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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
美味しい料理と不味い話2
しおりを挟むでは結果を言おう。
いや、もう結果だけ言いたい。なんでって、もう何十回も聞いた「料理が上手いからお嫁さんにしたい」なんて口説き文句を大勢の男らに言われて、心底うんざりしているからだ。お前ら料理美味くて若かったら男でもええんかい。
この寮の料理作ってくれてる、おさんどんのおばちゃん(既婚)に謝れ。
いや口説くのは良いんだよな、この世界は同性恋愛当たり前なんだし。
でも俺はいやだ。性的対象で見てくる奴はせめてブラックだけにしてほしい。
俺はエネさんみたいな人とメイクラブしたいんですよ本当。
あ、そうそう、料理でエネさんの好感度アップ大作戦なんだが、今回は勝ち負けで言う所のセーフって感じだった。いや、マジで。
だって、獣人達と寮の男衆はありがたい事にガツガツ食べてくれたのだが、俺の大注目してたエネさんの反応は実に静かな物だったからな。
彼女は一口目を食べた時には驚いていたが、その後は黙々と食べるばかりだったし。ソース一滴残さず平らげてくれた事は凄く嬉しかったが、笑顔になってはくれなかった。
なので、結果はセーフという訳。うーん、好感度が足りなかったかな。
でも、料理のお蔭かエネさんはさっきより俺の話に応えてくれるようになった。
これは進展と言っても良いんじゃないだろうか。やっぱ料理は偉大だな。
偉大と言えば、あの蕎麦っぽい麺。あれって穀物パンと同じく、雑穀と全粒粉の小麦を混ぜた麺だったらしい。
ハーモニックの庶民は基本的にあの麺が主食で、パン以外はトマト煮のおかずと一緒に麺をずるずる啜っているんだとか。
つまりあの雑穀麺はこの国の偉大な平民食だったわけだ。
実の所、俺達は外食と言ったら宿の近くの冒険者向けの食堂とかばかりで、ハーモニックの一般的食べ物はあまり見た事がなかった。
パルティア島でも基本的に宿の食事は高価なモンだったしな。
てっきりそれがこの国のスタンダードだと思ってたんだけど、商業都市だから、他国の人向けの食べ物の店ばかりが並んでいたらしい。一般の人が食べる食堂は、住宅街とかにあるんだって。
うーむ、調べが足りなかった。日本なんか庶民の定食屋がそこかしこにあるから、お客様向け都市って発想が無かったわ。世界って広い。
ハーモニックは多種族国家みたいなもんだから、余計にそうなっちゃったのかな。
まあそれは置いといて、俺達は手早くメシを済ませると、当初の目的だった報告を行うために、シアンさんの所へ向かう事にした。
……んだけど。
「あら。その方も連れて来たの?」
「連れて来たんじゃないよ、無理矢理ついて来たんだよ」
ブラックがうんざりしたような声で、優雅にソファに座るシアンさんに言う。
いつもなら注意してる所だけど、残念ながら今の俺はそれに注意するような公平さを持ち合わせていなかった。
「無理矢理付いて来てはいけない話ではないだろう。なあ、ツカサ」
「ウェイ……」
なあツカサ、ではありません。
付いて来るのはいいんだけど、俺を抱きかかえるのはやめて下さいクロウさん。
本当は俺とブラックの二人でシアンさんを訪ねる予定だったんだけど、クロウが俺達の不穏さを嗅ぎ取ってしまったのか、付いてきちゃったんだよなあ。
しかも、賢い事に俺を捕獲して離さないなんていうもんだから、連れて来ざるを得なかったんだ。
なんせ相手は腐っても獣人。
身体能力が高いブラックとも対等に渡り合っちゃうので、いくらブラックが俺を奪い取ってもクロウも平気で奪い返すから決着がつかなかったのだ。
で、諦めて連れて来たと言う訳だ。
「チッ……あんちくしょう、いくら引き剥がしてもツカサ君を離しやがらない」
シアンさんは、やさぐれたブラックの物言いに苦笑して肩を竦める。
「あらあら……仕方ないわねえ。まあ、彼にも関わりのある話だしいいでしょう。さ、みんな座って。お茶の用意をしましょうね」
「だとよ、さっさとツカサ君を離して座れ強奪熊」
「淫行中年に指示されるほどオレは無作法ではない」
「だったらその腕を離してさっさと座れ」
やだブラックの口調が荒くなってる……。
このままじゃこっちにも怒りを向けられかねない。
でも逃げたいのに、足ついてないから逃げられないんだよなあ……。
「エネちゃん、どうにか出来なかったのかしら」
「かしましい男の喧嘩ほど愚かな物はありません。ので、私もその愚かしい行為の輪の中に入るのは抵抗が有りまして」
「あらあら仕方ないわねえ」
仕方ないわねえ、ぱーとつー。じゃないっすよシアンさん!!
お願いだからこの筋肉イケメン熊さんから解放して下さいよ誰か!
