.怪しい奴の名前は大概おかしい1
しおりを挟むさて、五日ほど日にちが経った。
ほぼ毎日宴で舞台に立っていた俺達だったが、その成果は驚くべきものだった。
端的に言うと、舞台に出るたびに手紙が増えるのだ。それはもう、ゲンナリするくらいに。
もちろん、俺とクロウ依然として招待を断り続けていたが、舞台に出て行くたびに勧誘の手紙は増える一方だ。クロウへの手紙に至っては、女性が一生懸命に気を引こうと、どこから聞きつけたのか砂糖菓子を包む始末。
俺の手紙にも、直球で金が包んであったり何故か宝飾品が送られてきたりしたが、それらはちゃんと送り返しておいた。
クロウはお菓子片っ端から食べちゃってたけどな。
まあお菓子はナマモノだし、毒がないなら食べてあげた方が心証はいいだろうから、それはいいんだけど……俺の場合、贈り物を受け取ったら面倒なことになるしなあ……金は欲しいが仕方ない。女性からプレゼントを貰えるクロウが羨ましい。
はあ、ってかなんでコイツ食ってすぐ寝てるの。
本当育ちざかりの赤ん坊かお前は。
いやまあブラックと喧嘩しないだけ静かでいいけどさ……。
鬱々とそんな事を思いつつも、俺達は目星を付けた奴らの調査も怠らなかった。
相手の自称する職業からトルベールの部下が動きを調べ、俺達はそれを時系列順に並べて、今まで起こった“謎の組織”の強奪事件と照らし合わせて……なんてことを、連日行っていた。
気分は犯罪捜査官だが、実際は流されてくる情報を切り貼りするだけなので、そこまで大変という訳ではない。というか、楽してゴメンてレベルだ。
それでもトルベールの部下達が調べてくれた確かな情報を集めて行くと、一人の容疑者が浮かび上がった。
「ティオ・シムラー……やっぱりコイツが怪しいっすよねえ」
一枚の紙を明かりに空かして、トルベールが睨むように目を細める。
その紙の中に書かれているであろう情報を頭の中で反芻し、俺は腕を組んだ。
――ティオ・シムラー。苗字だけ見れば某大御所芸人を思い浮かべるが、相手の容姿は実に形容しがたい物だった。
美形って一言で言うけど、それって人それぞれ想像する顔が違うよな?
でも、この男の顔を想像する人は、少ないと思う。
だってこのシムラーの顔は、美形だけど限りなく「個性がない」顔だからだ。
昔、テレビで「左右対称の顔を持つ“顔が整った人”は、美形だとしても人の記憶に残りにくい」なんて言われてたけど、シムラーがまさにソレなのだ。
この世界では最もポピュラーな軽くウェーブがかった金髪に、美形の代名詞細面。身長は平均的で、服装も派手過ぎず地味過ぎずの美形紳士。オマケに顔が覚えにくい……と来たら、誰もが「あの人がシムラーです」なんて言えないだろう。
それ故、トルベールとブラックは初日に彼に会ったにも関わらず、調査は五日後にまで及んでいた。要するにそれくらいシムラーの素性は掴み難かった訳ね。
他の人間全てが裏社会では即席が辿れる人間だったにも関わらず、シムラーだけはどうしても完璧なスケジュールが把握できなかった。
これってもう、怪しすぎるよな。
「他の人間は多方面に聞きこめばなんとなく行動が把握できるけど、この男だけは動向が探れなかった。そのくせ、宴には何度か出ているようだし……本当に件の奴かは解らないけど、調べる価値はあるかもね」
ブラックはモノクルを取って、眉間の皺を伸ばすようにペンを押し当てている。
この連日の他人へのおべっかと調査で疲れ切っているようだ。流石に可哀想になって茶を入れてやると、ブラックはちょっと疲れた顔で笑って受け取ってくれた。
「ありがとう、ツカサ君……。しかし……僕はどうもこの男はいけ好かないな」
「お前大体の男嫌いじゃないか」
「だってツカサ君じゃないし。……とにかくさ、最初に会った時に何だか胡散臭い感じがしたんだよね」
「胡散臭いって、どういうことっすか」
紙から目を離すトルベールに、ブラックは何かを探すように視線を彷徨わせて、トントンとこめかみをペンで叩いた。
「んー……悪い意味で、この世界の人間っぽくない胡散臭さって感じかな」
「……はぃい……?」
トルベールが「なんじゃそりゃ」とでも言いたげに顔を歪める。だけど俺も同じような気持ちだったので、何も言えなかった。
悪い意味でこの世界の人間っぽくないって……どういうことだろう。
首を傾げる俺達に、ブラックは茶を啜りながら続ける。
「悪徳は悪徳だけどね、どうも俗っぽいっていうか……なんだろうねぇ、僕もよく表現できないんだけど……気になるんだ。ああ、好意とかからじゃなくてね」
「何故俺を見て言う」
誰も心配しとらんわいと歯軋りをする俺に構わず、トルベールが机にシムラーの素性が書かれた紙を置く。
「自称人材斡旋業、商業関係なら所属としては赤になるはずなんスけど……こいつは体を張る青の陣営。青の陣営に聞いてみても、完全に個人営業みたいで誰かとの繋がりもないし……何より、斡旋てのが誰を斡旋してるんだか……」
「青の大元は知らないのかい」
ブラックの問いにトルベールは頭を振る。
「青の大元は度量が広れぇお方ッスからね……能力が有ればダボだろうが何だろうが受け入れちまう。元々暗殺業やってる奴は素性は明かさないし……青は個人主義なんで、争い以外でお互いを知ろうとはしないんスよねえ」
そりゃそうだろうな。暗殺なんてやってる奴は、素性を明かしたらかたき討ちが出て来るかもしれないし、極力正体を知られないようにするだろう。
じゃあ、シムラーは自分の素性を知られたくないから、あえて青の陣営に入ったんだろうか。でも普通、そう言うのって大元が審査したりしないのか。
「トルベールさん、赤の大元はなにも言わなかったんですか」
「大元はだいたいやって来た人間を登録するってだけなんで……」
「とにかく……こうなったらまずはこの男を探ってみるしかなさそうだ。断り続けるのもそろそろ良いだろうし……少し突いてみるかい」
「そうッスねえ。……んじゃ、ようやく鉄仮面君の出番ってわけだ」
二つの視線を急に寄越されて、俺は反射的にビクつく。
い、いきなりこっち見ないで下さい。
「俺の出番ってことは……ええと……」
「凄く不本意だけど、シムラーと会って貰う事になるね」
「ま、最初は俺達も一緒に行くから安心してくれよ」
「それなら、まあ……」
いきなりぶっつけ本番ってのはちょっと怖かったのでありがたい。
しかし、ついに俺もスパイの真似事をせにゃならん段階に来てしまったのか。
相手が女の人なら俄然やる気になってたんだが、こうなっては仕方がない。
俺は一度深呼吸すると、気合を入れ直した。
「よっしゃ、どんとこい! 最初は何だ、食事か!?」
「おっ、解ってるね~。ちょうどシムラーから、この施設のレストランで夕食でもどうかって誘いが来てるんだよ。気合十分なら良しだな!」
早速返事を出してくる、とトルベールは部屋を出て行った。有無を言わせる暇も無く行ってしまった相手に唖然としていると、ブラックが俺を見て心配そうな顔をする。
「ツカサ君、大丈夫?」
「うーん……まあ、ブラック達が支援してくれたらなんとか……あの、シムラーと二人っきりの時間を取るとかない……よな?」
「当たり前じゃないか。やらなくていいなら絶対させないよ」
そう言いながら、ブラックは俺の頬をそっと手で包む。
真正面にある相手の顔は、無精髭も無くすっきりとしていて、何だかいつも見るブラックよりも妙な感じがした。……どうしてか顔がちゃんと見られない。
じわじわと頬が熱くなってきたのを感じて目を逸らすと、ブラックは微笑んだ。
「ツカサ君……僕がひげ剃った顔、好きなんだ」
「ばっ、そ、そういうんじゃねーし! その……アンタがあのムサい髭を剃るのって、あんましない事だし…………」
「いつもこうやって綺麗にしてる方が良い?」
そう言われて、俺はぶるぶると首を振る。
冗談じゃないよ。あのだらしない無精髭がブラックのデフォだと思ってるのに、いきなり印象変えられたら困る。
ただでさえあんたの顔、今ちゃんと見れないのに。
「いつもの……いつものだらしない方が、アンタの本性まんまでお似合いだろ」
こんな紳士っぽい恰好のブラックなんて、ブラックらしくない。
っていうか、ライクネスでの事とか思い出しちゃって無理。本当無理だから。
そんな気持ちを込めて拒否すると、何故だかブラックはとても嬉しそうに笑って、俺の頬に優しくキスをした。
おっ、おっ、お前!!
「良かった。僕もこういうの、あんまり好きじゃないから」
「ああそうですか! つーかキスすんな!!」
だあもう畜生、なんでこいつは隙を狙ってくるかな!!
頬に張り付いた手を離そうと躍起になるが離れない。
クロウが起きて来るまで、暫く俺はブラックに囚われたまま動けないでいた。
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