「ああもう、仕方ない。さっさと話を進めるよシアン」
「そうね、ツカサ君泣きそうだもの。フフフ、可愛いわね」
美老女エルフに微笑みながらそう言って頂けるのは物凄く嬉しいんですけども、出来ればこう、もうちょっとキュンとする場面で言ってほしかったなあ。うう。
ブラックも諦めちゃったし、こうなったら早く話を終わらせるしかないか。
と言う訳で、俺はクロウの膝の上で今までの事をシアンさんに話した。
裏社会の事と、その裏社会で今問題になっている事。そして、それを探るためにトルベールという闇商人に依頼された事を。
シアンさんは頷きながら聞いていたが、一通り聞き終わると軽く息を吐いた。
「なるほどね……」
「シアン、そっちに情報は入ってないのかい」
ブラックの言葉に、シアンさんは少し悩むような素振りを見せる。
「ジャハナムについては、機密事項も有るから色々話すわけにはいかないんだけど……まあ、事が事だから仕方ないわね。クロウクルワッハさんを早く国へお返ししないと色々困った事になるわけだし」
「と言う事は、なにか情報が有るんだな?」
「ええ。……まあ、使えるかどうかは解らないけどね」
シアンさんの思わせぶりな言葉に、俺とクロウは顔を見合わせる。
見上げたクロウはきょとんとした顔をして、熊耳をぴくぴく動かしていた。
ぐっ、おっさんなのにちょっと可愛い……かも……。
「俺を返すのか」
「その方がいいだろう? クロウの生まれ故郷に帰るんだし」
「ふむ?」
フムってなんじゃい。
この熊さん、本当何考えてるか解らんなあ。
首を傾げる俺を余所に、ブラックは真面目モードに入っているのか脇目もふらずにシアンさんに問いかける。
「で、教えられる情報っていうのは?」
「そうね……今の所、そのアスワド商会の事と大元についての話かしら」
「少ないな……」
「まあそう言わずに……ね」
微笑むシアンさんが教えてくれたのは、まとめるとこういう事だった。
裏社会で起こっている内乱は、世界協定でも把握していなかった。だが、表社会にアスワド商会の様に進出してきている裏の集団がいるのは間違いない。
アスワド商会はその中でも急成長をしている商会で、シアンさん達の調べでは大元にかなり見込まれているらしい。
アスワド商会の会長であるトルベールは、過去に水の曜術師として一級の称号を持っていたらしく、出自は不明ながらもかなりの手練れだと言う。だからアクア・レクスなんて叫べたのか。あの技と酒の雨がどう関係するのかは解らないけれど、手練れってのは本当だろうな。
大元……トルベールが所属している方は便宜上【赤】と呼ばれているらしいが、その赤の大元に気に入られてるなら、ああ言う内部調査的なスパイ活動を任されてもおかしくない。
ってことは、あの依頼はトルベールの意思では無く、赤の大元の差し金だっていう可能性もある。
シアンさんの推測では、赤の大元は対極の【青】の大元の手前、自分で動く事は出来ないからトルベールを使って、犯人を捜す手を探していたのではないかと。
なら、俺達に関しても赤の大元はもう把握している可能性が高い。
スパイをやるとしたら、赤の手先と思われないようにすることが大事だろう。
「赤と青……ね。汚い事をやる人間なのに、随分と明るい色を名前に使うもんだ」
一通り話を聞いたブラックは、不満そうに息を吐いてソファに沈む。
その姿に苦笑しつつ、シアンさんはまた肩を竦めた。
「まあ、赤と青……というだけなら対極の色だし仕方ないでしょう。……とにかく、この事から考えると、ツカサ君の使命は本当に大変なものになりそうね」
「だね……青陣営に裏切り者がいるならいいけど、もし赤に潜んでいたら目も当てられない。僕達が見立てを間違えば、確実に裏社会を敵に回す事になる」
「え……そ、そんな大ごとだったんですか……」
今更だけどそれは聞いてないですぞ。
いや考えつかなかった俺がアホなだけだけどね!
でも裏社会を敵に回すって、どう考えても恐ろしい事にしかならなさそう。
しかも俺達の情報が間違ってたら、トルベールもただじゃすまないよな?
おいおい、完全に責任重大案件じゃないっすか……。
「なんだ、ツカサが危険なのか?」
青ざめる俺に、一人だけ蚊帳の外なクロウが首を傾げる。
そのぽややんとした様子に、ブラックが殺意満々の視線を送った。
「ああそうだよ、お前のせいでね」
いや、厳密にいうと回りまわって俺のせいなんだけどね。首輪の事とか考えて。
「オレのせいなのか? ……なら、オレも手伝う。ツカサは命の恩人だ、危険な目には遭わせられん」
「えっ」
「え゛」
思いもよらぬ言葉に目を丸くする俺とブラックに、シアンさんが顔を明るくして「それは良い案ね!」とばかりに両手を合わせる。
「そうね、クロウクルワッハさんは獣人で力が強いし、バッチリ用心棒になれるわ。ツカサ君が踊りに集中しなければいけない以上、もう一人いた方が安全だし……彼にも協力して貰いましょう!」
「そっ、それはそうだけど……でもシアン、こいつは……」
「ブラック、折角協力して下さるんですから甘えなさい。クロウクルワッハさんは凄い術を使うのでしょう? 首輪のことなら大丈夫ですよ。私に良い案が有りますから。昨日思いついたから」
「おいそれ本当に良い案なのか」
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「出来るなって……あのねえ、凄く危険な所なんだぞ?」
「人族の大陸に来て、何を今更」
……そう言われると、ぐうの音もでないんだけどさ。
こうして、なんだか納得できない内に俺達のパーティーにクロウが加わった。
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